埠頭の「ナポリタン専門店」が、港で働く人々の“メシ革命”を巻き起こした

“陸の孤島”と呼ばれる横浜の港湾エリアに、「ナポリタン」の専門店が出現!? 港周辺で働く人々をターゲットにした経営哲学と、「日本ナポリタン学会」会長(筆者)もうなる唯一無二のナポリタン観は、いま埠頭に“メシ革命”をもたらしているのだとか!

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みなとみらいでなければ、中華街でもない。「本牧」だ

 

横浜市中区・本牧。かつては風光明媚な海岸に面し、各界著名人の別荘が多く建ち並んでいた。戦後、米軍に接収されてからはアメリカ文化をいち早く発信するエリアに。返還後は「マイカル本牧(現・イオン本牧)」に代表されるように、横浜の新たなトレンドの拠点にもなった時代もある。

半島のような地形故に横浜の中心地からのアクセスが悪く、横浜市電なき後に地下鉄延伸の構想があったが、バブル崩壊後あたりからそんな話はなくなってゆき、いつの間にかバスか自家用車でなければ行くことができない“陸の孤島”となっていく。

 

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▲本牧ふ頭のガントリークレーン(コンテナなどの積み降ろしをするクレーン)。巨大なキリンのような姿を見ることができる、港町ならではの光景だ

 

そして現在は、住宅地として多くのマンション群が立ち並びつつも、臨海部は港湾の街として健在である。

 

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▲錦町交差点を歩道橋から眺める。『あぶない刑事』(ちょっと古いか)に出てきそうな“ザ・港”な風景。人通りはないものの、多くのトレーラーなどが行き交っている

 

ナポリタンで朝食を

訪れたのは本牧エリアの一つである、錦町「マリンハイツ ショッピングセンター」。上階は港湾関係者向けの住宅となっていて、1階部分は多くの飲食店などのテナントが入居している。

 

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そんな場所で今、「メシ革命」が起き始めているらしい。そう、ここ横浜ナポリタンPUNCH」で。

 

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その名の通り、ナポリタン一本で勝負するストロングスタイルな専門店である。創業は2018年8月20日。まだ出店して一年半ほどのニューカマーだ。

 

このお店の特徴の一つは、7時オープン/15時クローズという早開き早じまいの営業形式。つまりは、近隣の港湾で働く人々にターゲットを絞っているのだろう。

今回はオープン直後の様子に密着してみようと、珍しく早起きした(が、オープンの7時にはさすがに間に合わなかった……)。

 

麺量2倍は実質タダ!

早速朝ごはんとしよう。注文は食券スタイル。トッピングも充実している。地元メディアには度々取り上げられ、話題を呼んでいるようだ。

 

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普通盛の「パンチ(225g)」は750円だが、2倍量の「ダブルパンチ(450g)」でも価格は750円のまま! であれば当然、ダブルパンチを選んでしまう。

 

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▲ダブルパンチ(750円)

 

食券を渡し、心地よい炒め音を聴かせてもらい、5分ほどで出てきた。

ダブルパンチ、さすがの盛りである。もっとイケる方は最大量となる1,125gの「メガトンパンチ!!(1,150円)」もあるから挑戦しよう!

 

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具材は玉ねぎ、ピーマン、赤ウインナー。そしてポテトサラダがサイドに付く。

麺の太さは一般的なパスタのサイズであり、特別太くはない。私はナポリタンのシズル感は「照り」にあると考えているが、アルマイト皿に盛り付けられたPUNCHのナポリタンは、ソースや油のバランスと炒め具合が絶妙で、食欲をそそられる見事な「照り」具合だ。

 

一口頬張る。トマトケチャップの酸味は抑えられ、甘味が前面に出たテイストである。うん、これは毎日食べても飽きがこない、親しみの持てるナポリタンだ。

 

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カウンターには粉チーズとタバスコの他に、オリジナルのチリオイルが常備されている。どれだけ大盛りでもこのあたりを駆使すれば、味の変化を楽しめ、フォークが止まらない。

 

ここに来るお客さんはどんな層なのか?

11時半となり、作業着姿の人々が続々とPUNCHに集まり始めた。お昼休みの時間帯のようだ。

皆港湾関係の人々なのか。何人かに直撃し、話を伺うことにした。

 

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確かに「○○海運」など、それらしき人々は多い。しかしながら、作業着が撮影NGの方が多く、インタビューがなかなか成立しない……。

 

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ならば、とスーツ姿の方に声をかけてみた。名前と顔はNGとのことで、Aさん(50代)とする。

 

──何をオーダーされましたか?

 

Aさん:ダブルパンチにエビフライ×2(250円)をトッピングしました。

 

──こちらは常連ですか?

 

Aさん:いえ、実は初めてです。ナポリタンが好きなので来てみました。

 

──お仕事は何ですか?

