【東京ローカルめし】とは何か!?
メディアでは毎日のように東京の飲食店が取り上げられる中、「古くから街に根付いているお店がこんなところに!?」という出会いもまだまだ多く潜んでいる。
普段よく通る場所なのに気づかないようなお店にこそ、名物と呼ぶに相応しい逸品があるのではないだろうか。
そんな「東京の郷土料理」とも言える存在をめぐる企画の第一弾! ご協力を願ったのは、常日頃から町の中華屋さんを巡っている町中華探検隊の面々だ。
今回はそのメンバーから、メシ通でもおなじみの下関マグロさん。
そして半澤則吉さん。
に協力いただき、しっとりとしたチャーハンをこよなく愛し、特に愛している板橋区の町中華を『マツコの知らない世界』の板橋チャーハン回で紹介させて頂いた私、刈部山本と共に、街の名物となりそうな変わり種チャーハンをリストアップした。
その中で浮かび上がったのが、渋谷のド真ん中にある「兆楽」というお店のルースチャーハンなるメニューである。
▲強烈な個性を感じさせる「兆楽」の変わり種チャーハン。これは豚しゃぶチャーハン
断っておくが、なにも渋谷は「チャーハンが盛んな街」というわけではない。というか、東京にはそんな街などない。
がしかし、「このお店のここでしか味わえない」というものであれば、それはもう【東京ローカルめし】として相応しいのではないか。
兆楽のチャーハンはまさにそんな存在に他ならない。
8月某日、3人が集まったのは若者の街渋谷。それもド真ん中のセンター街にある宇田川町交番の隣。
全国的にもこんなドメジャーな場所に、【東京ローカルめし】があったのだ。
'70年代から渋谷の真ん中にある町中華「兆楽」
刈部:名物メニューのあるお店の中で、意外なところとして、渋谷という街の兆楽があったわけです。
▲都民ならみんな知ってる、宇田川町交番の真後ろ!
刈部:そうです。1970年代からずーっと営業している町中華なんですけど、ここのルースチャーハンに行き着いたわけです。
半澤:店の外壁にもルースチャーハンのタペストリーが掲げられてますね。
▲まさしく“看板メニュー”となっている
これがルースチャーハンだ
3人でお店に入ると、昼のピークを過ぎた15時頃というのに続々とお客さんが入ってきては出ていく繁盛っぷりに驚かされる。
慌ただしく注文が飛び交う厨房で、さっそくルースチャーハン(800円)を作って頂いた。
▲超高速スピードで常にチャーハンが煽られている!
▲奥では常にルース(細切りの豚肉とタケノコ)が油切りをされスタンバイOK
▲チャーハンの煽り人が奥のルースに合図すると……
▲器にチャーハンをスタンバイ
▲餡と絡めたルースを持ってきて……
▲ヘイお待ち! と瞬く間に着丼。この間、わずか1、2分程度
▲茶色い餡がつややかで見るからに食欲をソソる。ルースは青椒肉絲(チンジャオロース)の肉絲(ロース)のこと。あえて青椒(チンジャオ)を省いた潔さよ!
刈部:ではいただきましょう! タケノコのシャキシャキ感があって、一般的なチャーハンにはない味わいになってますよね。
半澤:チャーハン自体がもともと薄味設定なせいか、一度ルース食べちゃうと、以後は何かかけたものを必ず注文するようになりますね。餡自体の味がしっかりしているのもあって、満足感も高い。
魅惑の変化球系チャーハン
兆楽のウリは、ルースチャーハンだけにあらず。様々な変わり種料理に出会うことができるのも魅力だ。
下関:豚しゃぶチャーハンも美味しい。
刈部:この組み合わせどうなのかなって思ったけど、めちゃくちゃ美味しいですね~。
半澤:さっぱりとしつつも濃いめの醤油ダレとたっぷりの豚肉が、あっさりめのチャーハンに実によく合う。
▲豚しゃぶチャーハン800円。レギュラーメニューですらここまで変わり種が用意されている
▲通常のチャーハン(600円)とルースと豚しゃぶが揃ったので並べてみたところ。まさに、チャーハンの三連星!!
刈部:こちらの「兆楽」はビールセットが、中ジョッキに一品料理で1,000円というのも嬉しい。おつまみ程度かと思いきや、一皿しっかり量のある麻婆茄子が出てくる。ナスは最初はシャキシャキ感が楽しめるけど、濃いめの味の餡がアツアツで徐々にナスが柔らかくなって、野菜の甘みが楽しめる。
▲ビールセット(1,000円)の麻婆茄子がこの量! セットメニューは他に、肉豆腐と、鳥と玉子のチリソース炒めから選べる
▲サクサク食べられる自家製餃子も6個で220円と激安なうえ、味もかなりイケる。ビールのアテについ追加してしまった
下関:その麻婆茄子をチャーハンにかけて食べたらこれが超ウマかった!
