2年半近くも前の話で恐縮だが、テレビのバラエティ番組『マツコの知らない世界』(TBS系)の「板橋チャーハンの世界」でナビゲーターを務めさせてもらった。
『メシ通』で連載中のラーメン系譜学でも、メシ通初登場したときの『ザ・閉店』もそうだったが、自ら発行しているミニコミ誌がキッカケでの出演だった。
2014年末に『街道deチャーハンを食う』という、ロードサイドで主に深夜営業する普通の町中華でただひたすらチャーハンを食べた記録を本にまとめた。
![街道deチャーハンを食う [デウスエクスマキな食堂14年冬号] 街道deチャーハンを食う [デウスエクスマキな食堂14年冬号]](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/61PWn90ZErL._SL160_.jpg)
街道deチャーハンを食う [デウスエクスマキな食堂14年冬号]
- 作者: 刈部 山本
- 発売日: 2017/03/05
- メディア: Kindle版
今回は自分がラーメンとともに追いかけている、しっとりチャーハンの話をしようと思う。
町中華は「しっとり」していた
自分は、埼玉県川口市という東京に隣接する工場街で昭和末期に育ったが、町には家族経営の飲食店が軒を連ねていて、出前となるとそういうお店から取るのが当たり前だった。
▲こうした外観や店内の中華屋さんが町の至る所にあった。※写真はイメージです
外食というものの最初の接触は、町にフツーにある当たり前の中華料理店、つまりは町中華で、他にありふれたそばや洋食、喫茶のお店くらいしかなかった。徐々にロードサイドにファミレスが出来るようになって、出前でピザが頼めるようになったのは成人した頃。その時分には一人暮らしもして、飲み会なんかで行くチェーンっぽい居酒屋さんで初めて町中華以外のチャーハンを食べるわけだが、その時の違和感ったらなかった。
なんだこのパッサパサのチャーハンは!?
自分がフツーだと思っていた、水気を含んでふっくら炊けたみずみすしい米をラードでさっと炒め、米のうま味がギュッと閉じ込められた甘くしっとりとしたチャーハンはどこへ消えたのか。
この頃になるとTVでは、パラパラと炒める失敗しないチャーハンづくりが声高にうたわれるようになり、冷凍食品やファミレス、フードコートなどで出てくる代物のほとんどがパラパラを銘打つようになった。商店街の衰退が叫ばれるようになり、町中華が徐々になくなりだしたのが、ちょうどこの時期だったように思う。
しかし、地方の商店街が成立しにくくなる反面、逆に都心部の特に開発されにくいエリアでは、商店街や町中華がしぶとく根付き、地元の男性たちを中心に支持を集めていた。板橋区内の、各駅しか止まらないような東上線沿線の、こぢんまりした駅前商店街では町中華が現役だった。この当たり前の風景の当たり前の味を多くの人に思い出して、もしくは新たに知ってもらえるならと、テレビ出演を受けた。
その思いは、撮影に協力くださったお店側にも伝わったようで、私がテレビサイドにしっとりチャーハンの条件として提案した「炊きたての米をラードでさっと炒める」という意見にも賛同くださった。そのときのお店というのが、東京板橋区にある「丸鶴」のご主人である。
最強! 「丸鶴」のチャーハンメニュー
「丸鶴」は都内有数のアーケード商店街があるとして知られる大山で、駅からも商店街からも少し外れた裏道にありながら、昨年50周年を迎えた老舗町中華。
ここから生み出される、視聴者のハートをわしづかみするほどテレビ映えしたチャーハンがこれだ。
▲レタスチャーハン(700円)。レタスがふんだんに入っていてもベッチャリしない秘密は後々明らかに!
とにかくワイルドの一言。レタスチャーハンとはいえ、チャーシューがゴロゴロと惜しげもなく投入されたあふれんばかりに盛りの良い一皿である。これが「チャーシューチャーハン」となると米とチャーシューが半々(お店側の公表)になるというが、実際はチャーシューの方が多いんじゃないかってくらいになっている。
だって、見てほしい。この一品を。
▲チャーシューチャーハン(850円)。明らかに肉塊ありすぎでしょ!?
