【閉店】「給食のおばちゃん」から経営者へ転身した嶋倉千恵子さんの場合【いつかお店をやりたいすべての人へ】

エリア竹ノ塚

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「給食のおばちゃんが作った給食」を食べさせてくれるお店

給食。それは、心の中に誰もが持っている幼なき頃の食体験。

 

そんな給食をそのままに食べさせてくれるお店が、東武線竹の塚駅下車徒歩2分ほどの場所にある。給食の調理員だった女性が開業し、スタッフは全員が給食調理の経験者なのだという。

 

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名前はそのままに「給食のおばちゃんの店」。

ウッディーな外装。ピンク地の看板に印刷されたという店名がひときわ目立つ。

 

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このお店を切り盛りするのが、嶋倉千恵子さんとご主人の利春さん。おふたりとも長年、学校給食の現場で調理員として仕事をしてきた。2015年4月に千恵子さんが開業。3年目に給食の現場を離れた利春さんが加わった。そして、同じく給食の仕事をしていた娘さんがサポートする。

 

千恵子さんはどんな思いでこのお店を立ち上げたのか?

開業4年を迎えるまでの苦労や、飲食店経営の喜び、これからの思いについてうかがってきた。

 

65歳からのチャレンジだった

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千恵子さんが給食の世界に足を踏み入れたのは1986年。

ちょうど足立区が日本で初めて学校給食事業の民間委託を始めるタイミングだった。離婚を経験しシングルマザーとしてふたりの子どもを育てるうえで働きやすい職場を探していた千恵子さんは、その求人に応募した。

 

f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:給食の仕事なら夏休み、冬休み、春休みと子どもに合わせたペースで仕事ができますから、飛びついたんです。パート職員の第1号でした。

 

当初、足立区では2校で給食の民間委託事業を始めたのだが、千恵子さんが配属された学校とは別の1校でチーフを務めていたのが利春さんだった。両校の懇親会でふたりは知り合い、意気投合。千恵子さん36歳、利春さん31歳の時に結婚した。

 

f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:ビビッときちゃったんですね。松田聖子さんじゃないけど(笑)。

 

結婚後、ふたりは家族で日本全国の給食の現場を回る。

埼玉千葉福井富山ほか各地の学校や給食センターで仕事をしながら給食作りのレシピ、調理の技術や運営のノウハウを学んだ。およそ30年間の現場経験で身につけたメニューのバリエーションは数千種類におよぶというのだから驚きだ。

 

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パートから始めて正社員へ。

調理スタッフからマネージャーへと順調にキャリアを重ねてきた千恵子さんは海老名のセンター長を最後に退職。そのタイミングで、自分のお店を開業することになる。

 

「給食のおばちゃんの店」の始まりだ。

65歳からのチャレンジだった。

 

5年をかけて開業準備

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千恵子さんが最初に自分のお店を持ちたいと考えたのは60歳。定年の年のことだ。

 

f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:これから先、何をやっていこうかと考えた時に、「私には給食しかない」と思ったんですね。それに、一度チーフを経験してしまうと、誰かの下で働くのは性格的に無理。それで給食を出すお店を作ろうと思ったんです。

 

定年後の5年間は嘱託として勤務を続けた。そして2015年の4月、65歳の退職に合わせて「給食のおばちゃんの店」を開業。居抜きで店舗を借り、保健所の指導に合わせて店内を改修。開業資金の300万円は嘱託勤務の5年間に作った貯金で賄った。

 

30年に渡る給食作りの経験があったとはいえ、独立してお店を構えることに怖さは感じなかったのだろうか?

 

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f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:そこは本当に勢い(笑)。会社の人からは止められました。「できっこない」「老後のことを考えろ」って。でも、体はピンピンしているし、働ける以上は自分がそれまでやってきたことを試してみたいじゃないですか。

 

そんな千恵子さんの決断に対して、利春さんはどう思ったのだろう?

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f:id:hiro81p:20180922152836j:plain利春:反対してもやりますからね(笑)。それなら手伝おうと。

 

「給食のおばちゃんの店」で給食をいただく

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「給食のおばちゃんの店」では、実際にどんなメニューを用意しているのだろう?

