【フランス人の味覚】なぜ今、パリで日本の「おにぎり」がトレンドになりつつあるのか?

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毎年ミシュランの星付きシェフがブースを出す、パリの食の祭典「テイスト・オブ・パリ」。その会場内にて、パリで長年飲食店を営む「国虎屋」が、来場者たちにある日本食を紹介していました。

彼らが紹介していたのは、あの「おにぎり」。美食を求め訪れた来場者が、興味深げにおにぎりについて尋ねているのです。

 

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一方、パリで年に数回華々しく開かれるパリコレ。フランスのトップブランド、バレンシアガがパリで開いたショーの裏では、ケータリングとしておにぎりが食べられていました。注文を受けたのは、パリにあるおにぎり専門店「おむすび権米衛」です。

 

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▲おにぎりバーが出す「いくら」おにぎり

 

以前のおにぎりは、一部のフランス人だけが知る、「日本のアニメ(漫画)に出てくる三角の食べ物」といったような認識でした。しかし今パリでは、その存在が少しずつ知られてきています。

 

そこで、おにぎりが人気を集める理由について調査をしてみた結果、浮かび上がってきたのは、「宗教・信条」「ボボ」といった2つのキーワードでした。

 

多文化社会が今おにぎりを求めている

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30年前、パリにオープンしたうどん屋「国虎屋」。2015年に始めた新業態が、エッフェル塔近くのパリ日本文化会館1階に店舗を構える「おにぎりバー」でした。名前の通り、おにぎりを専門に扱っている、パリ初の“おにぎり専門店”です。

 

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▲パリ日本文化会館とは外務省が管轄する独立行政法人・国際交流基金が運営するフランスにおける日本文化の発信拠点で、日本を紹介するイベントや展示を日々行う

 

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▲おにぎりバーはパリ日本文化会館のエントランスホールの一部を使っている

 

パリ日本文化会館にやって来るお客さんの多くは、日本文化に興味がある人たち。しかしそれでも、おにぎりバーを開いた数年前はおにぎりという食べ物への知名度は低く、おにぎりを身近に食べている日本人から見ると「へんてこに思えること」が、しばしば起きたそうです。

 

パリの日本食の移り変わりをよく知る同店社長の野本将文さんに、これまでに体験した、おにぎりにまつわる出来事をうかがってみました。

 

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──開店当初の2015年と比べて、パリの人々のおにぎりに対する認知度は変わりましたか?

 

f:id:exw_mesi:20190801115847p:plain野本さん:徐々に広まっています。ただ、初めは食べ方が浸透しませんでした。まずは海苔を食べ物とは思わずに、包み紙と間違えてはがしてしまう。「海苔も食べ物です」と教えても、その矢先に取ってしまう。
私たちが食べているところを見せながら教えると、「そういうことか」と納得してくれますが。今はもう大丈夫です、みなさんきちんと分かっています。

 

──食べ物とは思わないというのは、海苔の「黒」という色も関係しているのでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20190801115847p:plain野本さん:色は問題ありません。フランスで黒い食材といえばキャビアとかトリュフとか高級食材が多いですから。

 

──おにぎりバーの場合、日本のコンビニで売られているおにぎりのように、簡単に開封できるフィルムに包装されています。初見だと、開けるのは難しいのではないでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20190801115847p:plain野本さん:開封方法はフィルムに印刷してあります。しかし、実際はなかなかそれを読んでくれません。自分なりの方法で開けて、うまくいかなくなってしまう
ただ、開け方も時間が経つにつれて理解が進んできました。すでに開封の仕方を分かっているお客さまが、隣のテーブルで手こずっている人に、自慢げに教える光景も見られます。ちなみに、包装機については、ヨーロッパ規格に合ったものを日本から購入して使っています。

 

──おにぎりの良さというのは携帯のしやすさと食べやすさですよね。

 

f:id:exw_mesi:20190801115847p:plain野本さん:フランス人がサンドイッチをほおばるように、片手で食べられるのが利点ですね。Bento(弁当)もパリで広まっていますが、おにぎりの方が場所を選びません。

 

──以前『メシ通』の記事で、「フランス人は白飯だけを食べるのが苦手だから、醤油をかけて食べる」というトピックを取り上げました。おにぎりは、白飯の割合が多めですが、その点について問題はありませんか?

