コロナ禍に海外の串かつ店がラーメンのテイクアウトを始め、規制解除後に満席になった理由

コロナ禍で深刻な打撃を受けているフランスの飲食業界。そんな中、パリの串カツ屋がテイクアウト向けに始めたのは……なんと「ラーメン」(それも15週間、毎週違ったメニューで)!?

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※撮影は2021年7月に、取材は2021年8月にオンラインで行っています。

 

飲食店にとって厳しい時期が続いています。コロナ禍になってからの1年半、フランスでは政府により飲食店の店内営業が2回にわたって禁止されました。代わりにテイクアウトへの対応、メニュー構成の再考など、各店はコロナ禍で生き残るためさまざまな工夫を凝らしています。

そんな中、パリでは、串かつ屋であるにもかかわらず、15週にわたり週替わりでテイクアウトのラーメンキットを販売した店がありました。大阪に本店がある「串かつ 凡」のパリ店「Kushikatsu BON」です。

同店では、このコロナ禍で始めた新しい取り組みが、店内営業再開後の客足増加につながったと言います。串かつ屋が始めたラーメンキットという奇策は、未曽有のコロナ禍をどのように切り開いたのでしょうか?

 

パリの飲食店にとっての長い冬

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パリ市内中心部から少し東寄りにある共和国広場。「共和国(レピュブリック)」という名前のとおり、広場にはフランス共和国を象徴する女性像“マリアンヌ像”が中央に立っています。いつも若者であふれている、とても活気ある地区です。

そこから通りを少し東へ行った先に、Kushikatsu BONはあります。

 

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▲店舗を任されている伊藤聖一さん。2012年から、店長を務めてきました

 

2020年に始まったコロナ禍は、ここフランスでも飲食店に苦難を強いました。

2020年3月、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けて、フランス政府は飲食店の店内営業を禁止に。夏の間、それは一時的に緩和されましたが、秋になり感染者が増えてくると同年10月30日に再び外出制限がかかり店舗が閉鎖となりました。2021年6月に全面解禁されるまで、飲食店にとっては長い冬となりました。

 

休業期間中は、政府による従業員に対する給料の一部補償などが行われ、テイクアウトでの販売も認められていましたが、今まで経験したことのない長期休業や外出制限によって、Kushikatsu BONも今後の経営について対応を迫られました。

 

「とにかくテイクアウトの常連さんを作ろう」

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▲ランチ時に店のカウンターに並べられた、持ち帰り用の紙袋

 

──今回はお忙しいところありがとうございます。2020年10月末から禁止されていた飲食店の店内営業が、2021年6月から全面解禁になりました。ようやくコロナ禍前と同じように営業ができますね。

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤聖一さん(以下、敬称略):ありがとうございます。営業を再開できて嬉しいです。

 

──フランスでは2回にわたって飲食店の店内営業が禁止されました。当時どんなことを考えましたか?

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:まず、お金の心配をしましたね。1回目の店内営業禁止が通達された時、他の飲食店と同様に公的補助金の申請はしていたのですが、実際に補助金の振り込みがあったのは2020年夏の一時緩和時でした。
そのため、2回目の店内営業禁止の通達を受けた時にやったのは、補助金はあてにせず、1回目に生まれたテイクアウトの需要と、そこから算出した今後の利益を予測することでした。それらに加えて、今ある店の蓄えでどこまで経営が持つかということも考えました。

 

──1回目と2回目で違いはありましたか?

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:。1回目は未知のウイルスへの恐怖から、パリの街がゴーストタウンのようになりましたが、2回目はフランス国内での行動制限も緩くなったため、人の流れがありました。そのためテイクアウトの需要も増えましたね。

 

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──テイクアウトを始めた当初は、どのようなメニューを提供していましたか?

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:当店の場合、普段のディナータイムであれば59ユーロ(2021年8月下旬時点の為替換算で約7,600円)で串かつのコースをお出ししています。
しかし、店内営業が禁止された期間は、ランチのみの営業で11〜13ユーロ(2021年8月下旬時点の為替換算で約1,400〜1,700円)の、お手頃に食べられるメニューと価格構成でテイクアウトを始めました。

 

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▲2020年6月当時のテイクアウトの内容は、ハンバーガー、カレー、弁当といったもの。カレーに串かつを添えたりと、いずれも揚げ物の要素を加えている(写真提供:「Kushikatsu BON」Instagramより)

 

──店内営業ができない時期は、店をどのように切り盛りしましたか?

