土鍋ごはんが名物の居酒屋に、米炊き素人のライターがイロハを習ってきた

自宅で和食店のようなワンランク上のごはんを食べたいのなら土鍋で炊くのが一番。そう豪語する土鍋ごはんが名物の居酒屋「食と酒 椿ノ原」店主に、家庭でも簡単に美味しく炊ける土鍋ごはんメソッドをレクチャーしてもらいます。

エリア下北沢

f:id:exw_mesi:20201025160634j:plain

外観はごく普通の居酒屋ながら、イチ押しメニューは「白米土鍋炊きご飯セット」という白米ファン垂涎のお店が下北沢に存在する。

2020年で開店3年目を迎えた「食と酒 椿ノ原」は無農薬や減農薬、有機農法のお米3~4種を取り揃えており、その中から毎週1種類ずつを提供。精米もお店で行うというこだわりようなのだ。

「お米を美味しく食べるコツは、ズバリ言って土鍋です」

そう断言するのは店主の永家敬子さん。

 

f:id:exw_mesi:20201025160952j:plain

▲店主の永家敬子さん。割烹着がトレードマークで、スタッフを雇う基準も「割烹着が似合うかどうか」なのだとか

 

少しでも美味しくお客さんにお米を食べてもらおうとトライ&エラーを繰り返し、“永家流炊飯メソッド”確立に至ったのだという。

逆に言うと、ポイントさえ押さえれば誰でも家のごはんが段違いに美味しく炊けるとのこと。

そこで普段は炊飯器の一点張りながら、家族にワンランク上の美味しいごはんを食べさせたいと思い立った筆者は、永家さんに土鍋ごはんの炊き方をレクチャーしてもらった。

 

f:id:exw_mesi:20201025160805j:plain

▲京王井の頭線・池ノ上駅ほど近く、下北沢駅からも徒歩圏内にある「食と酒 椿ノ原」。「お米を肴に飲める居酒屋」として敬虔なライス信奉者が多数訪れる名物店だ

 

f:id:exw_mesi:20201025161341j:plain

▲土鍋ごはんを看板にしつつ、お酒に合うメニューも実に豊富。ホッと安心できる優しい味つけの家庭料理が中心となっている

 

浸水の方法や炊き方でお米の味が変化

まずは永家さんの意見に耳を傾けてみよう。

 

f:id:exw_mesi:20201025163515p:plain永家:重要なのは「保存の仕方」「精米の方法」「研ぎ方」「浸水」「炊き方」といった工程なんです。保存に関しては涼しくて直射日光が当たらない場所に置くのは当然だとして、できれば買ってから半年以内には使い切ってしまいたいですね。
研ぐ際は少し水が白く濁るくらいで止めておいたほうがいいでしょう。あまり研ぎすぎても、お米の旨みが抜けてしまいますから。普通は3回くらい水切りすると思うんですけど、もしも販売されているペットボトル水などを奮発して使うときは、最初の1回目で入れるのがお薦め。お米って最初に浸かった水を一番多く吸う性質があるんですよ。もちろんお金に余裕があるなら、最初から最後まで上質な水で洗ってください。

 

待て待て待て……! いきなり圧倒的な情報量で頭が追いつかないぞ。しかし、その後も永家さんの“講義”は容赦ないスピードで進められた。以下はその主だった内容である。

 

