こんにちは! 料理家の美窪たえです。
今日は、使うお水はたったのコップ1杯分! お水をほとんど使わずに「蒸し煮」で作る、本当においしいスパイス鍋をご紹介します。
お手本にするのは、かつて日本でも大流行した「タジン鍋」。
「タジン鍋」とは、モロッコなど北アフリカで使われてきた、蓋がとんがり帽子のような円すい形をした少し変わった形の土鍋のことで、この鍋で作るタジン料理のおいしさ最大のポイントは、お水をほとんど使わず素材の水分で「蒸し煮」すること!
※コップ1杯分=約200cc(1カップ分)
この「蒸し煮」の方法を上手に取り入れれば、普段使っている家の鍋でも、いつもとは一味違う、素材のうま味とスパイスの香りを存分に活かした鍋料理が作れます。
山盛りの野菜をたっぷり煮込んで作る、うま味たっぷりの鍋。最後まで楽しみながら食べ切れる「味変調味料」や「お酒との相性」「〆ご飯」まで、たっぷりご紹介していきます!
野菜が山盛り食べられる! 「トマト缶とクミンのタジン風蒸し煮鍋」
材料(2~3人前)
- 鶏肉 300g
- 玉ねぎ 1個
- にんじん 1/2本
- にんにく 2かけ
- トマト缶(ホール) 1缶(400g)
- オリーブ 50g(漬け汁を切る)
- クミン(パウダー) 3g
- 塩 5g(鶏肉の下味用、鍋の味付け用に使用します)
- こしょう 適量
- オリーブオイル 15g
- 水 約200cc
- お好みの野菜(一例)
- ズッキーニ 1本
- インゲン 5本(冷凍でも可)
- ピーマン 2個
- パプリカ 1/2個
- カブ 1個
- じゃがいも 1〜2個
- キャベツ 1/8個
▲写真にある材料の他にオリーブを使います
この鍋のカギになるスパイスは「クミン」。これさえあれば、あとはお好きなお肉と野菜で、普段とは一味違うスパイス風味の香り豊かな鍋が出来上がります。野菜類は手に入りやすいもので大丈夫。ただし、量はたっぷりと、鍋にいっぱいになるくらいご用意ください。
作り方
●「焼きと炒め」で鍋全体のベースになる“うま味”を作ります
1.鶏肉は5cm角程度を目安にやや大きめの一口大に切り、塩2gを振ります。鶏肉は手軽に「唐揚げ用」として切って売られているものを利用するのも手です。お肉にしっかり塩味をつけると、うま味が引き出されてスープがとてもおいしくなるので、この鍋ではスープの素や出汁類はまったく使いません。
2.鍋にオリーブオイルを入れて中火で温めて、鶏肉の皮を下にして入れ、しばらく動かさずに焼き色をつけます。この香ばしい焼き色も、鶏皮から出る脂も、全てスープのうま味になるので焦らずじっくり焼きつけます。多めのオリーブオイルも、野菜をたっぷりおいしく食べるためのコクになるので、ぜひ控えずに使ってみてください。
3.鶏肉を焼いている間に、玉ねぎ、にんじんを切ります。玉ねぎは根元の茎をつけたまま1/8のくし切り、硬いにんじんは煮えやすいように1cmほどの厚さにカットし、鶏皮に焼き色がついたところに加えて、ざっと炒め合わせます。
4.野菜に油が行き渡ってツヤが出てきたら、トマト缶を汁ごと全部加え、木べらでトマトの実をぐいぐいと潰します。煮込めば柔らかくなるので、ここではある程度潰れていれば問題ありません。
トマトには昆布と同じうま味成分のグルタミン酸が豊富に含まれていて、このトマト缶が十分出汁の代わりになるのです。種からもうま味が出るので、丸ごと全部加えて煮込んでください。
トマトの実が大体潰れたら、水を約200cc加えます。この鍋に使うお水はこれだけ!
