元力士でちゃんこが得意な現役プロレスラー浜亮太さんがコロナ禍に地方でうどん屋を始めた理由

元力士の現役プロレスラーとして大日本プロレスを主戦場に活躍する浜亮太選手。ちゃんこの腕前はリング界随一と評判の高い浜選手がコロナ禍にも関わらず群馬にうどん屋をオープンした。その知られざる理由とは?

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(写真提供/浜亮太)

 

体重225kgの巨漢プロレスラーで、力士時代は幕下優勝の経験もある浜亮太選手が“ちゃんこ+うどん”の強力タッグを緊急提言!

 

2021年1月、群馬前橋市に「どすこいうどん浜ちゃん」をオープンさせると、瞬く間に地元客で賑わう繁盛店となった。

 

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▲「どすこいうどん浜ちゃん」の外観。同じビルには、プロレスラーのMAZADA選手が経営する「ステーキまさやん」も。2店をハシゴするプロレスファンも多いそうだ(写真提供/浜亮太)

 

1995年、八角部屋に入門した浜選手(しこ名は北勝嵐)は、相撲の実力とともにちゃんこ料理の腕も磨いていく。その後、プロレスに転向すると寮長を務めながら毎日ちゃんこを作っていたのだという。その味はマット界でも絶賛され、曙選手も「浜の作るちゃんこは別格」と太鼓判を押すほどだった。また一時はキッチンカーでちゃんこを販売しており、ファンからも絶大な支持を集めていた。

 

景気のいいスタートダッシュを切ったように見える「どすこいうどん浜ちゃん」だが、開店に至るまでは様々な葛藤があったと本人は振り返る。新型コロナウイルス感染症が直撃する中、不退転の覚悟で立ち上げた店舗なのだ。そこにはリング上の豪快な突貫ファイトとは裏腹に、経営者としてのシビアな視線も見え隠れする。

 

その真摯な言葉に耳を傾けていただきたい。

 

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▲浜亮太(はま・りょうた)。大日本プロレス所属。1979年11月21日生まれ。大阪府出身。身長176cm。体重225kg。プロレスデビューは2008年11月3日。餃子専門店で150個をたいらげたり、2人で一晩に焼酎ボトル30本空けるなどの大食い&大酒飲み伝説を持つ。古き良き時代の豪傑なレスラー像を守る選手(写真提供/浜亮太)

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コロナ禍を次のステップに進むチャンスととらえた

──「どすこいうどん浜ちゃん」をオープンさせた経緯を教えてください。

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:一番大きいのは、やはりコロナの影響です。この問題が無視できなくなるほど大きくなったのは、2020年の3月くらいでしたかね。僕の場合はプロレスラーとして年間150試合くらいリングに上がっていたんですけど、コロナで団体が興業を打てなくなってからは50試合くらいに減ってしまった。正直、これじゃ食べていけないですよ。僕は大日本プロレスの選手なんですけど、細かいことを言うと固定給じゃないので試合数がモロ収入に影響するんです。

 

──エンタメ業界にとっては切実な問題ですよね。

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:とは言っても、ステイホームということで家でボーっと過ごしていても仕方ないじゃないですか。とにかく自分でやれることをやろうと決めたんです。それと、もうひとつあったのは膝の爆弾。

 

──ケガを抱えているんですか?

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:今、僕は41歳になるんですけど、大相撲の世界で13年やりましたし、プロレスも14年目。それに体重も225kgありますから。もちろんリングに上がるときは常に全力でぶつかっていますけど、膝にダメージが蓄積されているのは事実で。コロナで時間ができてしまったことで、僕もいろいろ自分の人生について考えたんですよ。ある意味、これは次のステップに進むチャンスかなとも思いました。

 

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▲プロレス転向から1年4か月で全日本プロレスの最高権威・三冠ヘビー級王者に輝く。全日を離れてからは、W-1や大日本プロレスなどに主戦場を移しつつ八面六臂の活躍を続ける(写真提供/浜亮太)

 

──なるほど。ところで群馬で出店したのはなぜでしょう? 浜選手は群馬出身というわけでもないですよね。

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:出身は大阪です。プロレスの世界に入ってからはずっと横浜に住んでいて、東京横浜を往復するような生活を送っていたんですけど、なんというか都会に疲れちゃいまして……。大相撲もプロレスも巡業で全国を回る職業。その中で特に群馬という土地が妙に気に入ってしまったんです。ここで知り合いもたくさんできましたしね。適度に田舎だけど、試合のときは東京まで通うこともできますし。それで、思いきって移住したのが10年前になります。

 

得意料理の「ちゃんこ」と群馬のソウルフード「うどん」のコラボ

──角界出身の浜選手ですから、ちゃんこ作りを得意としているのは理解できます。なぜちゃんこ屋ではなく、うどん屋にしたんですか?

