静岡に住むようになって8年、気づいたことがあります。それは駿河湾より深い静岡県民の「お茶愛」。筆者が知るところでは、
- お茶とみかんは買わない(親戚やご近所からもらえる)
- 夏は砂糖が入った甘いお茶を飲む(「うす茶糖」の普及)
- 学校で「お茶うがい」がある(強めのカテキン信仰)
- 従って水筒の中身は緑茶指定(同上)
- 新茶の季節は遊べない(お茶摘みに駆り出される)
- 居酒屋さんでは「静岡割り」がスタンダード(「緑茶割」ではない)
- 以上のことを、全国区の文化だと思っている
東西に長い静岡は地域で全く違う文化をもっていますが、製茶業に携わる人の多い中西部ではこの傾向が目立ちます。「静岡茶愛飲促進条例」によって給食の時間には緑茶のヤカンが置かれ、新聞には株式市場のように「茶況」(お茶の取引価格や生産状況)が載っており、「お茶する」といえば緑茶。
▲県内産茶葉で入れた緑茶(左)で焼酎を割る「静岡割り」(中央奥)。静岡おでんを食べながら飲む「静岡割り」は最高である【画像提供:(公財)するが企画観光局】
▲県内のスーパーでは普通に見かける「うす茶糖」。抹茶と砂糖を混ぜたインスタント粉末を水や牛乳で割って飲むのがスタンダード
さらに飲むだけでは飽き足らず、「お茶を食べる文化」も発展。健康効果の高い茶葉を使ったスイーツや茶葉料理を売りにする飲食店も少なくありません。
そこで、静岡が誇るお茶のテーマパーク「ふじのくに茶の都ミュージアム」で、お茶づくしの料理をいただくことにしました。
五感で楽しむ日本最大のお茶テーマパーク
茶葉の生産量、収穫量、栽培面積で全国1位(約40%) を誇る静岡茶。中でも日本最大の産地として知られるのが県中部の牧之原台地です。右も左も見渡す限りのお茶畑、きれいに刈り込まれた茶畑の畝(うね)がどこまでも広がっています。
▲果てしなく続く「ザ・静岡」の景色
この広大な茶畑のど真ん中にあるのが「ふじのくに茶の都ミュージアム」です。
▲外壁は県産ヒノキの「吹き寄せ」でぐるりと囲まれている
ここはもともと島田市が運営していた「お茶の郷博物館」が、今年3月下旬にリニューアルオープンした県営施設。お茶の歴史や文化を学べる博物館、ミュージアムショップやレストランのある商業館、茶人ゆかりの茶室や日本庭園と、3つのエリアから成り立っています。
※博物館エリアや茶室見学には観覧料300円が必要です。
▲博物館の常設展示「世界のお茶」では実物の茶葉を触って香りを体験できる
▲その数なんと60種類! 想像を超える形の茶葉もあり、嗅ぎ放題だ
静岡茶の製法紹介やお茶の機能性・効用などを伝える展示のほか、お茶文化の未来につながるニュースや最新研究なども紹介。お茶にまつわるセミナー、イベントも開催されています。
▲小堀遠州ゆかりの茶室と、四季の伝統美が楽しめる日本庭園
さすが、お茶のシェアトップを走る静岡。本気がビンビン伝わる施設です。
茶葉料理が楽しめるレストランとショップカフェ
お茶料理が味わえるのは商業業2階のカフェレストラン「丸尾原」
全面ガラス張りの窓から見えるのは静岡らしい茶畑と富士山。団体客も利用できるようにゆったりとした造りで、落ち着いて食事が楽しめます。なお、博物館エリアや茶室見学には観覧料300円(個人)がかかりますが、レストランのみの利用であれば観覧料はかかりません!