 

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「給食のおばちゃんの店」では毎日、AとBの2種類のランチを提供。あらかじめ2週間分の献立を立てている。

 

f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:Aが和食ならBは洋食みたいな感じです。両方が洋食の場合でも全く違うメニューにしています。その中に、懐かしい料理を少しずつ入れています。お客さんが飽きないように配慮しているんです。

ちなみに、取材当日のメニューはこちら。

 

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Aランチ(550円)は厚揚げカレー、ギョウザ、 肉とピーマンの炒め物。

 

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まずはAランチの厚揚げカレーからいただいてみる。

 

これがね、おいしいんですよ。一般の学校給食同様にルーからの手作り。市販のルーとは違って添加物が入っておらず、塩加減も適度。

 

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お次はBランチ(550円)のたらこスパゲティー。

 

食べて思ったのは、まごうことなき「パスタ」であること。僕らが食べていた頃とは麺の腰と歯応えが違う。最近の子どもたちはこんなにおいしい給食を食べているのか、と隔世の感を禁じえない。

 

加えて、ふっくらと炊かれたご飯がイケる。なんでも、利春さんの故郷の佐渡産のコシヒカリを使っているのだそうだ。

 

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きわめつけはこの揚げパン。

 

注文が入るとそのつど作る揚げパンは、表面はパリッと、中はもっちりとして柔らかい。まぶしたきな粉と砂糖の配分が絶妙で、市販のものと比べて適度な甘さ。ああ、懐かしい味。

 

f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:揚げパンを出すことは最初から考えていました。お水と揚げパンとスープを最初にお出しして、メニューができるまではそれを食べていただく。それがお客さんに好評で。

 

お店に入ってからお店を出るまでお客さんを楽しませたい。飽きさせたくない。千恵子さんのその心配りがうれしい。

 

f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:ひとりのお客さんの後ろには100人のお客さんがいるといつも考えているので「ここで失敗したら100人は来ないぞ」っていう思いが常に頭にありますから。それに「おばちゃん、おいしかったよ」って言われるのが一番の喜びですからね。

 

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 「給食のおばちゃんの店」で出される給食のレシピは学校給食と同じだ。それゆえ、基本的には手作り。毎日献立が変わって買い置きができないため材料は当日仕入れる。さらに、給食のレシピだけにアレルギーのある子どもが食べても問題がないように配慮されている。

 

ランチそれぞれに揚げパンとスープが付いてお値段は550円。味はもちろんのこと、栄養価にアレルギー対策まで配慮されてこの価格は実にリーズナブルだ。

 

f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:給食の仕事をしていた頃の上司にはこれでも高いと言われました。給食は1食300円しませんからね。でも、それだと利益がなくなっちゃう(笑)。

 

悩みのタネは居酒屋タイム

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「給食のおばちゃんの店」はランチタイムと居酒屋タイムのふたつの時間帯に分けて営業している。ランチタイムには給食を提供し、居酒屋タイムには一般の居酒屋さんと同じような料理とお酒を提供する。

 

開店から4年、千恵子さんにとって一番の苦労のタネは居酒屋タイムなのだという。

 

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f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:昼間の給食だけでは売り上げが足りないから居酒屋タイムも始めたんですけれど、私はお酒が飲めないんです。給食のことなら誰よりも知っているけれど、お酒についてはわからないことだらけだからいまだに慣れなくて。

 

お酒の種類や作りかたなど、下戸の人なら知らなくて当然だ。そのハンディを、千恵子さんは独学してきた。それも、大胆な方法で。

 

f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:最初のうちはビール会社の営業さんに注ぎ方を教わったりお客さんにお酒の作り方とかを教わったり。おなじみさんには自分でお酒を作ってもらうこともありました。料理しながらビールを出して、お酒を作っては大変でしたね。

 

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店内奥には利春さんが「趣味で選んだ」という日本酒が並ぶ。

 

f:id:hiro81p:20180922152836j:plain利春:最近は慣れてきたでしょう?

 

f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:今でも夜の居酒屋はお客さんが来たらどうしようって感じで、4年続けても慣れないですよ。仕事は誰にも負けないくらい頑張るんだけど、夜の仕事は……ね。

 

「利益よりも人情」のおばちゃん的経営

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開店から4年。正直な話、経営状態は楽とは言えないようだ。理由のひとつは千恵子さんのキャラクターによるもの。

 

f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:商売下手なんですよ(笑)。利益よりも人情のほうが先に来ちゃう。お客さんに、「あんたたちおなか空いてるんでしょう?」っておにぎり握って出しちゃったり1品2品おまけしちゃったり。どうしてもサービス過剰になってしまって怒られる。「採算度外視だ」って、手伝ってくれている娘に怒られることもありました。

 

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それでも、千恵子さんは「利益より人情」のこだわりを捨てない。

 

f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:そういう心遣いって大手のチェーンではできない。だからこそ、個人経営ならではのサービスって絶対に大事だと私は思うんですね。

 

そういえば、取材前に初めてこのお店を訪れた時、「おかわり食べる?」と声をかけてくれた千恵子さんの声に驚きながらも温かなものを感じた。あれはうれしかった。

 

f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:私の目指すところはあくまで「給食のおばちゃん」。そんなこともあってか、「おばちゃんのところへ来ると家に帰ってきたような気分になる」って言ってくださるお客さんもいるんです。

 

とはいえ、事業である以上、利益を出して行かなければ、いずれは続けられなくなる。そのあたりを千恵子さんはどう考えているのだろう?

