▲インド・オールドデリーのムスリム飲食街にて ※インドの写真はすべて小林真樹氏が撮影
「これが正しい」と言えないのがインドだ
マイクロ出版社、ferment booksの(よ)です。
まずは恒例のクイズから。〇か✖かで答えてください。
Q:インド人はカレーを手で食べるとき、右手だけを使い、宗教的に不浄とされる左手は使わないとされる。これ、日本でもわりと一般的に知られているが、実際に現地へ行ってみると、日本人の脳内イメージに反し、なんと左手を使って食べているインド人をけっこう見かける。この話、〇か、✖か?
・
・
・
・
・
A:答えは◎!
今回インタビューした小林真樹さんに、さっそく解説をお願いしよう。
小林:チャパティをちぎったり、食事に左手を使う人はわりといるんですよ。とかく「インドとはこうである」って厳密に定義したがる日本人が多いんですけど、実際のインド人はこっちが考えるほど厳格じゃないんです。
なるほど、例外って常に存在するんだよな。
小林:料理についても、例えば「正しいビリヤニとはこうだ」なんて語られがちですが、実際は地方によっても違うし、お店によっても違うし、極端に言えば作る人によっても違う。多様性のかたまりのようなインドに関しては「これが正しい」と言った時点で間違いなんですよね。「こういうものもある」っていう言い方しかできない。
ふむふむ、インドってやっぱり深いんだなぁ。
バックパッカーとして旅したインドにハマる
インドの手食について解説してくれた小林真樹さんは、インド食器輸入販売店「アジアハンター」のマスタル(店主)。
インドやネパールなど南アジアの食文化についてディープな知識と体験をお持ちで、現在盛り上がりを見せている日本のカレーシーンにおけるキーパーソンのひとりでもある。
インドに深入りするきかっけを聞けば、若いころハマったバックパック旅行なんだとか。
小林:藤原新也さんの本とかに影響を受けて旅に出たんです。『全東洋街道』文庫下巻の表紙に使われている曼荼羅の写真がサイケデリックでカッコいいなあと思ったり、そんな感じでインドに関わりはじめました。
インドに長期滞在したいがための語学研修でヒンディー語を習得。インドの食文化にハマって食器輸入販売業を開始し、現在にいたる。昨年は、バックパッカーの多くがリスペクトする旅行作家・編集者の蔵前仁一氏から原稿依頼を受け、伝説の雑誌『旅行人』復刊号にインド食べ歩きの記事を寄稿した。
小林:いやー、あの『旅行人』に自分が原稿を書く日が来るとは。うれしかったですね。
食器の仕入れと食関連のリサーチを兼ねた出張で、現在も年に何度かインドを訪れる。
旅で現地の食文化や人々に触れ、帰国すれば納品のため日本国内のインド料理店やネパール料理店へ毎日のように訪問。もちろんついでに料理も味わい、飲食店関係者との交流も多数。日本のアジア系コミュニティにも深く関わっている。そんなわけで、日本国内のカレー事情にもたいへん詳しい。
小林:もちろん国内すべてのお店と取引があるわけじゃないですけど、仕事でインドやネパールの人たちと付き合うのは楽しいですね。食文化はもちろん彼らの人柄も、どうも好きみたいで。
インドと日本でのマニアックな食べ歩き。その一部始終を投稿した小林さんのフェイスブックとツイッターはカレー情報の宝庫。カレーファンのネタ元にもなっており、筆者自身もしっかり活用させていただいている。
以前、筆者が富山県のカレー事情を取材すべく、小林さんに相談を持ちかけたところ(『スペクテイター』誌のカレーカルチャー特集号)、一発でピンポイントな人脈とつながった。地方のカレーシーンにもたくさんの接点を持っている小林さん、さすがである。
ムンバイ、スーラト、アーメダバードで食べ歩く
では、そんな小林さんにマニアックなインド料理の世界をチラッとご紹介いただこう。
昨年2017年12月から今年の1月にかけて、ムンバイからグジャラート州にかけてインド西部を巡ってきた小林さん。日本国内ではお目にかかるのが難しそうなレアなメニューを食べ歩いてきた。まずそのなかから南コンカン料理(Malvani cuisine)についてお聞きしよう。コンカンとは、ムンバイを州都とするマハラシュトラ州の一地方である。
