町中華なのに、ナシゴレンが名物になったお店
大江戸線の新御徒町駅から歩いて5分。
台東区小島にある「幸楽」さんをご存じでしょうか。
「だってしょうがないじゃないかぁ」(えなりかずき風に)でおなじみのドラマに登場するお店と同じ店名ですが、もちろんえなりかずきも角野卓三もいません。
こちら、町中華だけれど、インドネシア料理の「ナシゴレン」がおいしいと定評のあるお店なんです。
メディアなどで紹介されることも多いのでご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、今回はそのナシゴレンのせいで目立たない存在になっているものの、実は常連さんの間では隠れた人気メニューである「豆腐丼」も紹介します。
これがね、他にはないおいしさなんですよ。
店主の小林賢吉(75歳)さんが迎えてくれました。
休憩時間なのにすみません。
さっそく大人気のナシゴレンとラーメンのセットをお願いしましょう。
これこれ、よくある「半チャーハンとラーメンセット」の隣に「半ナシゴレンとラーメンセット」というのがあります。常連客の多くは「半ナシで」と注文します。
さすが大ベテランの手際
小林さんが調理を始めると、「うわぁ、早い」と平山カメラマンも驚きました。
そう、こちらのお店、料理が出てくるのがものすごく早いのです。
その早さたるや、入り口で「半ナシ」と言いながら入ってきた常連さんが着席すると、もう出来上がりが提供されているという感じ。
ナシゴレンは途中まではチャーハンと同じ作り方ですが、こちらの赤い自家製ソースが入ることでナシゴレンになるんですね。
このソースの中身については、あとで質問してみましょう。
というわけで、あっというまに提供されたのがこちら。
▲半ナシゴレンとラーメンセット(800円)
どうですか。ナシゴレンというより、赤身がかったチャーハンという方が近いかもしれませんね。
もし皆さんがこの店のナシゴレンを食べたら、初めて食べる味に感じると思います。
イメージしやすいよう例えるとしたら、「ピリ辛のチャーハン」でしょうか。
──噂によると小林さんは、ナシゴレンを見たことも食べたこともないそうですね。では、なぜナシゴレンを作るようになったんでしょう。
小林さん:もう60年以上前の話ですけど、当時働いていたお店に来ていたインドネシア人のお客さんから、自分の国のチャーハンを食べたいから作ってみてくれと頼まれて。それで開発したんですよ。
──それをきっかけに独自で開発されたのがこちらのソースですね。中身はどんなものなんでしょうか?
小林さん:ベースはケチャップです。そこへ、粉山椒、ニンニク、一味、スープを入れます。ポイントは2〜3日寝かすことでしょうか。
──ラーメンに使うスープも入れているんですね。
▲澄んだスープが美しい
──そういえば、こちらのラーメンも、シンプルなようでいて、飲んでみるとけっこう複雑な味わいなんですよね。
小林さん:ああ、いろんなものが入ってますからね。
──動物系から魚介系、野菜まで入ったやさしい味なので、毎日いただいても飽きないスープに仕上がってますね。それではさっそく、隠れた人気メニュー「豆腐丼」をお願いします。
常連の人気メニュー「豆腐丼」の正体とは
──ちなみに豆腐丼は、どういうきっかけで生まれたメニューなんですか?
小林さん:40年くらい前、女房と池袋の町を歩いていた時に、ある料理屋の店先のサンプルに「豆腐のうま煮」というのがあったんですよ。これ、ご飯にかけてみたらどうだろうかと思って開発したんです。
──その時に召し上がった「豆腐のうま煮」、よほど美味しかったのでしょうね。
小林さん:いや、実際には食べてないんですよ。想像でこんなものかなと。
──……マ、マジですか(笑)。イメージだけで作るのが小林さんのオリジナリティの源泉なのかもしれませんね。それでは、豆腐丼をお願いします。
──おっ、冷蔵庫から豆腐を取り出しましたね。アレッ、ちょっと待ってください。冷蔵庫はお店の外にあるんですね。これ、閉店後はどうするんですか?