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:1回目の時は、もう一人の従業員に手伝ってもらう形でテイクアウト営業を行い、2回目は同じ営業形態で、私一人だけで店を回すことにしました。そのぶん数は作れませんので、とにかくテイクアウトのお客さまを作ろうと思いました。
そのためにも、コミュニケーションは忘れてはいけない要素です。店内営業のような形ではできませんが、受け渡しする際の交流は短くても大切にしました。
とは言っても、同じメニューでは常連さんも飽きがきますし、私自身のマンネリもありましたので、ラーメンを加えるにいたったわけです。

 

ラーメンを15週連続で開発、それも週替わりで

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──ラーメンは土曜限定で15週にわたって提供し、しかも週替わりでメニューを変えたんですよね。※2021年4月で販売終了

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:うちは串かつ屋ですので、ラーメンではラーメン専門店さんに勝てません。専門店ではないため、同じ味を毎日安定的に出すことも難しいです。
それなら毎回、ラーメンの味を変えていこうと。それに味を固定しないことで、普段使っている食材のなかで端材が出たり、消費期限が迫ってきたり、または業者さんが売りたい食材があったりした時に、フレキシブルにも対応できるのではと思いました。

 

──端材や商品期限間近の食材の利用は、例えばカレーなどでもできますが、そもそもなぜラーメンなのでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:カレーもベジタリアン向けのメニューとして、すでに当店で提供していましたが、ラーメンの良さはブイヨンを煮込んでスープにするところにあります。
飲食業にとって、フードロスをなくすということは取り組むべきテーマの一つですが、ラーメンなら骨なども全て食材として、ブイヨンに使うことができますから
加えて、今ラーメンは世界的に見ても爆発力がある日本食です。食材を柔軟に使えてロスをなくすことができ、地元の人にも美味しく食べていただけるという点で、今回の状況に合うと思いました。

 

──テイクアウト向けのラーメンは、どのような形で販売したのでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:ラーメンのテイクアウトは、スープと麺をすでに合わせた状態だと、家に持ち帰って口にした時点で、どうしても味が落ちてしまうのがネックです。
そこで、スープや麺を別にして、家でスープを温め、麺を茹でて完成する「ラーメンキット」という形にしました。ただ、一手間かけて完成する商品ですので、平日の昼間はお客さまもなかなか調理の時間が取れないと思いました。それで週末の土曜限定にしたんです。

 

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▲ラーメンキット(15ユーロ(2021年8月下旬時点の為替換算で約1,900円))の中身。この週は家系風のチャーシュー麺。串かつも3本付いている

 

──Kushikatsu BONでは、豚骨から始まって、鳥塩野菜ラーメンや味噌ラーメン、つけ麺、まぜソバ、タンタン麺など、さまざまな形態と味のラーメンを提供し続けました。なぜ最初に豚骨を選んだのでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:豚骨が自分にとって好きな味だった、というのが第一の理由です。そして数あるラーメンの味のなかでも、豚骨は中毒性が高いラーメンだと思ったからです。
もちろんフランスには、豚が苦手だったり宗教上の理由で食べられなかったりする人は多いですが、食事のなかからあえてラーメンを選ぶ人は、そういう制限のないお客さまが多いと思います。
最初に出すなら自信のある豚骨ラーメンで、お客さまに良い味のイメージを持っていただこうと考えました。

 

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▲Kushikatsu BONが最初に出した、豚骨に鶏ガラを加えたラーメン(写真提供:「Kushikatsu BON」Instagramより)

 

──豚骨ベースというと、すでにパリには「一風堂」や「なりたけ」といったパリの人々にも馴染みのラーメン店がありますが、競合することは考えましたか?

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:当店で出した最初の豚骨は、豚骨ベースではあるのですが「家系」のものを出しました。
共和国広場近辺には一風堂さんの「IPPUDO République(レピュブリック)」がありますが、そこは豚骨ではなく、鶏スープを主にしたラーメンを提供する店舗です。そのため競合もしませんし、需要もあるのではと予想しました。
最初の頃は、豚骨をベースとしてラーメンの種類を変えていて、その後は鶏ガラだけでダシを取ってみたり、ベジタリアン向けのものを作ってみたりしましたね。

 

──お客さまの反応はどうでしたか?

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:私が知る限り、パリで毎週違うラーメンを提供している店は当店しかありませんでしたので、ラーメンの常連さんは付きました。
週替わりで提供していると、「来週はこれを食べたい」とリクエストしてくださる常連さんもいらっしゃいましたし、「もう一度この味を食べたい」とおっしゃってくれるお客さまもいて、さまざまな反応をいただけました。
私自身、ラーメンのレシピを毎回変えるということで、今後店を再開して串かつの味に変化を付けた際、どのようなお客さまが新たに来ていただけるかのイメージも湧きました。

 

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▲包装されたラーメンキットと串かつ

 

──お客さまはフランス人の方が中心ですか?

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:普段は9割がフランス人のお客さまです。しかし、ラーメンに関しては7割がフランス人、3割が日本人でした。とはいえ、毎週レシピを変えましたので、その週のラーメンの内容次第で割合は大きく変わりました
例えば、まぜソバやつけ麺の時には、日本人のお客さまの割合がさらに増えました。フランス人にとってのラーメンは、スープに麺が入っていて、お肉や卵がのっているという典型的なものなので、まぜソバやつけ麺といったメニューのイメージが湧きにくかったのかもしれませんね。

 

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▲7週目は「まぜソバ」。※左右ともに(写真提供:「Kushikatsu BON」Instagramより)

 

コロナ禍の変化をビジネスチャンスに変える

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▲カレーをテイクアウト用に盛り付ける伊藤さん

 

──店内営業ができない時の経験は、現在につながりましたか?

