▲画像提供/いなげや
2020年9月からTwitterで毎日、日常系マンガをツイートしているマンガ家、川尻こだま先生をご存知だろうか?
お酒と油っこいものとしょっぱいものと甘いものをこよなく愛する川尻先生の、ちょっと自堕落な日々を綴った1ページマンガは男女問わず幅広い層の共感を呼び、Twitterの「いいね」数は常に数万単位。Twitterを始めたのもマンガ開始と同じ2020年9月だが、1年足らずでフォロワー数は28万(※2021年8月現在)を超えている。
Twitter開始初期に話題になったのが、スーパーマーケット「いなげや」のおにぎり、シャケ弁、パリパリ春巻き、鶏もも肉のげんこつ唐揚、お菓子などのオリジナル商品を絡めたネタで、バズることもしばしばだった。
2021年4月、そのマンガも電子書籍にまとめられて、新しい読者層を獲得している。
さらに、川尻先生の溢れ出すいなげや愛が伝わったのか、最近では、いなげやとコラボまで行った。
▲2021年4月にいなげやが出した新商品「生姜と合わせだしの若鶏もも塩唐揚」が置かれた総菜売り場に、川尻こだま先生のマンガが描かれたPOPが! 画像提供/いなげや
筆者も徒歩5分圏内にいなげやがあるので、日常的にいなげやを利用しているし、鶏唐揚をはじめ総菜のクオリティの高さは重々承知している。だからこそ川尻先生のマンガに共感し、ぜひ取材したいと考えた。
ほとんど表舞台に出ることがなく、ベールに包まれた川尻先生は、いつからいなげやを利用し、どのような経緯でコラボに至ったのか。
その謎を探るべく川尻先生にアポを取り、取材を快諾していただいた。
顔出しは不可だったが、オンラインによるインタビューの一部始終をお届けする。
さらに、いなげやの担当の方にも取材をさせていただき、川尻先生とコラボした理由に迫った。
自粛期間は毎日のようにいなげやに通っていた
──川尻先生の経歴はベールに包まれていますが、そもそもTwitterにマンガを投稿しようと思ったきっかけは何だったんですか?
川尻:特に理由はなくて、日常にあったこと、思ったことをマンガにして、何となくツイートしたらウケて、なんやかんやで毎日更新して今に至るという感じです。
──2021年8月の時点でTwitterのフォロワー数が28万人を超えていますが、ここまでの反響は予想していました?
川尻:大台には乗るかなと予想していましたが、20万フォロワーを超えるとは思っていなかったです。ここまでの反響は予想していなかったですね。
──さっそく本題に入りたいのですが、どうしてマンガに、いなげやさんを頻繁に登場させたのでしょうか?
川尻:自炊をするので、よく買い出しに行くのですが、一番の理由はめちゃめちゃ自宅から近いためです(笑)。他のスーパーはチャリじゃないと行けない距離なんですよね。Twitterを始めた当初は、いなげやさんをフィーチャーして描いていたんですが、当時は自粛期間。毎日やることと言えば、徒歩2分圏内のいなげやさんに行くことぐらいしかなかったんです。
▲画像提供/川尻こだま
──日常系マンガですから、必然的に取り上げることになりますよね。いなげやさんは、いつ頃から利用しているんですか?
川尻:私は地方出身なんですが、3年前まで荻窪に住んでいたんです。そのときは、いなげやさんの存在を知らなかったです。3年前に今の場所に引っ越してきて、初めて知りました。
──自炊をすると仰っていましたが、総菜もよく買うんですか?
川尻:通い始めた頃から、いなげやさんはお総菜に力を入れているなと感じていましたし、自炊が面倒で楽をしたいときは買いますね。中でも衝撃を受けたのが、マンガにも描きましたが「シャケ弁」です。言うたらシャケ弁って、どこのスーパーでもあるじゃないですか。
──お弁当屋さんでもド定番ですね。
川尻:定番って避けがちというか、どうせなら他にないお弁当を買いません?
──確かに「今日は絶対にシャケ弁買うぞ!」というテンションではあまり買わないです。
川尻:でも個人的にいなげやさんのお弁当はシャケ弁が一番だと思っていて、まずシャケが美味しいのは当然ですが、ちょっとした副菜も美味しい。あと、おそらくですけど他のお弁当よりも健康にいい気がする(笑)。なのでお弁当を買うときは、2回に1回はシャケ弁を選びますね。
▲画像提供/川尻こだま
──かなりの頻度ですね。いなげやさんをマンガに登場させた回の、読者の反応はいかがでしたか?
川尻:そもそも、いなげやさんを知らないという意見が多かった気がしますね。だからこそ、関東圏以外に住んでいる読者は、「ずーっと川尻こだまが推しているいなげやって何なの?」と気になっているみたいで、「聖地巡礼をしたいです」ってリプをいただくようになりました。聖地ってほどのものではなく、地域密着型のスーパーですけどね。
──いなげやさんは関東圏にしかないですからね。マンガで取り上げているもの以外で、おススメの総菜はありますか?
