
2018年の4月、『ルポ「中国潜入バイト」日記』(小学館新書)という本を出した。
なかなか理解しがたい超大国・中国のリアルな姿を知りたい ── 。
そんな思いを抱えて6年にわたって現地で潜入アルバイトを敢行。寿司店から、ホストクラブ、爆買いツアーのガイド、はたまたパクリ系遊園地から現地ドラマのエキストラまで、実にいろんな経験を本に記した。

▲ホストクラブで働いた頃。「おまえがしてるそのネックレス、クロムハーツか?」とたまに聞かれたが、原宿で買ったバッタモンである

▲中国の某遊園地にて、七人のこびと風のキャラと

▲現地の戦争ドラマでは、かつての日本兵役として出演したが、セリフをもらうことはできなかった
そんな中、どこで食事をしてもボンヤリと感じることがあった。
それは……
中国国内で食べられている中華料理と、日本人がイメージする中華料理には、果てしないギャップがある。
「本場の中華はウマイに違いない!」と期待を膨らませ、いざ北京や上海のそこそこキレイなレストランに入ってみると「微妙……つかコレジャナイ……」ということがよくある。私も何度経験したことだろうか。その反面、とんでもなく期待以上のものが出てくるのも本場ならではの面白さでもあるのだが。
そこで、本場の中華料理の知られざる一面をあげてみたい。
驚き①「天津飯」は天津に存在しない
「天津飯」というと、卵をふんだんに使ったカニ玉を白米の上にのせ、甘辛い醤油ダレをかけた定番中華。干し椎茸やタケノコなどがアクセントになっており、あの優しい味わいは日本人なら嫌いな人はなかなかいないだろう。

▲天津飯といえばこれ。むろん筆者も大好きだ
「天津飯」というネーミングからすると、どう考えても天津生まれの料理に聞こえるが、実は天津飯は日本生まれの日本風中華料理なのだ。つまり、天津飯は天津にも中国にも基本的にないのである。自分も中国国内でいろんな飲食店に入ったが、ついぞ目にすることはなかった。
ルーツについては『中国の食文化研究 天津編』(辻学園調理・製菓専門学校発行)によると東京発祥説、大阪発祥説の二説あるが、いずれも戦後間もない頃に日本人コックが発案したとされる。
東京説では八重洲の「来々軒」が「早く食べられるものを作って欲しい」というお客さんの要望に応えてカニ玉をご飯の上にのせ、醤油味の酢豚のあんをかけて出したのが始まりという。
一方の大阪説では、「大正軒」が天津の食習慣であった「蓋飯(ぶっかけ飯)」にヒントを得て、天津で多く捕れたワタリガニを使ってカニ玉を作り、ご飯の上にのせたのがルーツと言われている。
終戦直後、中国大陸から多数の日本人が復員する際、天津を経由して本土に戻ってくる人も多かったという。当時の日本人にとって、天津という地名が身近な存在であったことも、「天津飯」という名の料理が生まれた背景にあると見られている。ルーツは意外と奥深いのだった。
参考文献:殷晴「天津飯の由来」
驚き②中国ではウーロン茶を飲まない
日本人にとっては「中国茶=ウーロン茶」と言えるほど、ウーロン茶はメジャーな存在である。だが、中国ではレストランや茶館などでウーロン茶が出てくることはまずない。ジャスミン茶やプーアル茶、鉄観音茶は好んでよく飲まれているが、ウーロン茶だけは中国人は飲んでいないのである。
ええっ。 イー、アル、なんちゃら、ウーロン茶……じゃないの?
いっておくが、ほとんどの中国人はそんなフレーズすら知りもしない。

