大阪市、福島。駅周辺に様々なジャンルの飲食店がかなり高密度に軒を連ね、いつも多くの人で賑わっている。
美味しいことで有名なラーメン店が何軒もあったり、行列のできるパン屋があったり、予約のなかなか取れないおでん屋があったり、食通に支持されるような店がたくさんある町だ。オフィス街であり、梅田がすぐ近いこともあって食に敏感な人たちが集まって、それにこたえる店がどんどんできて賑やかになっているようなイメージ。
そんなグルメ偏差値高めの福島にあって、本格的なスペイン料理を出すバールとして人気を集めているのが「BANDA(バンダ)」である。「BANDA」がオープンしたのは2011年の5月。それ以来、福島に2店舗、北新地に1店舗の姉妹店を増やしていることからもその評判ぶりがうかがえる。
その「BANDA」に頻繁に飲みに行っている友人から、「BANDA」のオーナーに関する話を聞いた。なんでもそのオーナーは「オークションで消防車を落札し、その消防車を改造してパエリアを焼いてまわっている」というのだ。……どういうことだ。
直接話を伺ってその真意を確かめたくなり、福島へと足を運んだ。
ロボコン校から料理人の道へ
こちらが「BANDA」のオーナーであり、他3店舗も運営する株式会社CPCの代表・平野恭誉さん。
平野さんは奈良県出身で、奈良工業高等専門学校に通っていたという。「奈良高専」と称されるこの学校、「ロボコン」の常連出場校で、平野さんもロボットを作ったりプログラミングしたりということを学んでいたらしい。
しかし卒業後、食の世界に興味を覚えて料理専門学校へ。学校を出た後は京都の老舗イタリアンで長らく修行を重ね、料理の楽しみにどっぷりとハマっていった。イタリア料理の世界にも魅力を感じていたが、当時スペインのカタルーニャ州にあった「エル・ブジ」という三ツ星レストランが世界的に注目されており、平野さんもその独創的なメニューについて知れば知るほど刺激を受けたそうだ。
「エル・ブジ」の料理長であるフェラン・アドリアの料理はアイデアに富んでいて、例えば、煮る、焼く、蒸すなどのオーソドックスな料理法とは違った、液体窒素を使った料理を編み出したり、自分のレシピを惜しげもなく公開し、複数の料理人たちとの集合知でメニューを開発していくスタイルを取っていたり、と、どこをとっても画期的なものだった。
スペイン料理に自分がまだ見たことのない世界が広がっているのではないかと考えた平野さんは、26歳の時にスペインに料理修行に行くことを決意。地中海沿岸の都市・バルセロナのレストランでスペイン料理を一から学んだ。
平野さんがバルセロナに行った2007年頃はヨーロッパ全体が好景気で、スペインでも土地、マンションの価格や物価が急激に上昇、マクドナルドのビックマックが一個800円近い状況だったという。
ただ、そのような経済状況だったために、飲食業界は活気を帯びていた。食材を贅沢に使えるし、お客さんもお金を惜しまない、多少高いものでもアイデアがあって美味しければ支持されるという環境で、修行にはもってこいの時期だったという。
▲こちらが「BANDA」の店舗
――平野さんの思うスペイン料理の魅力はどんなものですか?
平野さん(以下敬称略):スペインは新しいものに対してそれを拒絶しないで面白がるんです。スペイン料理にもそういうところが現れていて、新しいアイデアが生まれやすい。特に(バルセロナのある)カタルーニャは変わったものが好きな人たちが多くて、芸術家でいうとダリとかミロとかピカソ、ガウディとか、そういう人たちを生んだ土地なんです。例えばピカソを見た時に「これは今までに無いものだ! 面白い! 天才だね」ってフラットに受け止められるような雰囲気があるんです。働かせてもらっていたお店でも、厨房の中に上下関係がなくて、下っ端でも面白いことを示せれば認められるような感じで、そこが日本と違っているなと思いました。
――新しいものがちゃんと許容されるような文化なんですね。
平野:そうですね。それに食べて飲むにはすごくいいところなんですよ。食べ物も美味しいし、ビールが100円ぐらいですし!