お水を加える際はトマトが入っていた缶を使うと、缶がきれいになってすすぐ手間が省け、水の量も簡単に量れて良いことしかありません。400g入りの缶に大体半分のお水をくんで加えるとコップ1杯分になります。
5.沸いてきたら弱火にして、ここで味付けをします。まず漬け汁を切ったオリーブを気前よく加えます。塩気とオイリーさが加わってスープに深みが出ます。残ったオリーブは、日々ちまちまとワインとつまめば幸せです。そして粗みじん切りにしたにんにく、クミン、残りの塩、多めのこしょうを加えてざっと混ぜます。
ここから先は残りの野菜を切りながらどんどん足していきましょう!
「いやいや、汁が全然足りないでしょ……」と思っても、まったく心配ありません。このあと加える野菜から水分がたっぷり出ますので、ここで焦って水を足したりしないようにくれぐれもご注意ください。
この鍋のカギになるスパイス「クミン」は、他にもカレーやチリビーンズなどの煮込み料理に、塩に混ぜた「クミン塩」をフライドポテトに振ったりと色々使えます。
●じっくり「蒸し煮」で野菜から“水”を引き出します
6.それでは予告通り、野菜を切ってどんどん加えていきます。野菜は例としてわかりやすいように種類を多めに使っていますが、冷蔵庫にある半端野菜を適当に見繕って入れてもらえば種類は少なくても問題ありません。
ズッキーニは豪快に大きく1辺5cm目安の乱切りに、インゲンは根元の硬いところを除いて長ければ半分に切って鍋に加えます。インゲンは冷凍食品でも構いません。
ピーマンはタネを取って半分、パプリカは2cm幅程度に、カブは皮ごと1/4に切って入れます。さらにその上に皮をむいて(芽があればしっかり除いてから)半分〜1/4に切ったじゃがいもを加え、最後に5cm角程度のザク切りにしたキャベツを入れます。野菜は煮込むと水分が出てぐっと小さくなってしまうので、とにかく大きめに切ることが大事です。
※じゃがいもは、切ったあと5分ほど水につけてから鍋に加えると、煮崩れしにくくなります。
パンパンですが……問題ありません。あとは蓋を閉めて弱火でひたすら煮るのみです。
食材とスパイスの香り、そして野菜の水分をできるだけ逃がさないようにすることが重要なので、蒸気穴がある蓋の場合は、アルミホイルを詰めてふさぐと完璧です。
ほとんどの野菜は10分もすれば、もう食べられそうな感じに煮えてきます。ですがこの料理の醍醐味を味わうならば、30分ほどしっかりゆっくり煮込むことを強く推奨いたします。素材の水分とうま味をじっくり引き出す「弱火」かつ「ゆっくり蒸し煮」がこの料理のおいしさには大変重要なので、ぜひ守ってみてください。
※途中、煮汁が溢れてくる場合は、別の器に煮汁を適量よけておいて、最後に鍋に戻すと上手く煮えます。
●オシャレな鍋と意外すぎる相性を見せるお酒、それは「塩レモンサワー」!
ここまでそれほど洗い物も出ず、煮ている間急に暇に……。そこで、この鍋にぴったりのお酒を作りながら待つことにします。
このスパイス鍋と相性抜群のお酒、それは「塩レモンサワー」です!
タジン料理の本場モロッコに、レモンを皮ごと塩漬けにした「塩レモン」という調味料があります。こちらも数年前に日本で流行しました。その塩レモンをイメージしつつよりお手軽に、今宵は「塩レモンサワー」で楽しみましょう。
1.レモンを半分に切り、断面でグラスの縁をぐるりと1周濡らします。
2.お皿に塩を入れ、濡らしたグラスの縁に塩をつけます。グラスの縁に塩をつけるのは、ソルティドッグでおなじみ「スノースタイル」というカクテルの技です。バーテンダーの気持ちで。
3.塩が取れないように気をつけながら、先ほどグラスの縁を濡らしたレモン1/2個分をグラスの中に絞り落として氷を入れ、好みの焼酎を炭酸で割れば出来上がりです!
