3月に『メシ通』でインタビュー記事を公開した15歳のコーヒー焙煎士、岩野響さん。
記事の公開後には、読者のみなさんから大きな反響をいただいた。
今回は、岩野さんの焙煎室「ホライズンラボ」を訪問。
焙煎作業の一部始終を見せていただき、岩野さんのコーヒー、HORIZON-COFFEEが出来上がるまでを取材することになった。
16歳になった岩野さんのコーヒーのおいしさの秘密、そして、そのこれからに迫る。
「ホライズンラボ」は風光明媚(めいび)な丘の上にあった
「ホライズンラボ」は、岩野さんが生まれ育った群馬県桐生市にある。
JRの桐生駅から徒歩で10分ほど。
市街地を抜け、小高い丘の登り坂を上がると、コーヒーのいい香りが漂ってくる。
「ホライズンラボ」のテラスからは桐生市街を一望できる。
周囲は木々に囲まれた、静かで落ち着いた場所だ。
春は桜、秋には紅葉が楽しめるという。
※取材は桜が咲く前の3月22日でした
出迎えてくれた岩野さん。
隣にあるのは愛用の焙煎機。
フジローヤル製のビンテージもので、高崎のコーヒー店から使っていないものをいただいたそう。本来は直火式ドラムだったものを、半熱風式にカスタマイズした特製品だ。
今日はここで、岩野さんの焙煎作業を見せていただくわけだ。
楽しみ、楽しみ。
焙煎とはどんな作業なのか
到着して早々、焙煎作業に取り掛かっていただいた。
岩野さんの場合、1度に焙煎する豆の量は5キロほど。
かかる時間はおよそ50分前後。
豆の状態や焙煎機のコンディションで多少時間は変わってくる。
基本的に、焙煎機につきっきりの作業だ。
まずは豆の用意から。
本日の豆はコロンビア産。
コーヒー豆が入った袋からザルに豆を移し、豆の状態をチェックする。
最初に、傷んだ豆やカビた豆がないか確認してより分けます。そうしないと味が悪くなりますから。
選別が終わった豆を焙煎機に投入する。
岩野さんがメインで使っている焙煎機の場合、1回でおよそ5キロの豆が焙煎できる。
豆をならして準備完了。
焙煎中の豆の状態は、焙煎機の下にある小窓と確認用の取っ手を抜いて確認する。
毎日使っているので、焙煎機の調子が悪くなることがあるため、最初の回転で調整します。
焙煎機に火を入れて、いよいよ作業の開始。
この状態で、豆の具合を確認しながら様子を見る。
最初は白みがかった緑っぽい色が、だんだん黄色くなってきて、茶色いコーヒー豆っぽい色に変わっていくんです。
焙煎機から豆を出して状態を確認する岩野さん。
香りと見た目、皮膚に当たる蒸気の強さや温度感、豆から聞こえる音を確認しながら焙煎していきます。
白みがかった緑色から茶色に豆の色が変わってきた。
焙煎機に張り付いての作業の間、いったい何を考えているのかが気になった。
無心でひたすら豆に集中しているようにも見える。
何も考えていないわけではないんですよ。コーヒー豆と対等な立場で会話をする感覚でやっています。どうすればコーヒー自体が心地よく焙煎されるのか、豆と話しながら確認していくような作業。そういう気持ちでやらないと全然おいしくなくなっちゃうんですよ。なんというか、嫌な味になってしまうんです。
火を入れてから10分ほどが経過。
今、豆がパチパチ言ってるんですけれど、これがいわゆる「ひとはぜ」って言うんです。
だんだんと回転が早くなってきているように見える。
「ひとはぜ」が終わると、豆の水分が抜けて軽くなる。それで速く回っているように見えます。速度は変わりません。
焙煎機の熱で作業場の中の温度が上がる。
冬は暖かいけれど、夏は暑くて大変そうだ。
強い日差しが入ってくるので、去年の夏はすごく暑かったです。作業に没頭して水を飲み忘れちゃったりすることもあるんですよ。さすがに倒れたことはないですけれど。
時間の経過とともにチェックの頻度が増す。
焙煎機から豆を取り出して何度も状態を確認する岩野さんは、16歳の少年の顔ではなく、職人の顔だ。
焙煎が進むと味や香りの変化が激しくなってくるので、こまめに見てあげないと。その日その日の焙煎機の調子も違いますし、なんて言うんでしょう、豆の「表情」も違うから、その時々の調子に合わせてあげないと、おいしいコーヒーができないんです。
焙煎開始から15分ほど。
豆の色がコーヒー豆らしい茶色に変化している。
ふたはぜめが始まったところで、ガスの圧力を調整して弱火に落とす。
そして、タイミングを計って火を止める。
火を止めることによって多少変化が鈍るんですよ。ここからは余熱で進めます。余熱を使うことで味に微妙な変化をつけるんです。そのあとに冷却します。