「消防車って買えるんですよ」
帰国後、オリジナリティあふれるスペイン料理を提供する東京の小笠原伯爵邸で修業したり、友人の飲食店をサポートしたりしながら経験を積み、大阪の福島に自分のお店を出したのが2011年。それがこの「BANDA」だ。
店を出す場所として福島を選んだのは、平野さんの行きつけの立ち飲み店が駅前にあり、そこに集う人たちの客層が幅広く、どんな人でもふらっと来られる雰囲気が好きだったからだそう。
「BANDA」の営業時間は15時から、昼下がりから気軽にお酒を飲める店にしたかった。オープン当初は、その時間から営業しているお店は周辺に少なかったが、「BANDA」の影響もあったのだろう、昼営業を始める店が増えてきたとか。
――早い時間帯はどんなお客さんが来ることが多いですか?
平野:本当にいろんな方がいらっしゃいます。おばあちゃんが銭湯帰りに来たり、この辺は病院が多いんで看護師さんが夜勤明けに来るというのも多い。みなさん、めっちゃ飲みますよ(笑)。バールって本来は朝から夜まであいてるものなので、できるだけ営業時間を広くしたかったんですが、無理のない範囲でやろうと思って15時からにしました。
いよいよ、気になっていた消防車のことについて聞いてみる。
――消防車を買って、その車でパエリアを焼いているという噂を聞いたのですが……。
平野:はい。消防車って、買えるんですよ。官公庁がやっているオークションサイトがあるんです。そこで普通に申し込みをすれば入札できる感じで。よく夜中にAMAZONで買い物したりするのが好きで、そういう時って結構酔っていたりして、後日届いてびっくりするみたいな(笑)。
――自分にも似た経験があるんですが、消防車って、かなりスケールが大きいですよね(笑)。
平野:ははは。ある時にふとそのオークションサイトを見ていたら消防車が出品されてたんです。大阪の茨木市が売っていて、距離的にも近いなと。スタートが30万ぐらいから出てたのかな。そのサイトは一人一回だけ入札できて、一番高値をつけた人が競り落とすっていうシステムなんです。で、この消防車が例えば100万円で買えるなら結構安いかなと思ったんですよ。それで入札したら、普通に落札してしまいまして(笑)。
――いやいや、朝になって気づいて「あれ、勢いで買っちゃってるなー」っていうレベルじゃないですよ! 落札したという通知を見て、どう思われたんですか?
平野:めちゃくちゃ動揺しました(笑)。とにかく、店のスタッフにすぐ電話しました。
普通にこの車で消火しようかなと
――普段から消防車が気になっていたりしたんですか?消防車がすごく好きとか。
平野:いや……特にそういうこともないんです(笑)。ただ、なんとなく目に入って、消防車って買えるんだなって思って。でも頭の中の2%ぐらいは、これを買ってキッチンカーにしようかなというのはありましたね。あと、赤色なのでスペインと一緒だなぁとか(笑)。
――それで、実際にキッチンカーに改修してみたと。
平野:というか、もう、そうするしかないですよね(笑)。後戻りできないですし。自家用車にしたら奥さんに怒られますから。ただ、キッチンカーって普通はバンを使うんですよ。それだとやりやすいんですけど、消防車ですから、不都合が多くて大変でした。あれこれ探して、キッチンカー専門の業者さんに電話したんですけど、びっくりされましたね。
――消防車をキッチンカーにするケースってなかなかなさそうですもんね。そもそも火を消すために存在するのに、(料理で)火を起こしてどうするんだという。
平野:でも業者さんも面白がってくれて。ただ、ものすごい時間かかりましたね。構造が特殊ですから。
――もともとはポンプ車だったんですか?