川尻:最近だと「砂肝とブロッコリーの塩炒め」が美味しかったです。彩りもいいですし、ブロッコリーが入っていることで健康的かなと。
──健康そうなのが大きなポイントなんですね(笑)。
川尻:あと「鶏皮串」は、ぐにょぐにょした鶏皮ではなく、パリパリした食感で美味しかったです。手巻き寿司もよく買いますね。
──総菜以外でよく買うものは何ですか?
川尻:本当に日用品から食材まで幅広く買っているんですけど、いなげやのお菓子もよく買います。おばあちゃんの家にしかないような渋いお菓子のラインナップに力を入れてる気がするんですよ。「きなこねじり」なんて、いなげやさんで初めて知りましたからね。もちろん子どもが喜ぶような新商品のお菓子も扱っていますけど、それよりも私はザラメがいっぱい付いているグミみたいな素朴なお菓子を好んで買います。
──いなげやさんに行ったときのルーティンみたいなものはありますか?
川尻:まず野菜コーナーを見て、そのまま魚、肉を見て、次にお菓子やカップラーメン、続いて乳製品や飲み物、そして最後にパンとお総菜を見ます。このコースで怖いのは、奮発していい肉を買った後に、お総菜コーナーで肉の新商品が出ていて、2つとも買ってしまうというパターンですね。
▲画像提供/川尻こだま
いなげや本社から連絡があったときは叱られると思った
──川尻先生のマンガによっていなげやさんの認知度も上がったと思いますが、それによるマンガ上での変化はありましたか?
川尻:初期の頃はネタもないので頻繁に取り上げさせてもらいましたけど、私のマンガでいなげやさんを知ったフォロワーも増えて、いなげやさんとコラボもさせていただいたことで、逆に描かなくなったんです。なぜなら迷惑をかけたくないというか、今いなげやさんについて描くと、ステマととらえる人もいると思うんです。
──確かに……。ではコラボは、どういうきっかけでやることになったんですか?
川尻:かなり早い段階で、いなげやさんのある店舗から「川尻先生のマンガは従業員の間でも話題になっているんですが、POPで使わせてもらえませんか?」とDMが届いたんです。「いいですよ」って快諾したら、その時点でいなげやさんネタのマンガが5、6個あったんですけど、全てPOPにしてくれたんです。その後、他の店舗からも同じような話がいくつか来て、そのたびに快諾して、私自身もリツイートしたんです。そしたら本社の方から連絡があったので、「これは怒られるのかな」って思ったんですよ。
──クレームだと思ったんですか?
川尻:はい。お叱りの連絡だと思ったんです。そしたら逆に「うちの店舗が勝手に連絡して、お手を煩わせて申し訳ありません」というお話で、使用料をお支払いすると。でも、私も勝手にネタにしていたので、そこは持ちつ持たれつということでお断りをしたんです。それで「いつか一緒にお仕事できたらいいですよね」という話になりました。
──おお! そこでコラボの話に発展したんですね。
川尻:ただ、すぐには実現しなくて、しばらく連絡を取り合うこともなかったんです。その間にヴィレッジヴァンガードさんと川尻こだまでコラボしたんですけど、そのときにエゴサをしたら、「川尻こだまは陰キャぶっているけど、結局はオシャレなところと仕事をするんだ。いなげや好きって言ってるのもポーズでしょ?」「いなげやよりもヴィレバンを取るんだ」みたいな意見を目にしたんです。
それを見て、ネタで「いつまで経っても連絡してこない、いなげやさんサイドにも問題がない?」みたいなツイートをしたら、すぐにいなげやさんから「すいません」というメールが届いて。それで2021年5月にコラボが実現しました。結果的に私から催促したみたいな形になったんですけど……。
コラボする唐揚を食べて2時間後にラフが完成
──どういう風にコラボを進めたんですか?
川尻:発売前の「生姜と合わせだしの若鶏もも塩唐揚」を、いなげやの方が自宅まで届けてくれて、「これを食べてマンガを描いてください」と。いなげやさんもTwitterを使ってPRする案件が初めてだったらしく、あまり勝手がわからなかったみたいなんです。なので納品まで余裕を持ったスケジュールを組んだんですけど、私は唐揚を食べて、2時間ぐらいでラフを描いて送りました。その後、いなげやさんで揉んでもらって、ほぼ直しもなく清書して納品。結局、いつもTwitterに上げているマンガと同じで、すぐに完成しました。
──先ほどステマについてのお話もありましたが、コラボをするにあたって意識したことはありますか?
川尻:2つのやり方があるなと思ったんです。1つは正直に描く。もう1つは「ウソついてま~す」みたいな感じで、あえて嘘のリアクションをする。どっちかに振り切るしかないなと考えて、勝手に私の方で正直に描こうと判断しました。いなげやさんの本当の意向はわからないですけどね。
──いなげやさんは全く内容に干渉しなかったってことですか?
川尻:「食べていただいて率直な感想を描いてください」というお話で、完全にお任せでした。最初は「唐揚なんてどれも一緒でしょう」ぐらいに思っていたんですけど、実際に食べたら美味しかったので、「油っこくてしょっぱいのウマイー!」「ビールに合うぞ……!!」と感想をそのまま描きました。
──もともと、いなげやさんの唐揚は好きだったんですか?