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:ちゃんこ屋だと、どうしても鍋をつつきながらお酒が欲しくなるでしょ? だけどコロナ禍に入ってから、お酒の提供が厳しくなっている。このタイミングでのオープンなので、お酒に頼らないでも営業できるうどん屋で勝負したという面はあります。
あと群馬ってうどんの消費量がすごく多いんですよ。僕も群馬に住んでいるうちに気づいたらうどん大好き人間になってしまった(笑)。だから、もともと僕の得意料理であるちゃんこと群馬のソウルフードであるうどんのコラボに踏み切ったわけです。

 

──たしかに新しいですね。うどん屋やちゃんこ屋はあっても、それを一緒にする発想が斬新です

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:うどんに関しては高崎の「えびすこ本場所」という店を知り合いがやっていたので、頼み込んでイチから修業しました。それこそ粉から麺を打つところから始めたんです。実際に作ってみてわかったんですけど、うどんの麺ってものすごくデリケートなんですよ。
温度が低い時期は一晩寝かさなくちゃいけないし、逆に高い季節になると2~3時間で切らないと麺がだらけてしまう。麺を切る太さも季節によって微妙に変えていますし。いずれにせよ、これはこれで大変な世界。修業が終わった今でも、わからないことがあると「えびすこ本場所」に聞きに行くくらいですから。

 

──妥協しない姿勢が素晴らしいです。

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:修行先の先生に言われたのは、「大事なのは経験。とにかくたくさん打つことで上手くなる」「どんなに面倒くさくても絶対に手を抜くな」ということ。だからこの1年くらい、試合がある日以外は毎日うどんを打っています。それとお店をオープンするにあたっては、様々な知人にも相談に乗ってもらいました。コロナのせいで保健所の許可がなかなか降りないといった苦労もあったのですが、みなさんに支えられてどうにかここまで来た感じです。

 

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▲歴代日本人プロレスラー最重量となる225㎏の体重を活かし、猪突猛進のファイトを展開する(写真提供/浜亮太)

 

──お店にプロレスファンが訪れることもあるんですか?

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:ゴールデンウイークは都内から来る人もいたけど、ほとんどは地元の人たちですよ。僕が現役プロレスラーで力士だったなんて知らない人のほうが多いんじゃないかな。お店にはプロレスや相撲をやっている僕の写真も貼ってあるから、それを見て「ひょっとしてプロレスもやられているんですか?」なんてビックリされてね(笑)。お客さんは意外に女性の方が多いんです。

 

──浜選手のお店というと、武骨な大食い系をイメージしますが……。

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:そんなことは全然ないです。並盛で300gだから、普通のうどん屋よりはだいぶ多いですけどね。一応、たくさん食べる方のために1kgの特盛も用意しています。

 

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▲「ざるうどん」の並盛が550円。年配の方や女性がよく注文するとのこと(写真提供/浜亮太)

 

──プロレスラーや力士がお店に来ることは?

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:おかげさまで結構来てくれます。とにかくみんな大きい人ばかりだから、お店の椅子も頑丈なやつにしましたしね。万が一、小錦さんや曙さんも来たときに、その体重に耐えられる仕様にしないと(笑)。

 

力士が作る料理はすべて「ちゃんこ」

──大相撲とプロレスを通じ、これまでどれくらいの頻度でちゃんこを作ってきたんですか?

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:大相撲時代はちゃんこ当番が順に回ってくるんですよ。それを13年続けていた感じかな。大相撲を辞めて全日本プロレス(以下、全日)に入ったのが2008年だったんですけど、初日から5年間はずっとちゃんこを作っていました。というのも、他のレスラーが作るちゃんこは不味くて食べられたものじゃないから(笑)。先輩たちも「ちゃんこは浜が作るやつがいい」と言っていましたし。だから「ちゃんこは浜が毎日作るけど、その代わりに掃除当番は免除」というルールが当時の全日の寮にはありました。

 

──浜選手が離脱した現在の全日でも、当時のちゃんこの味は引き継がれているんですかね。

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:そんな簡単に真似できるはずないじゃないですか! レシピを教えたところで、味は再現できませんよ。一流シェフが作る料理のレシピを一般人が見て、同じ味が出せますか? まぁ俺は全然一流シェフなんかじゃないですけど(笑)。でもたとえば鶏肉を入れるタイミングひとつ取っても、ちょっとズレると味は全然変わってくる。火加減もあるし、煮込む時間の問題もある。とにかく食べる人に対して一番美味しい状態で提供するのが基本だから、臨機応変に対応する力が求められるわけです。これはやっぱりセンスと経験値がないと難しいですよね。

 

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▲1個100円でオプションできる「鶏の天ぷら」。男性のこぶしくらいあるデカさがうれしい限り(写真提供/浜亮太)

 

──一口にちゃんこと言っても様々な種類があると思うのですが、浜選手流の味付けにはどんな特徴が?

