社会人になって飲み会デビュー。上司に勧められるまま日本酒を試してみたものの、翌日は二日酔いと頭痛でエライことになったという方も多いはず。私も似たようなクチです。
もっとも最近は、上質な純米酒や吟醸酒を当たり前のように飲めるお店も増えてきました。とりわけ、お米だけで丁寧に醸造した純米酒は口当たりが良く、自分の許容範囲内で飲めば寝覚めもスッキリ。近年は蔵元や地酒の特集を組む雑誌がぐんと増え、ちょっとした日本酒ブームが巻き起こっています。
そんな中、異色の銘柄を世に送り出しているのが東北・岩手県の喜久盛酒造。まずはこのラベルを見て下さい。特殊漫画家としてカルト的な支持を得る根本敬氏が命名と題字を手がけた「電気菩薩」です。
これほどまでに強烈なインパクトを与える日本酒のラベルがかつてあったでしょうか。ただ、現在は製造されていない、幻の1本となっています。
この「電気菩薩」に続いて、喜久盛酒造が世に送り出した衝撃の1本、その名も「タクシードライバー」。今回取り上げる銘柄です。
名画のポスターではありません。日本酒です。そこに置いてあるだけで、誰もが度肝を抜かれる酒!
「とにかく若い人に、いい酒を飲んでほしいんです」
こんな個性的な酒を作っているのは、いったいどんな人物なのか。ちょうど、喜久盛酒造の社長が岩手から上京しているとのことだったので、さっそく会いに行ってみることに。
インタビューのために訪れたのは東京・四谷は舟町にある「月肴」。このお店は、タクシードライバーを常時扱っているお店です。
18時の開店と同時にのれんをくぐると、そこには喜久盛酒造の五代目、藤村卓也氏の姿が。
潔く刈り上げたスキンヘッドに、黒のパーカー。とても老舗蔵元の社長とは思えない、ロック然としたたたずまいに、圧倒されてしまいました。
ロックバンドのロゴ入りパーカー?と思ったら、ナント喜久盛酒造のオリジナル。
こんな蔵元、見たことない!
実際お話してみると、とても柔和で穏やかな印象。それにしても、日本酒のイメージを覆す斬新なネーミングやラベルデザインを採用したのはどうしてなんでしょう?
「とにかく若い人に、いい酒を飲んでほしいんです」
藤村さんはそう力強く答えてくれました。
かつては「酔えればいい」派が大多数だったため、アルコールを添加した安価な日本酒がもてはやされ、若い人が「日本酒は二日酔いで頭痛になるものだ」と思い込み、結果的に遠のいてしまったことがありました。その悪循環から脱するには、上質な日本酒を作り、若い人に呑んでもらうことが先決だと考えたそうです。
創業120年の老舗が「タクシードライバー」を生み出したワケ
喜久盛酒造の創業は1894年(明治27年)。120年以上の伝統ある蔵元ですが、日本酒業界は300年、500年という歴史がある会社も多いので、これでも歴史が新しい方に入るのだとか。ちなみに「喜久盛」という社名は、御祖父様の久喜さんという方が「逆立ちしてでも会社を盛り上げる」という意味を込めて付けたそうで、藤村さんが斬新な日本酒の銘柄を造られたことと重なる部分があります。
そんな藤村さんが社長に就任したのは2003年。先代だった父親の急逝に伴い、弱冠30歳にして5代目に就任しました。
タクシードライバーは2005年に生まれたそうですが、誕生のきっかけは?
