名古屋麺文化の生き字引「きしめんよしだ」吉田孝則社長の“きしめん人生”

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数ある名古屋めしの中でも400年以上の歴史があるといわれる「きしめん」。

その発祥や名前の由来など解明されていない部分が多いのは、お上ではなく庶民によって育まれた大衆文化だからだろう。

 

この名古屋のきしめん文化を語る上で絶対に欠かせない人物がいる。

名古屋市中川区荒子に本社がある、吉田麺業有限会社の吉田孝則社長だ。

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▲吉田麺業有限会社 吉田孝則社長。御年87歳になっても矍鑠(かくしゃく)とされていた

 

f:id:Meshi2_IB:20181129173128p:plain吉田社長:薄く伸ばした生地を切ったものがきしめんです。ただ、薄く伸ばすには非常に手間がかかる。昔は切ったうどんをさらに麺棒で伸ばしていたのではないかと思いますね。薄くすることでゆで時間の短縮になりますし、燃料代の節約にもなる。名古屋人の経済観念というか気質に合っていたから広がったのだと思います。

 

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名古屋駅、新幹線地下街エスカ内にある「きしめんよしだ エスカ店」

 

現在、吉田麺業有限会社では贈答用の乾麺や半生麺の製造・販売のほか、出来立てのきしめんを食べさせてくれる直営店も手がけている。

その一つが名古屋駅の新幹線地下街エスカ内にある「きしめんよしだ エスカ店」。こちらのお店で、吉田社長に自らの“きしめん人生”を語っていただいた。

 

公設市場で食べたきしめんが味の原点

吉田麺業有限会社の創業は1890(明治23)年。農業を営んでいた創業者が農産物の収穫を終えた秋から春先までの副業として、麺づくりをはじめたのがルーツである。

当時は保存がきく乾麺がメインだった。吉田社長の若かりし頃は、出来上がった乾麺を市内の至るところにあった公設市場内のきしめん店へ届ける仕事もしていた。

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▲きしめんよしだ エスカ店の「きしころ」(680円)

 

f:id:Meshi2_IB:20181129173128p:plain吉田社長:当時はどのお店も手打ちのきしめんを出していましてね、そこで食べたきしめんが本当においしかった。夏場はゆでたての麺を水でしめて、温かいつゆをかける“ころ”もありましたよ。何とかこれらの味を再現したい、というのが私のきしめんづくりの原点です。

 

「ころ」は、今でこそ冷たい麺の呼び名になっているが、昔はいわゆる「ひやあつ」だったのも興味深い。

実際、きしめんの老舗店の中には麺もつゆも常温で提供しているところもある。だから「ころ」の本当の意味は冷たい麺ではなく、温かくない麺ということになる。

 

シンプルな「きしめん」は麺にこだわる

こちら(写真下)は「きしめんよしだ エスカ店」の「きしめん」(680円)。シンプルに見えるが、吉田社長のこだわりを凝縮させた一杯である。

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▲具材は煮揚げとネギ、ホウレン草、花がつおとシンプル

 

まずは麺。商品である半生麺や乾麺ではなく、直営店専用に開発した生麺を使用。これがまた、喉越しや食感も手打ち麺にも劣らないほど完成度が高い。

 

f:id:Meshi2_IB:20181129173128p:plain吉田社長:目指したのは、やわらかい喉越しともっちりとした食感です。小麦粉は地元の愛知県産のきぬあかりと三重県産のあやひかり、北海道産のきたほなみをブレンドしています。もちろん、保存料などの添加物は一切使っていません。

 

むろん、厳選した材料だけではおいしいきしめんはできない。大事なのはその素材をいかに、完成の状態にまで作り上げるか。

ややマニアックな話になるが、生地の塩分濃度と練り、伸ばし、そして熟成が重要なファクターとなるのである。吉田麺業有限会社ではこれら一連の作業をすべて機械で行っている。

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▲出来立てのきしめん。時期に合わせて粉の配合や幅、厚みなど微妙に変えている

 

f:id:Meshi2_IB:20181129173128p:plain吉田社長:麺をゆでる際にお湯の中で塩分が抜け、その後水洗いの際に急激に冷やされて麺がしまるとでコシが生まれます。生地の塩度が高いほどコシが強くなるのですが、讃岐うどんは夏場で10度あるかないか。きしめんは18度になります。さらに一昼夜熟成させることでもっちりとした食感が生まれます。

 

塩分を多く含んだ生地を練って、伸ばすのは容易ではない。生地はやわらかそうに見えるが、車のタイヤくらいの固さになる。機械で力任せに伸ばすと、グルテンの組織が壊れてしまい、おいしくなくなるのだ。機械であっても手打ちのような適度な力加減が求められるのである。

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▲麺をかんだとき、口の中いっぱいにジュワッと広がるダシのうま味と香りがたまらない

 

つゆはムロアジが定番。その理由は?

