ブルキナファソと聞いて何を思い浮かべるだろう。決して音階ではない。日本人にはあまり縁がないかもしれないが、西アフリカにある国なのだ。
北はマリ、西はコートジボワール、南はガーナ、東はベナンやニジェールに囲まれた内陸国、ブルキナファソ。この国の食に魅せられ、『ブルキナファソを喰う!』(あいり出版)という書籍を上梓した奇人がいる。文化人類学者の清水貴夫さんだ。
『ブルキナファソを喰う!』では、ブルキナファソの食を事細かに紹介。何度も出てくる主食の「ト」をはじめ、日本人はまるで想像がつかない未知のメニューがずらりと記されており、グルメ本の範疇を軽々と超えた内容になっている。
いったいなぜ彼は、遠く離れたアフリカの、決して知名度が高いとはいえないブルキナファソに興味を持ち、そして、中でも「食」というジャンルに焦点を絞ったのだろうか。
話す人:清水貴夫(しみず たかお)さん
アフリカ人類学者。高校以来のラグビーで鍛え上げた肉体と強靭な内臓を武器にアフリカ(とくに西アフリカ)を疾走する。バックパッカーとして訪れて以来、20年間にわたりブルキナファソで文化人類学のフィールドワークを展開。近年はほぼ2カ月ごとのブルキナ渡航のペースに。現地に多くの知人を持つ。趣味は読書、映画、料理&食べること。好物は、炭水化物と肉類、プリン。総合地球環境学研究所研究員、京都精華大学アジア・アフリカ現代文化研究センター設立準備室研究コーディネーター。
ブルキナファソは、まだ「手つかず」だった
──ほとんどの日本人がブルキナファソの場所もよく分かっていないと思うのですが、そこは下のマップを参照いただくとして、清水さんがなぜこの国に興味を持たれたのか。ここから聞きましょうか。
清水:高校卒業後は明治学院大学法学部に在籍していたんですけど、1年生のときに国際学部の友人が「変な先生がいるうから遊びに来いよ」っていうので、基礎ゼミに遊びにいったんです。そのときの先生が当時日本でも珍しかったブルキナファソ専門家の森本栄二先生でした。この先生から初めてブルキナファソの話を聞くことになるんです。それから実際にアフリカにバックパック旅行もしたりして、のめり込んでいきましたね。
──そこで受験以上の猛勉強をされて転部し、本格的にブルキナファソの研究をする決意をした、と著書にありました。
清水:「人がやらないことをやれ」が森本先生の口癖でした。自分はアホな大学生だったし、ブルキナファソ研究は誰もやっていないなら自分がやりたいと思ったんですね。調べたら川田順造先生という方がすでに研究をしていたんですが、そのときはなぜか「誰もまだ手を付けていない」と思った。まったく、若気の至りですね。
──海外旅行はせいぜい台湾に行ったくらいと著書に書いておられましたが、一介の大学生にとって「いきなりアフリカ」ってかなりのハードルの高さだと思うのですが。
清水:森本先生のゼミの周りにはたくさんのバックパッカーがいましてね。その中に画家をやっている人がいて、お酒を飲みながらアフリカ行ったときの話をきいていると、「ホテルから500m離れた食堂に行く間で3回強盗にあった。150ドル持っていたら50ドルずつとられて、結局メシを食えずに帰った」とか派手に武勇伝を語るんですけど、それが面白くて。だからハードルは感じませんでしたね。
──「ヤバイところだから行くのヤメよう」とは思わなかったんですね。まぁ確かに、清水さんが大学生の頃だった90年代後半は、バックパッカーブームでしたね。
清水:そうですね。タイのバンコクでは1泊1ドルのドミトリーを年契約して、そこに着替えをおいて、あとはお金とパスポートだけで暮らしている人もいました。けど僕は、バックパッカーの必須科目だった東南アジアはあえて選ばずアフリカにしたんです。
▲今回インタビューでおじゃましたのは東京・浜松町にあるアフリカ料理店「カラバッシュ」 。清水さんもときどき訪れるのだそう
クスクスは外国料理?
──最初にアフリカにいったときはどうでしたか。とくに食事などは。
清水:最初は大学3年のときにケニアとタンザニアを旅したんですが、タンザニアは、そのへんで売られているパンがイギリスパンなんですよ。あまり新鮮味はなかったかな。いちばん印象に残っているのは、ドドマというタンザニアの首都に行ったとき。当時は想像以上に田舎町で、与党の本部と国会議事堂があって、近くにはレストラン一軒しかなくて。そこにはなぜか「マトケ」(プランテン・バナナ。いわゆるフルーツのバナナとは違い、料理用として用いられる)しか置いてないんですよ。結局こんなところいられねぇ!と思って離れたのを記憶しています。
──ケニア、タンザニアは東アフリカですよね。ブルキナファソやナイジェリアのある西アフリカには行かなかったんですか?
