つけ麺やうなぎまで!病院食が進化しすぎて患者さんも語る「生きててよかった」

長年「味が薄い」「量が少ない」と言われてきた「病院食」。しかし最近では、あっと驚くメニューが提供されるなど、日々進化を続けているのだとか? そんな病院食の正体を、辰井裕紀さんが解き明かします。

 

人生において、食はあまりにも大事だ。

 

食べることは、数少ない「確実に生きる喜びを得られるもの」だから。ツラくても、恋人がいなくとも。ウマいメシがそこにあれば、かすかな希望になってくれる。

 

そんな食事において、究極の存在が病院食。病に苦しみ、満足に出歩けない。逆境に置かれた心と体を癒やしてくれる、とっておきの存在なはず。

 

健康に配慮するあまり、「味が薄い」「量が少ない」と長らく言われてきたが、最近では「病院食は意外とおいしい」との話を身近で聞く。

 

そんな病院食が気になってインターネットで検索するものの、「病院食」についての記事はなかなか見つからない。気になるし、病院食についてまるで知らないのは、これから人生の後半を迎える身としてはダメなんじゃないか。

 

そこで。東京都清瀬市にある、国立病院機構 東京病院 栄養管理室の主任栄養士・島村晃子さんに、ベールに包まれた病院食の正体を教えていただいた。

 

▲主任栄養士の島村さん

 

昔と変わった病院食

島村:これが今日のお昼です。

 

 

──おお、カレーライス!?

 

島村:いえ、ハヤシライスです。

 

▲「物足りなさや水っぽさもない」と評判のハヤシライス

 

──こんなハイカロリーそうなものが……! 意外と、具材が多いですね。食感のよさそうなマッシュルームに、飾りのグリーンピースも楽しい。

 

島村:ええ、定番メニューで好評です。毎食野菜などの小皿も付きますし、朝は牛乳など、昼か夜には果物が出ますよ。

 

▲酢漬けのサラダでさっぱり、食後もパイナップルでさっぱりと

 

──果物の多くは値が張りますから、入院してやっと食べられた人も多いかもしれませんね。ちなみにカレーもありますか?

 

島村:ポークカレー、チキンカレーに、キーマカレーもあります。

 

──おお! 病院食というと、「冷たい」とか「量が少ない」とかのイメージでしたが、もしかしたら昔と変わってきましたか?

 

島村:ええ。今は病院食でも温かいものは温かく、冷たいものは冷たくと、温度管理を徹底しています。メニューの種類も多いので、満足度は上がってきているかなと思いますね。

 

▲2022年5月前半のメニュー(常食)。毎食違うメニューで飽きさせない(画像提供:国立病院機構 東京病院)

 

──どうやって患者さんのニーズに応えるんですか?

 

島村:年に何回か、アンケートを行い患者さんの声を聞きます。ごはんの硬さから、おいしかった食事、病院食で食べたいもの、いただいた意見をもとにちょっとずつメニューを変えていますよ。

 

──え、メニュー開発から行っているんですか?

 

島村:調理師さんとタッグを組んで、日々相談しながらメニューを作りますね。麺類、カレー、煮物など、評判のいいメニューは登場回数が増えます。

 

──マリトッツォも……?

 

島村:それはなかなか出せませんが、食べられる状況に応じて、特別メニュー(選択食)を実施します。朝は毎日パンかご飯の料理を選択でき、夕食は週2回、普段の献立では出ないメニューを選べますよ。

 

▲朝ごはんでパンを選択した場合のメニュー例(画像提供:国立病院機構 東京病院)

 

──練られていますね。

 

島村:それでも味が薄い、量が少ないとご意見をいただくこともありますが、限られた原価や条件で栄養バランスも整えているので、「これが病院で出るとは」と言ってくださる方もいます。

 

──「やれることはやった」という努力を受け止めてくれたと。

 

島村:「普段、どれだけ濃いごはんを食べていたかを考えさせられました。ありがとう」と言ってくださる方もいて。

 

▲夕食で週2回出る特別メニュー(選択食)の献立例(画像提供:国立病院機構 東京病院)

 

工夫しだいで「天ぷらうどん」だって出せる

▲異物の混入や乾燥を防ぐためにフタをする

 

──ちなみに、明日は「うどん」が出る予定だそうですが、つゆは塩分過多では?

 

島村:つゆまで飲むのは推奨はできませんが、つゆの塩分も計算して献立を作成しています。

 

──おお。本来うどんのつゆって、塩分の塊みたいなものじゃないですか。

 

島村:昆布でだしを取ることでうま味を十分に引き出して、塩分を控え目にしているので。おいしいと評判です。

 

──昆布だし、偉大ですね。

 

 

島村:ただし、大盛りメニューやカツカレーなどを出すことは、やはり病院では難しいです。

 

──某天丼店の、全部のせ天丼を出すのは難しいわけですね。

 

島村:ええ。ただ、量や組み合わせによって、天ぷらうどんだって出せますよ。

 

──立ち食いそば好きにはうれしいですけど、栄養が偏りませんか?

