身体づくりにこだわる棚橋弘至選手がいま食べたいものは「ライス1キロのカレーライス」【レスラーめし】

食えたことも、食えなかったこともレスラーをつくる。新弟子時代から現在までの食にまつわる話を、さまざまなレスラーにうかがう連載企画「レスラーめし」。今回は「100年に一人の逸材」新日本プロレスの棚橋弘至選手が登場です!

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プロレス界を変えた「100年に一人の逸材」

格闘技ブームや選手の大量離脱、社長交代など、新日本プロレスのマット内外が混乱した90年代末からゼロ年代初頭。

「新日本プロレス 冬の時代」と言われた時代を支え続け、いまや東京ドームで2DAYS興行を行うまでに復活させた新日本プロレスの顔といえば、まさしく棚橋弘至選手。

 

「ストロングスタイル」を掲げてきたそれまでの新日本プロレスにはなかった、引き締まった筋肉と甘いマスク。

一瞬の機転から逆転技を繰り出すプレースタイルと、コーナーポストから舞い降りる必殺技「ハイフライフロー」の美しさには定評があり、また「愛してま〜す!」というプロレスラーらしからぬマイクパフォーマンスでも会場のファンを盛り上げます。

 

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(写真提供:©︎新日本プロレス)

 

当初は「チャラい」「新日本らしくない」と批判されたものの、積極的に地方へもプロモーションに向かうなどリング内外で新日本プロレス再興に努める姿勢が評価され、ともに道場で腕を磨いた中邑真輔柴田勝頼真壁刀義という同世代のライバルたちと名勝負を重ねていくうちに、昭和プロレスを知らない新しいプロレスファンの心を掴みました。

そしてオカダ・カズチカ内藤哲也飯伏幸太という新たな世代のライバルと闘いを重ね続け、新日本プロレスは新しい黄金期を迎えています。

 

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(写真提供:©︎新日本プロレス)

 

新日本プロレスのIWGPヘビー級王座のベルトを8度巻いており、最多戴冠記録の保持者でもあります。また、その年に活躍したプロレス界の顔を決める「プロレス大賞(東京スポーツ新聞社主催)」の最優秀選手賞は4度の受賞。

プロレス誌以外への出演依頼も多く、インタビューでは気さくでチャーミングな表情を見せることも多い一方で、ストイックなトレーニングと食生活から生み出される引き締まったボディはレスラーとしての魅力も十分。

 

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(写真提供:©︎新日本プロレス)

 

今回は「新日本プロレス公式スマホサイト」とのコラボ掲載。新日本プロレススマホサイト版では棚橋選手の子供時代から大学時代を中心にうかがい、『メシ通』版では新日本プロレス入団からの話をうかがっていきます。

 

初の道場めしに「やべえ、新日本は牛か!」

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──棚橋選手は立命館大学を卒業して新日本プロレスに入門されたわけですが、まずは新弟子としてちゃんこ作りからスタートですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:当時は管理人の太さん(※)がいて、一緒にちゃんこを作ってましたね。ちゃんこにもいろいろな種類があったんです。
豚ちり、豚味噌、湯豆腐、塩鍋、あと入れる肉を豚から鶏に変えたやつとか。全部で7種類以上はあったんで、1週間毎日違うちゃんこで飽きなかったです。いまはそれにトマトちゃんことか、ゴマちゃんこなんかもやってますね。

 

(※)太 武経(ふとり・たけつね)……故人。新日本プロレス野毛道場の元管理人で、新日本プロレスの胃袋を支えた陰の功労者と言われる

 

──それだけあると、毎日ちゃんこでも今日は何が出るか楽しみになりそうですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:他に、いまはないメニューとしては、バター焼きですね。焼き肉なんですけど、大量のバターで焼くんですよ。
やるのは月1回あるかどうかで、これがすっごいおいしくて! 肉屋さんが牛肉を切って持ってきてくれるんですけど、白い発泡スチロールに入れて1人前が2,000円か3,000円くらいしそうな、綺麗なサシが入ってる肉で! バブリーな時期でしたね(笑)。

 

──バター焼きは他選手からも新日本プロレス道場の話題にも出てきましたね。聞くだけでおいしそうです!

