夏の冷やしグルメの傑作「つったい肉そば」に大衆食の原点を見た【東京ソバット団】

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この夏、絶対に食べてほしいローカルフード

そばといっても日本全国いろいろなそばの食べ方があるわけです。多くの人がそばと聞いてイメージする、もりそばにカツオのきいたダシを使ったツユという組み合わせも、実は江戸発祥の、きわめて東京ローカルな食べ方だったりするのです。

こんにちは、東京ソバット団のソバット本橋です。

ということで、まずはメトロ千代田線小川町駅近くの「河北や」が出す冷たい肉そば……地元の言葉で言うところの「つったい肉そば」を見ていただきましょう。

 

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▲肉そば(冷・450円)

 

黒っぽくてギュッとした歯ごたえのあるそばに合わせられるのは、なんと親鶏のガラからとったダシで作る冷たいツユ。

コクのある鶏スープは、まるでラーメンの清湯系鶏スープといったところなんですが、これが素朴で力強い味わいのそばと合うんですよ。

具もスープと同じく親鶏の肉。コリッとした歯ごたえで、噛みしめるとじわっと口に広がる鶏のうまみがたまりません。

 

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東京のそばを食べ慣れた人間からすると、かなり変わった作りに思えるこの肉そばは、山形県のほぼ中央部にある河北町で長く食べられてきたもの。

実は山形県でもこういう形のそばを出すのは河北町近辺のお店だけという、河北町限定の知る人ぞ知るローカルフードなんです。

 

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バジルを使ったりラー油を入れたりと、今ではいろいろな変わりそばが食べられているわけですが、ここまで斬新なそばが河北町という山形県の小さな町で食べられてきたというのはちょっと驚きです。

なにがどうなって肉そばが生まれたのか、「河北や」店主の山上力雄さんに話を聞いてみました。

 

河北町の肉そばの味に惚れ込んだ

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てっきり河北町出身なのかと思いきや、なんと東京出身だという山上さん。

実は若い頃に飲食マーケティングの仕事をしていて、一緒にやっていた河北町出身の知人が食べさせてくれたのが、この肉そばとの出会い。

その味に惚れ込んだ山上さんは、この肉そばをみんなに知ってもらいたいと、2007年に「河北や」をオープン。

今では山形出身の人のみならず、多くのお客さんでにぎわう人気店となっております。

 

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──ズバリ、このつったい肉そばは、どうして生まれたんでしょう?

 

f:id:Meshi2_IB:20190723161000p:plain山上さん:まず肉そばが河北町の地元でどういう店で提供されていたかというと、本格的なそば店ではなくてカレーやラーメンとかを出しているような、町の食堂で出されていたんです。

 

──そば店で出されていたメニューではなかったんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20190723161000p:plain山上さん:そもそも河北町には飲食店がそんなに多くないので、この食堂でお酒を飲む人も多い。飲みながら食べても伸びないように、太くて固めのそば、そしてやはりこれも伸びないように、夏でも冬でも冷たいツユで食べるようになったようですね。

 

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──お酒の友としての「伸びにくいそば」! 酒好きの1人としては、すごく納得のいく理由ですね。では、なぜツユがカツオなどの魚介ではなく、鶏のスープだったんでしょう?

 

f:id:Meshi2_IB:20190723161000p:plain山上さん:ラーメンなどを出している食堂だったので、鶏のダシもとっていたはず。おそらくそれを使って、そばを食べるようになったんだと思います。ただ、詳しくはわからないんですよね。河北町近辺で自然に発生したものなので。

 

そばに限らず、ほとんどの大衆食に関しては正式な文献がなく、研究も進んでいないため、ルーツがはっきりしていないことが多いのですが、この河北町の肉そばも同様のようです。

ただ、一説として、ある客が大正時代に馬肉の煮込みをつまみで食べて、締めでそばを食べようとしたとき、思いつきで残った馬肉をそばに入れたらおいしかったのでその食べ方が広まった。

それから戦後になって、比較的入手しやすい食材であったことから鶏肉を使うようになった、という話があるとか。

 