 

島村:小鉢で野菜料理や果物を食べてもらえれば大丈夫です。山盛りの天ぷらとは違う意味で満足感がありますよ。

 

──ある意味でぜいたくだ。

 

島村:外食だと、野菜が少なくなりがちですから。

 

──野菜ってちょっと高いですもんね。サラダだとすぐ200円超えますし。材料費はどう抑えていますか?

 

島村:旬の食材を使えば価格も抑えられます。同じ食材でも切り方を変えたり、料理方法を日によって変えたりと、工夫しています。

 

 

病院食で「つけ麺」が出た

──さらにチャレンジングなメニューはありますか。

 

島村:夕食のメニューを週に2回選択できるんですけれども、その中につけ麺があります。

 

▲俺たちの主食「つけ麺」がまさかの病院食に(画像提供:国立病院機構 東京病院)

 

──まさか、すごい! 

 

島村:やっぱり麺って、伸びてしまうなどの問題があり、病院の環境で出すのは難しいんです。でも、調理師さんもすごい工夫をしてくださって。

 

──どうやって出したんですか?

 

島村:配膳時間に合わせて、ギリギリのタイミングで麺が茹で上がるよう調整してくれたんです。しかも、食べるときにちょうどよくなるよう、硬めに茹でてくれました。

 

──つけ汁も気になりますね。

 

島村:魚介ベースのスープをかつおだしで割って。麺の量はそれなりでも、味玉やチャーシューものせて、満足感が得られるようにします。

 

──「大盛りよりもトッピングを増やせ」は、店でつけ麺を頼むうえでも勉強になりますね。

 

島村:「ラーメン食べたい」との意見も聞くので、なんとか出せないか検討していますよ。

 

▲入院中につけ麺が味わえる喜び。栄養満点の小皿が脇を固める(画像提供:国立病院機構 東京病院)

 

──ほかにはありますか?

 

島村:同じ選択メニューだと、ビビンバとかチーズがのったハンバーグも出しました。

 

──某ファミレス気分ですね。

 

島村:あとはチャーハンと餃子のセット。

 

──中華料理のゴールデンコンビだ!

 

島村:ただ、まず量は気にします。餃子は3つだけですね。

 

──そこは病院食なんですね。しょうゆもやっぱり減塩ですか?

 

島村:基本はふつうのしょうゆです。塩分制限の方は減塩しょうゆを使いますけれども。

 

──それはうれしいな、みんな味が薄いのかと思ってた。

 

行事食は「うなぎ」も出るぞ

▲ひなまつりの食事は華やか。小袋で「ひなあられ」も付くぞ(画像提供:国立病院機構 東京病院)

 

──長く入院していると、気が滅入ってしまう方もいるのでは?

 

島村:病室の窓からしか景色を見られないので、季節の変化を感じにくいと思います。なので、東京病院では行事食に力を入れていて。

 

──どんなものですか。

 

島村:たとえば「こどもの日」は柏餅を出します。とはいえ食べられない方もいらっしゃるので、低カロリーの水羊羹や、のみ込みやすいおやつも用意しますね。

 

──みんな何かしらを食べられるんですね。

 

島村:あとは「行事カード」を実習生さんに作ってもらって、食事と一緒にお出ししていますよ。

 

 

──行事ごとに一枚付くんですね。集めたくなる!

 

島村:カードを取っておいてくださる方もいます。

 

──数少ない入院中の楽しみになりそうですね。

 

島村:家族と過ごすのを楽しみにしていた行事の場合は、入院中にその日を迎えると落ち込んでしまう方も多くて。立派なものじゃなくても、行事食として少しでも楽しんでいただければ。

 

──慰みになると。

 

島村:お正月におせち料理みたいなものをカードと一緒に出したときは「もう涙が出るほどうれしい」って言ってくださった方もいて。

 

──いいな。クリスマスはケーキ、出ますか?

 

島村:出ますよ! かわいい箱に入った、小さなケーキですけどね。

 

▲右上には箱に入ったケーキ。メッセージカードもある(画像提供:国立病院機構 東京病院)

 

──土用の丑の日には……もしかして?

 

島村:本当に丑の日限定で、うなぎを出します。

 

▲まさかのうなぎの蒲焼きが登場。山椒付きでいただける(画像提供:国立病院機構 東京病院)

 

──すごい! うなぎってめちゃくちゃ高騰していますよね。どうやって出していますか。

 

島村:購入努力に加え、提供方法を工夫しています。

 

▲食べ物をのみ込みにくい患者さん用にもうなぎが。常食から行事食まで「嚥下食」を作ってサポートする(画像提供:国立病院機構 東京病院)

 

──粘り勝ちですね。……あとバレンタインデー、何歳になっても気にします。「義理チョコでももらいたい」って。やっぱりチョコが出ますか?