これでもクドくならいのは、炊きたての米の甘みと、使い回さないフレッシュなラード、さらにひと塊の出来たて自家製チャーシューが渾然一体となったからこそ。まさに「最強」という他にない。
店主に聞く、お米の秘密
今回無理を言って特別に厨房に入れていただき、その調理風景を見せてもらった。
そのムダのない動きと食材への気遣い、そしてスピードによってあのような超絶チャーハンが生まれる様をマジマジと見せつけられた気がした。
こうした技を前にして、安易にこだわりという言葉を使いたくもなるが、町の飲食店として、職人として、実に真っ当な仕事ともいえる。お店を支える常連さんが何十年通ってもウマイと思える味を生み出すことは並大抵のことではない。仕込みや食材選び、調理に妥協をせず、当たり前にすることが絶対条件だからだ。だが現在、それが当たり前にできる職人がどれくらいいるだろうか……。
こと、この「丸鶴」に関しては、当たり前というレベルを超え、ただの町中華以上の存在になっているとすら思う。
ここで店主の岡山実さんにご登場いただき、お店の歴史、そして味の秘密について聞かせていただくとしよう。
▲息子さんが元カリスマホスト・城咲仁さんだけに、ダンディーな岡山さん!
── 今回はありがとうございます。以前、ボクがTV出演をしたとき、しっとりチャーハンの構成要素(炊きたての米をラードでさっと炒める)に賛同くださったのには本当に感激しました。
岡山さん:今回これだけは言いたかったんだよね。「なんで世間の皆さんはパラパラチャーハン、パラパラチャーハンっていうのか」って。聞かれても知らないでしょ? 前日に残ったご飯を、どうやって処理しようかと。アルミの入れ物に入れて布巾をかぶせると硬くなるでしょ。(その状態で炒めると)否が応でもパラパラになっちゃう。乾いてるからね。
── そうかもしれません。
岡山さん:残りもののご飯っていうのは、硬いところもあれば柔らかいところもあって、水分があれば水分がないところもある。こればっかりは我々がなんぼ腕が良くても、素材が悪かったらダメ。
── だから、そこはやはり炊きたての米を使って炒めるわけですね。
岡山さん:ウチは1回で3升(1升=10合)炊くんですよね。ランチ用のはちょっと柔らかめ、チャーハン用のは1割くらい固めにして両方炊いているの。
── チャーハン用として別に炊いてる、と。
岡山さん:本当のこと言えばね。だからウチはレタスにしたって、蒸留水の中に1時間以上漬け込んで、乾かして冷蔵庫で水分を取るんだ。
大勝軒・山岸氏ともつながりが……
── 昨年でコチラのお店が50周年となりましたが、ご主人はいつくらいから料理を始められたのでしょうか?
岡山さん:小学5年生だから、10歳から中華の道へ入ったね。九州・小倉育ちの中華の達人と知り合って、ついていったの。昭和32年頃だから、この道60年になるね。
▲若かりし頃の岡山さん。まだあどけなさが残っている
岡山さん:15歳で(板橋区)大山の有名なラーメン店の店長やって、16歳で群馬のおっきい中国料理店の店長になったのね。その後、肉をおろすのを覚えたくて、池袋のサンシャイン60のすぐそばにあった工場に1年契約で入ったの。そこで山岸と知り合ったの。
── あの、東池袋大勝軒の山岸さん(つけ麺を考案したとされる故・山岸一雄氏のこと。ラーメン業界におけるレジェンドの一人)ですか!?
岡山さん:ソコで働いていて、たまに大勝軒に食べに行ってたら、工場の同僚から「岡山は元中華料理の職人だ」というのを山岸が聞いたらしくてね。
── ええーーーーーー!! それで教えに入られたんですか。すごいつながりですね!
岡山さん:ウチと同じように、エビチリソースだとか、カニ玉、酢豚ね、彼は当時そういうもんも一切やれなかった。私が入った時は、中華もりとラーメンとワンタンメンとね、ヒドいチャーハン(笑)と、カレーライス、そんなもんしかやってなかった。
ラーメン店と中華料理店の違い
岡山さん:それと後、これ多分知らないと思う。なんで中央線沿線にラーメン店が多いのか。
── 荻窪ラーメンですか?
岡山さん:荻窪、吉祥寺、高円寺、中野ってラーメン店多いでしょ。あれは要するに戦後、戦争に行って向こうでラーメンを食べて、戻ってきた屋台がはじめなの。吉祥寺の焼け野原で、屋台をもって始めて。自然と中央線に広がってるでしょ。
── まさかここでラーメン系譜学のホープ軒本舗の話にもつながるとは思いませんでした。
岡山さん:でね、丸長さんでも、結局中華そば屋さん。そのほとんどが長野県人なの。
── 確か長野県の中野市ってところにも丸長というお店がありますよね?