平野:そうです。元ポンプ車。一瞬、普通にこの車で消火しようかなと思ったんですけどね(笑)。一番無駄がないですから。ただ、それ以前から「BANDA」ではグルメイベントに出店していて、ずっとテントを設営して出店をしていたんですね。でもそれだと露店営業という扱いになるのでお米が使えなかったんですよ。地域によって条例が違うんですけど、大阪ではテント出店だとダメで。つまりパエリアが作れない。だからその点では、キッチンカーができてようやくパエリアを作れるようになってよかったです。
本当に元消防車だった
実際にその消防車を見せてもらうことにした。近くの駐車場に停めてあるという。
平野:これです。
――大きいですね! 運転は普通にできるものなんですか?
平野:もちろんできますよ。前に3名と後ろに3名、合計6名乗れます。イベントに出店する時はギュウギュウに乗っていきますよ。
――これは目立つなぁー!
平野:イベントに出ると結構ワーッと盛り上がります。お子さんが興味を示してくれますね。子どもにとってこういう特殊車両はヒーローみたいなもんなので。
――あ、本当だ、ホースがついている。
平野:他にもいろいろ計器類が残っていて、どのスイッチがなんなのか分からないんですけど(笑)。
――見れば見るほど確かに消防車です。
平野:こういうところが開いて、収納に使えたりするんですよ。
平野:今は荷物が入ってますけど、出店する時はこの中に入って調理します。まぁ中は暑いんですけどね。
平野:あと、あそこにスピーカーがありますよね? 車内にマイクが付いていて、それを使ってスピーカーから声を出せるんで、イベントでは「今、パエリアが焼き上がりました!」とか言ってます。
――まさかこのスピーカーも、パエリアの焼き上がりを知らせる役目を担うとは思ってもいなかったでしょう。
乗ってみて分かる意外な「快適度」
平野:もしよければ乗ってみますか?
――え! いいんですか、ありがとうございます!
というわけで、
乗ってみることに。
――感動しました。運転席に座ってみるとすごく高さを感じますね。
平野:そう。ちょっと見下ろす感じになるんです。運転するとなかなか気持ちいいんですよ。
――運転席にも謎のボタンがいっぱいついていて、改めて普通の車じゃないなと思いました。
被災地にも駆けつける
――年にどれぐらいのペースでこの消防車でイベントへ出動……いや出店しているんですか?
平野:年間30回ぐらいですね。大阪が多いですけど、去年は金沢や愛媛に行ったりもしました。
――去年、豪雨の被害をうけた広島の方へもこの車で炊き出しに行ったと聞きました。
平野:はい。「BANDA」の元スタッフが広島の出身で、豪雨の時に三原市の本郷町という町の復興支援をしていたんですね。それで「よかったらパエリアを焼きに来てください」っていう要請があったもので「この車でよければもちろん行きます」と。そこで、パエリアをふるまわせてもらって。みなさん、驚かれたかもしれないですね消防車が来てパエリアっていうのは。
――実際に現地での反応はいかがでしたか!?
平野:その広島の時に限らず、「パエリアを食べたことがない」っていう方がまだまだ世の中に多くて、食べてみて「こういう味だったんだ!美味しいね」と喜んでもらうことが多いんです。「赤いから辛そうだと思っていた」とか、まだまだ認知されてないんです。なのでお店以外のところでパエリアを作って食べてもらうっていうのはやりがいがあってこちらも楽しいです。
イベント時の実際の模様を記録した写真を見せてもらった。
こちらは以前、大阪の食イベントに参加したときの様子。
――すごい大きな鍋で焼くんですね!
