『月刊ドライブイン』が10年かけて記録し続けた“消えゆく昭和のいとしき風景たち”

f:id:wadawani:20181101113124j:plain

食に関連する同人誌、リトルプレス、ZINEなどを発行するインディペンデントな出版人たちに話を聞く「ニッポン偉ZINE伝」。

第4回は『月刊ドライブイン』発行人の橋本倫史さんにご登場願った。

戦後のモータリゼーションから生まれた風景として日本に定着し、今、惜しくも徐々に消えつつあるドライブイン。全国のドライブインを訪ね歩いて、店主の個人史をじっくり聞き出すことで浮かび上がる「昭和」を記録するルポルタージュを毎号二編ずつ掲載してきたのが『月刊ドライブイン』だ(最終号のみ一編)。

 

f:id:wadawani:20181101113139j:plain

その小冊子は、ざらっとした手触りの用紙にモノクロのリソグラフ印刷。橋本さん自身が手がける、そのシンプルなデザインも内容と相まってカッコいい。

2018年6月に発行されたvol.12が最終号となったが、全号をまとめた単行本を筑摩書房より刊行すべく準備中だという(2019年1月発行予定)。

自費出版誌から書籍化までの道のりについても気になるところだが、彼の話を聞きながら「ドライブイン」という昭和の記憶に思いを巡らせてみたい。

 

f:id:Meshi2_IB:20181102010019j:plain

今回のZINE『月刊ドライブイン』

発行人:橋本倫史

判型・価格:A5判、540

発刊ペース:ほぼ月刊ペースで出版。これまで全12号を発行しvol.12が最終号となった。

内容:都全国に現存するドライブインの探訪ルポ。店主へのインタビューやお店の歴史、食事メニューなどを通して「残された昭和の風景、空気」を伝えている。

 

ドライブイン取材はまず「長居すること」から

食がメインテーマというわけではない『月刊ドライブイン』だが、せっかく『メシ通』に登場いただいたことだし、まずはドライブインにおける食事についてうかがおう。

取材で印象に残った料理はなんだろうか。

 

f:id:Meshi2_IB:20181101124941p:plain橋本さん:そうですね、印象的な料理といえば、沖縄の「ドライブインレストランハワイ」で食べた「Aランチ」でしょうか(vol.04掲載)。ハンバーグ、トンカツ、エビフライ、チキンカツ、ウィンナー、焼肉、スパゲティ、玉子焼き。この全部がセットになったのが「Aランチ」で、ここからエビフライと焼肉を減らしたものがBランチ。Cランチはさらにチキンカツがなくなるというメニュー構成で、つまり「Aランチ」が一番豪華なんです。

 

f:id:wadawani:20181101113225j:plain

Aランチ、という響き自体がどこか懐かしみを帯びている気がする。

 

「ちょっと間違い探しみたいなところがあって、何が違うのか、作ってる側も大変なんです」と岸本恵樹さんは笑う。「このアメリカの基地文化の流れも影響してるんです。昔、沖縄にはAサインバーというのがあったんですけれど、そのAも関係しているみたいですね」
Aサインとは、アメリカ占領下の沖縄において米軍公認の飲食店や風俗店に与えられた営業許可証であり、「A」はAPROVED、つまり「許可済み」を意味する。当時は米兵が立ち寄ることが許されていたのはAサインのある店に限られており、清掃が行き届いているか、トイレはタイル張りであるかなど、厳密な基準が設けられていた。沖縄の本土復帰とともにAサイン制度も消滅したが、今も許可証を掲げて営業を続ける店は少なくない。沖縄の人たちのあいだで、Aというアルファベットは「上等のもの」という響きを帯びてゆく。

『月刊ドライブイン』vol.4 より

 

f:id:Meshi2_IB:20181101124941p:plain橋本さん:沖縄にこういう食文化があるんだなと。あと、取材なので、注文して、撮影して、実際に食べるんですけど、絶対に食べきれない量だと思っていたので、残りは持ち帰り用の折箱に詰めていくつもりでした。でも、いざ食べてみるとすごくおいしくて、あっと言う間に食べ終わってしまいました。

