
「ついにあの男が日本に凱旋し、新たなラーメン店をオープンさせた」
――そんな噂が飛び交ったのは、2020年8月のこと。
男は大阪で飲食店を成功させた後に渡米し、ハワイ、ノースカロライナを経て、マイナス10℃以下にもなる極寒のボストンで1時間待ちの大行列となるラーメン店を作り上げた。
その様子は、テレビ番組『情熱大陸』(毎日放送)でも取り上げられ、大きな反響を呼び、その経営スタイルが書籍化されるにまで及んだ。
アメリカで成功を収めただけでも耳目を集めるのには十分だが、
・1000日営業したら閉店
・1杯1,800円のラーメン
・200日ごとにメニューを更新
・1日わずか2時間営業
と、日本では考えられないような独特すぎる営業スタイルばかり。
そのTsurumen Davisの姉妹店が、東京にオープンというのだから、注目されないわけがない。しかも亀戸という、都会的な華々しさからは少々離れた、下町的雰囲気の残るエリアにあるというのだ。
そんな「男」こと、Tsurumen Davis・Tsurumen Tokyoオーナー大西益央さんが、一時帰国で東京にいるという情報をキャッチした。
これは話を聞かないわけにはいかない!
未曾有のコロナ禍で、斯様な営業スタイルは続けられているのか? 彼の経営理念に変わりはないのか?
直撃すべく亀戸に向かった。
※本インタビューは2021年6月下旬に、新型コロナウィルス感染症(以下、「コロナ」)対策を徹底した上で実施しています。また2021年11月現在、提供メニューがインタビュー当時とは変更されており、詳細は記事末尾に記載しています。
「第二章」の新メニューは?
店に着くと、大西さんと、Tokyo店の店長を務める梅崎梨夏さんが笑顔で出迎えてくれた。

伺った2021年6月下旬は、既に開店から200日の営業を終え、新たなメニューで営業する「第二章」に突入していた。


店内を見渡している筆者に、「まぁ、なにはともあれ食べてみて下さいよ!」と声をかけた大西さん。厨房へ向かうと、新作中華そばの調理に取り掛かった。

▲黄色い鶏油(チーユ)を入れた丼に味のキモとなる醤油ダレをゆっくり落としていく







世にも珍しい鮭節を使うに至るまで
第二章が始まったばかりのタイミングで頂く新たなラーメンは、透明感のある醤油スープにほのかにピンク色のチャーシューが映え、その上に振りかけられたエッジの立った削り節が目を引く。
このラーメンのコンセプトは、どんなものなのだろうか。

大西さん(以下敬称略):第二章の中華そばの特徴は、鶏と鮭節なんです。
鶏は第一章から引き続き、滋賀県産の「淡海地鶏」をメインにしたスープで、それに鶏油(チーユ)を浮かせたラーメンです。そこにプラスするのは、第一章は干し松茸のスープだったんですけど、第二章は鮭節ですね。
――鮭節とは初耳ですが、珍しいですよね?
大西:鰹節や煮干し、サバ節なんかが一般的ですけど、鮭節は、実は歴史がまだ10年ほどのものなんですよ。
――10年!? 鰹節などと比べたら、ずいぶん最近ですね。
大西:鰹節は江戸時代から何百年っていう歴史なんで、比べるとそうですね。鮭節って言うなれば、「サスティナブル削り節」なんですよ。

――といいますと?
大西:北海道の知床半島に、昆布が有名な羅臼地方ってあるじゃないですか。そこにイクラの加工場があるんですね。イクラを鮭から取り除くと、身の部分が大量に出るんです。ほぐし身とかに加工しても絶対に余ってしまう。
「何かいい利用方法ないか?」ということで、燻製にして削り節にするプロジェクトが、14年前に立ち上がったんです。そうすることによって、破棄することなく、命を全ていただくことができる。それを、うちでも使っていこうと。

――鮭節とはどのように出会われたのですか?
大西:僕が尊敬する佐野実さん(※ラーメンの鬼と言われて、メディアでも度々その食材へのこだわりっぷりで脚光を浴びたラーメン職人。2014年4月11日没)が存命の頃、今から8年くらい前に教えていただいたんです。佐野さん自ら足を運んで、このプロジェクトに関わっていらして。聞いた当時はまだ「面白い食材だな」程度で、自分ならどう使うというビジョンはなかったんですけど。
ただ、次の200日のメニューの食材を何にしようか考えた時に、鮭節を思い出して。サステナビリティを重視する今の時勢にも合うなと思って、取り入れました。
コロナが変えた店の方針
――コロナ禍の最中にTokyo店をオープンされて、200日に1回メニュー変えるというコンセプトは継続されていますが、ボストンのDavis店と同じようにはいかないところや、変えた部分はありますか?
大西:もうパラダイムシフトというか、全然考え方が変わって……。200日に1回のメニュー変更と、1000日で閉店というコンセプトも変わりませんが、ラーメン一杯の価格は変えざるを得なくて。そうなると1日2時間営業という考え方は正直難しかったなっていうのが、この1年でした。