平野:お店だと小さめの鍋しか使えないので一度に3人前ぐらいがせいぜいなんですけど、イベントの時は90cmのパエリアパンを出していて、一度に25人前ぐらい作れるんです。イベントにもよりますが。パエリア以外にも、イベリコ豚をステーキにしたものとかホットドッグなどを販売しています。
――こうしてお話を伺うと、消防車、買ってよかったですね。
平野:そうなんです……かね。淀川大橋の真ん中で動かなくなったりとか、結構頻繁に修理しないといけないんです。特別なお店で直さないといけないし、面倒ですけどね(笑)。でもまあ、よかったんでしょうね。消防車を買って学んだのが、ワンクリックって本当に怖い(笑)。運命が変わりますから。
パエリア&タパスでワインがとまらない
再びお店に戻り、名物のパエリアを実際にいただいた。
パエリアメニューには最もシンプルな「アロス・ア・バンダ」から「渡り蟹とカラスミ」、「イベリコ豚のパエリア」などいくつもの種類が用意されている。
他に、旬の食材を使った限定パエリアも人気だとか(取材時は「牡蠣づくしのパエリア」だった)。今回いただいたのは「海の幸のパエリア(2人前1800円)」。
魚介ダシの旨みがこれでもかとお米に染み込んでいる。お米はアルデンテに仕上げてあり、プツッとした食感がいい。
パエリアと一口に言っても地域によってはお粥のようにトロトロに煮込まれたものもあるとか。「BANDA」で提供されるパエリアは平野さんがバルセロナで修業していた時に身につけたそのままの味だという
その他、「スペイン風オムレツ(280円)」に特製のガーリックマヨネーズをつけて食べたり、
「生ハムクリームコロッケ(2個280円)」のホワイトソースの風味に赤ワインを合わせたり、
大ぶりの牡蠣がたっぷり入った「牡蠣と白菜のクリーム煮(780円)」の美味しさにうなったりと幸福な時間を過ごした。
福島には「BANDA」の他に、自然食品や有機野菜にこだわった「GREENS」、子ども連れでの利用のしやすさを追求した「3BEBES(トレスベベス)」の2つの姉妹店があり、それぞれに特徴的なコンセプトを打ち出している。
「3BEBES(トレスベベス)」は、平野さん自身にお子さんが生まれ、福島周辺に子どもを連れて食べにいける場所があまりないことを感じて、立ち上げたお店とのこと。
平野:それまでは奥さんと二人で居酒屋によく行ってたんですけど、子どもができるとそうはいかなくなって、郊外のファミレスや回転寿司ばかり行くようになりました。そこで子どもと一緒に来れるようなお店をと。2階建ての大きめの物件で80名入れます。席は部屋ごとに分かれていてフラットな座敷にしてあります。子どもがいるとお座敷がすごく楽なんですよ。
19時まではハッピーアワーでお得に食事ができるため、ママ友会などに利用されることが多いそうだ。また、北新地にあるスペインバー「BOHEMIAN BOHEMIAN」は、地下へと続く長い階段が気に入って物件を決めたのだとか。
平野:不安になるぐらい長い階段なんですよ。ここを変わり者が集まる場所にできたらなと。僕は「マイノリティーが地球を動かしている」って思っていて、それが店のコンセプトです。何かの間違いで迷い込むように来てもらえたら嬉しいです(笑)。
そう語る平野さんも、消防車を買ってパエリアを焼いて回っているんだからなかなかの変わり者だ。気鋭の芸術家たちを生み育んだスペインのカタルーニャがすごく性にあったというのも納得である。そしてこの福島の「BANDA」にも、どんな人でも柔軟に面白がって受け入れてくれるような風通しのよさを感じ、私はいつまでもワインを飲み続けてしまうのだった。
※BANDAのキッチンカーの出動情報については、以下の公式サイトにリンクされているブログや公式Facebookページをご確認ください!
店舗情報
BANDA
住所:大阪府大阪市福島区福島7-8-6
電話:06-7651-2252
営業時間:15:00~24:00
定休日:日曜日
書いた人:スズキナオ
1979年生まれ、東京育ち大阪在住のフリーライター。安い居酒屋とラーメンが大好きです。exciteやサイゾーなどのWEBサイトや週刊誌でB級グルメや街歩きのコラムを書いています。人力テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーでもあり、大阪中津にあるミニコミショップ「シカク」の店番もしており、パリッコさんとの酒ユニット「酒の穴」のメンバーでもあります。色々もがいています。