「ひょんなことから、デザイナーの高橋ヨシキ氏と知り合いまして。意気投合して飲んでるうちに、タクシードライバーっていうお酒を一緒に作ろう!となったんです。まずラベルのイメージが最初にあったので高橋氏にお願いして、私の方の醸造の研究を重ねていって。お酒そのものに関しては、決してツウ受けを狙ったものではない、広く楽しんでもらえるような味わいを目指しました」
発売当初は通販などで販売し、徐々に県外出荷が増えていったのち、まずは大阪の市場で話題になり定着。そこから、日本酒の流通で著名な東京・聖蹟桜ヶ丘の小山商店をはじめ、渋谷駅近くのエチゼンヤなど、首都圏で手に入れられる販売店や居酒屋も増えているとのこと。この月肴も、そのひとつです。
それにしても恐るべしなのは、藤村社長の発想力と行動力。20代は東京でゲームデザイナーの仕事に就いていたそうですが、自身が愛してやまない音楽や映画、マンガといったサブカルチャーを半ば強引に仕事に結びつけていくパワーは並大抵のものじゃありません。
ご本人はいたって淡々と話されますが、ブレない信念と、本物の味への執念があるのでしょう。
豊潤でどっしりした“タクドラ”と、絶品の肴に舌鼓!
ついに、タクシードライバーをいただいてみることに!
ふだん「月肴」では、タクシードライバーをグラス1杯(120cc)680円で出してくださるとのこと。
わかりやすいように通常版と、レアバージョンのおりがらみ(写真右)をグラスに注いでもらいました。ちなみに、「おりがらみ(滓絡み)」とは、日本酒を絞った後に清酒に混じるわずかな米の成分が混ざった日本酒のこと。開栓時に振ってあるので、滓が混ざって白く濁っています。
通常版の“タクドラ”は、どっしりした風味。豊潤でありながら、決して甘ったるさの残らない、ほどよいキレ味を持っています。一方、レアバージョンのおりがらみは、米の香りを強く感じるものの、よりフルーティな味わい。酵母や滓の影響で違う風味が生まれているんでしょうね。
ところでこの「月肴」、2012年にご夫婦でオープンされたお店とのことですが、肴になる料理を心得ておられました。
まずは、お刺身おすすめ6点盛り(1,890円)。右から、三重県産のサバ(しめさばと軽く炙ったもの)神奈川県産の太刀魚(皮目を炙ってあります)、鹿児島県産の石鯛、鹿児島県産の天然ブリ(腹側を炙ったものと刺身)。
その日入って仕込んだ刺身6点を、おまかせで盛ってもらったんですが、全て天然もの。どれも日本酒を邪魔しません。部位が違う同じ魚の刺身を食べてみると分かりますが、部位ごとのうまみが一番引き立つような包丁の入れ方、炙りなどの加工がしっかりされています。
そして、この日のオススメだった、ランプ肉のタタキ(1,730円)。
この火の入り具合。表面だけしっかり火を通してあって、中にはゆっくり火が入る調理が施されており驚くほどジューシー。ワサビや、タマネギをしっかり炒めたソースでいただきます。
「来年からは、震災の影響で製造を休んでいた電気菩薩も醸造を再開します。すでに原料の酒米も入手する準備を行いました」
藤村社長はそう宣言してくれました。東日本大震災の影響で休止していた「電気菩薩」がついに復活するとなれば、心待ちにしていたファンもさぞや喜ぶことでしょう。
日本酒ブームが激化する昨今。その極北を邁進する喜久盛酒造は、これからもマニア心をひきつけながら、同時に日本酒の真価を提示し続ける存在となるはずです。
お店情報
和酒 月肴(げっこう)
住所:東京都新宿区舟町5-25 TSIFUNAMACHIビル1F
電話番号:03-5919-6697
営業時間:18時~25時
定休日:日曜日・祝日
書いた人:松沢直樹
1968年福岡県北九州市生まれ。SE、航空会社職員などを経て、1994年よりフリーランスの編集者・ライターとして活動。主に扱うジャンルは、食全般、医療、農業、安全保障、社会保障など。マグロ解体ショーの実演、割烹の臨時板前などとして、メシを作ることも。近著に「うちの職場は隠れブラックかも(三五館)」。Twitter:@naoki_ma