今、世界的に日本食がブームなのは、『メシ通』読者の皆さんもご存じのことだろう。
メディアではニューヨークやフランスなど欧米諸国の和食ブームがクローズアップされるが、アジアも負けてはいない。
なかでも、タイ・バンコクは、寿司や天ぷら、焼き肉、カレー、ラーメンなどほとんどの日本食がそろう。ひと昔前は、日本企業の現地駐在員向けのお店としての色合いが濃かったが、今では地元のタイ人や旅行、ビジネスで訪れた外国人も足繁く通っている。
また、海外の高級ブランドショップが入るショッピングモールには、大手外食チェーンも数多く進出している。
日本では気軽さがウリのお店でも、バンコクでは一転、セレブたちが集うお店として認知されているのが面白い。企業にとっても、ブランドイメージが上がるため、これからますます出店ラッシュは続くだろう。
タイにつけ麺店を出店したい
日本の外食チェーンがバンコクに出店する場合、企業側から現地のタイ人経営者にアプローチしてパートナーを組むというケースがほとんど。
しかし、なかには日本を訪れた際に食べた料理に心酔し、タイでの出店をチェーン本部に直訴するタイ人経営者もいる。
タイ国内に複数の飲食店を経営する「MEGUMI GROUP」のビシャン・イングライディーウィチアンさん、通称“ナイ”さんもその一人だ。
「もともと縫製工場を営んでいて、日本のメーカーと取引していました。そんなことから、年4回ほどのペースで東京や大阪へ行っていました。日本で食べたラーメンのおいしさに衝撃を受けて、日本を訪れるたびに取引先の方においしいラーメン屋さんを教えてもらっては食べ歩きをしていました。東京や大阪、北海道など合わせて40軒ほど行きました」(ナイさん)
バンコクでも数年前から日本のラーメンが話題。日本国内の有名店もこぞって出店しているが、ナイさんは商売する気はなく、ちまたのラーメンマニアと同様に食べ歩きを楽しんでいた。
転機が訪れたのは6年前。地元のバンコクでラーメン店ではなく、名古屋の居酒屋チェーンをやってみたいと思い、経営者とコンタクトを取るなかで、名古屋・大須にある「ラーメン・つけめん フジヤマ55 大須総本店」がおいしいとすすめられた。
「つけ麺の濃厚なスープと腰のある極太麺のおいしさに衝撃を受けました。居酒屋さんよりもまず、このつけ麺をタイで出したいと強く思うようになりました。さっそく『フジヤマ55』グループの澤竜一郎代表にコンタクトを取りました」(ナイさん)
「フジヤマ55」は、2日間かけてじっくり仕込む濃厚豚骨魚介スープで味わうつけ麺が地元でも有名。直営店5店舗のほか、フランチャイズ展開もしていて、東海地方のみならず、北陸や甲信越、関東にも出店している。しかし、6年前はまだ海外進出していなかった。
「私の申し出に澤代表は戸惑っていました。半信半疑だったと思います。その後、バンコクへ来ていただき、市場調査や食材調査を行いました。結果、『イケる!』と判断していただき、フランチャイズ契約にこぎ着けました。私も再び名古屋へ行って、スープの製法や製麺技術を学びました」(ナイさん)
つけ麺を根付かせるべく奮闘
こうして'12年に「ラーメン・つけめん フジヤマ55 バンコク・スクンビット店」を開店させた。
お店がある場所は、多くの日本食レストランが建ち並ぶスクンビット39通り。行列ができるラーメン店もあり、ナイさんはあえてその近くの物件を選んだ。
▲つけめん・ラーメン フジヤマ55 バンコク・スクンビット店(住所:1st Fl., 39 Complex, Sukhumvit Soi 39)
それまでバンコクのラーメン店では、つけ麺を出すお店はあったものの、あくまでもラーメンがメイン。つけ麺が看板メニューのお店としては「フジヤマ55」がバンコク初だった。
▲旨辛つけ麺全部のせ 330THB
「タイ人にとって、つけ麺は未知の食べ物でした。まず、どうやって食べたらよいのかわからず、つけ汁を麺にかけてしまうお客様が続出しました。そもそも、タイにはつけ汁に麺を浸して食べる料理がないんです。スタッフが説明するのはもちろんですが、食べ方をレクチャーする動画を作って店内で放映したり、POPを貼ったりしました」(ナイさん)
また、タイ人に限らず、多くの国では麺をズルズルとすすって食べる習慣がない上、その行為は行儀が悪いとされている。これもオープン当初はネックとなった。
「私もそうでしたが、レンゲの上に麺を巻いて、スープを浸けて食べていました。が、スクンビット39という場所柄、日本人のお客様も多く、皆さん麺をすすって食べていました。タイ人のお客様も触発されて、徐々にタイ人のお客様もすする食べ方が定着していきました」(ナイさん)
名古屋めしはタイ人好み?
その後、ナイさんは「フジヤマ55」をタイ国内に続々とオープンさせた。現在、7店舗を展開している。
繁華街にあるスクンビット39の1号店以外は、ほとんど日本人がいないエリア。いかにタイ人から支持を得ているかがわかるだろう。
また、チャオプラヤー川沿いの倉庫跡地を利用してできたマーケット「アジアンティーク・ザ・リバーフロント」内に、鉄板焼をメインとした居酒屋「花ちゃ花ちゃ」と骨付鶏や唐揚げのバル「がブリチキン。」を出店している。いずれも名古屋を拠点とした外食チェーンだ。
▲海老つけ麺(熱盛り)230THB
ナイさんがこだわるのは、名古屋で食べて感動した味をそのまま提供すること。
「『フジヤマ55』のオープン当初は、日系の製麺会社から仕入れた冷凍麺を使っていましたが、どうしても違和感がありました。すぐに製麺機を導入して、総本店のレシピに基づいて自家製麺に切り替えました。『花ちゃ花ちゃ』や『がブリチキン。』も名古屋のお店とまったく同じメニューを提供しています」(ナイさん)
今、バンコクには手羽先や味噌かつ、台湾まぜそばなどの名古屋めしを出すお店が数多くあり、どれもタイ人に大好評。手羽先を筆頭に名古屋人が好む「甘辛い」味付けがタイ人も大好きなのではないかと思う。
実際、「フジヤマ55」の旨辛つけ麺のスープも濃厚でピリ辛の中にほんのりと甘さを感じる。タイ人の場合は「辛甘い」という表現の方がしっくりくるだろう。
「今でも年に数回、名古屋へ行っていろんなお店を食べ歩いています。タイ人にとって、名古屋はまだ知名度が低く、工業都市というイメージしかありません。でも、私にとって、東京や大阪よりもおいしいものがいっぱいある街。名古屋めしはこれからも広がっていくことでしょう」(ナイさん)
タイで名古屋めしが広がったのは、トヨタやデンソーなど地元企業がバンコクへ進出していることも大きく関係している。つまり、地元企業の駐在員たちが求める日本食=名古屋めし、なのだ。今後も地元企業の世界進出に併せて名古屋めしが広がっていくことだろう。
「NAGOYA-MESHI」が国際語になる日も近いかも?
取材協力:MEGUMI GROUP フジヤマ55グループ
※この記事は2017年5月の情報です。