岩野さんが焙煎機から取り出した豆の色は、深い茶色に変わっていた。
余熱での焙煎が終わったら、焙煎機の下の口を開いて冷却用のかくはん機に豆を移す。
あとは、状態を確認しながら豆が冷めるのを待つわけだ。
かくはん機の中で音を立てて回るコーヒー豆はつやつやとして艶かしい。
焙煎開始から25分ほど。当初聞いていたよりも、やや短かめの時間で終わった。
僕の場合、豆の状態や焙煎機の調子を見ながら調整を加えているので、時間や温度計というのはあまり当てにしていないんです。数値に頼るのでなく、香りや色や蒸気の出かたといった、その時々に豆から直接感じるものに重きを置いて焙煎をしている感じです。このことを他の焙煎士の方に言うと、「適当にやってるいるの?」と言われることもあるんですけれど、そういわけでもなくて。やり方が違うだけだと思います。
客観的な数値よりも、これまで培ってきた自分の感覚を信じて、豆と対話をしながら焙煎をする。これが岩野さんのスタイルなんだ。
豆が常温になれば焙煎は終了です。冷却時にも焙煎は進みますし、焙煎が終了した後も豆は少しずつ変化していきます。そこも考えて作業しています。
常温に冷めた豆を別の容器に移す。
完成したHORIZON-COFFEE。
フレッシュで、なんだか不思議な存在感。
岩野さん、お疲れ様でした!
初体験! 焙煎したてのコーヒーの味とは
この豆で、岩野さんがコーヒーを入れてくれる。
焙煎したてのコーヒーを飲むなんて、生まれて初めての経験。
どんなにコーヒー好きの人でも、こんな機会はそうそうない。
いったいどんな味がするんだろう。
「ホライズンラボ」のカウンターに入って豆をひく岩野さん。
使っているのはフジローヤルの「みるっこ」だ。
ネルドリップフィルターにひいた豆を入れ……
沸かしたお湯を適温の80°Cくらいまで落とすために、湯沸かしポットからコーヒーポットへ、コーヒーポットから湯沸かしへ、と何度か移し替える。
こうやってお湯を落ち着かせるんです。
適温になったお湯をネルドリップフィルターに入れたコーヒー豆に注いでいく。
中央から外周に円を描くように、優しくゆっくりと。
実に繊細な作業。
お湯が豆の間に均等に入るよう、平らに平らにという感じで注いでいきます。激しく入れるとムラができてしまうので。
コーヒーの泡が膨らんできた。こんなに膨らんだ状態は見たことがない。
焙煎したてということもあって、コーヒー豆に含まれているガスが膨らむんです。もっと深煎りすると、ここまでは膨らみません。
膨らんでいく様子を見ていると楽しくなってくる。
出来上がったコーヒーは、トロッとして落ち着いた趣きだ。
3人分のコーヒーを、パンからカップに移す。
おのおのの温度が均等になるように、同じ量のコーヒーを何度かに分けて、順番に回すようにカップに注いでいく。
日本茶を入れる際の作法と同じだ。
どうぞ。深煎りをネルで入れたので、ちょっと濃く感じるかもしれません。
入れたてのコーヒーをひとくち、含む。
ガツンとした、強くて厚みのある苦味がやってくる。
焙煎したてだからこその感じです。1週間くらい経つと、この立ち上がりがゆっくりになって、全体的にまろやかになってくるんですよ。
前回の取材でいただいたコーヒーは、焙煎から2日ほど経ったものだと岩野さんに聞いた。
こちらのほうが、最初に来る苦味は強い。
前回のものは、ガツンときた苦味が、ひと呼吸置くとスーっと引いていった。
こちらは苦味が残る感じだ。
焙煎したてのコーヒーは全体的に四角い感じなんです。時間が経つにつれて、良くも悪くも、その角が取れてくるんですよ。
でも、この角が立った感じがすごくいい。
苦味が舌の上にずっといてくれる、言ってみれば「大人」のウマ味。
コーヒーをたしなんでいる感じがすごくする。
焙煎したてのほうが、いわゆる「コーヒー」っぽさはあるかもしれませんね。それも含めて、日が経つごとの変化を楽しんでもらいたいです。
岩野さんのコーヒーを飲んでいて、ふと、昔のことを思い出した。
小学生の頃、親戚の叔父さんに連れて行ってもらった街のコーヒー店。
古ぼけたドアの向こうの別世界。店内に漂うコーヒーとタバコの香り。
ほどよいボリュームで流れるジャズの音。
隅の薄暗い席に座り、僕はシュークリームを、叔父さんは本を開いてコーヒーを。
ひとくちだけ飲ませてもらったその黒い液体は、苦くて酸っぱかった。
子ども心ながら「これが大人の味なのか」と思ったものだ。