取材時のメニュー表はこちら。
▲お膳料理から定食やパスタ、おそば、お子様セットまで。もちろんどのメニューにもお茶料理がついている(現在は冬季メニューにリニューアル)
緑茶だしで味わう「遠州黒豚肉のお茶しゃぶ」も気になりますが、今回は「茶姫膳(ちゃひめぜん)」を注文。駿河の食材を使った同店で一番好評の茶葉料理です。
▲夏季メニューの「茶姫膳」1,750円 ※通常はコース仕立て
品数が豊富で彩り鮮やかなお膳料理です。通常はコース形式で一品ずつ運ばれます。まず最初にいただいたのは「先付七品盛り」。季節の前菜が少しずつ盛られた皿の中で目を引くのが「お茶の駿河煮」。
▲右下のカップが「お茶の駿河煮」
「お茶の駿河煮」は、駿河湾名産の桜エビとしらす、牧之原の生茶葉を合わせて醤油ベースでふっくらと炊いたもの。茶葉のわずかな苦味と桜エビの香ばしさ、静岡の海と山の幸を合わせたオリジナルの静岡珍味です。
そして深緑が美しい「ざる緑茶そば」。
▲夏場はそうめんやざる、冬場は温かいおゆつのかけそばでいただく「緑茶そば」。トッピングはオクラと明日葉のあえ物
しっかりとしたコシに、ほんのり香る茶葉風味。
普通は「茶そば」といえば生地に「抹茶」を練り込んだものですが、ここは緑茶の国・静岡。こちらで使う茶そばは生地に煎茶「常盤緑(ときわみどり)」の粉末を練り込んだオリジナルです。日陰で育てる抹茶と比べて、煎茶の茶葉にはカテキンやビタミンが豊富に含まれています。聞いただけでも健康になった気分になれます。
お次はレストラン自慢の「お茶の天ぷら」。
お茶の新芽をからりと揚げた天ぷら、抹茶塩でいただきます。
▲自社農園でとれた生茶葉の天ぷら(手前)。茶葉と桜エビを使った「お茶の駿河かき揚げ」(奥)など夏季の天ぷら盛り合わせ
揚げ衣はかなり薄く、パリパリのサクサク!
やわらかくてほんのり甘い茶葉を軽やかに包み込んでいます。天ぷらで使う茶葉は、自社農園でとれる生茶葉の新芽。まさに今朝摘んだばかりのフレッシュな茶葉!(時期によっては冷凍茶葉)。お茶の新芽は肉厚で甘みもあるので食べ応えもあります。他にも天ぷらは桜エビと茶葉のかき揚げ、キスやトマトなど、季節食材の盛り合わせです。
そして〆は「茶めし」と香の物。
▲茶葉の佃煮をトッピングした「茶めし」
刻んだ茶葉(茶殻)としらすを醤油や砂糖、みりんで煮炊いたお茶の佃煮がごはんの上にのっています。この適度な塩気でごはんがすすみます。最後は季節のデザート、この日は「抹茶プリン」。
▲滑らかな口当たり「抹茶プリン」には季節の水菓子が添えられる
ぷるんとしたムースのような口当たりで、お茶の苦みをしっかりと感じる抹茶プリン。トッピングの粒あんとクリームが苦味を緩和し、真空調理で食感を保ったトマトと梨のコンポートがアクセントになっています。最後までしっかりお茶!
茶葉のもつ「甘み」、「苦味」、「渋み」、「うまみ」。
それらすべてを料理ごとに感じらえるのがこの「茶姫膳」。少量でも品数が多いのですっかり満腹ですが、ヘルシーなので食べ過ぎの罪悪感も薄れてしまうのがお茶料理。メニューは冬季用にリニューアルしていますが、お茶の天ぷらや茶そば、駿河煮などの名物定番料理は引き続き味わうことができます。
▲冬季メニューの一例【画像提供:ふじのくに茶の都ミュージアム】
お茶で満腹ですが、ここではとっておきの静岡茶スイーツも紹介しておきたいもの。それは商業館1階にある「ミュージアムショップ」で楽しめます。
ショップではレストランで使っている茶そばやお茶の佃煮などのお茶商品が購入できるほか、「世界一濃い抹茶ジェラート」でおなじみ、藤枝の「ななや」のパフェ専門店が併設されています。ななやといえば、「濃度が選べる抹茶ジェラート」で有名な静岡抹茶スイーツファクトリー。
※ミュージアムショップの利用に観覧料はかかりません。
▲抹茶濃度が7段階の抹茶ジェラート! No.7はむせぶほどの濃さ
▲抹茶ジェラート3種類に白玉や最中、黒蜜など、和の甘味で構成された「抹茶ジェラート食べ比べパフェ」980円。
静岡以外では京都や東京(青山)にも店舗がありますが、この抹茶ジェラートパフェはこのミュージアム店舗のみ!