川尻:そうですね。ただ私は普通の唐揚よりも、「鶏もも肉のげんこつ唐揚」を買うことが多くて、山賊みたいにかぶりつくのが好きなんです。
▲画像提供/川尻こだま
──いなげやさんとコラボして、読者の反応はいかがでしたか?
川尻:すごく好意的な意見が多かったですね。「やっと結ばれましたね」と恋愛的にとらえる人もいますし、「POPあったよ~」という報告ツイートもあって、ありがたいですね。
──今後もいなげやさんとのコラボの予定はあるんですか?
川尻:今のところ予定はないんですが、あまりいなげやさんに軸足を置くのもご迷惑かなと考えています。というのもTwitterにマンガを描き始めたときは半径50メートルぐらいの話をしていたので、自然と家の中といなげやさんとコンビニの話題が多くなったんです。
ただ、続けているうちに描きたいことも増えてきました。なので今回コラボができて、勝手にネタにしていたことに関してはケジメがついたというか(笑)。私の中では「和解もしたし、いなげや物語第一章は終わったよ」という感覚です。
活動を始めた初期に「川尻こだまといえばいなげやの人」というキャラづけをしてくださったいなげやさんには本当に感謝しています。今後も通わせていただきます。
川尻先生には「思った通りに描いてください」とお願いした
川尻先生を取材した翌週、いなげやの加藤さん(前・販売促進担当)にお話を伺った。
──川尻先生が作品でいなげやさんの商品について描かれていることは、いつぐらいから社内で話題になっていたのでしょうか?
加藤:2020年9月に川尻先生がTwitterを始められて、その翌月にはシャケ弁のことが一部で話題になり、その時点で私も拝見していました。同じタイミングで、店舗の総菜担当者で気付いた者がいて、徐々に広がっていったようです。
▲画像提供/川尻こだま
──社内で川尻こだま作品の反響はいかがだったでしょうか?
加藤:社内では「面白い!」と非常にポジティブに受け止めていました。
──SNSでの反応もすごかったですよね。
加藤:ものすごい数のリツイートがされていますよね。川尻先生のマンガをきっかけに、いなげやを知ってくださって、「今度買いに行きます」というツイートも多いですし、弊社としてもお客様から良い反応をいただいているなと感じます。
──川尻先生とコラボしたきっかけを教えてください。
加藤:シャケ弁が社内で話題になった際に、我々本部よりも先に店舗の総菜担当者が川尻先生にDMを送ってやり取りをしていたんです。その店舗で、シャケ弁の売り場に川尻先生のマンガをPOPにさせていただいたという話が本部にも届きまして、本部から川尻先生にDMでご連絡させていただきました。その際に面白い試みができるといいですねというお話になって、コラボに至りました。
──コラボする総菜に「生姜と合わせだしの若鶏もも塩唐揚」を選ばれた理由は?
加藤:2021年4月の最終週に出したばかりの新商品でタイミングが良かったこと。もう1つは日本唐揚協会が主催する「第12回からあげグランプリ®」で東日本スーパー総菜部門で金賞をいただいたんです。社内でも「生姜と合わせだしの若鶏もも塩唐揚」を末永く愛される看板商品に育てていこうということで、いろいろな方向でアピールできないかと考えて選ばせていただきました。
──マンガの内容には一切介入せずに、川尻先生にお任せしたとお聞きしました。
加藤:弊社としてはプロモーションの一環ではあるんですけど、こちらの意図したマンガにしてしまうと、川尻先生の良さが消えてしまうのかなと考えたんです。販促を行う際に、商業ベースの匂いがしてしまうと、消費者の方も敏感に感じ取られます。川尻先生のTwitterの良さを活かしたかったので、「思った通りに描いてください」とお願いをしました。
──会社としての度量の大きさを感じました。
加藤:SNSを使ったプロモーションは、過去に商品のメーカーさんを通じて行ったことはあるのですが、自社独自でやったことがなかったんです。知見の蓄積がないので、思い切ってやれたところはありますね。
──過去に著名人などとのコラボはあったのでしょうか?
加藤:コラボも自社独自で行ったのは初めてです。
──初コラボが川尻先生というのも、なかなかのインパクトですね(笑)。
加藤:そうですね(笑)。社内でも驚かれました。
▲画像提供/川尻こだま
──社内でコラボマンガの評判はいかがでしたか?
加藤:好感触でした。初めての試みということで、もっとSNSを通じたプロモーションにもチャレンジしていこうという機運も高まっています。いなげやの購買層は60代以上の方が多いんですけど、その方々を大事にしつつ、ヤングファミリーと呼ばれる30代・40代の方々ともリレーションを作っていきたいので、そういう意味でも今回の川尻先生とのコラボは今後に活きてくると思います。
SNSでは少しでもPR臭がするとステマと叩かれてしまうが、川尻こだま先生といなげやのコラボは理想的な形と言えるだろう。
お二人にお話を聞いて、距離感も絶妙だなと感じた。
両者のファンとしては、過度の期待をせずに、再コラボを心待ちにしたい。