小林:蟹(カニ)のターリーとか、鯖(サバ)のターリーとか、基本シーフードなんです。例えば蟹のターリーを頼むと、蟹のフライと蟹のカレーが両方出てくる。それをチャパティやプーリーなどのパン類と食べるんですけど、パン類を食べ終わった後にライスが出てくるんですよ。
小林さんがムンバイのコンカン料理店で注文した蟹のターリーがこれ。
へー! 筆者も魚介類のカレーが大好きなので、このターリーにはメチャクチャそそられる! 同じ種類の食材をフライとカレーの2種類で食べるのが相当オモシロイ。パン類を食べた後にライスが出てくるのも興味深いスタイル。蟹のダシが効いたカレーは、とても美味だったそうだ。
鯖バージョンのほうは、どんなターリーなんだろう。
おっ。大きなプレートに乗った鯖のフライとカレーもさることながら、気になるのはテーブルの上のほうに見える別皿。
小林:このフライの材料は、身の柔らかい「ボンベイダック」とか「ボンビール」と呼ばれている魚で、現地ではよく食べられていますね。なんでも富山の「げんげ」に似ているらしくて、富山のカレーファンが注目していましたよ。
おお! 知る人ぞ知る富山の名物魚にして怪魚「げんげ」。その親戚筋(?)がインドにもいたのか。「ボンベイダック」と「げんげ」、機会があったら食べ比べてみたいなー。
▲ムンバイの魚市場にて。手前の細長い魚が「ボンベイダック」
ムンバイの次に小林さんが向かったのはグジャラート州。これまた日本国内では珍しいグジャラート料理が堪能できる土地だ。
小林:代表的なグジャラート料理として、まずスーラトという街を中心とした州南部の料理と、カティアーワール半島で主に食べられているカティアーワディー料理があるんですけど、今回は両者の食べ比べができて、とても有意義でした。
上の写真がスーラト某店のグジャラーティ・ターリー。品数が多くてゴージャス。
小林:グジャラーティ・ターリーは、ジャガリというヤシなどを原料とした甘味料をかなり使うのが特徴です。デザートではなくて、ダルとかカレーが甘いんです。なかには甘くないものもあるんですけど、全体的に甘いんです。
え? カレーが甘い?
小林:でも、おいしいですよ。確かに、別の地方のインド人はその甘さを敬遠したりすることもありますけど……。
うーん、どんな味なんだろう。これは食べてみたい。
小林:あと、今回必ず食べようと思っていたのが、スーラト名物のウンデュウ。イモ類や根菜など冬季のスーラトで採れる「冬野菜」を煮込んだ料理です。日本料理は旬が重視されますけど、インドで季節料理っていうのは面白いですよね。
日本では当たり前の「旬」という概念がインドにはあまりないというコトすら知らなかった。やっぱり、まだまだインド料理には知るべきことがたくさんありそう。
そしてこちらがグジャラート州アーメダバードで小林さんが堪能したカティアーワーディー料理。
小林:スーラトの料理と違って、カティアーワーディー料理は甘くないです。ここではスパイスやハーブを練りこんだテプラというパンがおいしかったなあ。
小林さんによれば、神戸最古参の某老舗インド料理店では、このテ
そこで、食べ歩き旅行の秘訣(ひけつ)をたずねてみた。やはり現地の人たちとのコミュニケーションが大事なようだが、ちょっとした小道具はカメラだという。
アジア旅行をもっとディープに楽しむために知っておきたいこと
小林:被写体になる人物には必ず「写真を撮っていいですか?」って声をかけるんですけど、それをきっかけに「ご出身は?」とか「ご家族は?」とか話しかけてみる。さらに「ご家庭では故郷の料理を食べてらっしゃるんですよね」「それ、すごくおいしそうですね!」っていう流れでお宅におじゃましてごちそうになったり(笑)。カメラは現地の人たちと交流する良いきっかけになりますね。
お宅にお邪魔(笑)。楽しそう。そうそう、書いておきたかったのは「きっかけづくり」の意味も含めて撮影される小林さんの写真が非常に魅力的であるということ。料理や食材だけでなく、食の現場の雰囲気も濃密にとらえていて、何よりそこにいる人々の表情が良い。小林さんのSNSへの投稿には、いつも見入ってしまう。