 

島村:ええ。ただ、そのままだとのみ込みにくい方もいるので、チョコレートムースでみなさんにお出ししました。

 

食欲のない人にはお茶漬けやざるそばも

──病院だと、食欲がない方も多いと聞きます。たとえば、どんな病気の方が多いのでしょう。

 

島村:抗がん剤治療をしている方などでしょうか。

 

──そういった方に、どんな食事を出しますか。

 

島村:さっぱりしていたり、のどごしが良かったり。麺類や片方の手でも食べやすい食事を提供しています。

 

──たしかに、食欲がなくてもざるそばとかなら手が伸びますし、片手で食べられるものは比較的ラクですよね。

 

島村:ほかには、お茶漬けやプリンも出していますね。お茶漬けはサラサラとしていてごはんが食べやすくなりますから。

 

──お茶漬け用のお茶やプリンも自家製ですか?

 

島村:いえいえ、既製品を出します。衛生的にも管理しやすいので。

 

▲のみ込む力が弱い人も楽しめるゼリー食。市販のプリンも出る(画像提供:国立病院機構 東京病院)

 

──なるほど!

 

島村:あと、栄養補助食品や栄養が強化されたゼリーにも、既製品を使いますね。甘いものからさっぱりしたものまでそろえており、患者さんに合わせて出します。

 

──私も少し介護をやっていたんですけど、麦茶のゼリーだと食べてくれない人も、某超有名スポーツドリンクのゼリーだと食べてくれましたね。

 

島村:そうそう! あと、練り梅をつけた途端におかゆが食べられるようになって、おかずまで食べられるようになった方もいます。退院するときに、「本当にありがとう」と言ってくださいました。

 

緩和ケア病棟を支えるメシ

──治療の難しい患者さんを支える、緩和ケアの担当に昨年からなられたそうですが、難しい状況の患者さんに対して、どんな思いでメニューを作られていますか。

 

島村:食事のことだけでなはく、今どれだけつらいのか、病気のこととかを話してくださる方が多くて。
それも緩和ケア担当の役割だと思いますし、食事の時間がそんな不安や痛みを少しでも和らげられたらと思います。

 

▲緩和ケア病棟では行事食がとくに華やか。食べて病気に耐える(画像提供:国立病院機構 東京病院) ※2022年6月現在はコロナ禍にて休止中

 

──メニューは、「緩和ケア病棟用」みたいなものもあるんですか。

 

島村:いえ、統一されています。そこから患者さんに合わせて量などを調整しますね。

 

──あくまで基本メニューのアレンジなんですね。緩和ケアの患者さんからは「これが食べたい」などの注文はありますか。

 

島村:「これを出して」という要望はそんなになくて。病院食の役割をわかってくださっている患者さんが多数ですね。逆に、本当に食欲が落ちている方も多いので、「何だったら食べられるか」を一緒に探します。

 

 

──そこで聞きたいのが、緩和ケアで、もしかしたらこれが最後の食事になるかもしれないとき。どんな食事を、どう提供しますか。

 

島村:どんな食事を出すかは医師の判断ですしこれが最後の食事だと思って出すわけではないので、最後までやることは同じです。
でも、食べたいとおっしゃっていた冷ややっこをどうにか提供して差し上げて、その後感想を聞こうとしたら、亡くなられていた方もいらっしゃいます。

 

──結果的に、それが最後の一食になったわけですか。

 

島村:いつも何かできることはないか、考えながらやっています。

 

──病院としての限られたリソースで、ベストを尽くすわけですね。日々満足できるものが食べられていれば、結果的にそれが最後になったとしても、本望なのかも……。

 

 

「生きててよかった、飛び跳ねたいくらいうれしかった」

──病院食を提供していてよかったと思うときは、どんなときですか。

 

島村:あるメニューをすごく気に入ってくださって、「本当に生きててよかった! ベッドの上で飛び跳ねたいくらいうれしかった!」と言ってくださったときです。

 

 

──気持ちがこもった言葉ですね。

 

島村:それまで全然食べられていなかった方なんですけど。あとは元気になっていって、血圧やコレステロールなどの数値がよくなっていく過程も見られました。

 

──数字で改善がわかると励まされますね。最後に、そんな病院食は、どんな存在でありたいですか。

 

島村:治療の一環になりますし、退院後の栄養教育の役割にもなると思います。そして、患者さんにとって楽しみであってほしいですね。

 

 

──その楽しさこそが患者さんを救いますね。私も食べることを大事に生きているので。今度は患者としてお目にかかるかも知れません。

 

島村:ホントですか?(笑) そのときは歴戦のプロである調理師さんとともに、お待ちしています。

 

 

tokyo-hp.hosp.go.jp

書いた人:辰井裕紀

辰井裕紀

卓球と競馬とサッポロ一番みそラーメンが好きなライター、番組リサーチャー。過去には『秘密のケンミンSHOW』を7年担当しておりローカルネタが得意。

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