半澤:次に来たら麻婆チャーハンを頼んでみようかな。
▲独自にやってみた、麻婆茄子がけチャーハン。これが絶品!
変わり種メニューはどのように生まれるのか?
刈部:青椒肉絲をかけるチャーハン自体は「なくはない」メニューですよね。
下関:他のお店でも結構ありますよね。
刈部:青椒肉絲とチャーハンというメニューがあるから、かけ合わせてみよう的な発想だと思うんですよ。常連から、面倒くさいからチャーハンに青椒肉絲かけちゃってよ、って言われたとか。そうやって増えていったとしても、「兆楽」ほどチャーハンメニューが多い店って珍しくないですか?
▲壁面を覆うおびただしい数のメニュー。他にも店中の至るところに貼られている
下関:チャーハンメニューが多い店はあるにはありますよ。上にかける系のお店とか。そればっかりというのが、神保町にある「ぶん華」。ぶん華ランチっていうのが、チャーハンに青椒肉絲をぶっかけてるというね。
刈部:青椒(チンジャオ)が入ってるパターンですよね。「兆楽」では、ルースチャーハンに入っていない細切りピーマンが、ルース焼きそばには入っているんですよ。
半澤:なんでですかね?
刈部:元々はチャーハンしかなくてチンジャオが入ってなかったんですけど、後から作った焼きそばのほうには彩り的にピーマンを加え、チャーハンとの差別化を図ったそうです。
ファストフードであり居酒屋店でもあり
▲3人でチャーハンをかっ食らいながら、さらに話はディープなチャーハンへと……
刈部:そもそも皆さんはいつ頃からこの「兆楽」に来られていますか?
下関:ボクは90年代半ばに、友人のゴッホ今泉(60年代アメリカンコミックス・スタイルを標榜とするイラストレーター)と渋谷でイベントをやっていて、始まる前にメシでも食いに行こうかと「兆楽」に誘われたんですね。ゴッホ今泉は結構食にこだわる人だったんで、ええっあそこOKなの!? みたいな(笑)。
一同:(爆笑)
下関:それで初めて行って、ちょくちょく通うようになって。んで今日みたいな感じですよ、急き立てられるような感じで(笑)。でもゴッホ今泉は定食をゆっくり食ってるの。あぁ、マイペースで食ってていいんだと思ったし、しかも美味しかった。
刈部:急かされる感、ありますよね(笑)。でもそのワチャワチャ感が渋谷のド真ん中っぽい。
半澤:厨房も中国語が飛び交ってて、提供スピードも異様に速くて熱気が溢れているというか。今時の若者の見本市みたいな渋谷とはまるで異空間。
刈部:スタッフの半分は中国の方みたいですよ。
▲活気も熱気もあふれる厨房。場合によっては店内ほぼ中国の料理人になることもあるという
刈部:この場所って「よく見かけるけど入ったことない」っていう人、多いんじゃないかなぁって。認識はしてるけど、入るまでに至らないというか。
下関・半澤:入らない入らない。
下関:なにかきっかけがないとね。
半澤:常連客が多い店なんでしょうね、一見さんというよりは。
刈部:常連といっても、近くに勤めてて仕事終わりとかお昼に来る人もいれば、月イチとか渋谷に寄るたびについ来ちゃうのパターンも多そうですよね。
下関:ボクはまさに月イチでしたよ。それで行く場所が変わったりすると向こうの道玄坂店に鞍替えしたりして。
半澤:たまに来て寄れる店があるというのは繁華街ならではかもしれない。
下関:構成がいいんだよね。カウンターとテーブル席の客層が綺麗に分かれてて、お酒飲んでる人もいたじゃないですか。若い人がサクっとガッツリ食べられるし、ある程度じっくり昼から飲んでる年配の人も腰を落ち着かせられる。テイクアウトもあるしね。
▲テーブル席とカウンターの構成バランスが絶妙な客席配置
半澤:お店の人が「ルースおみや~」って言ってましたよ(笑)。
下関:「兆楽」はファストフード店でもあり、居酒屋でもあるという。
意外に豊富? な渋谷の中華事情
刈部:考えてみると、渋谷の中華って意外に充実してますよね。ちゃんぽんの有名な「長崎飯店」とか、「後楽飯店」とか。ちょっと高級めだと「麗郷(れいきょう)」もある。繁華街から離れますが、並木橋のほうにある「仙台や」、ここは今年2019年に閉店しちゃいましたが。
▲今は亡き仙台やの勇姿! こうした町中華が渋谷にも多くあった
半澤:閉店にはかなり驚きました。
刈部:デカ盛りで名を馳せたお店で、名物がチャーシューチャーハンなんですけど、まさに山のようで、亡き渋谷のローカルめしといってもいいかもしれない。
半澤:ゴロゴロ系でスゴイですよね。
刈部:それで言えば、以前メシ通でも取り上げた板橋区大山にある「丸鶴」のチャーシューチャーハンは半分以上チャーシューが入ってますね。
▲これでもかとチャーシューが分け入っても分け入ってもゴロゴロ入っている丸鶴のチャーシューチャーハン850円!
