いつも大阪の面白グルメ情報を私に教えてくれる友人から「『コロペット』って食べたことあります?」と聞かれた。
「え? コロ……」
「『コロペット』です! コロッケじゃなくて『コロペット』。大阪駅前ビルで食べられるんで行ってみてください」とのこと。
「コロペット」という料理が食べられるのは大阪駅前第3ビルの地下2階にある「西洋料理 ネスパ」という洋食屋さんだという。
ちなみに大阪駅前ビルというのは大阪駅・梅田駅に直結しているビル街で第1ビルから第4ビルまであり、地下1階と2階部分が一大地下都市のようになっている建物である。飲食店から古本屋さん、レコード店、服屋さん、ドラッグストア、占い、ゲーセン、マッサージともうなんでもありの迷宮のようなスポットだ。
懐かしさを感じる洋食店「ネスパ」
その大阪駅前第3ビルの地下2階にやってきた。
お昼時ともなれば近くで働く方々がランチを食べに訪れ、夜になれば仕事帰りの方々がお酒を飲みにくる、そんな場所である。
その一角に「西洋料理 ネスパ」があった。
さっそく入ってみよう。
レトロな雰囲気の店内にはテーブル席が6つ。
決して広いとは言えない敷地だが、優しい明るさの照明もあいまって、家庭的で落ち着いた雰囲気だ。
「ネスパ」は今の場所にお店を構えるまでに梅田界隈を何度か移転してきたそうなのだが、お店のインテリア類は古い店舗から大事に持ってきたものが多く、それによってこの温かな雰囲気を生まれているようだ。
エッフェル塔が描かれたメニュー表も相当年季が入っている。
では「コロペット」を注文してみよう。
「コロペット」には、牛肉、海老、豚肉、鶏肉の4種類があり、単品でもオーダー可能だ。中でも好評なのは、好きなものを2種類選べる「盛り合わせコロペット」。特に牛肉と海老というセットがおすすめとのことなので、そちらをチョイスすることにした。
衣の中にはホワイトソースが!
ほどなくして「盛り合わせコロペット」が運ばれてきた。
さあ、これが「コロペット」だ!
見た目はフライやコロッケに見える。
「盛り合わせコロペット」にはサラダとスープとライスがついて1,296円となっている。
早速いただいてみる。ちなみに「コロペット」にはソースやマヨネーズはかけない。お皿に添えられたカラシ以外はつけず、そのままいただくのがルールである。
まずは「牛肉コロペット」から。
ナイフで切ってみると、衣の中で牛肉がホワイトソースをくるむ形になっている。
食べてみると、濃厚なミルクの味わいを感じさせるクリームと肉のそのままのうま味がバランスよく絡み合い、さっぱりとした後味を残して消えていく。
海老のみレモンを絞っていただくという。
海老もやはり、コクのあるクリームソースの味わいはあくまで引き立て役に周り、海老そのもののおいしさが口の中に広がる。
ソースをかけていただくフライの味わいとは違い、素材の味が主役になっている感じ。決してびっくりするような奇抜な味ではないが、かといってあまり食べたことのない味わいである。
「豚肉コロペット」も鶏肉のも食べてみたいなと思いつつ、おいしく平らげた。
謎に包まれた「コロペット」の由来
「コロペット」の誕生秘話について、「西洋料理 ネスパ」の4代目オーナー・横地勉さんにお話をうかがった。
──「コロペット」、おいしくいただきました。お店の外の黒板に「コロペット」を考案したのは初代シェフの仲元中南さんだと書かれていましたが、実際にメニューができたのはいつ頃ですか?
「初代シェフの仲元が今の桜橋の交差点あたりで「ネスパ」を始めたのが昭和3年(1928年)で、その時から「コロペット」はありました。それで昭和24年に桜橋から新地にお店が移ったんですが、そのタイミングで「コロペット」を商標登録したようです。」
▲店頭の黒板には確かに、商標登録されていることが書かれている
──商標登録まで!
