サッパリ売れなかった「小諸七兵衛」が乾麺そば界きってのベストセラーになるまで

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このパッケージに見覚えはないだろうか。

商品名は「信州田舎そば 小諸七兵衛」(メーカー希望価格281円)。都内のスーパーだと、確か220〜250円くらいで買えるはずだ。

そば好きの筆者(編集部ムナカタ)がその存在を知ったのは、テレビ番組『マツコの知らない世界』(TBS系列)がきっかけ。番組内では、バンド「DEEN」のヴォーカリスト・池森秀一氏が「毎日のように食べている」と紹介していた。2018年夏のことだ。

さっそくオンエア翌日、近所のチェーン系スーパーにて購入し実食。驚いたのは口にふくんだ瞬間である。

つるんとし過ぎない、手もみに近いのどごし。つゆのからみ具合の良さ。いかにも田舎そばらしい濃いめの色味と素朴な味わい──。

お手頃な価格も含め、確かに「毎日でも食べたい」味だった。

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▲2018年はこれでひと夏を過ごすはずだった……のだが

 

ところが、である。

「小諸七兵衛」はまたたく間に市場から姿を消す。地上波のテレビで取り上げられたため、すぐに売り切れてしまい、欠品状態になったのだ。近所のどのスーパーを回ってもその姿には会えず、再び巡り会うには数カ月待たねばならなかった。以降、「小諸七兵衛」は市場に出ては消え、を繰り返し現在に至っている印象だ(あくまで印象)。

これほどハマった「小諸七兵衛」。しかしあるとき気づいた。自分も世間も、この商品について何一つ知らないのではないかと。

いったいどんなメーカーが、どういういきさつでこの商品を生み出し、マスコミに紹介され、なぜ出荷と欠品のループが続いているのか。果たして、安定供給は可能なのか。真相を確かめに、製造元の信州ほしの株式会社がある長野県小諸市へと向かった。

 

群馬でうどん」からスタートした

小諸にある信州ほしの株式会社にて応対してくださったのは、星野二郎さんだ。

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──そばの話を伺う前に、会社のなりたちをお聞きしてもいいでしょうか?

 

f:id:Meshi2_IB:20191206172551p:plain星野さん:弊社・星野物産(信州ほしのの親会社にあたる)は創業1902年です。もともと群馬県を拠点に、地元で薪や炭などを扱う商店だったのですが、徐々に農家さんとのつながりがでてきて小麦を扱うようになり、1937年から小麦製粉メインの会社になりました。群馬って昔から小麦の生産が盛んなんです。

 

──当初からそばを?

 

f:id:Meshi2_IB:20191206172551p:plain星野さん:いえ、最初の乾麺はうどんです。「上州手振りうどん」という乾麺を1977年から売り始めて、最初のヒットになりました。当時って、乾麺は10〜15分の茹で時間が必要だったんですが、「上州手振りうどん」ははるかに短い5分程度で茹で上がるので、当時の時短調理を求める主婦層にウケたんです。以来、40年を超えるロングセラーになっています。

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▲オフィシャルサイトより。北関東ではチョー有名な乾麺である

 

──最初は群馬でうどん……。「長野でそば」とは全然違いますよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20191206172551p:plain星野さん:そばの乾麺も昭和の時代から手がけてはいたのですが、「やはりそばを作るなら長野だろう」ということで、群馬の本社とは別に、1997年にここ(長野県小諸市)にも工場を作りました。2006年頃から作り始めている「小諸七兵衛」もここで生まれました。

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品質に自信はあったが……売れない

──「小諸七兵衛」はどんなきっかけで生まれたんでしょう。ネーミングもちょっと独特ですよね。擬人化されているというか。

 

f:id:Meshi2_IB:20191206172551p:plain星野さん:乾麺そばのブランドのひとつとしてスタートしました。商品名は私の父である三代目の社長がつけたのですが、ネーミングの正確な由来までは正直わかりません。当時「ナントカ八兵衛」というヒット商品があって、それにあやかる形で「小諸七兵衛」とつけたと小耳に挟んだことがありますが、意味よりも語感を優先したんじゃないでしょうか。

 

──発売当時から話題になったんですか、「小諸七兵衛」は。

 

f:id:Meshi2_IB:20191206172551p:plain星野さん:いえいえ、これがまったく。うどんに比べればまだまだブランドも浸透せず、売上も低迷していました。そもそも食品のパッケージで「緑」って緑茶以外ほとんどないんですよ。スーパーのバイヤーさんからも「厳しいね」とか「こんなの売れないよ」と言われてばっかりで。

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▲「小諸七兵衛」シリーズのテーマカラーは発売時から一貫して緑色だ

 

──意外です。実力はあるのに。

 

f:id:Meshi2_IB:20191206172551p:plain星野さん:はい。当初から品質や技術には自信がありました。「麺に凹凸がついている」のが弊社の麺の特徴的な技術でして、画期的だったと思います。これによってのど越しが違いますし、つゆがらみも格段に良くなりますので。その証拠に「売れない」とは言っても、売上は毎年わずかに微増し続けてはいたんです。

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▲おわかりいただけるだろうか、微妙な麺の凹凸を。これこそが「小諸七兵衛」の特徴なのだ

 

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▲凹凸感は「もみ切り打ち」と呼ぶらしい

 

「これはヤバイことになる」と直感

売上こそイマイチだが、味は確かな「隠れ実力派」。

市場ではそんなキャラで通っていた「小諸七兵衛」に、一大転機が訪れる。絶大な影響力を持つあの番組から声がかかったのだ。

 

f:id:Meshi2_IB:20191206172551p:plain星野さん:2018年の5月か6月くらいに、テレビの制作会社の方から連絡がありました。こういう番組で、こういう方が御社の商品をご紹介したい、と。ウチとしては断る理由もないので「ぜひお願いします」と。

 

──番組に推薦者として出演されるDEENの池森さんが「小諸七兵衛」のファンであることはご存じだったんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20191206172551p:plain星野さん:誠に失礼ながら、池森さんが大変なそばマニアであることも存じ上げておりませんでした。

 

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▲「信州ほしの」の工場は見学コースも設けられている。写っているのは石臼式製粉機

 

オンエア予定日は2018年7月24日。スタジオ収録はその1週間前に行われた。

 

f:id:Meshi2_IB:20191206172551p:plain星野さん:ウチの商品を地上波で紹介いただく機会ってそれまでほとんどなかったですし、番組でどんな取り上げられ方をするのか見てみたかったこともあり、スタジオ収録に立ち会わせていただきました。

 

──実際どうでした?

