
大阪・京橋は一大歓楽街である。JRと京阪電車が乗り入れていて、駅前には朝早くから営業している居酒屋さんが立ち並ぶ。
JRの環状線では京橋駅の2駅隣が天満駅で、こちらも飲み屋さんのひしめくエリア。ちなみに筆者の住む場所はその天満と京橋の真ん中あたりに位置するため、どっちを向いても酒の町という、うれしい反面、アルコール度数が少々高すぎるような状況だ。
いくら時間があっても回り切れぬ京橋のたくさんの酒場の中でも一番といってもいいであろう繁盛店が「とよ」というお店だ。
「とよ」は、京橋駅から徒歩5分ほどの場所にあるのだが、露天というかオープンエアというか、壁も入口もないスペースで営業している。
道路沿いの、横に長い敷地に簡易な厨房といくつかのテーブルが用意されているだけの立ち飲みスタイル。営業日は平日の火・水・金曜と土曜のみ。営業時間は平日が15時半から21時まで。土曜は14時半から20時とそれほど長くはなく、夏は暑いし、冬は寒いのだが、いつでも行列ができるほどに繁盛している。
ふらっと入りやすいお店かというとそんなことは決してない。しかし、ここでしか味わうことのできない楽しみがある。大阪を代表する酒場と言われることも多い「とよ」の魅力を、今回、寒い季節に改めて見つめ直してみた。
完全に「外飲み」状態

まず、これが京橋駅前の様子。JRの北口を出て東側はこんな風景だ。

右手のアーケードを奥へ入って行くと、これでもかとたくさんの居酒屋さんが現れる。また、「立ち飲みストリート」と呼ばれる一角があり、その辺りもいつも大にぎわい。

この「立ち飲みストリート」に平行して伸びる道路沿いに、目的地の「とよ」はある。こちらは、開店直前に撮影したお店の様子。


ご覧の通り、完全に外である。

しかもすぐ裏手はお墓になっている。
立地のすごさが伝わるだろうか。
関西ならではの「どぶづけ」

取材当日、平日の仕事帰りに集まってくれた友人たちと席が開くのを少し待って入店した。夜になるとこのような雰囲気。
まるでお祭りの期間だけ現れる屋台のようだが、「とよ」はいつも、この場所で営業している。

※写真の価格はすべて税抜です。
お店の敷地の端の方のテーブルに通してもらい、まずは飲み物を調達。こちらがドリンクメニューだ。
焼酎やお酒はお店の方にオーダーするのだが、瓶ビールや瓶入りのハイボールは、敷地の中央にある厨房前のケースからお客さんが各自持っていき、空き瓶で勘定するスタイル。氷のギッシリ入ったケースで冷やすこの方法は、関西では「どぶづけ」と呼ばれている。

どぶづけボックスから瓶ビールを調達して乾杯だ。

ビールグラスの左に写っている小鉢は「貝とカニの酢の物」だ。
「とよ」の売りは新鮮な海の幸がこれでもかというボリュームで、安く味わえるところ。お店のメニューには「おまかせ3点セット」があり、とりあえずこれを頼んでおけば間違いない内容になっている。

マグロのランクや、盛りのボリュームに応じていくつかのコースがあるのだが、今回は中でも一番リーズナブルな価格の「赤身1人前コース(2,400円/税抜)」を注文した。
「マグロ」、「うにいくら」、「貝とカニの酢の物」がセットになったものが「赤身1人前コース」で、先ほどの画像に写っていたのは、その中の一つというわけ。

「貝とカニの酢の物」は、その名の通り、ホタテなど、時期によって変わる貝とカニの身の上に小ネギがドサッとのっかり、ポン酢で味付けしてある一品。

小ネギで中が見えないが、箸でつかみ上げるとカニも貝もたっぷり入っている。
あふれんばかりのマグロ、うに、いくら
「貝とカニの酢の物」をつまみながら飲んでいると、コースの残り、「マグロ」、「うにいくら」が大きな皿に盛られて運ばれてくる。