▲中国では、お茶を頼むとこんな感じで出てきてたいてい飲み放題なのだが、意外にもいちばんなじみのあるウーロン茶に巡り会うことはなかった
鉄観音茶はウーロン茶の一種との説もあるが、中国で飲まれている鉄観音茶は緑茶系の味わいで、一般的なウーロン茶とは別物と言ってよいだろう。
そもそも烏龍茶は中国南部の福建省や台湾で限定的に飲まれていたお茶で、1895年の台湾併合を機に、日本本土へと多く流入した。
その後、1980年頃、ピンク・レディーが美容のために愛飲していたことで話題となり、急速に市民権を獲得。1981年にはサントリーがウーロン茶の発売を開始した。
1980年代半ばになると居酒屋さんなどでウーロンハイが提供され始め、日本人の飲み物として欠かせないものになっていった。ウーロン茶が身近な存在になったのは1980年代以降のことで、それほど昔の話ではないのである。
驚き③パリパリ薄皮の焼き餃子がない
餃子といえば、パリパリの羽根付き餃子やこんがり焼いた焼き餃子に決まってる。筆者もそう信じていた。大陸へ渡るまでは。
中国では、焼き餃子はまず食べない。というか、ほぼ存在しないといっていい。
「鍋貼(グオティエ)」と呼ばれる鉄鍋餃子のようなものはあるが、皮は水餃子並みに分厚く、パリパリ感はない(これはこれでおいしいのだが)。

▲このパリパリが嫌いな人なんているのだろうか
そもそも中国人にとって餃子とはすなわち水餃子のことであり、しかもリッパな「主食」なのだ。
小麦の皮で炭水化物、中に入っているあんでタンパク質とビタミンが取れるため、一種の「完全食」と見なされている。また、餃子をゆでたあとのお湯は「餃子湯」と呼ばれ、餃子を食べながら一緒に飲むことができる。そう、日本のそば湯のような感覚だ。
ちなみに、日本の餃子の代表格「餃子の王将」は一時期中国進出を試みたが、2014年に撤退した。撤退した原因の一つとして「焼き餃子にこだわりすぎた」という点が指摘されている。もっちりと分厚い皮に慣れている中国人にとって、日本の焼き餃子は少々物足りなく感じてしまうのかもしれない。
いや、筆者はどっちも好物だけどね!
驚き④仕事帰りに一杯……的なサラリーマンは皆無
日本のサラリーマンは会社帰りに同僚たちと一杯飲んで、ほろ酔い気分で帰路につくことがよくある。近年もてはやされているセンベロ系の居酒屋さんや、立ち飲み系のお店なんかはまさにそうだ。筆者もよく利用している。

▲日本のサラリーマンってのは本当に酒場がよく似合うな
しかし、そんな光景は中国ではまず見られない。中国人は一般的に晩ご飯は家庭内で取り、外食するのは会食の場合などだけ。それでも酒を飲まずに済ませることが多い(そもそも飲食店では酒を置いていないお店のほうが多いくらいだ)。
ではどういう時に飲むかというと、明確に「宴会」あるいは「接待」する場合である。会社の忘年会などのイベント時には、日本の大学生の新歓コンパのような勢いで次々と乾杯が交わされ、一気飲みをしまくる。出張などで来た日本のサラリーマンにとっては、これがある意味で洗礼のようになっているケースもよく目にする。
時にはサイコロを使ったゲーム(数字比べやポーカー、麻雀など)で勝ち負けを競い、飲みのスピードを加速させていく。こうなるともう遅かれ早かれツブれるのは必至だ。
酒の種類はビールや紹興酒のほか、白酒(バイジウ)と呼ばれるウオッカのような蒸留酒も非常に多く飲まれ、近年ではウイスキーやワインもメジャーな存在だ。
普段はあまり飲まないけれど、飲む時はとことん飲む。どうやらそれが中国流のようだ。
驚き⑤中国の肉まんは超ちっちゃい
日本の中華街などで目にする肉まんはハンバーガーぐらいの大きさがあり、かなりの食べ応えがある。筆者も大好物だ。
本場の肉まんもさぞや大きいに違いない……と思いきや、中国現地で売られている肉まんを見たらほぼ日本国民全員がずっこけること間違いないだろう。
そのサイズ的は、ピンポン球程度の大きさだろうか。
中国では肉まんは「肉包(ロウパオ)」と呼ばれており、手軽な軽食として朝ご飯として食べることもよくある。
蒸し器に12〜13個ほど並んでおり、一口サイズで食べやすい。つまりアレだ、小籠包のようなものと思ってもらっていい。

