年間500杯食べるうどんマニアに教わる「こんなにいろいろある!ニッポンのうどん」

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うどんの常識を疑う

コシ、のど越し、出汁の3つが命といわれる「うどん」。

体内に半分ほど香川県民の血が流れる筆者も、41年間そう信じて生きてきました。

ところが……です。

世の中には、そんな「うどんの常識」を覆すうどんがあるそうです。

 

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そこで、全国各地のうどんを食べ歩き、昨年12月には『うどん手帖 死ぬまでに一度は食べたい!! 全国の名店50+α』(standards)も出版されたフリーライターの井上こんさんに、地域で異なるうどんの常識についてお聞きしてみることにしました。

うどん手帖 (死ぬまでに一度は食べたい!!全国の名店50+α)

うどん手帖 (死ぬまでに一度は食べたい!!全国の名店50+α)

  • 作者: 井上こん
  • 出版社/メーカー: standards
  • 発売日: 2018/12/25
  • メディア: 単行本

 

年間500杯のうどんを食べるうどんマニア

せっかくなので、井上さんおすすめのうどん店でお話をうかがうことに。

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(写真提供:井上こん)

 

指定されたのは、東急東横線学芸大学駅から徒歩15分ほど、目黒通りに面する「饂飩 すずらん」。幸運の神様ビリケンさんがアノ笑顔で迎えてくれる、関西風味のうどん店です。

 

──今日はよろしくお願いします。今回「饂飩すずらん」を選ばれた理由は?

 

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:ロッジっぽい店内の雰囲気がめちゃくちゃ落ち着くのもあるのですが、大将のひょうひょうとしたキャラクターが、またものすごくよくて。常連さんとの会話を聞いているだけでも面白いんです。

 

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▲「きざみ」(720円) (写真提供:井上こん)

 

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:うどん自体も、細麺だけどプリッとしていて、何より出汁のうま味が濃いんですよ。このエリアだったらおすすめしたくなっちゃうお店です。

 

──さすが、知り尽くされていますね。井上さんはライターとのことですが、うどん専門のライターさんなのでしょうか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:今はうどんに関係する仕事をメインにさせていただいていますが、過去にはグレーゾーンな場所に潜入取材をしたこともありますよ(笑)。

 

──お、おぅ、それはまた体当たり的な。それがなぜまたうどんメインに?

 

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:うどんはもともと趣味の域だったんです。ただ、長年「食べてうれしい」でおしまいだったのをカタチに残したいと思って、2016年の春から「うどん手帖」というブログをはじめました。それがメディア関係者の方の目に留まって仕事につながり、どんどん広がっていった感じです。

 

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福岡で開催された「博多のうどんを生かした地域づくりを考えるフォーラム」登壇時の様子 (写真提供:井上こん)

 

──うどんに関する取材以外にも、なにかうどん活動をされているのでしょうか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:テレビやラジオへ出演したり、トークショーなどで登壇したり、イベントの監修や、ユニークなものだとインドネシアでのうどんワークショップに呼んでいただいたこともあります。2018年からは「筑後うどん大使」も務めています。

 

──もうライターの域を飛び越えていますね。ちなみに、年間どのくらいうどんを食べていますか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:年間だと500杯くらいですかね。1日2〜3食とか、1食程度のときもあって日によっていろいろですが、毎日食べています。地方に行ったら1日で10軒回ることもありますよ。

 

──毎日ですか!?

 

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:みんなも毎日うどんを食べるものだと思っていたら、ある編集者の方に「それは普通ではない」と言われました(笑)。そのひと言が、ブログをはじめるきっかけにもなったんですけどね。

 

──いつ頃からそんなにうどんにハマったんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:タガが外れたように食べだしたのは、ひとり暮らしを始めた20歳くらいからですが、うどんは物心ついたころから好きでしたね。私にとってのデフォルトは、幼い頃に親しんでいた柔らかくて薄味の西日本のうどん。でも、食べ歩くうちにいろいろなうどんがあることを知り、いつしか作り手や原料に興味が移って、調べるほどに「知らないことがあり過ぎる!」と、どんどんハマっていきました。

 

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──著書でも、うどんの味だけでなく、店主やお店の雰囲気などにも多く触れていますね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:うどんのガイド本はたくさんあるので、作り手の人となりに寄せた本にしたいなって。「こういううどんとの接し方もあるよ」という提案ができたらいいなと思って書きました。でも、50軒だけに絞るのは本当に身を切る思いで……。読者の方に「へぇ、こんなうどんがあるんだ」と思ってもらえるように、特徴があるとか、店主が個性的とか、なにかしらフックのあるお店を選んで載せました。

 

「コシがある」「のど越しがいい」ばかりじゃつまらない

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ライターの域を超え、「うどニスト」と勝手に造語の称号をつけたくなるほどうどんマニアの井上さん。それだけに、世間で言われるうどんの常識についてどう感じているのか気になるところ。

そこで、一般的なうどんのイメージについても聞いてみることに。

 

──「コシ・のど越し・出汁」のよさがうどんの常識と言われることについてどう思われますか?