 

ほかにも、家族連れのにぎわいの中たったひとりで食べた栃木県・益子町「大川戸ドライブイン」の流しそうめん、自動販売機で購入する“オートレストラン”である藤岡市「ドライブイン七興」の天ぷらうどん、新鮮な魚介類がふんだんに使われた岩手「レストハウスうしお」の磯ラーメンなど、ドライブインでの食事はそれぞれ印象的だそうだが、取材でもっとも重要な役割を果たすのは、意外にもビールだという。

f:id:Meshi2_IB:20181102202656j:plain

▲vol.5で取り上げた群馬県の「ドライブイン七輿」にて。店主がトーストの自動販売機に補充しているところ。ドライブインには、こうしたフード自販機が残っているところも少なくない(撮影:橋本倫史)

 

橋本さんの取材は、ドライブインの店主に顔を覚えてもらい、じっくり話を聞かせてもらえる関係性を築くため、まずお店に長居することから始まる。長居するためには、車を使わず、電車やバスといった公共の交通機関でドライブインまで足を運び、とにかくひたすらビールを飲むのだ。

 

f:id:Meshi2_IB:20181101124941p:plain橋本さん:たとえば、コーヒーで1時間粘るのは難しいですよね。だから、瓶ビールとつまみになりそうなものを頼んで、20分に1回くらいビールをおかわりする。昼間からドライブインで、しかもひとりで飲んでいるお客さんは珍しいですよね。向こうも不審に思うのか、あるいは興味を持ってくれるのか、ビールを運んできたときに「お兄ちゃん、車じゃないの?」なんて声をかけてくれる。それをきっかけに「ここはいつからやっているんですか?」「いやぁ、古いだけでなんにもないよ」みたいな会話をしつつ、3時間くらいは粘って、酔ってヘロヘロになってきたら会計するんですけど、そのときに見本誌を手渡して、取材したいと初めて伝えます。そのあと、さらに手紙を出したり、電話でお話しした上で、もう一度訪問する。『月刊ドライブイン』の取材では、ほぼ毎回そういう方法をとってきましたね。

 

f:id:wadawani:20181101113558j:plain

時間をかけて取材対象者へアプローチしていく橋本さん。ドライブイン店主たちの生きざまに、じっくり、そしてできるかぎり近くまで寄っていこうという、聞き手としての思いがそうさせるのかもしれない。

 

相手が「撮ってほしい」と思う瞬間

現在も営業を続けているドライブインの店主には年配者も少なくない。

石川県・能登「ロードパーク女の浦」(vol.05掲載)を切り盛りする70代の女性も、そのひとりだ。1969年にご主人とドライブインを始め、慣れない厨房の仕事も引き受けてきた。当時は何人か雇っていたが、今は毎日ひとりでお店を守っている。

 

f:id:Meshi2_IB:20181101124941p:plain橋本さん:ロードパーク女の浦のお母さんは「イライラすることがあっても、ワーッと大きな声を出して海を眺めていると何となく落ち着いてくる」なんて言うんです。目の前のお母さんを見ていると、ほんとうに穏やかな人で、とてもそんな風には見えない。話を聞いていると、開店から現在にいたる長い月日を感じます。日々やってくる観光客はすぐ別の目的地に去ってしまうけれど、お母さんはドライブインに居続ける。苦労もあったけれど、ずっとこのドライブインで過ごしてきたんだな、と。

 