▲アーメダバードのムスリム地区にて。小林さんの写真を見ていると、本当にインドに行きたくなってくる
インドの味を日本で再現する努力にシンパシー
さすがにインドには簡単に行けないから、せめて日本でディープなインドを体験したい。そんなメシ通読者のために、日本のインド料理店の話も聞いておこう。
小林さんがオススメする国内のインド料理店って、どこなんだろう。
小林:まずインド人がやっているお店でいえば、西葛西の「レカ」(※閉店)が好きですね。
地方ごと無数のバリエーションが存在するインド料理だが、地理的な違いのほか、料理の役割というものに注目すると、【外食】【家庭料理】【祭りの料理】という3カテゴリーに分類できると小林さんは言う。
日本でも、卵かけご飯のような主に家庭内で食べるものと、寿司や鰻など外食がメインの料理が異なるように、日本でも好評なバターチキンやナンなどは外食メニューの最たるものだ(祭りの料理についてはまた別の機会に)。
そんななかで、家庭料理にこだわっている奇特なお店が「レカ」なんだそうだ。
小林:料理はオーナーのお母さん(レカさん)が担当していて、マハラシュトラ州のプーナ出身の方です。いろんな意味で保守的なインドでは、女性が飲食店の厨房で料理している光景ってほとんど見ないし、外食に豪華さを求めるお客さんが多いので家庭料理を出すようなお店もあまりない。そういう意味でも珍しいですね。
なるほどー。インド家庭料理に興味津々。同じように家庭料理にこだわっているお店として、神戸の「クスム」の名も挙がった。
小林:ここもキッチンにはインド人の女性がいて、ウッタルプラデシュ州の出身。家庭料理ですから出てくるのものは質素なんですが、こういうシンプルな料理を、ちゃんと出しているのが良いなあと思います。
では、日本人がやっているインド料理店で小林さんの注目するのはどこだろう。
小林:三軒茶屋の「サンバレーホテル」、千歳船橋の「カルパシ」、京都の「タルカ」ですね。この3店は、インドの味を忠実に……いや、忠実っていうと語弊があるかなあ、インドの味をインドとかけ離れた感じにアレンジしたりせずに、現地リスペクトな姿勢で作っているのがすごく良いですね。
3店とも今話題のお店である。とはいえ、「現地と同じなら、現地で食べればいいじゃないか」なんてことを言う人も中にはいるらしい。でも、それは違うと小林さんは強調する。
小林:インドで現地の料理を好きになって、それを日本で手に入る食材や、限られた環境で再現しようと努力している方向性に好感を持つというか……野菜だって、水だって、インドと日本じゃ違うわけですし、相当大変な仕事をやっていると思うんですよ。
この3店に加えて、前橋市の「チャラカラ」というお店も教えてくれた小林さん。
日本で現地の味を再現すべく努力するお店に対する言葉の選び方に、同じインドを愛する者としてのシンパシーを感じた。そして、インドへの熱い思いが伝わってきた。いま、これだけ日本のカレーシーンが盛り上がっているのも、強い磁力を発するインドに魅せられた小林さんのような人たちの活動があってこそなのだ。
さてと、原稿を書き終えて小林さんのツイッターをチェック。おおっと、最新情報が!
行きたいお店が、また増えてしまう~。
お店情報
インド食器 アジア食器 アジアハンター
「アジアハンター」は店舗向けの卸売りに限らず、通販サイトでは一般向けの小売りもやっている。食器以外に、雑貨や書籍なども充実。カレー好き、インド料理好き、アジア好きならマスト。「ナマステインディア」などの関連イベントにも出店することがあるので要チェック。
書いた人:(よ)
「ferment books」の編集者、ライター。「ワダヨシ」名義でも活動中。『発酵はおいしい!』(パイ インターナショナル)、『サンダー・キャッツの発酵教室』『味の形 迫川尚子インタビュー』(ferment books)、『台湾レトロ氷菓店』(グラフィック社)など、食に関する本を中心に手がける。