食べられなくなったあなたの代わりに私が食べる~トンカツ~

人は年を重ねるととんかつが食べられなくなるらしい。寂しい。今回はいつかくるエックス・デイにあらがうかのように、とんかつを食べられなくなった人の前でとんかつをバクバク食べてみます。きっと何か変わるはず。

人は年を取るにつれて脂っこいものが食べられなくなるという。

いやいや、脂っこいものこそおいしいだろう、と思うのだが、胃が受け付けなくなるらしい。

え、じゃあ代わりにそのとんかつ、もらってもいいですか? というのが今回の企画です。代わりに食べます。

▲この記事を書くことになりました、ライターの江ノ島です。食べることが好きです

 

▲今回協力してもらったのは、とんかつが食べられなくなったという西尾さん46歳(写真左)。「肉よりも魚、魚よりも野菜がおいしく感じるようになってきた」とのこと。都内の企業で人事の仕事をしている。持っているのはキャベツ。千切り用です

 

江ノ島:いつぐらいから食べられなくなりました?

西尾:40歳過ぎてからですね。昔はお腹がいつも減っていたから、ご飯に行った後に牛丼を食べていたりもしました。飲み会後のラーメンとか、普通に行っていたのにな。今はもう考えられない。

西尾:会社の若手グループなんかが、お昼に二郎系のラーメンに行っているのを見ると「君ら昼から仕事する気ないやろ!」と思いつつ……むしろ、うらやましいですね。

江ノ島:「たくさん食べたい」とか思うことはないですか?

西尾:あの、食べたいんですけど、その後にくる胃もたれを想像するとやっぱりすごく苦しい。
ほんとに、朝から食べるものにも気をつかいます。食べることはコンディションづくりですね。体を正常にするために食べるって感じです。別に小食ではないんですよ。炭水化物とかも食べますし。

江ノ島:チャーハン1キロとか。

西尾:それはあり得ません。

江ノ島:ぼく、食べるんですよ。

 

 

西尾:羨ましくはないけど、負けたような気がします。

江ノ島:ありがとうございます。「最近食べられなくなったもの」って何かありますか?

西尾:揚げ物全般……特にとんかつはもう、自分から食べに行くことはないですね。

江ノ島:かわいそう……。

 

そんな西尾さんがとんかつを食べたくなるように、私がおいしそうにとんかつを食べてみせようと思う。なんだその間違った方法。

 

▲ロース、ヒレの2種類を用意

 

今回食べるのは鹿児島県にある黒豚専門店「黒かつ亭」さんのとんかつだ。鹿児島市内や鹿児島中央駅周辺に展開するチェーン店で、東京駅構内にも店舗が存在する。そんなとんかつを取り寄せてみた。

一般的に、ロースは甘みのある脂身が多く、ヒレは赤身が多いためにさっぱりとしている。今回は脂身という言葉に心がうきうきしたのでロースを揚げよう。

 

▲菜箸を油に入れて、泡がふつふつ出てきたら揚げ頃(170℃前後)。揚げる前に「これっていつ頃入れたらいいんですかね?」と話し合いになった

 

あと余談だが、料理する場所がメシ通編集部の人の家だ。人の家で料理の撮影をすることってあるんだ。

 

▲西尾さんは撮影をしてくれた、メシ通編集部の人の先輩だ。めちゃくちゃ後輩の家にある本を見ている。新しい形の人事評価か?

 

西尾さんが本を読みながらも、とんかつの色はだんだんときつね色になってくる。実は揚げ物をした経験が数えるほどしかない。しかも、今日初めて会った人が食べるかもしれないのだ。これ、何か失敗したら空気が震えるほど怒られるのではないか。そんな不安の中、揚げるとんかつ、ドキドキが止まらない。

 

▲そんな不安を感じている中、会社の人たちで談笑をしていた。話が盛り上がるほどにとんかつは揚がっていく。輪に入れてほしい

 

▲8分ほど揚げるときれいなきつね色になった。部屋にはおいしそうな匂いが漂う。この匂いにソースをかけて食べたい。白飯2杯いける

 

▲もうできますよ

 

▲できた。これが黒豚とんかつ

 

きれいに揚がったとんかつからはおいしそうな脂の匂いがする。ご飯を、おれにご飯をください。
炊飯器を開けると炊き上がったお米から甘い香りがする。お米の炊き上がった匂いっていいよな。お米のアロマ、色んな定食屋で炊いてほしい。

 

▲初対面の人の家でご飯をよそう。貴重な体験をしている

 

▲できた。とんかつ定食だ

 

完成したとんかつ定食。お腹がすき過ぎて早く食べたい。「もう我慢できない」ととんかつに箸を伸ばしたとき気付く。ソースがない。

家主で編集部の人に「すみません、ソースないですか?」と聞くが、「あったかなー」と台所を探している。

早く! とんかつが冷めてしまう!