記事には、海を背景にたたずむ「お母さん」の写真が掲載されている。サービスで作った笑顔ではないし、撮影に緊張している風でもなく、ごく普通に微笑んでいる。その何気ない写真が、橋本さんの文章に静かなリアリティを添える。

f:id:wadawani:20181101113340j:plain

最後に店の前で写真を撮らせてもらうことにした。写真は苦手なんだけどねえ。そう言って澄子さんは照れくさそうに表に出ると、カメラを構えた僕のほうにではなく、海のほうにむかって腰を下ろした。そうして海を眺めていた。僕はしばらくのあいだ、彼女の背中を見つめていた。

『月刊ドライブイン』vol.05 より

 

記事に添えられた写真は、ほぼすべてが橋本さんの撮影だ。最終号vol.12の発売後に「ドライブイン」と題した写真展を東京新宿のギャラリーで開催し、関連イベントでは写真家の北島敬三氏とも対談した。

写真にちなんだエピソードとしては、知り合いのシンガーソングライターの女性に撮影をほめられたこともあり、それがとてもうれしかったそうだ。

 

f:id:Meshi2_IB:20181101124941p:plain橋本さん:何人かで飲みに行ったときその方もいて、帰り道のふとした瞬間に彼女の写真を撮ったんです。そうしたら「撮られるときって『今のタイミングじゃないのに』って思うこともよくあるけれど、橋本さんは撮ってほしいと思う瞬間に撮ってくれるからうれしい」と言ってくれて。とてもうれしくて、その言葉をひたすらかみ締め続けています(笑)。ぼくはプロの写真家ではありませんが、だからこそ、いつもそういう風に撮れたらいいなと。

f:id:Meshi2_IB:20181102202827j:plain

▲vol.8で取り上げた栃木県の「大川戸ドライブイン」。ここは流しそうめんが有名で、専用の「流しそうめん機」で楽しむ

 

全12号には、それぞれ固有のテーマがある

データ的な情報だけでなく、ある時代、ある場所に生きていた「個人の思い」というものを書きとめ、写しておかなければ。そんな橋本さんは、もちろんドライブイングルメの専門家ではないし、ドライブインマニアですらない。

ただ、『月刊ドライブイン』を出版したことで、テレビのバラエティー番組から「ドライブインマニア」としての出演オファーがたびたび来るようになったという。その手の依頼は断ってきたが、ひとつだけ出演することにした番組があった。

 

f:id:Meshi2_IB:20181101124941p:plain橋本さん:一度目の依頼はお断りしたんですが、また別のスタッフの方から連絡があって「橋本さんが危惧されていることは、私たちも理解しています。番組としては『懐かしの昭和レトロなドライブイン』のような導入にならざるを得ないですが、橋本さんが人物に焦点を当てて取材していることはきちんと伝えたい」ということでした。ここまで言ってくださったので、この番組だけは出演を承諾したんです。

 

番組内で取材したドライブインの一軒に、栃木県小山市の「ドライブイン扶桑」があった。

 

f:id:Meshi2_IB:20181101124941p:plain橋本さん:番組で「ドライブイン扶桑」のお母さんに話を聞けたのは30分くらいでしたが、彼女が涙を流しながら話してくれたのは、お店が水害に遭ったエピソードだったんです。

 

2015年、台風18号の影響により「ドライブイン扶桑」の近くを流れる思川の堤防が決壊。甚大な浸水被害に見舞われた。

たびたび氾濫する思川が近くにあるにもかかわらず、現在までお店は同じ場所で営業している。橋本さんは、その話をもっと聞きたいと思った。

 

f:id:Meshi2_IB:20181101124941p:plain橋本さん:たった30分で終わりにするには忍びない。きちんと話を聞くべきではないか、と。ちょうどそのころ制作していたのがvol.11で、テーマは「災害」にしようと思っていたんですが、二軒目の取材先を決めかねていたところだったんです。

 

その後、橋本さんは「ドライブイン扶桑」を再訪。vol.11に取材記事が掲載された。

f:id:wadawani:20181101113454j:plain

思川はこれまで何度となく氾濫してきた。対策が施されてはいるけれど、記録的な豪雨が降れば再び氾濫することになるだろう。ここを離れて、彼女の郷里である笠間に移転する選択肢もありえたが、それでも廣子さんは「ここを離れたいとはまったく思わなかった」と言う。