麺とともに、シンプルなきしめんを形作っているのが、思わずホッとする味わいのつゆだ。

つゆはムロアジをベースにサバ節やソウダガツオをブレンドしたダシにたまり醤油を合わせて仕上げた、昔ながらの、いかにも名古屋らしい深い味わい。

ダシに使うムロアジなどの節類は、削ったものを仕入れると、時期によってはどうしても味にバラツキが出てしまう。そのため削る前のものを自社で削っているという。そりゃうまいはずだ。

 

f:id:Meshi2_IB:20181129173128p:plain吉田社長:関西では瀬戸内で捕れたいりこと昆布でとったダシに薄口醤油を合わせます。関東はダシに枯れ節を中心に使いますから、名古屋は関東風でも関西風でもありません。ムロアジを使うのは、静岡の遠州灘など近くで捕れたからだと思います。麺もダシも醤油も地元のものを使っているからこそ、古くから地元で根付いているのでしょう。

 

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▲白つゆ仕立ての「てんぷらきしめん」(980円)。具材の色も鮮やかだ

 

またまたマニアックな話になるが、シンプルなかけきしめんはたまり醤油ベースのパンチのある「赤つゆ」が使われるが、天ぷらや玉子とじなど麺の上に具材がのるきしめんは白醤油ベースの上品な味わいの「白つゆ」が用いられる。

 

f:id:Meshi2_IB:20181129173128p:plain吉田社長:たまり醤油は色が濃いので、具材がつゆの色に染まってしまいます。白醤油であればそんな心配は要りません。おそらく、全国でも2種類のつゆを使い分けるのは、きしめんだけでしょう。これも名古屋独自の文化だと思います。

 

きしめんの魅力を全国に発信したい

半世紀以上にわたっておいしいきしめんを追求し、つくり続ける中で冬の時代もあった。

とくに終戦直後は質の悪い、黒っぽい小麦粉しか入ってこなかった。その反動もあって、高度経済成長期にかけては真っ白な小麦粉が人々に好まれた。

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f:id:Meshi2_IB:20181129173128p:plain吉田社長:本来、小麦粉は少し黄色がかっているものなんです。ところが、入ってくるのは漂白したような真っ白な小麦粉ばかりでした。時代とともに小麦粉の品質もずいぶんと良くなりました。麺づくり専用の小麦粉も開発され、北海道産は10年ほど前から、愛知県産はここ5年でようやく私の納得する品質になりました。

 

話を聞いていて、思わず震えた。吉田社長は、終戦直後から今もなお、きしめんづくりに最適な小麦粉を探し求めていたのだ。

何たる探究心であろうか。職人というよりは、研究者だ。かつて日本経済を支えたモノ作りへの真摯(しんし)な姿勢がうかがえる。

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▲大ぶりなえび天と野菜天がたっぷりのっかった「えびおろしきしめん」(1,200円)

 

吉田社長が4代目の社長に就任したのは昭和40年、34歳のときだった。

昭和40年代は大型スーパーが名古屋市内に続々とオープンした時代。そこに乗じて、1970(昭和45)年には名古屋市西区のダイヤモンドシティ・名西ショッピングセンター(現・イオンタウン名西)に直営店「きしめんよしだ」の1号店をオープンさせた。

新幹線地下街エスカに出店したのは、その翌年のことだった。

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製麺業を軸にしながらも、飲食の分野へ。 新たな挑戦の陰には、迷いもあったという。

 

f:id:Meshi2_IB:20181129173128p:plain吉田社長:今でもそうですが、名古屋以外の方にとって、きしめんはおいしいというよりも珍しいという印象を持ってるんですね。やはり、きしめんよりもうどんの方が人気なんです。直営店を出すときも、うどんをやった方がもうかることはわかっていたので悩みました。しかし、名古屋のきしめんの魅力を全国に伝えたいという思いから、きしめん専門店にしたんです。できることなら、駅のホームや構内など県外から多くの人々が集まるような場所できしめんを出したいですね。

 

損得勘定を抜きに、きしめんの魅力を全国に伝えることを自身の使命としている吉田社長。今後も名古屋麺文化の生き字引として、第一線を走り続けていただきたい。そう願わずにはいられない。

 

お店情報

きしめんよしだ エスカ店

住所:愛知名古屋市中村区椿町6-9 エスカ地下街
電話番号:052-452-2875
営業時間:11:00〜21:30(LO 21:00)
定休日:無休(年末年始はエスカの定休日に準ずる)
ウェブサイト:https://yoshidamen.co.jp/

www.hotpepper.jp

 

書いた人:永谷正樹

永谷正樹

名古屋を拠点に活動するフードライター兼フォトグラファー。地元目線による名古屋の食文化を全国発信することをライフワークとして、グルメ情報誌や月刊誌、週刊誌などに写真と記事を提供。最近は「きしめん」の魅力にハマり、ほぼ毎日食べ歩いている。

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