ラーメン王国・山形の町食堂だからこそ生まれた「大衆食」

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これは私論なんですが、「町の食堂のメニュー」というところがポイントだったのではなかろうかと。

山形はラーメン王国であることは知られています。

食堂でもラーメンがよく食べられていたので、その鶏ガラスープでそばを食べてみたら意外においしく、その食べ方が広まったのでしょう。

親鶏の肉についても秋田県など東北地方ではよく食べられていて、それを具にするのもきわめて自然な発想だったのではないかと。

大衆食って、そういうものですよね。手近にあるものを組み合わせたら、なんだかすごいものができちゃった。

 

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老舗のそば店だとこういう冒険はなかなかできないものですが、それができたのが町食堂。

つったい肉そばは、町食堂だったからこそ生まれたメニューなんだと思うんですよ。

 

夏はこれでしょ! 「肉中華」も逸品

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▲肉中華(630円)

 

ちなみに「河北や」では、肉中華という肉そばの中華麺バージョンもあります。

ただ肉そばのツユに中華麺を入れただけではなく、鶏油に香味野菜を加えた香味油を加えるので、うまみが濃厚なんです。

 

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冷たくてしつこく感じない、ツルツルの麺と相まって、夏はこれでしょ! な逸品なのです。

 

麺以外の名物・カレー粉を使った「河北カツ丼」

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▲河北カツ丼(780円)

 

さらに河北町には麺以外にも名物がありまして、それがこの河北カツ丼です。  

一見、普通のタレカツ丼に見えますが、このタレがポイント。

ダシしょうゆにウスターソースなどをブレンドし、カレー粉を加えているんです。

 

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f:id:Meshi2_IB:20190723161000p:plain山上さん:河北町の名物は、家庭料理や食堂の延長なので、どの店もそれぞれの味なんです。河北町のカツ丼もタレがユニークなんですが、これもどこかの店が始めて広まったもの。タレにカレー粉を使う以外、決められた作り方はありませんからね。

 

ふわっとカレーの香りが立ちのぼるカツをかじると、ジュワッと甘めなタレが口に広がります。

このちょっとしたカレーの香りがなんとも食欲をそそり、思わず丼を持ってかきこんじゃうんです。このカツ丼も、カレー粉を使うことは共通しているものの、タレのブレンドは各店で違うとか。

いっぺん、河北町に行って、いろいろな店のカツ丼を食べ比べてみたくなりますね。

 

そば好き、ラーメン好きの人はぜひ一度食べてみて欲しい

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いやはや、こんな個性的な食べ物が、小さな河北町の町食堂から生まれてきたということは面白いし、ものすごく興味深いです。

食文化を考えるときの、すごいヒントになった気がします。

そば好き、ラーメン好きの人には、ぜひ一度、食べてみてもらいたいですね。

ちなみに「河北や」は17時から居酒屋営業になります。肉そばは夜でも食べられますが、河北カツ丼、肉中華は17時までの提供となりますので、ご注意を。

 

お店情報

河北や

住所:東京都千代田区神田錦町1-2官報神田錦町ビル1F
電話番号:03-5283-3677
営業時間:月曜日~金曜日10:30~23:00
定休日:土曜日、日曜日、祝日

(夕方からの居酒屋タイムは食事のみの方は入店できない場合があります)

 

書いた人:本橋隆司

本橋隆司

フリーランスの編集、ライターとしてウェブや雑誌などで仕事中。近著は『東京立ち食いそばジャーニー』『立ち食いそば大図鑑』(ともにスタンダーズプレス)そばであればだいたい好き。


撮った人:安藤青太

安藤青太

カメラマン、書籍制作。グラビア系から食べ物系まで何でも撮るカメラマン。本橋とは『立ち食いそば図鑑 東京編』『立ち食いそば図鑑 ディープ東京編』を制作。その他『檀蜜DVD色情遊戯2』『相撲部屋の幸せな猫たち』『東京の、すごい旅館』など。好きな立ち食いそばはコロッケそば。

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