 

▲人のうちの冷蔵庫を開けるという貴重な体験をした

 

▲ウインナーしかない。どうする、ゆでるか?(ゆでない)

 

▲でも、よく見たら注文したとんかつの中にソースが入っていた。よかった

 

ようやくこれで食べられる。いただきます。

 

▲とんかつを食べて、

 

▲おいしさをかみしめてから、

 

▲ご飯を食べる

 

 

最高……!

 

ソースを吸ったカリッとした衣。肉汁がこぼれ、脂身からは甘さとうま味があふれでてくる。ありがとう、とんかつ。こんなおいしくていいのか。

 

▲「食べちゃっていいですか?」と言いながらもほぼ半分が口の中に入っていた

 

既にとんかつのおいしさを存分に堪能しているが、もっと堪能したい。そう思って買ってきた調味料がある。

 

▲マヨネーズである

 

▲こうしてやったさ

 

 

▲うま過ぎて老けた

 

こんなにもおいしいとんかつがいつか食べられなくなるなんて、考えられない。80歳になってもとんかつ定食を頼みたいし、3切れぐらい食べたところでご飯をおかわりしたい。

どうだろう、西尾さん、食べたくなっただろうか。

 

▲西尾「食べたい……のか? 食べて大丈夫……なのか?」

 

西尾:正直、食べたい気持ちがちょっとあるんですけど、明日の胃もたれが怖い……。

江ノ島:じゃあこうしましょう、さっぱりしているヒレを揚げましょう! ぼくもっと食べたいので!!!!

 

▲強引に理由をつけてヒレカツを揚げた

 

ちょっとでも食べたいと思ったときが食べ頃である。だからロースよりはさっぱりしているヒレを揚げることにした。西尾さんの顔を見たとき「部位を変えればいいとかそういう問題じゃない」という顔をしていたが見ていないフリをした。

 

▲2切れだけ食べてみたいとのことなので、西尾さん用に盛り付ける。白い皿に映える。インスタ映えだ。インスタ映えか? ちょっと揚げ過ぎちゃった

 

西尾:食べられるかなー。

 

▲悩むが、

 

▲ひとくち食べる

 

 

 

 

 

……おいしいわー

 

おいしそうに食べている姿を見ているとお腹がすいてきた。いいな、とんかつ。自分にも食べさせてほしい。

 

▲おいしそうに食べる西尾さんを見て、

 

▲自分もソースカツ丼にして食べることにした

 

ソースカツ丼である。キャベツのシャキシャキ感とお肉のジューシーさ、ソースの魅力的な味と一緒に心持ち急いで米をかっこむ。

 

▲カツ丼は戦いだ

 

▲んふぅ~~

 

 

西尾:若い頃は多分、ひとくち食べたらすぐに次にって感じだったんでしょうけど、年を重ねるにつれて、ひとくち食べたらひと息置いてからまた食べて、というリズムになってきました。
おいしいけど、量を食べられない。だからキャベツを食べて、麦茶を飲んでさっぱりさせて、また食べるってくらいのリズムが心地よいですね。

 

▲西尾「………………」

 

西尾キャベツをおいしくいただくためにとんかつを食べているのかもしれない……。

 

▲そんな話を聞きながらとんかつを食べていた

 

食べ終わった後、腹ごなしのために散歩をすることにした。西尾さんは「これ以上食べたらダメだった」という。

 

▲夜風に当たりながら年を取ることについて話す

 

西尾:若いときは野菜よりも肉をたくさん食べたいと思っていたけど、だんだんと野菜が好きになってきましたね。そして、量がたくさんあることにうれしさを感じなくなってきました。

江ノ島:無料で大盛りとかされたらうれしくないですか?

西尾:量よりも質になりました。たくさん食べると体がしんどい。

 

 

西尾:子どもの頃に、父が肉が食べられないようになったということの意味が分かんなかったんですけど、今なら分かります。自分もその世代に差しかかってきたんだな……。

江ノ島:いつか自分も、そうなるんですかね。

西尾:なるかもしれませんね。

江ノ島:じゃあ、ラーメン食べに行きますか?

西尾:話聴いてました?

 

 

                                (おわり)

 

【今回の記事で食べたお取り寄せとんかつ】

kurokatutei.shop-pro.jp

 

書いた人:江ノ島茂道

1988年神奈川県生まれ。普通の会社員。デイリーポータルZを中心に活躍し、食べ物ネタを中心に食べっぷりを披露する記事が多い。好きな食べ物はカレーとチャーハンと薄皮クリームパン。

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