 

Aさん:横浜市内のホテルの営業をしております。外回りのルートでたまたま近くに来たもので。

 

──ナポリタンはお昼によく召し上がりますか?

 

Aさん:ええ。カレーもよく食べますが、カレーもナポリタンもハズレが少ないので、午後の仕事にも良いコンディションで臨めます。PUNCHは初めてでしたが、食べたい量も選択できるし、美味しいし、良いお店を見つけました。

 

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二人目は作業服の方であるが、快く応じてくださった村上光一さん(60代)。

 

──何をオーダーされましたか?

 

村上さん:ダブルパンチ。普通盛の倍の麺量なのに、値段が同じだからね。

 

──こちらは常連ですか?

 

村上さん:うん、ポイントカードだって持ってるよ。

 

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▲村上さんはポイントカード所持の常連さんだった

 

PUNCHのポイントカードは店頭でもらうことができる。食事1回毎にスタンプが押され、スタンプがたまるとトッピング1品無料や、ナポリタン1皿無料などのサービスが受けられる。有効期間は発行日から1年間。

 

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▲しっかりポイント貯まってます!

 

──お仕事は何ですか?

 

村上さん:このお店と同じ中区は山元町で、電気工事の自営業をもう40年くらいやってるよ。この周辺も仕事で回るから、ここにはよく来るんだ。

 

──ナポリタンはお好きですか?

 

村上さん:うん、なんとなく好きだったね。移動がてら昼食をとることが多いから、車を停めやすいラーメン屋で豚骨ラーメンばかり食べてたんだけど。年取って健康的にもそればっかじゃダメだなと思って、野菜が摂れるナポリタンをよく食べるようになったんだ。

 

──PUNCHのナポリタンはいかがですか?


村上さん:最初は道すがら来ていたんだけど、美味しいから足繁く通うようになってね。ポイントもこれからどんどん貯めていくよ。

 

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▲「じゃ、取材頑張ってね」と言ってお別れした村上さん。本当にありがとうございました!

 

お客さんにインタビューして分かったことは、横浜ナポリタンPUNCHは決して港湾で働く方だけが足を運ぶお店ではないということ。港とその周辺の人々の胃袋を、オープンから一年半にして掴み始めているのであった。

 

コンセプトは“ジャメリカン”

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続いて、横浜ナポリタンPUNCHを運営する株式会社クリモトの栗本志能武さんに、お話を聞いてみた。

 

──店名の「PUNCH(パンチ)」というネーミングは、響きがパワフルでとても馴染みやすいと感じましたが、由来は何でしょうか。

 

栗本さん:「昭和の時代から日本人に馴染みのある、ナポリタン専門店にしよう」と考えた時に、店名も懐かしさを感じるインパクトのある横文字にしたいと思い「パンチ」に決めました。『平凡パンチ』とか、パンチパーマとか、どこか昭和を連想させる言葉ですよね。

 

──なるほど。新しさの中に懐かしさを感じさせるクレイジーケンバンドも、曲のタイトルや歌詞に「パンチ」を多用しています。そんなクレイジーケンバンドのホームでもある本牧に出店を決めたのは、どんな理由からですか。

 

栗本さん:やはり港町、埠頭が好きだったんです。私は広島福山市の牛乳屋(クリモト牛乳)に生まれ育ち、いずれは家業を継ぐつもりでいたのですが、その一方でサッカー選手になるという夢があり、小・中・高とサッカーにのめり込んでいました。
高校卒業後も、まだサッカーに未練があってイギリスやブラジルへサッカー留学をしていたんですけど、留学先で見たいろんな港町の埠頭の風景が好きだったんです。それに、横浜は母の実家もあり馴染みがありました。

 

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▲マーロン・ブランドやマッカーサーを彷彿とさせるPUNCHのキャラクター。サングラスを取ったら日本人だった、という「ジャメリカン」を意識しているという

 

──本牧は、みなとみらいや山下公園などとは一味違った魅力がありますね。

 

栗本さん:特に戦後は長く接収されていたこともあって、アメリカ文化が色濃かったんです。それに影響された日本人は、自分たちのテイストに合わせて米国のカルチャーを取り入れていきました。
私はそれを“ジャメリカン”と呼んでいるのですが、PUNCHもそんなかつての本牧スタイルをコンセプトに、地元から愛されるお店にしていこうと。

 

──最初からナポリタン専門店と考えていたのですか?

 

栗本さん:これまでいろんな飲食店をプロデュースしてきましたが、いつも私はハード(店舗)を先に決めてからソフト(メニュー)を考えるんです。
今回もこの本牧エリアの錦町という場所がとても気に入って、周辺にはラーメン屋とか中華系のガッツリメニューのお店が多い。そんな中で「横浜のソウルフード」「ジャメリカンのコンセプト」「埠頭の人の食事=お腹にたまる」などのキーワードやイメージから考えた先にあったのが、ナポリタンでした。

 

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──しかしながら、このエリアは昼間港で働いている人が主なターゲットになると思います。それ以外のお客さんは呼び込めないのではないか、という懸念はありませんでしたか?