ミュージアムショップには県内産のお茶やお茶を使った食品や生活用品まであらゆるお茶商品が並び、お茶好きにはたまらないお茶パラダイスが広がっています。
▲お茶の製造工程で出る蒸気から抽出した「緑茶香水」や緑茶リップも!
まるでお茶好きであることがある種のステータスのように、施設も扱うアイテムも総じておしゃれ。ショップも上品なブティックといった雰囲気です。庶民的だと思っていたお茶という飲み物が、なんだか高級ブランドのように見えてきました。
茶殻も余すところなく使う、お茶好きの発想
お茶料理やお茶スイーツ、お茶グッズと、静岡のお茶推しの強さを感じたところで、静岡のお茶文化について専門家に聞いてみることに。お話をうかがったのは「ふじのくに茶の都ミュージアム」学芸課の上席研究員、永谷隆行さん。ちなみに今更ですが、筆者は普段コーヒー派で静岡ネイティブでもありません。正直、お茶知識はほぼゼロなので、潔くゼロベースで質問しました。
▲学芸員の永谷隆行さん。お茶に関する専門的知識を有するプロ
―― 「静岡茶」ってどんな特徴があるんでしょうか?
永谷さん:「『静岡茶』は静岡で生産されるお茶の総称ですが、一口に静岡茶といっても寒暖差の大きい山間部や安定した温暖気候の平坦地など、産地ごとに特徴があって地域ブランド化しています」
―― 確かに掛川茶や川根茶など地名がついたものがたくさんあります。味は違うんですか?
永谷さん:「生産地によって味も異なります。この牧之原周辺は静岡を代表する『深蒸し煎茶』が有名です。通常の2~3倍の時間をかけて蒸すお茶のことです。茶葉の深くまで蒸気があたるので、茶葉がより細かくなってお茶の色は鮮やかな緑色をしています。味はまろやかで渋みが少ないのが特徴ですね」
▲「静岡茶」といっても実はこれだけのブランドがあるのだ! 多すぎやしないか
―― やはりここで働く方にはお茶好きが多いんでしょうか?
永谷さん:「新商品が出るとみんなで飲み比べをすることは多いですね。お気に入りの銘柄がある人は、デスクに“ My緑茶 ”を持っている場合もあります。基本的にはお茶好きが多いですが、普通にコーヒーを飲む人もいますよ(笑)」
▲産地ごとに飲み比べできるティーバッグをミュージアムショップで販売中。1個100円の手軽さがうれしい
―― これだけあると好みが分かれそうです。永谷さんのお好きな銘柄は?
永谷さん:「後味がすっきりして、爽やかな風味の『つゆひかり』が好きですね。香りが良い『香り緑茶 宗平(そうへい)』も夏に水出しボトルで飲まれる方がいましたね」
▲永谷さんおすすめの「つゆひかり」もミュージアムショップで販売中。筆者からすると高価な部類だが、誠実そうな永谷さん一押しと聞くと安心感もすごい
―― ところで「お茶料理」は一般的なんでしょうか?