▲これは小籠包だけど、かなり近いと思ってさしつかえない
値段は一皿10元(170円)足らず。豆乳と一緒に食べる人も多い。
肝心の味についてはお店にもよるが、かむと肉汁が皮にジュワッと染み込み、結構ウマい(日本の中華街で売っている肉まんのほうが、個人的にはウマい気がするが)。
中国のコンビニでは「カスタードまん」、「紫芋まん」なども売られていることがよくあるので、現地に行ったら試してみるのもいいかもしれない。
驚き⑥外食は「何が入っているか分からない」ので避けがち
これはいかにも中国らしい発想なのだが、中国では「外食」=「不衛生」「何が入っているかわからない」というネガティブなイメージがある。最近はかなり改善されつつあるにせよ、いまだにこうした考えは根強いようだ。
というのも、中国は国土が広く人口が多いためなのか「赤の他人は信用しない」という意識が非常に強いのだ。レストランも例外ではなく、「見ず知らずの人間がいい加減に作っているのだろう」と思われているのだ。
実際、2018年1月には中国の高級五ツ星ホテルの清掃スタッフが、室内のコップを便器用ブラシで洗っていたというニュースも流れ、大きな衝撃を与えた。と同時に、多くの中国人が「中国ならあり得る話」とも思ったはずだ。
筆者が”潜入バイト”した上海の寿司店でも、お客さんに出す弁当は床上に放置する一方、自分たちがまかないを食べる際に使う食器は念入りに熱湯消毒するなど、「自分」と「他人」の線引きが徹底しているのを感じた。
とはいえ、中華料理は火を通すものが圧倒的に多いので、個人的な実感としては「意外と大丈夫」だし「慣れれば全然ヘーキ」。極端に神経質になる必要もないだろう。
驚き⑦現状はマクド<ケンタ
上海や北京の街を歩いていると、マクドナルドよりもケンタッキーフライドチキン(以下、KFC)のほうが目立っていることに気づく。
KFCが中国に初店舗を構えたのは1987年で、北京の繁華街に出店した。現在は中国全土に約5300店舗を有する巨大チェーンだ(2017年末時点)。
一方、マクドナルドは1990年に深センに初店舗をオープンさせ、現在は約2500店舗を構える(2017年末時点)。数字の上でも、倍以上の開きがある上、中国のケンタッキーはお粥や豆乳など、中国人の味覚に合わせた柔軟なメニュー作りをしているのも特徴。そもそも中国人は「牛肉より鶏肉をよく食べる」という食習慣にも、KFCは合っていたようだ。

▲鶏の足も非常にポピュラーな料理。さすがにKFCにはなさそうだが
だが、マクドナルドは2022年までに、中国での店舗数を4500店舗まで倍増させる計画を発表している。
ちなみに、マクドナルドは中国進出と同じ年に、旧ソ連時代のモスクワにも初出店している。”資本主義の象徴”とも見られがちなマクドナルドが中国に出店できたのは、冷戦時代の終結とも無縁ではなかったのかもしれない。
筆者は以前、30代の中国人女性に出会った際、「90年代のはじめにケンタッキーフライドチキンを初めて食べたときは、こんなにおいしいものがこの世にあるのか! とすごく驚いた。今では当たり前になってしまったけど」と懐かしそうに話をしてもらったことがある。今や隔世の感あり、な話だ。
驚き⑧中国ではヨーグルトをしょっちゅう食べる
中国という国は、もともと冷蔵技術が発達していなかったため、牛乳よりもヨーグルトを食す人が非常に多い。スーパーのヨーグルト売り場に行くと、イチゴ味やフルーツ味のほか、アロエ入り、麦入りなどさまざまなヨーグルトが売られており、中国の「ヨーグルト文化」は日本以上だと気づかされる。
近年は「明治ブルガリアヨーグルト」など、日本の乳製品メーカーも中国市場へと攻勢に出ており、競争は熾烈(しれつ)を極めている。
中国ではスプーンですくって食べる固形タイプよりも半液状の「飲むヨーグルト」タイプのほうが好評。プレーンタイプは素朴な味で日本人の舌にもよく合う。中国へ旅行に行く機会があったら、一度試してみるのもいいだろう。

