「新京成電鉄のみのり台駅から徒歩20秒のところにある南国料理のダイニングバー。そこの裏メニューである手打ちそばが想像のはるか上を行くうまさだった」
そんな情報を耳にしたら、これはもう行かねばなりません。お店の名は「南国食堂 ABRIR アブリール」。
新京成電鉄に乗ったこともなければ、所在地の千葉県松戸市については自衛隊需品学校があるという知識しか持っていない筆者ですが、トロピカルな料理と手打ちそばという激しいギャップに好奇心はマックスです。
みのり台駅から徒歩30秒以下。多少の雨なら傘なしで行ける「駅チカ」、うれしいですね。
壁には「南国食堂」の文字が。確かに食事のメニューは充実していますが、お店の形態は食堂ではなく食事とアルコールを楽しむダイニングバーです。
店内は南国ムードたっぷり。
ソファ席やカウンターのほか、個室もあって座席のバリエーションは豊富。
そしてこの人が「アブリール」のオーナー、吉川尚裕さん。よしかわさんではなく、きちかわさんと読みます。お店を開ける前に波乗りして来るというサーファーでもあり、そば職人でもあります。
南国料理という料理のカテゴリーがあるわけではないので、「アブリール」で食べられるのはハワイアン料理やビーチリゾートで味わえそうな料理。それに加えてパスタやピザ、バッファローウイング、ビールに合うつまみ系も充実しています。バリエーション豊かな品をそろえているのは、客層が幅広いからだそう。
吉川さん「グループで飲みに来られる方から家族で食事をされる方まで、さまざまな年代のリクエストに応えていったら、結果的にこういうメニューになりました」
それに加えて2017年から金曜日と土曜日の夜だけ、吉川さんの手打ちそばを提供するように。
※写真の金額は税別です。
その日のおすすめが書かれたボード。
ボードの右上に「しめのそばあります」と、ちょこっと書かれています。わかります?
さて、このトロピカルなお店でなぜ手打ちそばを出すようになったのか、肝心の話を聞きました。
吉川さんは大学卒業後、ワーキングホリデーでオーストラリアに滞在。帰国後は高校時代からイタリアンレストランでアルバイトをしていたこともあり、なじみのあるイタリアンの世界に入りました。
吉川「店長をしていたお店の隣におそば屋さんができたんですが、そこが繁盛してるんですよ。味はたいしてうまくないんです。でもサラリーマンの人たちは、迷わずイタリアンじゃなくておそば屋さんに足を向けるんですよね」
毎日その光景を目にしているうちに、吉川さん、思ったそうです。「おそば屋さんになっちゃおうかな」って。さくっと来た人生の転機!
店構えばかり立派で、食材が二の次になっているようなお店があることも、吉川さんが「イタリアンはもういいかな」と思った理由のひとつだったそうです。
吉川さん、早速更科そばのお店で修業を始め、そこで師匠と出会ってそばの打ち方を伝授されました。
吉川「その後、ご縁があってこのお店の店長をやらないかと声をかけられました。当時、ここはカレー屋さんだったんですが、カレーにはこだわらずメニューも好きにしていいからと言われて。師匠に相談したら、自分のお店を持てるチャンスだと思ってやってみたらと背中を押され、そばから離れてこのお店に来ました。その後ここを買い取り、オーナーになったんです」
「アブリール」の看板料理でもある「BBQポークスペアリブ」(1,296円)は女性も手づかみでいきましょう。スペアリブだったら指なめちゃうのもありですよ。
まずはそのまま一口。次は特製ソースをつけて、味変を楽しみましょう。
この日のスペシャルメニュー(日替わり)、「じゃがいもと4種チーズオーブン焼き」(756円)。ビールが止まらない!
15年近く経ち、すっかり地元の人が集うダイニングバーとして定着した「アブリール」ですが、吉川さんの手打ちそばのスキルは年末に年越しそばを出すときくらいしか発揮されることがありませんでした。どんな料理もひとりで手際よく作り上げる吉川さんですが、やはり作っていて一番「楽しい」と感じるのはそばだったそうです。
ところが思いがけない出来事が起こりました。師匠が亡くなり、形見分けとして師匠が約40年にわたって使っていたそば打ち道具一式を吉川さんが譲り受けたのです。その中にはこんなに立派な木鉢も含まれていました。見てこれ! なにこれ!