永谷さん:「静岡も広いですから一般的とまではいえないですが、茶業が盛んな地域では茶殻を料理に使うことがよくあります。お茶を入れた後の茶殻にも食物繊維やビタミンEなどの栄養分は残っていますから。料理で使うとお茶の栄養をまるごと摂取できます」
―― 普段お茶を飲まない人にもおすすめの楽しみ方を教えてください。
永谷さん:「お茶の世界を『五感で体験』してもらいたいですね。飲むだけではない、お茶の魅力を知ってもらいたいと思います。今年のリニューアルでは年代問わず楽しめる体験メニューを増やしました。一年中体験できるものとしては茶道やブレンド茶、お茶の飲み比べ、石臼での抹茶挽きがありますし、季節によっては茶摘みや伝統的な茶手揉み体験もできます」
▲静岡県産「紅茶」の飲み比べ(料金100円)。お茶のおいしい入れ方や品種別の効能なども教えてもらえる
▲同じ和紅茶でも和菓子と合うもの、洋菓子と合うなものなど味わいがまったく違う
充実した「お茶体験」プログラム
「ふじのくに茶の都ミュージアム」の体験メニューの中から、この日は自分でオリジナルのお茶を作れる「ブレンド茶」にチャレンジしてみました。
<ブレンド茶体験>
時間:平日 10:00、11:00、12:00 土日祝日 9:30〜12:30(最終受付は12:15)
料金:300円
場所:博物館2階
所要時間:約15分
定員:各回6回まで
*ブレンドに使用する具材は変更することがありますので、詳細はミュージアムにお問い合わせください。
*体験メニューは季節ごとに変更することがありますので、詳細はミュージアムにお問い合わせください。
まずはベースの茶葉として紅茶か緑茶(釜炒り茶)を選び、そこにお好みのドライフルーツをブレンドするだけ。
▲筆者は左の紅茶(べにふうき)をチョイス。右は釜炒り緑茶
マンゴー、イチゴ、キウイ、パイナップル、オレンジピールの中からスプーンで1~2杯ベースの茶葉に混ぜます。ブレンドするのは一種類でも数種類でもお好みですが、緑茶ベースの人は悩む人が多いのだとか。確かにフルーツ紅茶はよく聞きますが、「フルーツ緑茶」は味の想像ができませんよね。でも迷ったときはエデュケーターが好みの味や仕上がりの違いなどを教えてくれます。
▲スッキリしたものを目指してキウイとパイナップル、オレンジピール少々にしてみる
▲ブレンドしたら袋に入れる。フルーツ紅茶の入れ方メモをつけてくれる
▲早速自宅でも。茶葉を長めにお湯につけると、フルーツの甘みや香りがじっくり溶け出して風味豊かに!(茶殻のドライフルーツも食べられる)
富士山静岡空港からも近く、最近ではアジア中心に海外の観光客や県外からの来館者も増えているという「ふじのくに茶の都ミュージアム」。博物館としてはもちろん、観光レジャーや静岡ローカルグルメを味わえる場所としても楽しめるので、旅行がてらにぜひ寄ってみてください。
▲地元産の希少茶葉を使い独自技術で抽出した高級ボトリングティーも展示。ワインと並べても違和感ゼロ。お茶を極め過ぎるとこうなるのか!
お店情報
ふじのくに茶の都ミュージアム カフェレストラン「丸尾原」
住所:静岡県島田市金谷富士見町3053番地-2 商業館2階
アクセス:電車の場合はJR「金谷」駅よりバス・タクシーで約5分(約2㎞)、または徒歩25分(約1.5㎞)。車の場合は新東名高速「島田金谷」ICから約13分、東名高速「相良牧之原」ICから約10分、国道1号線「大代」ICから約10分
電話番号:0548-27-2988
営業時間:11:00~14:00(LO 13:30)
定休日:火曜日(ミュージアム休館日)、年末年始
ウェブサイト:https://tea-museum.jp/
※レストラン、ミュージアムショップ、日本庭園への入場は無料です。
※茶室や博物館は別途観覧料(個人300円/団体200円)がかかります(大学生以下・70歳以上・障害者手帳を持参した方およびその付添者1名は無料)
※記事初出時、表記に誤りがあったため修正しました(2018/11/22)