 

www.hotpepper.jp

 

f:id:exw_mesi:20190801115847p:plain野本さん:確かに、フランス人と日本人を比べれば、フランス人は白飯だけを食べることは得意ではないかもしれません。おにぎりを買っていただいた時に「醤油はありますか?」と聞かれることもあります。しかし、そういうお客さまは少ないです。おにぎりのご飯自体にも、塩を混ぜていて味はありますし。

 

──ただ、具の入れ方は日本のおにぎりと異なっているように感じます。

 

f:id:exw_mesi:20190801115847p:plain野本さん:当店のおにぎりは、種類によっては具をサンドイッチのように平たく伸ばして、ご飯でサンドしています。これはフランス人のお客さまにとっての食べやすさを意識しました。
うどん屋である「国虎屋」でも、どんぶりのメニューを出していますが、(日本人もそうですが)やはり具が多いほうがお客さまは喜びますし、ご飯だけを残す人もいますので。

 

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▲サンドイッチのように具を挟んだおにぎりバーの「しゃけ」おにぎり

 

──以前と比べて最近パリでは、おにぎりを見る機会が増えたように思えるのですが。

 

f:id:exw_mesi:20190801115847p:plain野本さん:目にする機会は増えてはいます。しかし「一般的に知られているか」と問われれば、まだまだと言えます。
ジャパンエキスポ(注:パリ郊外で毎年開かれる日本のアニメ、漫画、ゲームを中心とした見本市)のような日本文化に興味がある人が主となるイベントだと、多くの人がおにぎりめがけて集まります。一方で、「テイスト・オブ・パリ」のような“食”というくくりで展開されるイベントだと、「そもそもおにぎりとは何か」というところからお客さまに説明しなくてはいけません。

 

──おにぎりが注目され出した理由はどこにあると思いますか?

 

f:id:exw_mesi:20190801115847p:plain野本さん:多様な宗教や信条に対応できるからではないでしょうか。うどん屋の国虎屋に来るお客さまの中には、うどん屋なのに「グルテンフリーのメニューはありますか?」とお尋ねになる方もいらっしゃいます(注:グルテンは小麦やライ麦などの穀物の胚乳から生成されるタンパク質であり、うどんは小麦粉を使って打つ)
その点、おにぎりは米ですから、中身の具さえ選べば、グルテンフリーからベジタリアン、ビーガンのお客さまにもお召し上がりいただけます

パリでおにぎりを広める「ボボ」という存在

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▲おむすび権米衛パリ・パレロワイヤル店で販売する「スパイシー・チキン」おにぎり

 

宗教・信条の多様化と、おにぎりという食べ物の柔軟性が、近年のパリにおけるおにぎり文化発展の鍵となっていそうです。パリのおにぎり事情をより深く知るために、もう少し話を聞いてみます。

 

次に伺ったのがパリ中心部、日本食レストランや食品店が集まる一角に2017年11月に日本から出店した、おむすび権米衛パリ・パレロワイヤル店です。

 

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おむすび権米衛がパリに出店を決めたのは、毎夏パリ郊外で開かれる「ジャパンエキスポ」がきっかけ。2016年に、そこでおにぎり販売のブース展開をしたところ、国内外の店舗における1日の売上記録を更新してしまいました

そのジャパンエキスポでパリにおけるおにぎりの可能性を感じて、実店舗1号店としてオープンしたのが、このパリ・パレロワイヤル店でした。

 

同店を管轄する、「Gonbei Europe」の代表を務めるのが佐藤大輔さん。佐藤さんはパリで「おむすび権米衛」を“パリにおける日本食の一般化の最前線”と位置付け、フランス法人を営んでいます。

(なお「おむすび権米衛」では、「握る“おにぎり”と結ぶ“おむすび”は異なるもの」といった考え方をされているため、以下の佐藤さんの発言は全て“おむすび”に統一しています。)

 

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──おむすび権米衛はジャパンエキスポでの成功に基づき、パリを「おにぎり市場のブルーオーシャン」だと踏んで進出したそうですが、今おにぎりはパリで流行りつつあると思いますか?

 

f:id:exw_mesi:20190801115943p:plain佐藤さん:局地的には流行っています。しかし全体的にはまだまだですね。流行っているのは、パリ市内でいうと中心部の1〜8区に住む人たちの間(注:パリは全20区に区が分かれており、中心部から右巻きに渦を巻くように1区から20区までが配置されている)で、ということです。
それ以外の区では、おむすびの認知度は低いでしょう。そもそも日本食自体、そこまで食べられているとは思いません。

 

──パリの中心部に住めるというのは、お金に余裕のある人たちということですね?