この木鉢にそば粉と水を入れて混ぜてひとかたまりにするのです。
1本の木から作られた漆塗りの木鉢、これだけで数十万円するそう。ここまで大きな木鉢を使っているところは、おそば屋さんでもそうそうないそうです。
この木鉢をいただいたことがきっかけで、吉川さんは再び定期的にそばを打ち始めたのでした。
ところで、手打ちそばといえば男のロマン(のひとつ、多分)。手打ちそば教室は昔から男性に好評です。そこで気になったのが「素人でもちょっと教われば打てるようになるそば」と、「そば職人のそば」はどう違うのか。吉川さんにそんな失礼な質問をしたところ、嫌な顔もせずに丁寧に教えてくれました。
吉川「いちばんの違いはそばの長さですね。普通の方だと粉同士がつながらないので、どうしても短くなってしまいます」
あ、言われてみればなるほどです。よそさまのお宅でごちそうになった手打ちそばは、たしかにぶつぶつ切れていて短めのものが多かったです。あと、個人的にはそばつゆの味も、なかなか家庭でお店の味を再現するのは難しいと感じています。
吉川さんは師匠の「醤油とみりんはいいものを使え」という教えを守り、醤油とみりん、そしてそば粉は「入手できるものの中で一番いいやつです」。素材そのものも違うんですね。
そばを打つようになってからランチの「まぐろとアボカドのポキ丼」(900円)など、かえしを利用した料理も登場するように。
これが吉川さんの手打ちそば、「盛り」(648円)です。
そばに寄ってみましょう。二八そばならではの喉ごしのよさが見ただけで想像できます。そば、食べたくなりません?
筆者はこの原稿を書きながらもうどうにもそばが食べたくて食べたくて、でも食べに行く時間はないから家でゆでようと思ったら買い置きがなくて崩れ落ちました(泣)。
手打ちそばは1日6食程度しか提供できないため、今後も「裏メニュー扱い」のままで行くそうですが、一口ずずっといけば思わず「え!」と驚くおいしさ。「うまいんだろうな」という予想を軽々と超えた味です。自分がおそば屋さんにいるのではなくトロピカルムードたっぷりのダイニングバーにいることが不思議になるほどです。
このおいしさゆえ、ボードの隅に小さく書くだけだったにも関わらず、常連さんから口コミで手打ちそばの評判が広まり、手打ちそば教室やそば打ち合コンなども開催されたそうですから、そば効果すごい。
吉川「そば打ちって結構な力仕事なんですよね。けれどそば打ち合コンでは、女性はヒールを履いていたり、しっかりネイルしていたり(笑)。幸いみなさん和気あいあいと楽しまれていました」
それにしても1日6食は希少価値すぎる。早い者勝ちですね。
ちょうど、普段は家族と訪れることが多いという常連さんが来店したので話を聞いたところ、家族みんな、「アブリール」のファンなのだそうです。ボードの隅に小さく書かれた「しめのそば」が気になってオーダーして以来、吉川さんの手打ちそばの大ファンに。
「食べ盛りの息子たちと一緒のときに頼むのは、しっかり食べられる肉料理が中心です。でもそばを出してくれる日は、やっぱり外せませんね。ほんとにおいしいです。これ、おそば屋さんとしてお金取れるレベルですよ。グランドメニューにして欲しいくらいです」
ダイニングバーですからアルコールも豊富です。焼酎、日本酒、カクテル、瓶ビールは8種類に生ビールはエビス、さらにクリーミーな泡が楽しめるサージャーで注がれるギネスもあります。ビールをお供にがっつり食べて、締めは日本酒と手打ちそばとか、酒飲みにとってここは楽園ですか。定期的にハワイアンライブも開催されていて、1ドリンク1プレートで2,160円とかなりの良心価格。
松戸市の穴場店、要チェックです!
最後に筆者からお願いがひとつ。「アブリール」はおそば屋さんではなく、あくまでもダイニングバー。食事とアルコールを楽しむ場所なので、週末の夜にやって来て「盛りひとつ。飲み物はいりません」というオーダーは大人のマナーとして慎みましょうね。ぺこり。
お店情報
南国食堂 ABRIR アブリール
住所:千葉県松戸市稔台1-11-1 原田ビル1F
電話:047-308-7077
営業時間:ランチ 火曜日~日曜日 11:30~14:30 (LO 14:00)、火曜日~金曜日 17:00~0:00(LO 23:30)、土曜日 17:00~翌1:00(LO 0:30)、日曜日 17:00~23:00(LO 22:00)
定休日:月曜日(祝日の場合は翌日)