 

f:id:Meshi2_IB:20191206172551p:plain星野さん:正直、驚きました。通常、あの番組って二部構成で、1コーナー15〜20分くらいじゃないですか。正直、ウチの商品は出ても数秒くらいかなと思っていたんです。ところが、予想よりもはるかに長い時間紹介してもらえて、それどころかマツコさんのお墨付きもいただいて。あれは間近で見ていて震えましたね。

www.tbs.co.jp

 

──私もオンエアを見ていて「これは食べてみたい!」ととっさに思って買いに走ったクチです。さらに、池森さんがご紹介なさっていた「全国のおいしいおそば屋さん」情報に混じって、「小諸七兵衛」だけは今スグにでも買える乾麺の商品というのも十分キャラ立ちしていましたよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20191206172551p:plain星野さん:はい。ただ感激した反面、収録直後に直感しました。「これはヤバイことになりそうだ」と。さっそく翌日に社内会議で「1週間後のオンエア後に注文が殺到する可能性が高いので、万全の体制を取っておくべき」と強く主張したんです。

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▲そばの元となる生地を平面状に伸ばし……

 

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▲水分を加えて柔らかくした上で細切りにカットされていく

 

オンエア後、想像を絶する凄まじい反響が

これはヤバイことになる──。星野さんのそんな予測どおり、7月24日のオンエア直後から事態は急変。テレビの影響力を身を持って知ることとなる。

  • 放送直後から会社のオンラインサイトに注文が殺到
  • 結果、アクセス集中し過ぎてサーバーがダウン
  • 小売店からも1日〜数日で商品が消える
  • オンエア翌日から小売店からのオーダーが殺到

直後に起きたことを並べるだけでもこれだ。1世紀以上にも渡る社の歴史においても異例の現象だった。

むろん、当該の番組の恐ろしいほどの経済効果は承知の上でも、すべてが「予想以上」だったという。

 

f:id:Meshi2_IB:20191206172551p:plain星野さん:こういう乾麺ってだいたい日に1〜2袋、スーパーの店舗で動けば(=売れれば)良いんですが、たった1日で1ケース(約10袋分)があっという間になくなってしまいました。体感的には、オンエア後の1週間で通常時の2カ月分くらいの注文がきたような記憶があります。ですが、商品の性格上、ある程度の製造時間がかかるので即納したくてもできないわけです。

 

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▲切った麺は4時間ほど乾かして伸ばす。この時点ですでに凹凸があるのだが、深く凹凸を入れ過ぎると、乾かしている最中に麺がだめになる。かといって凹凸が浅すぎても効果が活きない。絶妙な加減に調整するのは容易ではない

 

そこから営業部門はひたすら注文を断るための連絡を各所にし続けた。普段は売るために動いているにもかかわらず、その正反対のことをしなければならない辛さは察するに余りある。

結果、翌8月の初旬には一時的に出荷休止することに。

 

f:id:Meshi2_IB:20191206172551p:plain星野さん:「これはどこかで線引きしないと誰の得にもならない」と痛感したんです。

 

結局、同年の11月から復活したものの、市場での飢餓感が高まっていたのと、年末の年越しそば需要で在庫がほぼゼロに。

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▲2018年8月の時点で出荷休止し、11月から受注開始することがウェブサイトでアナウンスされた

 

体制を整え、やっと安定供給を実現

年が明けて2019年。年頭からゴールデンウイーク明けまでは不安定な出荷状況が続いてたものの、8月以降はほぼ安定した供給状態が続いている。

 

f:id:Meshi2_IB:20191206172551p:plain星野さん:専用の機械を増やし、需要に対応できる体制をようやく確立しました。また従来は関東メインの出荷でしたが、2019年からは関西をはじめ全国に販路が広がっています。取り扱い店舗も1.5倍に増えました。

 

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▲現在発売している乾麺そばは12種類。かつては全体の2割ほどだった「小諸七兵衛」の売上は、ここ1年半ほどで約半分を占めるほどになった

 

f:id:Meshi2_IB:20191206172551p:plain星野さん:最近では、SNSやブログで話題にされるケースも多いんです。オンエア以前はTwitterやInstagramで投稿する人なんてほとんどいなかったのに。幸い、悪口もほとんどありません(笑)。

 

※ツイート主さんの許可を得ております 

 

この『メシ通』の記事がきっかけで「小諸七兵衛」を初めて手にする方もいるかもしれない。

正直、これを書いている間中「おいしいものは伝えておきたい」と「みんなが買いすぎると、また出荷中止になるのでは」という二つの相反する気持ちがせめぎあっている。そんな矛盾した気持ちを抱えたまま、年末は年越しそばをすすっているのだろう。もちろん、「小諸七兵衛」を。

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星野さん、ご協力ありがとうございました!

 

取材協力:星野物産株式会社 信州ほしの株式会社

www.hoshinet.co.jp

 

書いた人:メシ通編集部

メシ通編集部

メシ通編集部です。

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