  • 浸水は可能な限り冷たい水のほうがいい。冷蔵庫で冷やすのもアリ。中には氷を入れる人もいる。冷たくした状態から、高温で一気に炊く。つまり温度差があったほうがベターとされている。
  • 水分量はお米1合あたり220cc、浸水時間は最低でも15分が基本。ただし、新米は水を少なめにする。逆に古米は水を多めに、そして浸水時間も長くしていく。
  • 一般的にスーパーなどで売られているのは古米(昨年に収穫されたお米)、あるいは古古米(一昨年に収穫されたお米)が多い。炊く際はそのことも念頭に入れ、水の量を多めにする。新米から3ヶ月が経過したら、1.5合あたり10ccメドで加水していくイメージ。中高年の中には無洗米を毛嫌いする人もいるが、水分量だけ気をつければ品質的にさほど大きな違いは感じないはず。
  • 原産地の気候は意識しておくといい。厳密に言えば同じコシヒカリでも日本海側で作られたものと太平洋側で作られたもので味は異なってくる(日本海側のほうがウエットな食感)。ちなみに「食と酒 椿ノ原」ではお米を肴にして日本酒を嗜む常連客も多いが、「新潟の米に合わせて新潟の日本酒を飲む」というスタイルが好まれるとのこと。また、「新潟の米は新潟の水で炊くのがベスト」という説がマニアの間では広がっている。
  • 魚沼産コシヒカリなど日本海側や寒い地域で作られた品種は柔らい食感を特徴としている。一方で九州や関東など温かい地域の品種は噛み応えがあり、おかずに合わせて食べると真価を発揮する。一般的に定食屋などは後者の品種が向いているとされる。ただし産地と味の関係については、作られた場所の標高なども影響してくるので細かくチェックする必要がある。
  • 炊きあがったごはんを冷凍保存する場合は、熱いうちにラップに包み、熱いうちに冷凍庫に入れるのが正解。わざわざ一度冷ましてから冷凍させる人も多いが、解凍する際にパサつく傾向がある。

 

いかがだろうか? 

家庭でそこまで徹底する必要はないが、これらのことを意識するだけでも、あなたの炊飯スキルは目に見えて向上するはずだ。とにかく永家さんが強調していたのは、お米の値段や土鍋の品質よりも浸水の方法や炊き方によって味は変化するということ。

まずはお米が本来持っているポテンシャルを最大限まで引き出すべきというわけだ。

 

f:id:exw_mesi:20201025161728j:plain

▲今回、食べるお米は魚沼産コシヒカリ。同じコシヒカリでも産地によって風味や食感が変わってくるというのだから奥深い

 

土鍋でお米1.5合を炊くときは強火5分、とろ火6分、蒸らし10分

ここからはいよいよ土鍋で炊くことにする。今回は検証のため、2種類の土鍋を用意した。ひとつは中蓋つきの二重式になっている土鍋。もうひとつは100円ショップなどでも売られている安価な土鍋。中蓋式は通常の鍋よりも密閉度が高いため、水分が飛びづらい構造となっている。

 

f:id:exw_mesi:20201025161803j:plain

▲左が中蓋のある二重式の土鍋。白い蓋がのっている右の土鍋は安価なもの。ともに炊くお米の量は1.5合

 

中蓋式の販売価格はピンキリではあるが、通常は2,000円~5,000円程度で売られていることが多いようだ。値段の差は味に直結するというよりも強度の問題だという。

果たして2種類の土鍋で味は変わってくるのか?

そもそも普段の炊飯器とはどう違うのか?

 

f:id:exw_mesi:20201025161841j:plain

▲中蓋式の土鍋。ネットで探すと様々な値段の商品が売られているが、主な違いは耐久性だという

 

f:id:exw_mesi:20201025163515p:plain永家:炊き方は簡単です。お米1.5合を炊く場合、強火5分、とろ火6分、蒸らし10分。中蓋式の土鍋を使う場合のみ、蒸らし時間を8分にするといいでしょう。とろ火は火が消えるギリギリまで火力を絞り、逆に強火は土鍋底のR部分にかかるくらいまで火力を上げていく。大きい鍋で底のR部分に火がかからない場合はMAXまで上げちゃって大丈夫です。時間についてはお米の量に合わせて変化させてください。

 

f:id:exw_mesi:20201025161915j:plain

▲安価な土鍋は、沸騰すると吹きこぼれが若干見られた

 

着火してから完成まで計20分程度。研ぐ時間や浸水時間を計算に入れていないとはいえ、炊飯器よりずいぶん手軽に感じられる。タイマーさえセットしておけば、土鍋の前でずっと待機していなくてもいいそうだ。

 

f:id:exw_mesi:20201117134401j:plain

▲火力調整のため、タイマーをセット。ちょっとした時間のズレが炊き加減の明暗を分ける

 

f:id:exw_mesi:20201025163515p:plain永家:土鍋でお米を炊くのが面倒くさいと思い込んでいる人が多いと思うんですけど、実際にやってみると拍子抜けするくらい簡単なんですよ。1人分や2人分を炊くのだったら、むしろ炊飯器より時間は短縮できるし、手間もかからないんですけどね。

 