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:僕はバター焼きには特に思い出があって。入門テストで合格した日に「合格したテスト生は道場でちゃんこ食ってけ!」って言われたんですけど、僕の時がたまたまバター焼きの日だったんです。
当時まだ大学生で、その頃は『船木誠勝のハイブリッド肉体改造法』を読んでいたから、鶏ささみ肉とかを意識して食べてたんですよね。

 

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──当時のレスラー志望者は、全員影響された『船木誠勝のハイブリッド肉体改造法』の鶏ささみ肉!

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:それがいきなりバター焼きが出てきたから「やべえ、新日本は牛か! やっぱハンパねえな!」と思いましたよね(笑)。

 

──やっぱり儲かってんな! と(笑)。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:帰って大学のやつらに言いましたもん。「パンクラスは鶏だけど、新日本プロレスは牛やぞ! 普段からあんなもん食べてて、やっぱハンパねえ!」って(笑)。

 

──こんなもんがしょっちゅう食えるのか、と。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:その後マトモな会社になって、バター焼きはあまり出なくなったんですけどね(笑)。

 

新日本プロレスに入門した初日に「えらいとこに来たな……」

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これまでのレスラーめし取材で、昔のプロレス道場にありがちな光景としてよく語られるのが、新弟子の体を大きくするために先輩たちからとにかくご飯を食わされる話。

現代の道場では、レスラーは従来のちゃんこも食べつつ、プロテインやサプリメントを併用してバランスのいい体を作り上げていくのがほとんど。実は新日本プロレスの道場を現在のスタイルに変えたのは棚橋選手でした。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:サプリメントやプロテインを定期的に飲むとか、そういう文化を新日本プロレスに持ち込んだのは僕ですね。それまでも飲んでいる人はいたと思いますけど、そんなに頻繁に飲んではいなかったというか、栄養学も含めて新しい価値観を持ち込んだのは僕だと思います。

 

──大学時代から意識してプロテインを摂っていたんですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:道場に入ったらさらに体作りに専念出来るんで、4月に入門した時は90キロでしたけど、デビューした10月には12キロも増えてました。人生でも筋肉量が増えたいちばんの記録なんじゃないかな。

 

──やはりそれは道場での練習漬け+食生活の成果ですか。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:そうですね。しっかりした練習が出来たのと、道場生はデビューまで外出が出来ないからずっと寮にいなくてはいけないんですね。なので練習以外はちゃんこを食っているか、居間でテレビを見ているかのどっちかなんで、暇な時はひたすらちゃんこを食ってました。
やっぱりちゃんこはバランスがいいんですよ。野菜も摂れるし、動物性タンパク質も摂れて、低脂質だし。それにプロテインを足すことで、レスラーの肉体作りという観点での栄養学的にはバッチリですね。

 

──プロテインとの相乗効果もやはり大きいんでしょうね。ちなみに当時はまだ若手レスラーというと先輩から「食え食え」って言われる時代だったと思うんですけど、実際はどんな感じでした?

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:当時はもう、そんな感じはなかったですね。「食え食え」ってのは根性論的なところもあるし、栄養学が完全に抜け落ちてますしね。米ばっかり食べていると体脂肪がついて体重も増えるけど、筋肉はつかない。
筋肉量を増やして見栄えのいい体にするということに関しては、僕はボディビルダーの人を参考にしました。道場でスパーリングをして試合に使える体にしながら、同時進行でボディビルダー的なボディメイクが出来たら、最高にかっこいいじゃん! って思って始めましたね。

 

──それを実際にやり遂げたからすごいですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:ただ寮に入って驚いたのが、当時の新日本プロレスのみんなが使っていた茶碗が全部どんぶりで、普通サイズの茶碗がないんですよ。ラーメンどんぶりのひと回り大きいやつが常備してあって、コップもビールジョッキ。何もかもが大きい!

 

──ご飯一杯の標準がそもそも違う。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:新日本プロレスに入門した日にびびったのが、玄関に靴が置いてあるじゃないですか。僕は27.5センチでまわりに比べたら大きい方だったんですけど、そこにあるのが29センチとか30センチとかばっかりで「えらいとこに来たな……」って思いましたよね(笑)。
それにジョッキとどんぶりでしょ? 「すげえな、ここで頑張ったら体がデカくなるんだろうな」って予感はしましたね。

 

銀座デビューが出来たのは、武藤さんのおかげ

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その後タッグパートナーとなる鈴木健三(KENSO)選手と入寮した棚橋選手。