 

f:id:exw_mesi:20190801115943p:plain佐藤さん:はい。トレンドを常に意識してヘルシーなものを好む、「ボボ(Bobo:ブルジョワ・ボヘミアン)」と言われる人たちです。職種はファッション、IT、金融など。なぜ職業の分類が分かるかというと、支払いの際に受け取る「チケ・レストラン」(注:企業が社員に福利厚生として配る全国共通で使える食事用金券)の企業の傾向がそうだからです。
流行への感度が高いボボは、実はパリの日本食の一般化を手伝っている側面があります

 

──それはどういうことでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20190801115943p:plain佐藤さん:私たちがパリに進出する前、さまざまなフランスの食文化についての話を聞かされていました。
「フランス人は辛いものがダメ」「タコを食べない」「白飯だけは食べられない」「日本のものをそのまま出すのではなく、現地に合わせてローカライズしないとダメ」などといったものです。

 

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──確かに、以前はそういう傾向はあったと思いますが、今は違うのでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20190801115943p:plain佐藤さん:当店も、オープン当初はサーモンとかツナマヨとか、クラシックな具が売れていました。しかし、次第に日本人でも辛いと感じるスパイシーな具や、タコの混ぜご飯を使ったおむすびが普通に売れるようになりました。白飯だけの塩むすびを好んで買うお客さまも増えましたね。
おむすび自体もローカライズせず、日本の店舗で売られている商品と何も変えていません。つまり、進出前に聞かされていたイメージと進出後、そして今では状況が随分変わっているんです。

 

──フランス人の「食」に対する感覚が変化しているということでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20190801115943p:plain佐藤さん:フランス人の食域、つまり口にする食べ物の種類や味覚の受け入れ範囲が、年々広がっているからだと思います
例えば、おむすびの味を分かり始めた常連さんが、食べる前から醤油をほしがる人に「醤油を付けて食べるものではないよ」と教え始めた時、パリの人々がおむすびというものを分かってくれ始めていると感じました。

 

──いち早く常連のお客さんとなっているのが、ボボの人たちだと。

 

f:id:exw_mesi:20190801115943p:plain佐藤さん:日本に旅行に行くフランス人は多いですが、長距離フライトの海外旅行も経済的に余裕がなければ行けません。その点、ボボたちは新しいものに対して、面白がってお金を出せる余裕があります。
彼らが国内外で新しい食材や味に出会い、それを自らの生活に取り込んでいるんです

 

──日本食に関して、パリの人々の舌が肥えつつあるということですね。

 

f:id:exw_mesi:20190801115943p:plain佐藤さん:パリ・パレロワイヤル店は海外店舗ではありますが、日本産の米を玄米のまま冷蔵コンテナで日本から運び、メーカーと開発したヨーロッパ規格に合った特別な精米機で精米して、おむすびを作っています。
フランス人の本物の日本食に対する感覚はどんどん変わってきている。ごまかしは効かないです

 

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▲パリ・パレロワイヤル店のスタッフは日本、フランス、韓国、ベトナムと多国籍で、それぞれがほぼ3ヵ国語を話す

──おにぎりバーでも伺ったのですが、おにぎりが注目を浴びつつあるのは、グルテンフリーやベジタリアン、ビーガンの人たちも食べられるということにも起因していますか?

 

f:id:exw_mesi:20190801115943p:plain佐藤さん:そうですね。ただ、グルテンフリーやベジタリアンなどの人の割合は、もちろん伸びつつありますが、割合的には消費者全体の1割に届いていません。そのため、おむすびが注目されつつあるすべての理由を、そこに求められないと思います。
個人的には、おむすびは「すし」に代わる次の日本食になりうるものだと感じています。サンドイッチのように手を汚さず、手軽に食べられてヘルシーという位置付けですね。

 

まとめ

これまでの話を基にすると、パリにおいておにぎりが広まりつつある理由は、

  • 具を変えることでどの宗教・信条にも全方位で展開できる
  • 感度の高い「ボボ」が新しい日本食と本場の味を広めている

であることが分かりました。

 

近い将来、至るところでパリジャン、パリジェンヌがおにぎり片手に芝生の上でピクニックをする日が来るのでしょうか。おにぎりという新しいトレンドは、パリで少しずつ広がりつつあります。

 

お店情報

おにぎりバー

住所:Maison de la culture du Japon à Paris, 101 bis Quai Branly 75015 Paris
電話:+33 (0)1 40 55 39 00
営業時間:12:00~18:00
定休日:日・月曜日

www.kunitoraya.com

 

おむすび権米衛 パリ・パレロワイヤル店

住所:27 rue des Petits Champs 75001 Paris
電話:+33(0)9 84 17 60 18
営業時間:11:00~21:00
定休日:年中無休

www.facebook.com

 

書いた人:加藤亨延

加藤亨延

ジャーナリスト。日本メディアに海外事情を寄稿。主な取材テーマは比較文化と社会。取材等での渡航国数は約60カ国。ロンドンでの生活を経て現在パリ在住。『地球の歩き方』フランス/パリ特派員。

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