 

f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:むだを減らして利益を出す方法はわかってるんですよ。でも真面目にきっちり料理を作って提供しているとなかなか難しいんです。家族3人で試行錯誤しながらやっていった結果黒字になったとき、初めて経営者になれたって言えるのかもしれません。それまでは勉強ですね。

 

給食の思い出を話すお客さんの姿を見るのが楽しい

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「給食のおばちゃんの店」のお客さんは、平日はこの界隈に住んでいたり勤めにきている常連さんが中心。広告は出さず、クチコミだけでの集客だ。それでも、土曜日には日本全国から千恵子さんの給食を求めてやってくるお客さんがいる。

 

f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:この前は愛知から車を飛ばしていらしたお客さんがいたし、大阪から来られたお客さんもいました。初めて東京の外から来てくださったのは北海道からのお客さんでしたね。仕事で上京した際にインターネットで見て調べてみえたようです。そういうお客さんは本当にありがたい。頑張らなくちゃってファイトが湧きます。

 

そんな千恵子さんにとって、やりがいはお客さんとの語らい。

 

f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:おじちゃんやおばちゃん、子どもさんがいらして給食の思い出話を必ずなさるんですよね。揚げパンが出ただけで給食の話になる。開店前は思ってもみなかったけれど、毎日やっていて、こういうお話を聞けるのが楽しいです。

 

いずれは給食事業を請け負いたい

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千恵子さんには野望がある。それは、給食の委託業者になって学校給食を任されるようになることだ。

 

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f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:いずれは自校方式(学校内の調理場で給食を作る方式)の学校で給食を作る仕事を手がけたい。それが当面のゴールです。

 

70歳目前にしてこのモチベーションの高さ!

ただただ感心してしまった筆者に、千恵子さんは笑ってこうおっしゃった。

 

f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:あなたね、夢はいつまでも追わないとダメなのよ(笑)。これでいいと思ったらそこで終わり。それにね、景気のよくない時こそ、直営業者から受託業者への切り替えがあるから、私たちのような業者にはチャンスなんですよ。

 

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f:id:hiro81p:20180922152836j:plain利春:課題はいっぱいだけど行動力があるからなあ(笑)。

 

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 f:id:hiro81p:20180922152833j:plain千恵子:給食作りには自信がありますから。そこまでの道筋は税理士さんとか専門家の方にお任せして。あと3年くらいで持っていきたいですね。

 

「給食のおばちゃんの店」には、おいしいご飯と人のぬくもりがある

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筆者なりに、「給食のおばちゃんの店」になぜ心ひかれるのかを考えてみた。

 

最大の理由はメニューが給食であること。いうまでもなく、このお店が持つ最大のオリジナリティーあり、誰もが持っている食体験を刺激してくれる。

 

2つめは千恵子さんの人柄。懐の深さと優しさはそのままに、サービスと料理の味に表れている。

 

3つめは、2つめの理由にもつながっているが「人情」を柱にした経営方針。

 

利益ではなく1人の「給食のおばちゃん」にこだわり続ける千恵子さんの姿勢があってこそ、このお店は唯一無二の存在になる。そして、そんな千恵子さんを陰日向に支える利春さんの「婦唱夫随」のスタイルがほっこりとしたお店の雰囲気を醸し出す。

 

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「給食のおばちゃんの店」は、元気になれるお店。

 

仕事に疲れた時にでも、ぜひ一度訪れてみて欲しい。ノンスタルジックな給食体験に浸りながら自分の来し方に思いをはせるもよし。70歳近くになっても自分の夢にまい進する千恵子さんの姿に刺激をもらうのもよしですね。

 

「給食のおばちゃんの店」には、おいしいご飯だけじゃない、時代とともに失われつつある、おばちゃんのぬくもりがある。

 

お店情報

給食のおばちゃんのお店

住所:東京都足立区竹の塚1-40-10
電話番号:03-3858-6550
営業時間:月曜日~土曜日、祝前日 ランチタイム 11:30~15:00、居酒屋タイム 18:00~23:30
定休日:日曜日、祝日

※このお店は現在閉店しています。
飲食店の掲載情報について。

書いた人:渡邊浩行

渡邊浩行

編集者、ライター。アキバ系ストリートマガジン編集長を経て独立。日本中のヤバい人やモノ、面白い現象を取材するため東へ西へ。メシ通で知ったトリの胸肉スープを毎日飲んでるおかげで、私は今日も元気です。でも、やっぱりママンの唐揚げが世界一だと思ってる。

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