そうこうしているうちに完成を告げるタイマーが鳴った。すかさず土鍋にしゃもじを入れ、下のほうにあったお米を上に移動させていく。いわゆる天地返しである。少しだけ底に付着している"おこげ"の香りによって、否が応でも食欲中枢が刺激される。

 

f:id:exw_mesi:20201025162025j:plain

▲タイムアップを告げるタイマーが鳴った。蓋を取った瞬間、炊きたてのお米特有のふくよかな香りと湯気がフロアに充満する。この時点で美味しいことは確信できた

 

f:id:exw_mesi:20201025163515p:plain永家:失敗したと思っても、リカバリーは可能です。生炊きや固かった場合は1.5合ならお水50ccくらいを全体にかけるように入れ、強火30秒・とろ火3分~5分の調整で炊き直しするといいでしょう。
逆に蓋を開けたときにベタベタだった場合、水は足さずにそのまま強火で30秒、とろ火2~3分かけるといいでしょう。その後、蒸らす際にキッチンペーパーを挟んで蓋をすると余計な水分が飛びやすくなります。とろ火の時間は好みの炊き加減で調節してくださいね。

 

f:id:exw_mesi:20201025162055j:plain

f:id:exw_mesi:20201026084151j:plain

▲天地返し。しゃもじを下まで入れ、手際よく混ぜていく

 

気品のある味わいの中蓋式、食べなれた味わいの安価な土鍋

さて、いよいよ2種類の土鍋で炊いた魚沼産コシヒカリを実食することにしよう。口の中に入れた瞬間、両者の違いは明確に認識できた。中蓋式のほうはモチモチ柔らかくて、口の中で粘り気が広がる。気品のある味わいと言ってもいいかもしれない。お店のカウンターに並んでいる塩を少しかけると、おかずなしでも箸が止まらなくなるほどだった。

 

f:id:exw_mesi:20201025162124j:plain

▲こちらは安価な土鍋バージョン。炊きあがりの見た目はほとんど変わらないが……

 

しかし一方で、安価の土鍋が劣っているというわけでは決してない。むしろこっちのほうがいつも食べ慣れている味に近く、そのため一種の安心感があった。少し芯が残っている食感もガツガツ口にするにはちょうどいい感じ。これはもう好みの問題と言っていいだろう。わかったことは両方とも炊飯器で炊くより確実に美味しいということだ(あくまでも個人の主観です)。

 

本当に好きだからこそ、もっともっとお米のことが知りたくなる

それにしても、永家さんの執念にも似たお米に対する探究心には舌を巻くしかない。一体、どのようにして「食と酒 椿ノ原」という理想郷にたどり着いたのか。

 

f:id:exw_mesi:20201025163515p:plain永家:下北沢でお店を始める前は、三軒茶屋でバーを営業していたんです。本音はそのときも小料理屋をやりたかったんですけど、路面店の物件が見つからなくて……。ただバーとは言っても、わりと料理は出していたんですよね。おなかを空かせた常連のお客様が、深夜1時とかにオムライスやスパムおにぎりを頬張っている感じ。バーにしては炭水化物が多すぎるから、今思うと少し異色だったかもしれないな(笑)。

 

f:id:exw_mesi:20201025162205j:plain

▲永家さんは釣りが趣味。釣った魚をお店で出すこともしばしばだ。この日、提供されたイサキのタタキも永家さんの釣り仲間がお店に届けてくれたものだとか

 

2017年、念願の“きちんとした料理を提供する居酒屋”を開店した永家さんは、メニューの開発に全力を投じた。そんな中で気づいたのは「自分の出す料理は、どうしてもごはんが欲しくなる」ということだった。だったら一層のこと、お米をウリにした居酒屋にしてもいいのではないか? こうして現在のスタイルの雛形が完成していく。

 

f:id:exw_mesi:20201025163515p:plain永家:もともとお米が大好きだったんですよ。友人と集まって「新米会」をやっていたくらいで。新米会というのは、文字通り、その年の新米を食べて感想を言い合う会合のことなんですけど。お米は日本人の食卓に欠かせないものであると同時に、一度こだわり始めたらキリがない深みがあるんです。

 

永家さんの根底にある考え方はシンプルだ。「本当に好きだからこそ、もっともっとお米のことが知りたくなる」「自分の好きなお米を、1人でも多くの人に味わってもらいたい」「お店で美味しいお米を食べて、少しでも楽しい時間を過ごしてほしい」。そんな永家さんの思想に共鳴して、協力者も続々と現れる。