「自分はずっとここで働いてきましたから、愛着もありますし、この場所だから来てくださるお客さんもいるんです。何十年と続けてますと、『ずいぶん昔、俺がまだ若かった頃に来たことあるんだよ』と言ってくださるお客さんもいますし、昔からラーメンをを食べに寄ってくださる運転手の方もいる。皆さんに支えられて今があるわけですから、他に移ろうなんて考えませんでした。これからもずっと、この場所で扶桑の名前を守っていきたいと思います」

『月刊ドライブイン』vol.11 より

 

全12号には、それぞれ固有のテーマがある。

たとえば、vol.02のテーマは「道」だ。東海道のような街道沿いにあるドライブインは、モータリゼーションよりずっと以前から存在し続ける「日本の道」について思いを至らせてくれる。

vol.04は「沖縄」。戦後の日本を語るには、アメリカとの関係を無視できない。ドライブイン文化もアメリカから輸入されたものであり、となると当然のごとく沖縄が気になってくる。

vol.5は「観光バス」と「自動販売機」、vol.6は「トラック野郎の世界」、vol.9は「高速道路」と「80年代のバブル」といった具合だ。

f:id:Meshi2_IB:20181102203500j:plain

▲最終号のvol.12で取り上げた鹿児島県の「ドライブイン薩摩隼人」にて。お店のご夫婦がざんざいを作ってくれて一緒に食べているところ

 

『月刊ドライブイン』の単行本化については本記事冒頭ですでに紹介したが、リトルプレスとして発刊されていた当初から、もうそのまま一冊にしてもおかしくない綿密さで各号の構成が練られている。

 

「最後の昭和の子供」として

そもそも橋本さんがドライブインを取材するようになるきっかけは、自身が大ファンであるZAZEN BOYSの全国ツアーを原付バイクで追いかけていた2008年にさかのぼる。移動中の道沿いで目にしたドライブインに心ひかれたのだ。

のちに、友人に借りた軽バンで日本全国200軒ほどのドライブインを巡り、知り合いの編集者と書籍化も模索したが、そのときは出版社に企画が通らなかった。自費出版のリトルプレスとして世に出そうと決断したのは、2017年の正月だ。

 

f:id:Meshi2_IB:20181101124941p:plain橋本さん:年始の抱負を立てるにあたって、ドライブインの企画をなんとか実現したいと。それで、これまで訪問したドライブインが、現時点でどうなっているか調べてみたら、かなりの数が閉店していることがわかりました。これはもう時間がないかもしれない。まずは個人出版のリトルプレスとしてまとめておこうと決心して、2017年の3月から『月刊ドライブイン』の制作にとりかかり始めたんです。

 

f:id:wadawani:20181101113528j:plain

ドライブインとの出合いが2008年だったということは、来年予定されている書籍化までざっと10年余りの年月がかかっているのだ。ドライブインの店主たちが生きてきた時間と、橋本さんがドライブインに費やした時間と、ふたつの時間が濃縮された本になりそうだ。

橋本さんが、ドライブインを通して戦後、そして昭和という時代にこだわっているのも興味深い。聞けば、橋本さんの手がけるリトルプレスは、大学時代に授業を受けていた評論家の坪内祐三氏から大きな影響を受けている。

坪内祐三氏による「昭和世代論」である『昭和の子供だ君たちも』(新潮社)の最終章タイトルは、「最後の『昭和の子供』たちは誰か?」だ。いわく、人は小学校に入学するぐらいから自分を囲む風景を意識化し、記憶として残していく。ゆえに、昭和最後の年である1989年の4月に小学校に入学した1982年生まれが「最後の昭和の子供たち」なのだという。