 

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:「コシがある」とか「のど越しがいい」というのがうどんの常識っぽくなっていますが、これらはひとつの表現で、評価項目ではないと思っています。うどんって、小麦粉と水と塩だけでできるすごくシンプルなものなのに、追求すればゴールがないほど奥深いんです。
だから、いいうどんの基準なんてないと思うんですよね。それなのに「コシがある」ばかり言われてしまうと、「コシがないうどんはダメ」みたいに聞こえてしまうので、そんな味気ない評価はつまらないなって思います。

 

──なんとなく、うどんはコシがあるものが良しと思っていました……。

 

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:そもそも「コシ」って、硬さだったり伸びやかさだったり、人によって感覚が違うので、すごく曖昧なものなんですよ。それが「ある」って変だよなって、テレビでリポーターの方が使うのを見ていつも違和感を覚えていました。
日本語にはすごくたくさんの形容詞があるんだから、うどんの表現ももっとあっていいんじゃないかなって。でも、今のうどんの常識はテレビのイメージがそのまま来てしまっているのかなって思います。

 

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▲井上さん自ら手打ちした麺 (写真提供:井上こん)

 

──テレビの影響は大きいかもしれませんね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:出汁にしても、確かに出汁は命ですけど、それだけじゃないんです。例えば伊勢うどんは、太いうどんにたまり醤油を絡めて食べるので、そもそも出汁の概念が、いわゆる「かけうどん」とはまた違います。それでもひとつのうどんとして根付いているので、うどんの常識だけで良さは判断できないと感じています。

 

──確かに、うどんって「讃岐うどん」とか「博多うどん」とか、ジャンルもたくさんありますもんね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:例えば博多うどんは柔らかいのですが、讃岐うどんを長ゆでしても博多うどんにはなりません。それは、使っている小麦も出汁の構成も違うし、文化背景も違うから。博多うどんが柔らかいのは、博多が商人の街で、うどんをファストフードとしてサッと出せるようにあらかじめゆでておいたからなんです。
そんなふうに、どのうどんにもそのスタイルになるまでのストーリーがあるんですよ。

 

井上さんが選ぶ「常識を覆すうどん」3選

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「コシ・のど越し・出汁」がうどんのすべてではなく、さらに「どのうどんにもストーリーがある」とわかると、これまで常識と思っていたうどんの概念を覆すうどんが知りたくなりませんか? そこで、井上さんがこれまで食べ歩いたなかでも、特に地域性を感じたうどんを3つ挙げていただきました。

 

三重伊勢市の「伊勢うどん」

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:先ほどもお話しましたが、麺にタレを絡めて食べるうどんです。スタイルも特徴的ですが、麺が柔らかいというのもひとつのポイント。よく「伸びている」と言われるのですが、お伊勢参りに来た旅人の疲れた胃腸をねぎらって、あえて柔らかくしているんです。
自家製麺のお店だと、60分くらいゆでているところもありますよ。400年ほど前に誕生してから現在に至るまで、ほぼ形を変えずに受け継がれている素晴らしいうどんです。

www.hotpepper.jp

 

秋田県の「稲庭うどん」

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:手延べで作る乾麺です。細めなのに、跳ねるような、踊るような食感があるんです。今は秋田県の名産として広く売られていますが、江戸時代はお殿様へ献上するためだけに作られていた高級品で、作り方も一子相伝だったという歴史を持つ、由緒正しい伝統的なうどんです。「見た目ほっそりうなじ美人なのに、食べてみたらおてんば娘だった」みたいなギャップも魅力ですね。

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www.hotpepper.jp

 

福岡県筑後地方の「筑後うどん」

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:柔らかさのなかにつきたての餅のような粘りがあるうどんです。小麦の持つでんぷんの粘りをうまく引き出していて、出汁なじみもとてもいいです。
筑後地方はお米も小麦も取れる豊かな土地で、農家の方が、米を主食、小麦からできるうどんを汁物として食卓に並べるようになったことから、飲めるような柔らかさになったそうです。

www.hotpepper.jp

 

──どれも地域の特色や文化がうどんに表れていますね。うどんの常識が異なるのも納得です。

 

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:それぞれによさがあるので、「この条件を満たしたうどんがいいうどん」というのが個人的にあったとしても、社会一般で枠にはめてしまうのはもったいないですよね。それに、柔らかさひとつとっても、ふわっとしているとか、伸びがあるとか、はかないとか、いろいろなベクトルがあります。そういう表現が広がっていけば、もっとうどんが楽しくなると思います。

 

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▲こちらも井上さんの手打ち麺。お店が出せそうなレベル! (写真提供:井上こん)

 

──そう考えると、やはり「コシ・のど越し・出汁」だけでうどんは語れませんね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190225144319p:plain井上さん:私は「作り手の数だけうどんがある」と思っています。どのうどんも、それぞれの店主が目指すイメージに向けて、麺質や出汁の構成を設計し尽くして完成させているんです。
だから、常識を基準に良し悪しを判断するのではなく、店主のこだわりに思いを巡らせながら、そのもののおいしさを味わってほしいなって思います。

 

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(写真提供:井上こん)

 

「コシがある」「のど越しがいい」などの一般的な概念にとらわれてしまうと、「そこを基準にしてしまって、目の前の1杯の本当のおいしさに気づけない」と井上さんは言います。

小麦の種類はもちろん、水1%の違いでも表情を変えるという「うどん」。“常識”を一度忘れて目の前の1杯に向き合い、ビジュアル、歯や舌へのアプローチ、そして店主が込めた思いすべてを楽しみながら味わえば、うどんの新たな魅力に気づけるかもしれません。

 

お店情報

饂飩 すずらん

住所:東京都目黒区中町1-25-13
電話番号:非公開
営業時間:11:30~LO 13:50頃(土曜日・日曜日は14:15頃)、18:00~LO 20:30頃(麺がなくなり次第終了)
定休日:月曜日(火曜日は昼のみ営業。支那そばと叉焼飯、うどんは休み)

 

書いた人:千葉こころ

千葉こころ

自由とビールとMr.Childrenをこよなく愛するフリーライター。旺盛な食欲と好奇心を武器に、人生を楽しむことに全力を注いで滑走中。

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