当時は吉江豊選手が寮長で、寮には真壁刀義藤田和之柴田勝頼井上亘福田雅一といった面々が揃っていました。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:寮時代の思い出っていうと、真壁さんが寮長だった頃の話が多いですね。真壁さんの練習はすごく厳しいんですけど、練習が終わると「お前、なんか面白い話しろよ」と無茶振りしてくるような気さくな先輩で(笑)。
その頃は僕と柴田選手、井上選手でよく一緒にいたんですけど、ときどき若手におこづかいをくれて「これでコンビニでスイーツ買えるだけ買ってこい!」って言ってプリンとかゼリー、ケーキとかいっぱい買ってこさせて、男だけでスイーツパーティーをやったりしてましたね。

 

──筋肉質な男たちがみんなでスイーツを食べるって、なんだか可愛い風景ですね(笑)。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:「スイーツ真壁」の原風景は、寮長時代からあったんですよ。スイーツ以外にも、真壁さんは自分でカレーを作ってたのを覚えてますね。ちゃんこに飽きてきた時期に、ちゃんこのだし汁にカレールウを溶かすと、いい塩梅の和風カレーが出来るんですね。

 

──真壁選手、当時から食にこだわりがあったんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:あと寮時代に衝撃だったのは、藤田選手がちゃんこでそんなに熱を通してない赤い肉をそのまま食べてて。牛肉だったらまだいいんですけど、豚肉も赤いままいってたんで(※)やべえな! って思ってましたね。まさに野獣! ビーストでしたねえ……。

 

(※)編集部注:決して真似しないでください

 

──試合以外でも野獣だったんですね(笑)。ちなみに若手の頃、先輩にご飯に連れて行かれたりってことはありました?

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:そうですね、付き人になってからは増えました。僕は武藤さん(武藤敬司)と長州さん(長州力)の両方の付き人だったので、めちゃくちゃ大変でしたね。銀座デビューが出来たのは武藤さんのおかげです。銀座でご馳走になった寿司とか、おいしかったなあ……。

 

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──そういうお店だと、若手はどんどん食べろ、って空気になるんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:強制はされなかったですけど、「若いから食べなさいよ」っていうのはお店からの気遣いですから、出されたものは全部食べなきゃだめだと思ってました。「はい、いただきます!」って、元気よく言って食べてましたね。

 

──20代前半で銀座デビューするなんて、同世代の会社員とかだったらなかなか経験出来ないでしょうね。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:普通の大学生が食べたことないようなもんばっかり食ってましたよ。食べながら「岐阜の両親に食べさせてえなあ……」と思ったことは何度もありましたね。

 

──プロレスラーの派手な世界を見た、って感じでしょうね。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:「リングには金が埋まってるんだなあ」ってのはそこで思いましたよね。それに僕が付き人をしていた長州さんにしろ武藤さんにしろ、気風(きっぷ)がいい先輩だったので、お店での振る舞いとか見て、かっこいいなあって思っていましたよね。

 

──そうした先輩たちと2人きりでご飯を食べたりとかはないものですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:あんまりないですね。地方だと各地で支援していただける方と食事会だったりしますし、2人っきりで食事ってのは、数えるほどしかないです。

 

──そういう時にプロレスのアドバイスを受けたりするのかな、と思ったんですが。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:あ~、武藤さんも長州さんもそういうプロレスのことに関してはなかったですね。武藤さんなんかはもう、はっきりと「そんなの教えねえよ……」って言ってましたね(笑)。

 

──あと、そういう場もですけど、若手時代にお酒は飲んだり飲まされたりってのはありました?

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:お酒はあんまり強くないですけど、お酒を飲んで楽しくなる空気は好きですね。でも若手の頃は飲まされましたねえ……。まず景気よく飲んで「トイレ行ってきまーす!」って景気よく吐いて、戻ってきてまた景気よく飲む……っていう特技を身につけました(笑)。人間ポンプですね。

 

──吐き慣れちゃうってのも切ないですね……。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:楽しそうなんだけど、目は涙目なんですよね(笑)。いまの若手の子たちはそういう無茶な飲み方をすることはなくなったんで、よかったんじゃないですか。

 

「トオルとヒロシ」で繁華街に行っていました

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──あとプロレスラーというと、地方での食の楽しみがあるんじゃないですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:日本全国を回る仕事なので、その土地土地の名物料理は毎回楽しみですよね。北海道に行ったら海鮮もおいしいし、ジンギスカンもあるし。
秋田だときりたんぽ、福岡はモツ鍋、鹿児島は黒豚とか、聞いたことはあるけど食べたことはなかったものって全国にいっぱいありますよね。それを味わえるのはレスラーとしての醍醐味!