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:ラーメンを含め、普段と違う趣のテイクアウトメニューを出し続けていたことで、そこから当店を知ってくださったお客さまは増えました。
また、例えばお酒のテイスティングイベントに添える料理のご要望であったりだとか、店以外での仕事を断らないようにしましたので、そこからお声がけいただけることも多くなりました。結果、店内営業を再開できてからは、満席の日が続いています

 

──ラーメンのテイクアウト販売という新しいチャレンジが、新しいお客さまを引き寄せたたんですね。

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:ただ、満席といっても以前のような満席ではありません。パリでは、ほとんどの飲食店がもうソーシャルディスタンスを取っていないとは思いますが、当店は2021年8月時点も、引き続きゆとりのある座席の配置にしています。
よって、一度に店内に入れるお客さまの数は以前より少ないのですが、それが逆に利益を生んでいます。

 

──それは、どういうことでしょうか?

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:当店の場合、カウンター席がメインの店ですので、常に真横に人が座ります。そうなると、コロナ禍は依然続いていますし、気にされる方もいらっしゃるかもしれません。それもあって、余裕のある席配置を続けていたのですが、そうしたら面白いことに客単価が上がったんです。
ソーシャルディスタンスを取ったことで隣との距離がゆったりし、お客さまが落ち着いて飲食できる状況になったことで、食事や飲み物の追加オーダーがより多く通るようになったのでしょう。結果、2021年7月の売り上げは、前々年度、つまりコロナ禍前の売り上げを大きく上回りました。

 

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──それは面白い現象ですね! 余裕ある席配置は、コロナ禍にかかわらずこれから先も続けていく予定ですか。

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:そうですね。同時に、私自身やサービス担当の従業員も、たくさんの人が同じ空間にいると、どうしても感染が心配になってしまいます。そのような環境で「笑顔でサービスを」と従業員に伝えても、心から笑顔になれないことがあるかもしれません。
それでしたら店のマネジメントの一つとして従業員の感染対策を徹底することは、モチベーションを保つためにも続ける意味はあるんじゃないかと思っています。

 

──今後は何か新しいことをする予定はありますか?

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:実は、あまり変わったことをするつもりはありません。私たち飲食業に携わるものにとっての生きがいは、「店に来てくださったお客さまに楽しんでもらう」ということです。
当店が、なんとかこうしてパリで生き残っている理由の一つは、常連さんが新たなお客さまを連れて来てくださった結果ですので、とにかくお客さまに満足していただけることを繰り返していくだけです。

 

──それでは、今後ラーメンを再開する予定はありますか?

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:いや、ラーメンはよほど自分が食べたいと思ったりしない限りは、もうしないと思います(笑)。
ただ私は、これは販売を終了して良かったと考えています。ずっと続けるより、いい思い出としてお客さまのなかに残っていると思うので、「またやってよ」と言われるくらいの段階で止めて正解だったと思います。

 

──なるほど。

 

f:id:exw_mesi:20210826153307p:plain伊藤さん:ラーメン以外にもし新しいことをするとすれば、地方の店舗を借りて期間限定でKushikatsu BONの出張店というのができればと思っています。
一方で、地方でレストランをされている方がパリに出張で来て、数日間限定で当店を間借りして店を開くといったようなこともできたら、面白いんじゃないかとも考えています。
あとは、やはり串かつ屋ですので、フランスで「Kushikatsu BON」印のソースを出せればといいですね。いつの日か、当店の特製ソースがフランスのスーパーマーケットなどに陳列される日が来たら嬉しいです!

 

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まとめ

Kushikatsu BONでは、コロナ禍で必要に迫られて行った以下の試みが、結果的に店の利益をもたらすことにつながりました。

 

・ラーメンを週替わりで出す(→食材を有効活用できた)

・通常ではできないメニュー、味に挑戦する(→店内休業時でもお客さまの関心を引き留められた)

・テイクアウトの常連客を新たに作る(→店内営業再開後の集客につながった)

 

今回のお話をもとにすると、コロナ禍をマイナスとして捉えるのではなく、そのなかでプラスの面を見いだしていけば、新しい展開が生まれる余地は、まだまだ残っているのかもしれません。

 

お店情報

Kushikatsu BON Paris

住所:24 rue Jean-Pierre Timbaud 75011 Paris
電話:01 43 38 82 27
営業時間:19:30~24:00  ※2022年1月24日より、入店にはワクチン・パスの提示が必須となっています(3月14日より解除される予定)。
定休日:水曜日・日曜日

www.kushikatsubon.fr

書いた人:守隨亨延

加藤亨延

ジャーナリスト。日本メディアに海外事情を寄稿。主な取材テーマは比較文化と社会、ツーリズム。取材等での渡航国数は約60カ国。ロンドンでの生活を経て現在パリ在住。『地球の歩き方』フランス/パリ特派員。

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