――やはりラーメンというと、日本では一杯500円が庶民価格だとか、1,000円の壁を越えられないという話は、20~30年ぐらい前から議論されてますよね。
大西:いや~、やっぱり日本のラーメンの値段の厳しさは、この1年で痛感しましたね。アメリカではラーメン20ドルが当たり前で、それで行列ができるんです。Tokyo店でも最初は2,000円ぐらいでチャレンジしたんですけど、1,000円でも高いって言われますから。日本の今の平均ってラーメン一杯710円かな、それくらいですよね?
――そうですね。
大西:一杯2,000円だとしたら、50杯で1日10万円売り上げられるんで、2時間だけの営業が可能なんです。それが一杯1,000円となると、100杯に増えてしまう。
2時間営業の本来の目的は従業員を疲弊させないための働き方改革なので、営業時間を延ばさざるを得ない状況下でも、人員を増やしたり券売機を導入したり、やれるところから負担を下げていっています。
――他に、コロナ禍での打開策といいますか、なにか始めてみたことはありますか?
大西:Davis店の話になるんですけど、日本のような自粛要請ではなくロックダウンでしたから、完全に99日間、店内営業ができなくなったんですよ。なので、ずっとやらないと決めてたテイクアウトを、初めてやりました。テイクアウト以外のものを出してはいけないっていうのが州の決まりだったんですけど、ラーメンってテイクアウトに……。
――向いていない?
大西:そう、不向きですよね。でも、何か絶対にやり方があるはずやと思って。ロックダウンは急に前々日になって州から発表があって、そっから三日三晩考えて、「ラーメングラブアンドロール」っていう新しいテイクアウトメニューを開発しました。アメリカでは、一般的なメキシカンフードでブリトーってのがあるんですけど。
――日本でもコンビニで見かけるやつですね。
大西:それをラーメンと掛け合わせたんです。スープと絡ませて味をつけた麺に、チャーシューと野菜を入れて巻いたものをかじるんです。うちのチキンスープとセットで販売して、なんとかコロナの99日間、売上を保ちました。
これからは下町がくる!

大西:アメリカは日本ほど店舗に協力金が出なくて、出ても給付型ではなくローンという形なので、日本とはレベルが違うぐらい飲食店が潰れました。Davis店のあるデイビス・スクエアというエリアも、半分ぐらい飲食店が入れ替わったんです。
――えぇ!? そんなに。
大西:その代わりアメリカは個人給付が3回あったので、一般の人は個人給付でお金を持ってるから、経済活動が回ったってところでしょうね。
――それだけ店が潰れてる状況で、今後どのように飲食店が立ち直っていくと思われますか?
大西:バイデンさんが大統領になり、ワクチンの接種が進んで、急激な経済復活とインフレが起こりました。Davis店創業時より、アメリカのラーメンの値段ってさらに上がってて、今一杯が26ドルとか。さらにお客さんはチップも払ってくれるので、一杯3,000円を超えてても普通なくらいになってます。
――日本とは全く違う価値観ですね!
大西:ただ、ニューヨークやマンハッタンはリモートワークが当たり前になったので、なかなか人が街に戻ってこない。その代わり、ブルックリンとか郊外の飲食店はバブルで忙しくなってますね。
日本もここ亀戸などの下町が、それにちょっと近くなるかなと思ってます。この近くの人が週に3回リモートワークで家にいるとして、都会と同じようなランチ需要が、パンデミック以前よりはあるんじゃないかなって。
――ここのオープンは2020年8月ですよね。その時点で、「これからは下町がくる」という予感があったと。
大西:そうですね、アメリカで既に郊外バブルを感じていました。亀戸もすぐにはそうならないかもしれないですけど、単純にリモートワークする人が増えたら、家賃の高い都心に契約して飲食店をやる必要性は下がってきますし。
これからは、IT企業勤めとかデザイナーをやってる20~40歳代の人がこの辺の家で仕事をしていて、昼間もここでランチをするんじゃないかっていう仮説です(笑)。
――なるほど。
大西:あとやっぱ、そういう仕事をされてる方って情報感度が高くて、僕らの取り組み――グルテンフリーの麺のこととかが刺さりやすい層でもあるんじゃないか、とは思ってますね。
グルテンフリーの米粉麺ラーメン
――グルテンフリーの話が出ましたが、第二章のラーメンに、米粉麺を使ったものを使用されているんですよね?
大西:はい、そうです。









アメリカ×大阪=米粉麺の牛すじ塩そば
まず、パスタのような形状の乾麺に驚かされたが、エスニック料理などでは米粉麺は珍しくないとはいえ、日本のラーメンとしては多くの人にとって馴染みがない食材だろう。
ラーメンのスープに米粉の麺を合わせると、どのような相乗効果を生むのか? どうしてグルテンフリーのラーメンを開発しようと思ったのか?