清水:最初のアフリカ旅行は、ブルキナファソへは行っていないんです。ナイジェリアの首都だったラゴスなんかも、当時はバックパッカーの間でも三大魔都と呼ばれてるほどハードルが高かったので。人に会ったら強盗だと思え! と言われるくらい恐ろしい街だったんですよ。今は違うかもしれませんが。非常に文化的にも面白い国であることは後から分かったのですが、治安面では決して安全ではなかったですね。
▲東京・浜松町「カラバッシュ」でいただいたブルキナファソ料理の主食「ト」(左側)。雑穀の練り粥といえばいいだろうか。弾力のある独特な食感だ。これを右側の オクラソースにつけて食べる。セットで2,500円
▲清水さんのトの食べ方は手慣れたもの。まずはトを手でこねて……
▲そのままオクラソースにつけ、
▲指先まで口の中へ入れてほうばるのがブルキナ流!
──最初にブルキナファソを訪れたときは?
清水:最初は会うべき人に会えなかったりで、いろんなことに翻弄されすぎて、何を食べたか覚えてはいないんですが、とにかくカルチャーショックはしこたま受けました。例えば、僕が最初に住んだ家の向かいにサンドウィッチ屋さんがあって、牛の串焼きをフランスパンに詰めて売るお店があったんです。でも屋台がドブ板の上にあったのでハエが猛烈にたかっていて。
──あぁ……。
清水:で、そのすぐ近くに牛のすねをもとにしたスープ屋さんがあったんですけど、ものすごく大量のオイルを使っているから、油のニオイがすごかったんですね。最初はそういう小さな嫌なことがどうにも気になったのですが……まぁ慣れっていうのはコワイですね。そのうちにブルキナ飯が好きになって、食べたものをメモするようになりました。その記録がまさかこうして出版までされるとは。
──土地になじんでくると、食べ物まで好きになってくるのは共感できます。それにしても、アフリカの料理といえば、日本人はクスクスくらいしか知らないのでは。
清水:クスクスって土着の食べものというよりは一種の外国料理なんですよ、アフリカの人にしてみれば。どっちかといえばヨーロッパ世界の食べもの。
──知りませんでした! てっきり現地の名物かと。
ブルキナの主食といえば「ト」
──ブルキナファソの食事情ってどんなものでしょう? 清水さんが書かれた本にはやたらと「ト」と呼ばれる料理が出てきますよね。
清水:そうですね。トはみんな食べていて、主食といってもいい料理です。基本的にはトウモロコシやアワ、ヒエなどの穀物で作られるんですが、原料や味は地域によって違いますね。現地ではこのトをソースにつけて食べるのが一般的で、ソースもいろんな材料で作られます。ブルキナファソは、農村人口がだいたい7割くらいの農業国なんですが、みんな自分の地域で収穫される農作物を主食にしているんです。だから収穫量や季節、地域によっていろんな「ト」が存在するわけです。
──ほう。
清水:ただ、最近は米を主食にするケースも都市部で増えてきているし、イモから作られる「フトゥー」もよく食べられています。いわゆる「ト離れ」も起こっているくらいで、一概には言えなくなりつつあるのが実情ですね。
▲ブルキナ料理その①「(トウモロコシの)ト」(左側)。これはブルキナファソで食べられる典型的なトで、文字通りトウモロコシが原料のもの。右のカポックという樹木の葉を使ったソースにつけて食べる
▲ブルキナ料理その②「(ソルガムの)ト」。ソルガムというモロコシの一種を使ったト。数あるトの中でもなんとも滋味深い味で腹持ちも◎
▲ブルキナ料理その③「レレ族のト」。穀物の香ばしさを感じるト。清水さんいわく「我が人生最上のトは、いまのところこれ」
食事は「気が向いたら食べる」
──ここまで食べているものが違うと、食事自体に対する考え方や作法もまるっきり違ってきそうですよね。
清水:ブルキナファソの首都のワガドゥグでは、街に行けばそこらへんでいろんな人がお菓子やサンドイッチを作っているんですよ。いうなれば屋台ですね。でそれを自由に使いこなしている印象です。「トとソースはあのお店で買って、別のお店で揚げ魚も買って一緒に食べよう」みたいな感じでしょうか。こと外食に限っていえば、わりと思いつきとか、なりゆきで食事をする人が多い。「気が向いたら食べる」みたいな感じでしょうか。
▲ブルキナ料理その④「ベンガ」。コメとササゲを炊き込んだ「赤飯」のこと。上にかかかったスパゲッティは別売り。
──日本のグルメ情報みたいに「ランチはこのお店が最高!」みたいな感じじゃないんですかね。
清水:もちろん、有名なお店はあります。ただ、ブルキナファソにいると、そもそも1日3食という僕らの習慣が、思い込みに過ぎないことを思い知らされるわけですよ。あえて僕らの感覚でいうなら「ブルキナファソではかなり間食が多くて、必ずしも食事の時間ばかりに食べているわけではない」みたいな感じでしょうか。
──なるほど。
清水:食べるときに一気に食べだめしておくというか。それでしばらく食べなくても平気……みたいな。「昨日は1食しか食べてない」と言う人でも、よくよく聞いてると間食で揚げ菓子を食べていたりするし。