 

──巡業って、いろいろな地方を見てまわれますしね。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:これだけ細かく都道府県を回るのは、プロレスだけじゃないですかね。日本全国の食文化や名物に詳しくなりますよ。ベタですけど、昔は大阪に行ったらたこ焼き、博多に行ったらラーメンみたいにやってましたね。
ただ、いまは食事制限をしているのに加えてコロナもありましたし、シリーズの終わりがだいたい東京なので、地元の名物を食べる機会も少なくなってしまってるんですよね……。

 

──若手の頃はご飯に行く時間、ありました?

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:試合が21〜22時に終わるじゃないですか。それからコインランドリーを探しに行って、先輩3〜4人分の洗濯をすると24時を回ってて、もうだいたいお店が閉まってるから、結局コンビニめしとかになっちゃいましたね。地方ならではのものって、若手時代はあんまり味わえなかったですね。

 

──ちなみにタッグパートナーとは試合後にめしに行ったりするもんですか? たとえば初期のタッグパートナーの鈴木健三さんとか。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:タナケンでタッグを組んでた頃は、試合が終わってどこかお店に行くというよりは、どっちかの部屋に行ってめしを食いながら「次の試合どうしよう?」って作戦会議をしてましたね。

 

──のし上がるためにしっかり会議もしてたんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:クッシー(KUSHIDA・現WWE/NXT)とはよく飲み屋とかにも一緒に行きましたね。KUSHIDAとはすごくウマがあったんですよ。
もともとKUSHIDAはTAJIRIさんが旗揚げした団体(※SMASH)にいたのを、新日本で一緒にやってこうって僕が声をかけたんです。
キャリアは違うけど、ほぼほぼ対等な関係で意見をぶつけあわせられる選手だったんですよね。プロレスの価値観とかも、すごく近かったんで。いまはWWEで活躍していて、すごく嬉しいですね。

 

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──いま棚橋選手と「トオルとヒロシ」としてタッグを組んでる矢野通選手は、昔はよく一緒に飲んでたと聞いてます。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:あ~、矢野くんとは毎日飲みに行ってましたねえ。当時は僕と矢野、あと竹村(竹村豪氏)の3人しか寮にいなかったですし、本当に新日本プロレスが厳しい時代で、唯一の楽しみといえば試合が終わってから矢野くんと飲みに行くことくらいだったんですよね。
巡業中も、洗濯が終わったらタクシーに乗って運転手さんに「とにかくどこか繁華街に行ってください!」って連れてってもらって。もう、「#繁華街」って勢いですよ(笑)。

 

──そんな仲だったのが敵対して髪切りマッチをするまでになり、それがいまやタッグパートナーになってたりするのがプロレスの面白いところですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:矢野がヒールファイトをしたってのは彼がトップに行くための方法だったし、僕も敵対するのは仕方ない。でも「矢野と飲みに行きてえな~」って思ったことはありましたね。それが20年経って、タッグを組むようになるのが面白いよね。

 

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(写真提供:©︎新日本プロレス)

 

──コロナ禍がなければ「#繁華街」が炸裂していたかもしれない(笑)。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:いまは試合後は外に出られないですけどね。でも優勝したら矢野くんのお店に飲みに行きたいね!

 

──試合後に若手と飲みに行ったりすることありますか?

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:コロナの前はその土地土地のプロモーターさんやお客さんとの食事会に若手を連れて行って「いっぱい食えよ!」って食べさせたりしてましたけどね。
選手だけでもちょいちょい行くけど、プロレスの話は……しないですねえ。プロレスはプライベートに持ち込まない主義なんで(笑)。僕も武藤さん方式です。

 

──話を聞いてじゃなくて、見て盗め! ということですね。

 

僕は肉と野菜だけでいいのに……

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──お話をうかがうと、デビュー時は筋肉も増量してある意味理想的な環境だったみたいですが、看板選手になって忙しくなるとその体型を維持するのも大変なんじゃないですか? 食事の時間ひとつにしても、決まった時間に食事をするのも難しくなるでしょうし。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:基本的には「体型を維持する」というのが最優先事項なので、食べるにしても時間帯が大事なんですよね。どうしても食べたいものがあるなら22時前に……というのは気をつけてます。それを考えると、試合が終わった後の食事はプロテインを飲むか、肉、野菜だけ摂って寝るか、ですね。

 