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:えっとね、そのへんはちょっとみなさんも勘違いしている部分もあると思うんです。一般的にはちゃんこというと鍋料理を想像するはずですけど、力士が作る料理はすべてちゃんこですから。たとえばポン酢ちゃんこの余った出汁があるとします。それを活かして作ったカレーもちゃんこ。差し入れで合挽ミンチが届いたとして、それでハンバーグを作ってもちゃんこ。魚を捌いてもちゃんこ。

 

──鍋だけでなく、オールラウンドな料理なんですね。

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:そうそう。ちゃんこという言葉の定義が違うというか。だから常に冷蔵庫と冷凍庫の中身をチェックして、その中でどうやってやりくりするかっていうのが正しいちゃんこ番のあり方なんです。賞味期限を見たりとか、たんぱく質や脂質などの栄養バランスを考慮したりもしますし。

 

まだまだ新弟子の気持ちで営業している

──「どすこいうどん浜ちゃん」のお薦めメニューは?

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:どすこいちゃんこうどんがメインなのはもちろんですけど、それ以外だと肉汁うどん(980円)やカレーちゃんこうどん(1,000円)が人気ですね。

 

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▲カレーちゃんこうどん(写真提供/浜亮太)

 

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▲「肉汁カレーつけめん」(980円)。深みのあるカレーの味わいが特徴のメニュー。野菜と豚肉がガッツリ入っているので、栄養バランスも腹持ちも抜群だ(写真提供/浜亮太)

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:最近は暖かくなってきたから、冷やしちゃんこうどん(1,000円)も出しています。

 

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▲夏場限定メニューとして新登場した「冷やしちゃんこうどん」。さっぱりした歯ごたえが食欲をそそる(写真提供/浜亮太)

 

──冷やしちゃんこうどん? そんなものがあるなんて知りませんでした。

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:そうでしょうね。僕が独自に考えたメニューですから。うちのちゃんこうどんは鶏とカツオをベースに出汁を取っているんですけど、群馬の県民性として醤油と砂糖が好きという面があるんですよ。なので大相撲の世界でソップ炊きと言われる甘辛い味付けで出しています。

 

──相撲部屋直伝の味が楽しめるわけですか

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:あと、うどんではありませんが、テイクアウトで「力士味噌」(500円)という商品も人気です。ニンニクと鶏のミンチが入っている点が特徴。普通の味噌と同じようにモロキュウにしても美味しいですし、僕が好きなのはご飯にかける食べ方。パンに塗って食べる方も多いですよ。

 

──開店したのが2021年の1月。最初はオペレーションも大変だったと伺っています。そろそろ軌道に乗ったという手応えはありますか?

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:軌道に乗ったなんてとんでもない! まだまだ新弟子の気持ちですよ。たしかにオープン直後から比べると提供できる麺の量も増えましたけど、コロナもなかなか収束しないしねぇ……。今は店員も僕ともう1人だけで営業しているんです。その従業員は大相撲時代の先輩なんですけどね。

 

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──現在は試合がある日以外は営業しているということですが、コロナが収束したらお店に顔を出す機会も減ってしまうのでは?

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:いや、それはないです。東京での試合に出ることはあっても、以前のように全国を巡業で回るようなことはしないつもりです。自分のお店を持つというのは生半可な覚悟じゃできないですよ。片手間でやれるほど甘い世界じゃないですから。

 

──順調な滑り出しを見せた「どすこいうどん浜ちゃん」ですが、今後の展望は?

 

f:id:exw_mesi:20210527000713j:plain浜:コロナが一段落したら、夜の部を充実させて居酒屋としても楽しめるお店にしていくつもりです。お酒を飲みながらちゃんこ鍋を食べられるようにしたいし、一品料理だって僕は作れますから。とはいえ、まだまだ僕は飲食店経営者としては新弟子の身。今は目の前のお客さんに満足していただくことで精一杯なんです。ただ絶対に美味しいと感じていただける自信はありますので、ぜひ一度遊びに来ていただけたらうれしいです!

 

取材中、何度も「まだ新弟子の身ですから」と謙虚に語っていた姿が印象的だった。気さくで飾らない人柄もあって、業界関係者からの人望も極めて高い選手の1人なのだ。コロナ禍という逆境の中、多くの仲間と地元の住民に支えられながら人生の再スタートを切って約5カ月。本人も語るように、本当の勝負はこれからなのかもしれない。

 

「お客さんが食べ残していると、ドキドキして落ち込んじゃうんですよ。『あれ? あまり美味しくなかったのかな?』って……。お店を始めてみてわかったけど、自分、意外にビビリなのかもしれないです」

 

そう言ってイタズラっぽく笑った浜選手。「大相撲」「プロレス」に続いて「うどん」の世界でもチャンピオンを目指していく。

 

お店情報

どすこいうどん浜ちゃん

住所:群馬前橋市元総社町940-5 瀬下ビル 1F
電話番号:090-1553-2964
営業時間:昼11:30~14:00。夜18:00~20:30。日曜営業(※営業時間は新型コロナウイルスの影響により随時変更あり)
定休日:木曜日(※プロレスの試合によって変動)

書いた人:小野田衛

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雑誌やネット媒体で仕事をするフリーのライター/編集者。アイドルやスポーツ、貧困問題に関する記事を作ることが多い。趣味はサウナ。特技はサウナ。オフの日の過ごし方はサウナ。

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