小林さん:お店を閉めるときは、冷蔵庫に鍵をかけているんですよ。
──そういえば、ジャーや電話も店の外にあるんですね。電話は懐かしいダイヤル式の黒電話。これも、営業時間外の夜はどうしてるんですか。
小林さん:さすがにこれは店内に入れておきますわ。
小林さんオリジナルの味の秘密、ちょっとだけ公開
中華鍋に豆腐、ネギの青い部分の千切り、ひき肉が入り、そこへスープを入れています。
小林さん:ここに、ニンニクを入れます。おろしたニンニクですね。
小林さん:さらに、ラー油、粉山椒、醤油、塩などを入れます。分量? そんなの、長年の勘ですよ。
小林さん:豆板醤を最後に加えます。
──けっこう、いろいろな調味料が入るのですね。
小林さん:最後に水溶き片栗粉でまとめていきます。
──うわぁ、いい香りが漂ってきましたね。これをご飯にかければ出来上がりです。
▲豆腐丼(700円)
──いやそれにしても美味しそうです。……しかし、これってつまり「麻婆豆腐丼」なのでは?
小林さん:うははは、そうですね、そう言ってもいいのですが、もうずっとこの名前でやっています。麻婆豆腐とライスを別々で注文すると800円なんだけど、豆腐丼単品だと700円。洗い物が少なくなる分だけ、安くしているんですわ。
▲たしかに、豆腐丼は700円
▲麻婆豆腐の単品が600円
──麻婆豆腐は600円で、ライスは200円だから、合わせて注文すると800円ですね。これ、「豆腐丼」で注文したときと量は同じなんですか?
小林さん:同じ量ですね(笑)。だからよく知っている常連さんなんかは、豆腐丼を注文しますね。
──ナシゴレンと豆腐丼が人気なのはわかりましたが、ご主人がいちばん注文されるとうれしいメニューってなんですか?
小林さん:それは、カレーライスですかね。
──こちらのカレーライス、おいしいですよね。しかも、すぐ出てくるし。
小林さん:ランチの忙しい時はカレーを湯煎しておいて、ご飯にかけるだけなんですわ。
──そういえば、ランチ時に「半カレーライス+ラーメンセット」を食べている人が多いですよね。あ、今気がつきましたが、「半チャーハン+ラーメンセット」「半ナシゴレン+ラーメンセット」はともに800円ですが、「半カレーライス+ラーメンセット」は700円なんですね。
小林さん:給料日前の人に少しでも安いセットを提供したいと思って、この値段にしたんですよ。まあ、ご飯を盛って、湯せんしたカレーをかけるのはバイトだし、ラーメンは女房の担当なんでワシはなにもせんでいいから、楽なんだわ(笑)
──それにしても、こちらの手作りカレーのおいしさのポイントはなんでしょうか?
小林さん:それは、やはり使っているスープのおいしさですかね。3日に1度、その日の最初のスープでカレーを作っています。
実は僕はこちらのカレーライスが大好きなんですよ。ほのかな中華スープの味わいも素晴らしいし、福神漬けもたっぷりで、どこか懐かしい味なんですよね。
──ところで、ご主人、看板には「味の幸楽」とありますが、これが正式な店名なんですか?
小林さん:最初はそうだったんですが、今は面倒なので「幸楽」だけにしてます。
──なぜこの店名にされたんですか?
小林さん:実は「幸楽」はもともと上野にあって、当時そこで私が働いていたんです。ここはその「幸楽」の支店としてオープンしたのですが、経営していた人がやめるというので、私がここで独立させてもらうことになったんです。
──ああ、なるほど。じゃあ、この看板は小林さんが来られる前からあるんですね。
小林さん:そうですね、私がやってからはもう50年なので、看板そのものは60年くらい前のものになるんじゃないですかね。
僕はこちらのお店、かなり通っていて、いろいろと食べさせていただいているのですが、ハズレがないんですよね。どれもおいしいのです。
あらためて、こうしてメニューを眺めてみると、まだ食べていないものもいくつかあります。今度はそんなメニューをいただいてみたいですね。
撮影:平山訓生
お店情報
幸楽
住所:東京都台東区小島2-1-3
電話番号:03-3869-5900
営業時間:11:00~15:00 17:00~20:00(夏季と火曜日、木曜日は昼のみ)
休日:土曜日、日曜日、祝日
書いた人:下関マグロ
1958年生まれ。山口県出身。出版社、編集プロダクションを経てフリーライターへ。『東京アンダーグラウンドパーティー』(二見書房)、『歩考力』(ナショナル出版)、『まな板の上のマグロ』(幻冬舎)、に『ぶらナポ 究極のナポリタンを求めて』(駒草出版)など著書多数。