僕のコーヒーを飲んでくれた方はよく「懐かしい味がする」と言ってくれます。いわゆる喫茶店のコーヒーに近い感じがするって。
そういえば、岩野さんのコーヒーの原体験は、小学生の頃に通った桐生や高崎の街の喫茶店だった。
そこで感じる積み重なった時間の感じや雰囲気が好きで、お小遣いを握りしめてはコーヒーを飲みに行ったという。
HORIZON-COFFEEのルーツは、古き良き喫茶店のコーヒーにある。
岩野さんのコーヒーを飲むと、妙に気分が落ち着く。
気持ちがフラットになる。
それはありがたいです。そういう時間が生活の中にあるのっていいですよね。落ち着きを感じられるコーヒーを僕は出していきたいと思っています。
もうひとつ、岩野さんのコーヒーは、入れ立てから冷めるまでが緩やかにつながっている感じがする。
コーヒーって、一般的には冷めるのがよくないと思われているんですけれど、冷めることで落ち着いた感じが出るし、少しだけ酸味も出てくるんですよね。そこもコーヒーの楽しめるポイントだと思っているので、冷めてもおいしく飲めるよう、冷めることがマイナスにならないように焙煎しています。
飲み始めから飲み終わるまでの微細な変化を楽しむ。
コーヒーをたしなむということは、まるで、1冊の物語を読むように奥深い。
モナコでの出会い、経験。そして、つかんだチャンス
コーヒーをいただきながら、前回のインタビューのあとの岩野さんについてお話を聞いた。
一番気になっていたのは、初めて訪れたモナコのことだ。
訪問のきっかけは、桐生出身でモナコ在住の知人女性が岩野さんを招いてくれたこと。
目的は、現地の老舗レストランにコーヒーを卸すことだったというが、そこで素敵なハプニングが起きた。
その女性が「せっかくだからやってみない?」と言ってくれて、現地でコーヒーのお茶会をすることが急きょ決まったんです。そのレストランは代々モナコの王室で料理を作っていた由緒ある家系で、お店がモナコ公国の王子様の住居の敷地内にあるんですよ。言ってみれば御所の中にお店がある感じ。
── それはすごい! 反応はどうでした?
向こうはイタリア系のエスプレッソがメインで、ネルでのハンドドリップはほとんどないんです。それもあって「なんだこれは」と。ハンドドリップそのものが初めてで、コーヒーを入れる姿も味も初めてという方が多くて。いい経験になりました。
── そこからさらなるチャンスが飛び込んできたんですね。
今年の夏頃に、モナコのギャラリーで、僕のコーヒーと、父と母が作っている服の展示をさせていただくことが決まりました。
学校に行けなくなった少年が、自分にできることを模索するなかでコーヒーの焙煎を見出してから、およそ2年半。
桐生の実家で「ホライズンラボ」を始めて1年足らずの短期間で、岩野さんはずいぶん遠い場所まで飛躍したのだ。
岩野響さんの新たな旅が始まる
取材時に岩野さんが焙煎したコーヒーは、4月の販売分だ。
毎月異なるテーマで焙煎されるHORIZON-COFFEEの4月のテーマは「新しい旅」。
「ホライズンラボ」を始めてから1年。僕は16歳になりました。自分のこれまでをたどり直して振り返り、これまでの経験を凝縮させた感じが半分。あと半分は、ここからまた新しいスタート切る。4月、5月、1年、10年と進んで行く。そんなイメージです。
岩野さんが生きてきた16年、そして、焙煎士としての1年の総まとめとこれからの決意表明。
岩野さんが見据える水平線の向こうには、どんな鮮やかな景色が待っているのだろうか。
『メシ通』参加イベントでの焙煎豆の販売も
5月1日から5月30日までの期間、東京・渋谷ヒカリエの「d47食堂」にて、岩野さんのコーヒーと岩野さんのご両親が作った洋服の展示イベントが開かれる。
岩野さんはコーヒーだけでなく、これまで撮りためてきた写真も展示する予定だ。
この13日から15日までの3日間は、会場で岩野さん自身がコーヒーのドリップサービスを行う予定とのこと。
この機会に、ぜひ岩野さんのコーヒーを実際に味わいに行ってみるのはいかがだろうか。
また、それに先立つ4月21日、東京・二子玉川の iTSCOM STUDIO & HALL 二子玉川ライズで開催される「webメディアびっくりセール」に、『メシ通』ブースを出展。なんと、ここでも岩野さんの焙煎したHORIZON-COFFEEを数量限定で特別に提供していただく予定だ。
お店情報
HORIZON LABO(ホライズンラボ)
公式サイト:https://www.horizon-labo.com/
通販サイト:毎日が発見ショッピング ホライズンコーヒー