このワイルドな盛りつけ、そして圧倒的なボリューム。何度頼んでも毎回「こんなに!?」と驚く。2~3人で一皿でも多すぎるんじゃないかという量だ。

ニヤニヤを抑えられない。

イクラの輝き。

こぼれ落ちんばかりのウニ。

マグロの厚みと新鮮なうま味。
もう……何これ。うまいよ。
一心不乱に食べ、飲み、また食べていたのだが、私たちと相席になった二人の男性のうち、一人が会計を済ませての帰り際、「トロ鉄火、よかったら食べてください」と声をかけて去っていった。
てっきり私はその二人の男性客が一緒のグループなのかと思っていたのだが、そうではなく、それぞれ一人で飲んでいたらしい。その片方の男性が、この席で一緒になったもう一人の男性に「トロ鉄火」をごちそうして帰っていったということのようだ。
粋なことする人がいるもんだなーと思っていたら、残された男性が「僕だけじゃ食べ切れないんで、よかったらどうですか?」とすすめてくれた。
それがこれだ。

▲赤身鉄火(450円/税抜)
これもまたワイルドな盛りが印象的。
マグロがそもそもおいしいので、当然至福の味わいだ。こんな風に、一つ一つマグロが飛び出していたりいなかったり、多様性を感じる。
お客さん同士のやりとりがまた楽しい
取材で来ている旨をお断りした上で、「トロ鉄火」をおすそわけしてくれた男性に話を聞く。
── さっき帰られた人とはここで出会ったんですか?
「そうなんです。出会ったっちゅうか一緒に向かい合っていただけなんやけど、なぜか帰りにごちそうしてくれましたね。びっくりしましたわ」
── そうなんですね。何かの話で意気投合したとかでもなく?
「うん。いきなり。でもここはそういう気持ちが生まれるお店なんやろうね」
── 「とよ」にはよく来られるんですか?
「いや、今日が初めてです。この後、近くのお店で会社の忘年会があって、早めに着いたから先に始めてたんです(笑)。えらい評判のお店やなと思って、一人ならすぐ入れるゆうんで来てみたら、すごいお店やね」
── 活気がありますよね。全部おいしい。一品ごとのボリュームがすごいですし。
「一人だと食べ切られへんね。この後、飲み会やのに(笑)。これ、どんどん食べてな、お腹いっぱいやわもう。というか、そろそろ行かんと!」
男性は去り際に、「あ、じゃあ、僕からもごちそうさせもらっていいですか?」と、私たちに一杯ずつ飲み物をごちそうしてくれた。
「えー!」と驚いていると、「さっきの人の恩返しはもうできへんやん。せやから恩返しじゃなくて“恩送り”をしていくわ。お兄さんたちも気が向いたら誰かに“恩送り”してな」と言う。

そんなお言葉に甘えていただいたのが、焼酎「喜界島」の水割り(300円/税抜)とお湯割り(300円/税抜)。

かじかんだ手にお湯割りグラスが温かい。
大将はバイタリティーのかたまり
さて、「とよ」の名物の一つはおいしい魚介類なのだが、それ以上の名物と断言できるのがお店の大将である筑元豊次さんだ。

「とよ」という店名は、豊次さんの名前からとったもの。豊次さんは、鹿児島県の奄美群島に属する喜界島の出身。15歳の時に集団就職で大阪に渡り、機械工をして生計を立てつつ、徐々に飲食業界の仕事に関わるようになり、ほとんど独学に近い形で仕事のノウハウを身につけていったという。そんな中で次第に自分のお店を持ちたいという気持ちが募り、1992年の11月にこの場所にお店を開いた。
なんでまたこんな場所に、と思うが、もともとここは豊次さんの車の駐車場だったスペースで、店舗を借りる資金がなかったために大家さんに必死に頼み込んでお店を出させてもらったのだとか。

「とよ」に喜界島の焼酎が置かれているのは豊次さんが喜界島の出身だからで、お店の方が着ている「喜界島シーマスターズ」と書かれたTシャツは、豊次さんが所属している喜界島の海潜りチームのユニフォームなのだとか。強い郷土愛を貫く豊次さんなのである。

その豊次さん、営業中、ほとんどずっとしゃべっている。とにかく威勢がよく、「おう! 今日は最高のフグが入ってる! 最高にうまいフグを食べさせたるで! おう!!!」と、おすすめメニューをお知らせしてくれたかと思えば、時には「後ろ、車通るで! 気をつけてな!」とお客さんに道路沿いゆえの注意を喚起したり、そのしゃべりを調理の手をまったく止めずにこなすのだからすごい。
「大将、いつもものすごい元気ですね!」と声をかけてみると、「おう! 元気や! ビンビンや! この歳になっても毎朝な……」と、ここでは書けない元気な事情について大声で教えてくれる。