グラスに口をつけるとまずくる塩気が、もはやつまみ……。お酒の準備も整ったところで、ちょうど鍋も煮える頃です。
●煮上がり!
蓋を開けると、コップ1杯分のお水しか入れていないとは思えないスープの量! これが素材から出た水分だということにまず驚きます。
蓋を開けた瞬間「煮過ぎで野菜がもうくったくたじゃん……」とがっかりするかもしれませんが、その必要はありません。むしろこうでなくてはいけないのです。本場のタジン料理では炭火でじっくり2時間も蒸すことがあるそうで、色が褪せるまでくったくたに煮込んだ野菜の、口入れた瞬間にとろけるようなうま味を、この機会にぜひ体験してみてください。
まずは、シンプルにそのまま一口。汁は鍋スープというよりも、ソースのように具材にからめながら食べるイメージ。凝縮されたうま味がすごい。口に入れた瞬間にトマトとクミンの香りが広がり、野菜から出た甘味に、少し遅れて酸味が抜けていきます。お肉と野菜、塩と少しのスパイスで、ここまで立体的な味になるとは驚きです!
●あらゆる料理の奥行きを1段階広げてくれる万能調味料「ハリッサ」
もちろんこの蒸し煮鍋はそのままで十分おいしく食べられますが、おすすめの味変調味料をご紹介しておきます。それは、唐辛子をベースにスパイスをふんだんに使用した辛味調味料「ハリッサ」です。モロッコやチュニジアなど北アフリカ〜地中海沿岸地域で広く使われる伝統調味料です。日本でもチューブ入りのものなどがスーパーで買えるようになってきましたので、見かけたらぜひ一度試してみてください。
この蒸し煮鍋以外にも、ソーセージ、焼肉、チャーハン、餃子など、普段の料理にちょい足しするとオシャレな風味が加わってかなり使えますよ。
どっさりのせてみます。
柔らかく煮えたお肉に野菜に、複雑なスパイスの香りと唐辛子の辛味が、合わないはずがありません。そこを塩レモンサワーですっきり流せば爽快感が半端ない。
塩レモンサワーの他にも、クミンの香りはワインともよく合います。
モロッコがある北アフリカはフランス文化の影響で実はワインの名産地。このトマトベースの鍋には特にロゼワインがおすすめです!
●〆はバターとご飯をご用意ください
トマトベースの鍋に合うおすすめの〆、それは「バターのせライス」です! トマトスープに白ご飯ではややあっさりし過ぎるところをバターでつなぐと、驚きのおいしさに早変わり。
熱々ご飯にバターをのせて、お醤油をひと垂らし。このお醤油がトマトと白米の懸け橋に。その上から鍋の残りをかけ、お好みでさらに追いバター、ハッリサも。
そこはかとない背徳感が漂いますが……ただただ豊かな香りと濃厚な味わいに身を委ねましょう。
トマトの酸味、野菜から出たスープの甘味、バターと醤油のコクのある塩味、それらが一体となって作り出すうま味を前にすれば、何も考えることができなくなってしまうでしょう。気付いたらペロリ、茶碗が空っぽになっているはずです。
野菜がいっぱい食べられる「トマト缶とクミンのタジン風蒸し煮鍋」はいかがでしたか?
スープはほぼ野菜の水分、スパイスは「クミン」とこしょうだけ。じっくりゆっくり煮込むそれだけで、いつもと違う新しいおいしさにたどり着けます。ぜひお試しください!
書いた人:美窪たえ
料理する人、食べる人。J.S.A.認定ソムリエ、SAKE DIPLOMA。OLからバーテンダー⇒日本料理人⇒フレンチコック⇒アメリカンデリという、異色の経歴を持つ料理家。料理のおいしさと酒への思いを発信するユニット[おとな料理制作室]としても活動。著書『おとな料理制作室へようこそ』(ワニブックス)が好評発売中。