大西:2020年の11月ぐらいから米粉の麺、つまりグルテンフリーの麺をケンミンさんと共同開発したんです。
――ケンミンって、あの関西の焼きビーフンのメーカーの、ケンミン食品株式会社ですか? すごくインパクトのあるCMの……。
大西:そうそう、そこからサンプルを送ってもらって、いろんなスープに合わせるんですけど、結局鶏とか豚よりも、牛がやっぱり合うなって。
そこから思い出したのは、米粉麺を使っているベトナム料理のフォーって、牛が素材ですよね。牛のいろんな部位がのってて、牛で出汁をとったスープで。あとはビーフンじゃなくてミーフンって呼ばれる、米粉100%の湖南料理があるんですよ。
――中華料理の、ですか?
大西:そうそう、上海とかでよく食べられる湖南料理のミーフンは牛すじがのってるんですよ。なので第二章のラーメンも牛すじを少し入れてみようと。
――牛すじ煮込みは関西の飲み屋のツマミの定番なので、全体にすごく大阪テイストを感じるラーメンですね。

大西:僕、大阪出身なんですよ。ビーフンも僕ら昔から大阪で親しんできた味です。関東って豚文化なんですよね。焼きとん屋って大阪にほぼほぼなくて。
――そうみたいですね。大阪の方がよく言われます。
大西:牛すじ文化の大阪では「どて焼き」っていう名前で親しまれてる料理があるんですけど、これもメニューとして出してるんですよ。

――著書を拝読して、大阪で飲食店を始められた当初は居酒屋の形態で、徐々にラーメン1本にされていったそうですが、どて焼きは居酒屋時代に既にメニューだったんですか?
大西:そうです。僕は29歳で独立したんですけど、ラーメン屋で修行をしていなくて、独立前は居酒屋やバーといった店で数年働いてました。独立当初は、ラーメンも置いてる居酒屋として開店して、瓶ビールとどて焼きをまず出して、シメでラーメンを食べて帰ってもらうような店でしたね。
――評判はやっぱりよかった?
大西:よかったですね。名物のどて焼き、みたいな感じで。これをフィーチャーした「どてそば」っていう汁なしのメニューもあって。

――油そば的な?
大西:油そばですね。これも今は全国で通販で買えるようになってて、入荷したらすぐに売り切れちゃうような超人気メニューです。
――それもあって、牛すじ塩そばに繋がってるんですね。まさにTsurumenの歴史そのものじゃないですか。
大西:大阪で37年、その後8年間のアメリカの生活のミックスで、グルテンフリーと牛すじが融合して、この一杯に繋がったのかなと。

――食べ進めると、最初に感じたスープの印象と違ってきますね。塩スープの淡い味わいから、徐々に牛すじの味噌ダレが混ざって、最後に濃い味わいに変わってきて。
大西:そうなんです。まさに牛すじを煮込んで出たうま味が移ったタレごとうま味の塊なんで、それがスープになじんで麺と絡んで、ベストなあの味になる仕掛けです。
ラーメンって最初からインパクトがあると最後の方に飽きちゃうので、だんだん味が変わっていく過程も楽しんでもらう、一杯のストーリーみたいなものだと思っています。なので最初から辛くせず、最後に鷹の爪をかけてるのも、最初は辛くない状態で食べてもらって、だんだんスープや麺、具と馴染んで、新たな味の輪郭が浮かび上がるという流れですね。

「いいね!」が働き方改革の下支えに?
コロナ禍でこれまでとは違う営業スタイルを模索されているが、やはり営業時間が増えれば、従業員に負担がのしかかり、結局旧来型の日本のラーメン店のような営業になってしまうのではないだろうか。
これまで、働き方改革をしてきた大西さんのことだ。この問題に対して講じているであろう策を、中長期的なものも含め、聞いてみることにした。