 

f:id:exw_mesi:20201025163515p:plain永家:このお店を始めてからは、産地の農家さんとも親しくおつき合いさせていただいています。うちは無農薬、減農薬、有機農法のお米にこだわりがありますし、アンテナは高く張るようにしていますね。山形の雪若丸、茨城のコシヒカリ、福島のひとめぼれ、熊本のヒノヒカリ……全国の関係者から「今年は面白いお米ができましたよ」なんて話を聞くと、私も好奇心が抑えられなくなるんですよ。

 

f:id:exw_mesi:20201025162241j:plain

▲白米と一緒に作っていただいたイサキのタタキや手羽の甘辛煮にも舌鼓を打つ。はっきり言って何を食べても美味しいです

 

土鍋にこだわったのは、お客様に炊き立てを食べてもらいたかったため。しかも土鍋は保温もきくので、お酒を飲みながら食べる際に好都合だという。呑兵衛の中には「お酒と一緒にライスはどうも……」と抵抗感を示す者もいるが、「食と酒 椿ノ原」にやってくるお客様の半数は土鍋ごはんを食べていくそうだ。

 

f:id:exw_mesi:20201025163515p:plain永家:お客様の中には生粋のお米マニアもいて、席に座った瞬間から「最近、あの銘柄を買ったけど食感はどうだった」みたいな話をずーっとしているんですよ。おかずを一切口にしないで、ストイックにお米だけを食べ続けているんです(笑)。そういった方は極端にしても、うちで食べたことがきっかけとなり、自宅でも土鍋生活を始めるお客様は多いんですね。実際にやってみたら20分で気軽に炊けて、しかも自分好みの味に調整できる。みなさん「なぜもっと早く気づかなかったんだろう?」って口にしますよ。

 

なるほど。土鍋で炊いたお米が美味しいことはよ~くわかった。問題は自分の家で同じクオリティを出せるかどうかだ。そこはきちんと立証する必要がある。

 

自宅で土鍋ごはんにチャレンジ

 

f:id:exw_mesi:20201117134443j:plain
▲結婚式の引き出物でもらった土鍋を台所の棚から引っ張り出してきた。『食と酒 椿ノ原』マナーに合わせてカセットコンロで炊くことにした

 

f:id:exw_mesi:20201025162414j:plain

▲途中、吹きこぼれで焦る場面もあったが、永家さんの言う通りにすれば難なく炊ける……はず!

 

こうして初めて土鍋を使い、永家流炊飯メソッドで炊いてみたのだが……結論から言うと大正解! いつもは炊飯器で炊いている無洗米の新潟産コシヒカリが、まるで別物のようにモチモチとつややかに仕上がっている。食感を楽しんでいると、口の中に広がる米本来の甘み。これにはおもわず「おかずなんて別にいらない」「主食は米でいい」と力強く頷いた。悪いけど、わが家はもう炊飯器には戻れないかもしれない。

 

f:id:exw_mesi:20201025162455j:plain

▲炊きあがったお米をかき混ぜると、炊飯器とは明確に違う柔らかさに驚かされる。ほのかについたおこげも最高のアクセントになっている

 

実際に自分で炊くことでお米に対するイメージが大きく変わったし、「もっと上手に炊きたい」という向上心がメラメラと燃え上がってきた。たしかにこれはハマりそうである。短時間で手軽に、しかも自分好みの味に仕上げることができる土鍋での炊飯。この記事を読んでいるあなたも早速始めてみてはいかがだろうか?

 

撮影:丸山剛史

 

店舗情報

食と酒 椿ノ原

住所:東京都世田谷区北沢1-33-18 リヴェール北沢1F
営業時間:17:00~翌5:00(L.O 4:30)
電話:03-5790-9212
定休日:水曜日(※お正月とお盆時期にお休みいただきます)

www.hotpepper.jp

書いた人:小野田衛

f:id:exw_mesi:20200122140638j:plain

雑誌やネット媒体で仕事をするフリーのライター/編集者。アイドルやスポーツ、貧困問題に関する記事を作ることが多い。趣味はサウナ。特技はサウナ。オフの日の過ごし方はサウナ。

過去記事も読む

トップに戻る