──どうしても食べたいものを食べるためには、午前中とかの方がチャンス。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:でもプロレスラーって、巡業中の午前中はバスで移動してるんですよ。8〜9時に次の街に出発して、それで15〜16時に会場入りして、練習して試合して、という感じなので、午前中に好きなお店に行くというのもなかなか難しいんです。

 

──巡業では、移動中に寄るサービスエリアが楽しみって選手も多いですよね。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:僕はサービスエリアのめしが苦手なんですよ~。おいしいんですけど、定食か麺か丼しかなくて、なかなか炭水化物から逃れられないんです! 僕は肉と野菜だけでいいのに……「ご飯、いりません」っていうのももったいないし。

 

──他の選手が楽しそうにご飯を食べているのに、棚橋選手は手を出せない。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:そういう時は朝のうちにコンビニでサラダチキンを買っておいて、みんながフードコートで食べている外のベンチでひとりで食べてます。いまでもそれ、やってます(笑)。

 

──外で棚橋選手がひとり、チキンを食べてるんですか! 

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:それが何かにつながってるんだと信じて(笑)。

 

──ただコンビニでサラダチキンが当たり前に買える状況はありがたいですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:昔はなかったですからねー。最近はプロテインドリンクも買えますから、本当に体作りには適した時代になっていますね。

 

──それは棚橋選手が広めたところもあるんじゃないですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:だったら嬉しいですけどね。フィットネス志向が高まってきたってのはプロレス界にとってもよかったですね。男子も女子もジムに行くようになって、筋肉やフィットネスについて関心度が上がってきた時にプロレスを見たら、実際にリングで動く筋肉にも興味を持ちやすいじゃないですか。

 

──たしかに! あらためてデビュー時から美しい筋肉を見せてきた棚橋選手ですが、年齢で変わってきた部分も多いですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:変わってきますね~。35歳で変わります。世間一般に言われるように、代謝が落ちてくるんですよ。だからいままでどおりの練習量で同じものを食べてたら、体脂肪率が増えていってしまうんですね。

 

──棚橋選手が35歳というと2011年。IWGP王座戦でV11と快進撃だった時期でしたが、肉体的には大変な時期でもあったんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:その後の40歳手前くらいで体型を崩しましたね、あとコンディションも。「いままでどおりのやり方で大丈夫だろう」と思っていたら、対応が遅れました。もっと食事面で気をつけなければいけなかったです。
そういう経験もあって、いまは必要以上にカロリーを抑えてますね。最近だと、自分でも過去最長記録の180日か190日連続でダイエットしてます。

 

──もうダイエットというか日常ですよね、それ。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:1年の3分の2はダイエットです。いまも真っ最中ですね! 1.4、1.5(イッテンヨン、イッテンゴ)の東京ドーム大会が終わったらチートデイを入れて、それからまた抑えていくつもりで。

 

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──でも2022年は東京ドーム2連戦の後にプロレスリング・ノアとの対抗戦(1月8日・横浜アリーナ)も入っちゃいましたね。

 

f:id:Meshi2_IB:20211207165102p:plain棚橋:そうなんですよね……。これまでは1.4(イッテンヨン)が終わったら好きなものを食ってたイメージがあるんですけど、2022年は横浜アリーナが終わるまでは食えないですね。いま炭水化物と脂質、両方カットしてるので麺類、パン、米全般食いたいです。ライス1キロのカレーライスとか、食いてえ~!

 

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・・・

 

一時の新日本プロレス低迷期を自らの体をかけて救った棚橋選手。

試合もハードなら、その比類なきボディをキープし続けるのもハードなようです。

棚橋選手にとっては、めしもまた闘い。いまや後輩たちも育ったとはいえ、新日本プロレスの看板はまだまだ譲らない、という気概をあらためて感じさせられました。

 

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(写真提供:©︎新日本プロレス)

 

2022年は新日本プロレス50周年イヤー。設立以来半世紀の記念すべき年を飾る顔は、やっぱり棚橋弘至選手になりそうです!

 

※会話の内容を再現しているため、会話内に一部表記ゆれが含まれています。

 

撮影:平山訓生

 

書いた人:大坪ケムタ

大坪ケムタ

アイドル・グルメ・芸能etcよろず請け負うフリーライター。メシ通での好評連載『レスラーめし』(ワニブックス・刊)が書籍版のみの追加エピソード、小林邦昭☓獣神サンダー・ライガー対談も特別掲載して絶賛発売中!

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