そう。橋本さんは82年生まれの、「最後の昭和の子供」なのだ。

82年生まれといえば、酒鬼薔薇聖斗、佐賀バスジャック事件の「キレる17歳」、土浦通り魔殺人事件や秋葉原通り魔事件の犯人と同世代であり、その犯行の要因は、ゆとり教育第一世代であることや、ネットやゲーム、学校との関係にあるのではと分析されてきた。

しかし、坪内氏はそこに疑問を投げかける。最後の昭和の子供が、平成という時代に違和感を抱いていたのかもしれない、と。そして、「そのことをきちんと調べるのはもう三十歳を越えた最後の『昭和の子供』である君の仕事だ」と結ぶ。

 

f:id:Meshi2_IB:20181101124941p:plain橋本さん:『昭和の子供だ君たちも』が雑誌に連載されていたとき、この文章が掲載された号の発売日に坪内さんから電話がかかってきて、「はっちゃん(橋本さん)のこと書いておいたから」って言われたんです。すぐに読んで、「僕の仕事」をしなければと思ったんです。

 

f:id:wadawani:20181101113758j:plain

 

じわじわと取材対象に接近する

 『月刊ドライブイン』のシリーズは完結したが、橋本さんの昭和へのこだわりは次なるリトルプレス『不忍界隈』にも引き継がれている。

自宅の近所である谷根千周辺のお店に関するルポルタージュだ。現在、vol.4までリリースされている。

f:id:wadawani:20181106105934j:plain

富山に縁のある筆者が気になったのは、『不忍界隈』vol.2でとり上げられている谷中の中華料理店「砺波」(となみ)。

富山県の砺波市が中華料理店の屋号となっているのが珍しいけれど、やはり店主夫妻は富山県出身。ふたりと話すうち、橋本さんはぜひ「砺波」を『不忍界隈』でとりあげたいと思った。

 

f:id:Meshi2_IB:20181101124941p:plain橋本さん:「砺波」は4人がけのテーブルが4つしかない、地元ですら知らない人がいるような中華料理店なんですが、お店のご夫婦は富山から上京して、もう60年になるそうです。60年……、それを知って、ぜひ話を聞かせてほしいと思いました。取材に至るまで、30回ぐらいは通いましたね。

 

30回とは。さすが、橋本さん。

リトルプレスとは別に、橋本さんは『WEB本の雑誌』で、近く建て替え工事が始まる予定である沖縄那覇市第一牧志公設市場のルポルタージュ『市場界隈』を連載中だ。この連載の取材アプローチも、橋本さんらしい。

www.webdoku.jp

 

f:id:Meshi2_IB:20181101124941p:plain橋本さん:沖縄の市場の風景を聞き書きと写真で残すために、まず市場の組合長の方にご挨拶して、それぞれのお店にも話をして、取材OKにはなったんですけど、いきなり行って「はい、撮ります」は無理だと思ったんです。それで、まずひたすら市場内をぐるぐると歩き続けました。もう、市場の人たちに対してサブリミナル的にぼくの姿を刷り込むというか。逆に、ほとんど不審者にみたいになっちゃったんですけど。結局、最初は歩き回っただけで、「また来月きます」と言い残して帰ってきました。

 

橋本さんの書くルポルタージュの、あの静かな、淡々としたリアリティーは、こんな風にじわじわと取材対象に接近する、一見不器用でもあり、その実とても丁寧なアプローチから生まれるのだということが、よくわかった。

『不忍界隈』と『市場界隈』の続編、そして書籍版『ドライブイン』が楽しみでならない。

 

書いた人:(よ)

(よ)

『味の形 迫川尚子インタビュー』などを発行するマイクロ出版社「ferment books」の編集者で、ベトナム大好きのアジア料理フリーク。ただいま発酵食品についての書籍を製作中。3ヶ月に一度開催されるECODA HEMでのイベント「ろじものや」では「発酵書店」としてポップアップ書店も展開している。

過去記事も読む

トップに戻る