 

栗本さん:この界隈を知っている人みんなに反対されました。でも私はこの閑散とした感じが好きなんです。ここが直感的にピンとくる場所だった。
広報的にもあえて自分たちから発信していませんので、公式SNSもありません。「たまたま通りかかった」とかをきっかけに口コミで広めてもらうべき、というポリシーを貫いています。

 

誰もが作れる美味しいナポリタンを開発

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──ここからはPUNCHのナポリタンの秘密について伺いたいと思います。調理は女性スタッフが中心なんですね。

 

栗本さん:2018年夏のオープン当初は私がずっと厨房に立っていましたが、おっさんが作って提供するのも、ちょっと……と思って。

 

──私は「美味しいナポリタンとは、屈強な男が重い鉄のフライパンで作るもの」というやや偏った考えを持っていました。

 

栗本さん:確かにそういうお店も多いですが、鉄のフライパンでの調理は習得に時間を要します。ナポリタンをいつまでも文化として継承してもらうためには、誰が作っても美味しいナポリタンになるように設計する必要があると思うのです。
だから女性スタッフでも使いやすい、軽量なテフロンのフライパンで提供しています。テフロンでもサイズ・薄さ・ブランドなどで仕上がりが変わってきますし、いくつも試して現在のものに落ち着きました。そういう経緯からもテフロンが最強だと思っています。

 

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──PUNCHはナポリタンソースもオリジナルなんですね。これもテフロンでの炒めに合わせて調合されているのですか?

 

栗本さん:その通りです。プロのシェフ仲間と意見交換を重ねて完成させました。

 

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──見たところでは乳化している感じですが、どんなものが入っているのでしょう?

 

栗本さん:企業秘密もあるので全てはお教えできませんが、カゴメのトマトケチャップをベースに、全部で5種類の材料をブレンドしています。弊社の母体が牛乳屋ということもあり、乳製品が入っているのは確かです。

 

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▲お昼ごはんでいただいた「パンチ」に、メンチカツとクリームコロッケ(各150円)をトッピング

 

──トッピングもバリエーションが豊富ですね。先ほどいただいたメンチカツとクリームコロッケもサクサクかつジューシーで大変美味しかったのですが、これらも自家製ですか?

 

栗本さん:いえ、本牧通りの名店・杉山牛肉店から仕入れています。地元に愛されるお店でありたいので、地元で愛されているものを活用して相互に高めていけたらと。玉ねぎやピーマンなどの野菜も、本牧通りのスーパーにお願いして配達していただいています。

 

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──今後のPUNCHの展開はどんなものになるのでしょうか? オペレーションも確立されていると思うので、2号店の出店などもあるのでしょうか?

 

栗本さん:それは現時点では考えていません。このお店もこの本牧というエリアだからこそやっていて楽しいというのもあります。改めて思うのは洋食屋が好きということ。
洗練された料理や、エッジが効いたものとはかけ離れた魅力が洋食にはある。その象徴がナポリタンですね。これからもやりたいことを、やりたいようにやっていきたいですね。

 

──今後も期待しています!

 

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編集部から提案されたタイトルが大げさかな? と思いつつ取材に臨んだ“埠頭のメシ革命”。

先進的なオーナーによる綿密なコンセプトや、女性メインのオペレーションをはじめ、特にテフロンのフライパンで美味しく作るという点ではナポリタンにおいて"古典主義"な考えを持っていた筆者にとって衝撃で、これからのナポリタン文化が垣間見えた。

 

そもそも「ロードサイドのナポリタン専門店」というのは、考えてみれば全国でも珍しく、新しい。ラーメンかカレーの2択だったハマの港湾メシに、“大盛りナポリタン”の選択肢が加わったのである。

 

そして敢えて観光客でなく、港湾とその周辺で働く人々に向けて横浜のソウルフード・ナポリタンを根付かせようという、いわゆるシビックプライドの醸成という意味でも、“革命”という表現はあながち間違っていないと感じた。

 

お店情報

横浜ナポリタンPUNCH

住所:神奈川横浜市中区錦町16-1 横浜マリンハイツ1号館
電話:080-9795-6445
営業時間:月曜日~金曜日7:00〜15:00(L.O.14:30)、土曜日11:00〜15:00(L.O.14:30)
定休日:日曜日、祝日

書いた人:田中健介

田中健介

横浜発祥と言われるスパゲッティナポリタンを愛し、2009年より「日本ナポリタン学会」会長として、横浜を中心にナポリタンの面白さを発信する。著書に「麺食力-めんくいりょく-」(2010年、ビズ・アップロード)、連載に「はま太郎」(星羊社)の「ナポリタンボウ」(2017年〜)など。

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