▲ブルキナ料理その⑤「ムギラ」。米の団子といえばわかるだろうか。ピーナッツソースに牛皮の煮込みをトッピングしたもの。首都ワガドゥグにある、おばさんが切り盛りするお店で食べたこのムギラは卒倒するほどうまかったのだそう
──ご飯に対する執着ってあまりない……わけじゃないのか。
清水:もちろんそれぞれ好みはありますよね。トひとつみても、出身地で好みが違うし。ソースだって調理法は複雑ですし。例えば今日友だちに会うでしょ。「じゃあ、あとで何を食べに行く? うまいもん食おうよ」みたいな会話はしょっちゅうしてますしね。そのあたりは万国共通なのかもしれませんね。
▲ブルキナ料理その⑥「リ・オウ・スンバラ」。現地の豆スンバラと魚の出汁で炊き込んだ、ブルキナ版「納豆メシ」。これで(清水さんの)1人前というから圧巻のボリューム
▲これがスンバラ。全然そうは見えないが、アフリカの納豆といってもいい
▲ローストした豚肉が路上で売られていることも。これがまた、かぶりつきたくなるほど豪快でうまい
▲トは各家庭でも毎日のように食べられる。これは現地のブルキナファソ人の友人宅に招かれたときに供されたト
かなりアウトドアなブルキナのキッチン
清水:せっかくなので、ちょっと面白いものをお見せしましょうか。この写真(下参照)なんだと思います?
──なんだろう。器を焼くための陶芸用の窯とか? ピザ窯にも見えますね。
清水:民家のキッチンの写真です。これは建築を学ぶ人のために撮影したものなんですが、家の屋外にかまどが3つというのが、わりと今の一般家庭のスタンダードになっています。
──家の中に台所ははないんですか。
清水:屋内にも台所はあるんですけど、暑い時期に火でも起こそうもんならサウナ状態になるんですよ。ただ、家の中のかまどは煙で虫を追い出す効果も同時に持っています。キッチンはその国の文化が凝縮されるので、本当におもしろいですよ。
▲キッチンの必須アイテム
▲いろんなブルキナ料理を食べたが、これまでいちばん強烈だったのがこのミレット(きびの一種)のクスクス。「野趣あふれる」とはまさにこのこと!
すべてが日本と違いすぎるアフリカ
──清水さんが今、ブルキナファソで取り組まれている研究内容を聞かせてください。
清水:ストリートチルドレンを対象にした、子どもの研究をしています。善悪の話は置いて聞いていただきたいんですが、ストリートでの生活をするということはどういうことなのか、がひとつのテーマですね。
──アフリカのストリートチルドレン、相当タフな世界で生きている子どもたちなのかなと思ってしまいますが。
清水:そもそもの問題ですが、定義づけをどうするかは常に意識しています。そもそも子どもという概念自体、近代に作られた概念ですし。「ストリートにいる」ということは、親がいない、学校に行っていないということの他にも、さまざまな生活の要素によって構成されています。そういう親とか学校といった社会的に当たり前とされているものを一回取っ払ったら、どういう行動様式や思考が浮かんでくるのか、そこから僕らの生きる世界を炙り出せたらなと考えています。
▲ブルキナ料理その⑦「ンゴレとザムネ」。ンゴレ(左側の茶色いかたまり)は、ササゲ豆から作られるおやつのようなもの。ザムネは煮た豆
▲ンゴレを作っている様子
──日本の社会とあまりに違いすぎて、比較しようにもできない部分が多そうですよね。
清水:自分を含めてアフリカを研究をしている人たちに共通して言えるのって、自分たちとあまりにも違うからだと思うんですよ。いまの日本はがんじがらめというか、山ほどある約束事の中で成り立っている国じゃないですか。
──まぁ、確かに。
清水:社会の成り立ちからコミュニケーションまで、両極端じゃないかと思うほどのギャップがあるのは確かです。でもそこが面白いし、研究する価値もあるわけで。
──そういう意味では、清水さんの著作はそのギャップを知るひとつのきっかけになってくれるのではと思います。どの国に住んでも、食べるってことだけは共通していますから。
清水:そうなってくれると御の字ですね。
──貴重なお話、本当にありがとうございました!
店舗情報
カラバッシュ
住所:東京都港区浜松町2-10-1浜松町ビルB1
電話:03-3433-0884
営業時間:火~土曜ランチ11:30~14:00(L.O.13:30)、月~土曜ディナー17:30~23:00(L.O.22:00)
※月曜・土曜日のランチは、事前のご予約が必要です。4名様以上で オープン致します。毎週水曜日夜までにご予約下さい。
定休日:日曜、祝日
書いた人:神田桂一
ライター/編集者。『POPEYE』『スペクテイター』『ケトル』などカルチャー誌で執筆したり、Yahoo!特集でルポルタージュなども。近著に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(共著、宝島社)など。