▲ヨーグルトの写真を撮ってなかったので、代わりに出版記念イベント時の筆者の姿をお届けします
中国の乳製品メーカーは「光明(グァンミン)」「伊利(イリー)」「蒙牛(メンニウ)」が三大メーカーとして知られている。
老舗の「光明」に対して「伊利」はどちらかというと新興で、なかでも「蒙牛」の創業者は内モンゴルの貧困家庭に生まれ、生後間もなく「50元で牛飼いの家に売られた」という苦労人。社会人になって「伊利」に就職すると副総裁にまで出世し、40代で「蒙牛」を創業した。製品の味はそれほど変わらないが、創業の歴史はそれぞれ奥が深いのである。
驚き⑨中国のお酢はドス黒い
日本人にとってお酢は透明な米酢をイメージするものだ。
しかし、中国で使われるお酢はほとんどが黒酢。日本の定食屋などに置いてある安価な穀物酢などに比べて酸味がまろやかで、コクがある。これがとんでもなくウマイ。
水餃子や小籠包には、この中国黒酢をたっぷりつけて食すと、本格的な味が楽しめるのだ。

▲黒酢を使った料理も豊富
日本で餃子を食べるときには、醤油とお酢とラー油を混ぜてタレにするのが一般的だが、中国では黒酢オンリーで食べるのが一般的。筆者も中国生活でこの食べ方に慣れてしまい、日本でもお酢だけで食べるほうがおいしいと感じるようになった。
お酢で餃子の油っぽさが流れ落ち、サッパリと食べられるので、ぜひとも試していただきたい。また、最近はお酢+コショウの酢コショウも評判らしい。
ちなみに、黒酢はなぜ黒いのかというと、アミノ酸と糖が反応して「メイラード反応」という化学変化を起こすためと言われているが、今なお完全には分かっていない。
驚き⑩中国にはヘビ料理専門店がある
空飛ぶものは飛行機以外、陸上の上はテーブル以外、四本足のものはなんでも食べる……。
古くから中国人の食にはそんな言い回しがあるように、中国人は日本人が口にしないような食材も調理してしまうイメージがある。
かつては猿の脳みそやアルマジロ、ハクビシンなども調理されていたというが、現在では環境保護意識の高まりとともに、そうした希少動物は食用が禁止されている。
だが、ヘビやイヌ、カエルなどは食べられるお店も多く、なかには専門店もある。筆者がアルバイトしていたのが広州市内にあったヘビ料理店だ。

▲これがヘビ専門店のメニュー。「蛇」の字であふれかえっている
ヘビ肉はお粥やスープ、唐揚げなどで食べることが多く、滋養強壮に効果があるとも言われている。
味については、見た目のわりに非常に淡白な味で、鶏ムネ肉のような印象。バイトのときは最初は恐る恐るヘビをさばいていたものの、慣れてしまえば魚をさばくのと大して変わらないと感じるようになった。
人間の食欲は、果てしないのである。

▲遠目に見るとシマシマ模様のリボンを引っ張っているように見えなくもない

▲慣れないうちはウナギやアナゴだと思えば……いい……のか
さて、以上10個「マジか!」な中国の食事情を挙げてきた。
別に偏見をあおるわけでもなく、日本食を持ち上げたいわけでも全然ない。
というか、むしろこれほどバラエティ豊かな食体験を味わえる国もないわけで、自分もそこが気に入って結局6年間も住んでしまったという次第だ。
経済的発展でどんどん変わり続ける中国。その食事情もこれからあらゆる面で急速に変化を遂げていくだろうし、筆者もそれが楽しみでならない。
書いた人:西谷格(にしたに ただす)

2009年~2015年まで中国・上海に住み、中国社会について週刊誌などでレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』(小学館)など。