大西:やっぱりコロナ以後、これからの飲食店の経営って、苦しくなっていくと思うんですよね。店が従業員の給料を増やせば増やすほど、その会社に残る利益ってのはなくなりますから。
だから究極、店はただのフラッグシップ、つまり象徴としてのためだけの存在になって、店で売り上げたものは100%彼ら従業員に還元する。会社は、通販などの店に頼らない形で利益を確保していく。会社に利益を残さなくていい店なら、低賃金・長時間労働の旧来型にならなくてもいい。それがこれからの形のひとつだと思っていて、通販で売る他の商品の開発も、着々と進めていますよ。
――なるほど、「会社に利益を残さなくていい店」ですか。
大西:さらにプラスする取り組みとしては、例えば券売機の中に、「いいね!100円」というボタンがあったりってことを考えてます。
――すごくいいアイデアですね! 以前、ラーメン中村屋の中村栄利さんと対談させていただいた際に、店や味が気に入ったら、追加で投げ銭ができるようになったらいいんじゃないかとなったんです。Davis店でも、お水を提供する代わりにチップを払ってもらっていたと伺いましたが。
大西:フリーボトルドネーションですね。「料理にはおいしいお水を」って書いて、ペットボトルの水を店で並べていました。フリーで持っていく人もいれば、1ドル以上払っていく人もいて、結果的にお水代以上のファンドが集まりました。
――それはすごい。
大西:しかし「ペットボトル環境に悪い問題」が出てきまして。やっぱりアメリカの意識は日本よりかなり高く、特にボストンはアメリカでも屈指の高所得者の集まりなので、それを嫌がる人が多くて、続けれられなくなってしまいました。でも社会実験としては大成功でしたね。
――日本向けに取り入れる方策はないですかね?
大西:オリジナルステッカーを販売してるんですけど、これをファンの人が僕らを応援したい気持ちで買ってくれてますね。

大西:Tシャツや店で使っている丼なんかも販売しています。飲食店といってもファンの方に支えられてますし、日本では投げ銭をいただくだけというよりは、ちょっとしたもののお返しが必要じゃないかと。
――リターンですね。
大西:あと考えられるのは、ラーメンを作るスタッフを選べるボタンですね。誰々に作ってもらいたいっていう希望を言えると。
――美容院の指名制みたいなものですね! 指名料がその料理人に入ると。いいですね、それ!
大西:うちは人にフォーカスする経営をしています。何を作るかだけじゃなく、誰が作るかってのもすごく大切にしているので、それを意識してスタッフもSNS発信したりしていて。作った人がわかるっていうところで課金ができたら、新しいですよね。
――新たな取り組みって、どこかが成功してるとなったら、追随する人が出てくると思うんです。Tsurumen Tokyoがそうした流れを作り出されていくことを期待してます! ありがとうございました。
インタビューを終えて
大西さんに清々しいまでの笑顔で見送られながら店を出たところで、店長の梅崎さんが外で待っておられた。

「店長としてこちらで営業をされていて、梅崎さんがお好きなラーメンと大西さんが目指してるラーメンの間で、自分はこうしたいなとか、こういうほうが好きだなといった齟齬はないか」と、少々意地悪な質問をしてみた。
すると、
「ラーメンって沢山種類がある中で、確かに私の好みの味はありますが、自分がやりたいラーメンは自分の店を出したら出来ますよね? しかし大西が思いつくアイデア、例えば米粉のラーメンとかは自分には思いつかないし、それに賛同してやってるから、違うなと思ったことはないですね」
と力強くおっしゃていたのが印象的だった。
最後に、梅崎さんにとっての1000日後の目標を聞いてみた。
「それはやはり自分の店を持つことです。ここでラーメンを学んで、引き出しをたくさん増やして、Tsurumenとはまた違った、自分の味を追求したいです」
それからしばらく、Tsurumen Tokyoは休業期間となっていたのだが、ついに10月に営業を再開したいう。
そしてなんと、半ば「梅崎さん自身のお店」のような形で、店長オリジナルラーメン&メニューの提供が開始したとのこと!
「人にフォーカスする経営」と大西さんは語っていたが、これほど思い切った形で体現するとは……。その実行力に、Tsurumenが人々から注目されて止まない由縁をみた気がした。
※2021年11月現在、通販のどてそばを除き、記事に登場したメニューは提供お休み中です。再開予定は未定とのことなので、提供メニューの最新情報はお店の公式SNSでご確認ください。
店舗情報
Tsurumen Tokyo
住所:東京都江東区亀戸3-45-18
営業時間:(火〜金)11:30~15:00(L.O 14:45)、18:00~21:00(L.O 20:40)(土)11:00~15:00(L.O 14:45)、18:00~21:00(L.O 20:40)、(日)11:00~15:00(L.O 14:45)
定休日:月曜日
(※営業時間は新型コロナウイルスの影響により随時変更あり。公式SNSでご案内しております)
https://www.instagram.com/tsurumen_tokyo/