▲豊次さんは「ザ・オヤジ! って感じです」と、店長の長島さん
そんな大将、筑元豊次さんを支えるのが店長の長島資さん。「とよ」では、豊次さんが“店主”、長島さんが"店長"ということになっている。
長島さんは、15年前から「とよ」で働いており、もはや家族のような存在なのだとか。
この二人の軽快でエネルギッシュなやり取りが「とよ」の活気の源泉だと感じた。
単品メニューも頼むべし
「とよ」には前述のコースメニューの他、時節に応じてさまざまな単品メニューも並ぶ。

取材当日は、「スモークサバのマリネ」、「うなぎの蒲焼き」などがあった。
どれも遅い時間だとどんどん売り切れになってしまう。まだ両方あるとのことだったので注文させてもらった。

すだちを絞っていただく「スモークサバのマリネ(600円/税抜)」。

「うちのはれっきとした中国産!」と大将が叫ぶ「うなぎの蒲焼き(900円/税抜)」。
これがどちらも、飛び跳ねるほどうまい。

瓶入りのタカラ焼酎ハイボール(380円/税抜)が合うったらない。

同行の友人も大満足。

あっという間に閉店時間が近づき、幸福な「とよ」の夜はお開きとなった。
豪快!「マグロほほ肉の炙り」ショー
大満足の取材となったのだが、一つだけ心残りがあった。それは「とよ」のもう一つの名物料理である「マグロほほ肉の炙り」が、のん気に談笑しているうちに売切れてしまったことであった。今一度しっかり味わっておきたい。そう思い、数日後に出直すことにした。

この日は開店前から並んでみることにしたのだが、開店30分前にはすでにかなりの行列ができていた。海外からの観光客らしき方々もいる。

しばらく待って入店となり、今日はお墓を見下ろす席へ通してもらった。
今度こそ食べ逃さぬよう、早めに「マグロほほ肉の炙り」のハーフサイズ(450円/税抜)をオーダー。このメニュー、大将の豊次さんがものすごい火力のバーナーを使って客の目の前で豪快に肉を炙り、それがこのお店を象徴する重要なパフォーマンスの一つとして定着している。

今回は席も厨房のすぐ近くだったので、じっくりと炙りショーを堪能できた。網の上にドサッとほほ肉をのせる。

そしてバーナーに着火!
ゴォォォォ! というとんでもない音がして、豊次さんは「おうおうおう!!」と雄たけびをあげる。

そして、かたわらに置いてある氷水の入った容器に手を突っ込み、

その手で直接ほほ肉を動かしながら炙る!

そして満面の笑みでポーズを決め、客席から拍手が巻き起こる。
なんという見応えのあるショーだろうか! 見ていて笑いが止まらない。
その一部始終を動画でもおさえておいたのでよかったらご覧下さい。
その結果、できあがったのがこちら。

このうまさをなんと形容していいかわからない。豪快に入った炙りによって素材のうま味がさらに引き出されているような、とにかく食べて欲しいとしか言いようがない。

ふとお墓に目をやると、いい香りにつられてやってきた白猫がうらめしそうにこっちを見ていた。申し訳ない。
愚問と知りつつ、店長の長島さんに「とよ」の魅力について聞いてみた。その答えはとてもシンプルだった。
「より新鮮なものを原価に近く食べていただくのが『居酒屋 とよ』の売りです。大将も僕も、おいしいものを安く食べたいので!」
過剰とすら思えるほどのサービス精神とお店の方々の活気によって、行けば絶対に「なんかすごかったな……」と思わずにいられないお店。そしてその勢いに乗せられ、自然に隣り合った人たちとのコミュニケーションが生まれ、誰かに“恩送り”をしたくなるお店。冬の寒さを一切感じさせないその熱量をぜひ体験してみてほしい。
お店情報
京橋居酒屋 とよ
住所:大阪府大阪市都島区東野田町3-2-26
電話:06-6882-5768
営業時間: 火曜日・水曜日・金曜日15:30~21:00、 土曜日14:30~20:00
定休日:月曜日、木曜日、日曜日、祝祭日
書いた人:スズキナオ

1979年生まれ、東京育ち大阪在住のフリーライター。安い居酒屋とラーメンが大好きです。exciteやサイゾーなどのWEBサイトや週刊誌でB級グルメや街歩きのコラムを書いています。人力テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーでもあり、大阪中津にあるミニコミショップ「シカク」の店番もしており、パリッコさんとの酒ユニット「酒の穴」のメンバーでもあります。色々もがいています。