まだまだあるぞ変わり種チャーハン
刈部:今回の企画段階で皆さんに色んな変わり種チャーハンを上げて頂いたのですが、その中で特に印象的なものはありますか?
半澤:荻窪にある「中華徳大」のらんらんチャーハンですね。
刈部:町中華探検隊が選んだ「チャーハン四天王」で2位になったお店ですよね。
半澤:らんらん(玉子)は200円でどんなメニューにもトッピング出来るんです。皆さんこぞって頼むホウレンソウチャーハン自体も珍しいですけど、普通のチャーハンとハーフハーフに特別にしてくれて、その上にらんらん乗っけてくれたんですよね。
下関:名物メニューなんで、遠くからもこれを食べに来るんですよ。で、ボクのオススメは西大井の「美華飯店」。
刈部:マグロさんが以前にメシ通で取り上げてますよね。
下関:ここのカレーチャーハンはチャーハンにもカレーが入ってるし、カレーもかかってる。
刈部:おぉ、さらにその上に! 追いカレー状態ですね。
下関:ここもチャーハンが種類いっぱいあって、チャーハンに焼肉とか。
半澤:焼肉カレーもありますね。
刈部:なんだかカレギュウみたい(笑)。そういうメニューも町の個人店に意外とあったりしますよね。それでいうと、ニンニクチャーハンって出してるお店ありますよね。
半澤:あぁ、結構ありますね。
刈部:自分が食べた中では高島平にある「暫」っていう飲める町中華のニンニクチャーハンがとりわけニンニクが多いですね。次の日外に出るのが憚(はばか)られるくらい(笑)。見た目は白くてピラフっぽいんですけど、お店がチャーハンって言えばチャーハンなんです!
下関:そうそう、言ったもん勝ちね。
関東はチャーハン文化、関西は天津丼文化
▲会も佳境に入るが、まだまだ食べるレンゲも会話も止まらない3人
刈部:今回の「兆楽」がそうですが、あれだけチャーハンのメニューがあって、看板メニューにもなるというのは、長年愛されるお店だからこそ、お客さんからもアレ作ってコレ作ってとリクエストが来たり、店側がこういうのが好まれるんじゃないかと試行錯誤するわけで、そうしたニーズとともに歴史を歩んでいるお店の証拠になっていると思うんですよね。
半澤:今日もルースチャーハンの注文率高いですよね。
下関:神楽坂の「龍朋」はお客さんの9割以上はチャーハン頼みますからね。でもそれって東京独特というか、「東京はチャーハンの地位が高い」んです。
刈部:そうなんですか?
下関:ラーメンに半チャーハンつけるのが名物になっちゃうお店って結構あるでしょ。それが関西だと天津飯なんです。天津飯と餃子のセットになる。
刈部:言われてみると、京都がルーツの「餃子の王将」は天津飯を頼む人多いですね。天津飯だけで味付け3つありますから。関西出身の芸人さんが王将で天津飯を頼むって話をよく聞きますし。
下関:関西の天津飯が、関東ではチャーハンに当たるのかもしれない。
刈部:関東、とりわけ東京独特のチャーハン文化として、変わり種チャーハンが発展したのもそのあたりと関係がある気がしてきますね。
半澤:地域性ゆえのバリエーションの多さは、あまり東京にいても気づかれていない。
刈部:渋谷の有名な中華屋さんの、イチオシメニューだから「ローカルめし」という安易な理由じゃなくて、東京の独自文化である変わり種チャーハンの象徴的な存在としてのルースチャーハンと言えるのかもしれませんね。ここまで深い考察ができるとは考えもしていませんでした。
▲最後にルースチャーハンのタペストリーの前で記念写真を1枚パシャリ。お疲れさまでした~。いやはや、食べた食べた~
今回話題に上った以外にも、独自のチャーハンメニューはまだまだ存在する。どこの街にもあるような中華屋さんでは、その地元でしか知られることなく消えていくメニューもあるかも知れない。
そうした地域ならでは、そこのお店ならではの味に出会えるのも、町中華の大きな魅力の一つ。ぜひ、通勤先や通勤途中、自宅の周辺に出かけた先で、そんな町中華らしい一品に出会いに、暖簾をくぐってみてはいかがだろうか。
知らない店に入るのは戸惑うかもしれないが、それは渋谷を訪れた時に兆楽を見かけた人の多くが思うことと同じ。皆それを超えた先でルースチャーハンに出会ったのだ。
こういうのは、ほんのチョットの勇気だ。
店舗情報
兆楽