岡山さん:そうそう、だからそれ以外は中華料理店なんです。
── ラーメン専門店ではないということですよね?
岡山さん:屋台から始めて、子どもが親からラーメンの味を教わって、広がっていった。それがラーメン店。長野県人会っていって、丸長さん、あれが本家なの。それで丸長のれん会っていうのが発足して、その時には99店舗あったの。
── そんなに!? そういえば、中華料理店のメニューの話に戻りますが、以前に焼肉店並みの肉の仕入れをされてるとお聞きしましたが。
岡山さん:さっき言ったように、肉の工場にいたから。うちのチャーシューっていうのは、ブタの肩ロース。他所はチャーハンだからってんでクズ肉をまとめて、大豆の粉っていうのは接着剤なの、お肉をくっつけて、ひもでしばるでしょ。それで醤油だけで煮るから硬くなっちゃうわけ。
▲肉をおろすところから学ばれただけあって、肉を見る目は確か。中華料理店でありながら、ロースとんかつ(1,000円)は専門店以上の本格的な味わい!
── チャーシューにも相当の手間がかかってそうな気がします。
岡山さん:うちは全然違いますから。まずひもで結わない。醤油も朝から1回に約3トン(一升瓶 30本)煮出した上で、厚削り(カツオ節)、昆布、煮干し、カラメルからニンニク生姜、牛すじ、全部で13種類入れて肉を煮込むわけ。2kgぐらいのチャーシューを2時間ぐらいで上げて、湧いてからそれをラーメン用の醤油スープの中に漬け込む。だから真ん中までしょっぱく入らない。その牛すじが、うちのお客さんがもう順番待ちなの。欲しいって。
── 常連の方だといろいろ要望が出てくるんですよね(笑)。
▲ラーメンは、なんとワンコイン500円。カツオ出汁がガツンと効いたスープがたまらない
跡継ぎ問題と、職人魂
── ところで、息子さんにお店を継がせなかった理由ってあるんですか?
岡山さん:せがれと話し合って、せがれが一回継ぐと。
── 言ってたんですか!?
岡山さん:そういう話が出たの。じゃあオマエやる前に、オヤジの仕込みから一週間、俺のそばにいろと。そしたら、たった1日で音を上げて終わり。
── はぁー(笑)。
▲休憩用の部屋には、息子さんのパネルが
岡山さん:でも普通、息子が「辞める」って言ったら親も引きとめるじゃないですか。でも、俺は止めなかったね。
── え!?
岡山さん:ウチに3年5年いたって青春時代もったいないから、1日も早く辞めなさいとなって。嫌な仕事につくもんじゃないよ。この商売、好きじゃなかったらやれないです。今日もウチの出入りの業者の営業マンから言われたよ。「ここのオヤジさんはマグロとおんなじ」だって。仕事取ったら死んじゃう。
── 職人の神髄を見た気がします。
岡山さん:まぁなんでもそうですけど、なんぼ金残しても、親兄弟に取られるよと。でも腕に職持ってりゃ、腕までは持ってかれないから。一生食えますよ。3カ月、4カ月で覚えられる商売じゃないから。玉ねぎ1個、キャベツ1個でも、春夏秋冬あるでしょ、新玉もあればヒネもあるし、その使い方を(料理人含め多くの)今の人は知らないんですよ。毎日おんなじ材料でも、気候や温度、湿度でスープの味が違う。違うから面白いんですよ。もうチョットおいしくしようと、醤油のベースを変えたりね。それにはやっぱり、素材が大事だと。それは、お客さんの身になったら絶対に手は抜けないです。
── 貴重なお話、本当にありがとうございました!
取材を終え、ご主人考え方・立ち位置というのは、飽くまでお客さん第一、そのために素材を一番に考えるという、シンプルで至極真っ当なものだ、と改めて感じ入った。
だからこそ、大山という町で50年以上、ご主人自身も職人として60年以上、町とそこに住む人々から愛され続けているのだろう。当たり前のことを長く続ける日々の積み重ねが、現在の「丸鶴」というお店を形作っている。
お店ののれんをくぐれば、誰もが戦後の中華史そのものというべき歴史を味わうことができる。ご主人が築き上げた、今この瞬間の味やお店そのものをじっくりかみ締めて味わってほしい。
お店情報
丸鶴
住所:東京都板橋区大山西町2-2
電話番号:03-3955-2209
営業時間:11:00〜15:00、17:00〜22:00(早じまい有)
定休日:日曜日 ※月曜日・火曜日は昼営業のみ