「そうなんです。その時代にそんなことをするというのは珍しかったそうで、初代は先見の明というか、かなり進んだ考えのあった人なんです。初代は船上シェフをしていて、フランスにも行って、向こうでいろいろ情報をもらってきたんでしょうね。それで「コロペット」を考えて日本に戻ってきたと。」
──「コロペット」という名前の由来はあるんですか?
「私は実は初代のシェフとは接点がないんですよ。4代目になるんですが、代替わりしていく過程で、料理のレシピ自体はもちろんちゃんと受け継がれてきているんですが、名前については詳しい話が全然残ってないんですよ(笑)。」
──「コロペット」って、なんとなくかわいい響きですが。
「これは私の想像なんですが、もともとは“コロッケ”と“ペット”に分かれてたんじゃないかと思うんですよ。「コロペット」といわゆる普通の“コロッケ”を一緒のお皿に出して、そのセットを「コロペット」と呼んでいたんじゃないかと。要するに今「コロペット」と呼んでいるものを当初は“ペット”と呼んでいたんじゃないかと思うんですよ。なんで“ペット”なのかはまったく分からないんですけど(笑)。」
──謎は深まるばかりですね。コクのあるホワイトソースの味わいが印象的でした。
「ホワイトソースは牛乳じゃなくて「エバミルク」という牛乳を濃縮したようなものを使っています。無糖の練乳ですね。きっと初代が船内で料理をする上で牛乳だとすぐダメになってしまうので、それでこういうものを持っていったんだろうなと、あくまでその辺も想像ではあるんですけど。」
──「エバミルク」は昔からあるものなんですね。
「そうです。昔からあるもので。そこに小麦粉と玉ネギを加えて、硬めのベシャメルソース(白ソース)を入れて作っています。それを牛と包んだりとか、海老を開いたところに乗せたりして、パン粉をつけて揚げたものが「コロペット」です。」
──なるほど!
「あと、毎週水曜日に“変わり種コロペットの日”というのをやっていまして、そこでは4種類以外にその時々の食材を使って「コロペット」を作ってお出ししています。トマトとか山芋、ホタテの中にイクラを詰めたものや、寒い季節だとカキとか。」
──特に変わったものというと……。
「うーん。もうイヤというほどやってるんで(笑)、ある程度おいしかったものは残してるんですよ。しいたけ、カマンベールチーズ、ミンチとか。土日のランチタイムにはそれらも選べます。あとは、白ソースにイカスミのソースを加えてそれをトマトと一緒に揚げたりとか。トマトをくり抜いた中にソースを詰めて揚げたりとか、いろいろ試してますね。このホワイトソースはかなり万能でどんな素材にも合うんですよ。ただ、フォアグラやキャビアはあまり合わなかったです。味が混ざり合ってしまって。」
──何もつけずに食べるというのが珍しいなぁと思いました。
「たまにウスターソースやマヨネーズをかけたいというお客様もいるんですが、初代が「ソースをかけるぐらいなら食うな!」って怒るぐらいの人だったんだそうで(笑)、初代の思いを尊重しています。」
──「コロペット」の他におすすめのお料理はありますか?
「ブイヤベースは自慢の一品ですね。あとこれはテレビでも紹介されたんですが、チキンライスの上にナポリタンを乗せて目玉焼きを乗せたものとか。常に新しいものを考えているというか、いろんなものをちょこちょこやり過ぎまして(笑)、定番のメニューは昔ながらで変えてないんですけど、それ以外はいろいろ試しています。ベーコンも手作りで、20日ぐらい塩漬けしたものを3時間かけて燻製してお出ししたり、もう完全に趣味の世界(笑)。そういったメニューをお酒と一緒に楽しんでもらえたらうれしいです。」
──「ネスパ」は昭和3年創業で、来年で90周年だそうですが、何か野望でもあれば……(笑)
「今考えているのは、「コロペット」をなんとかフランスに持っていけないかなと。以前、フランスに行って自分たちで料理を用意して現地の方に食べていただくという食事会を開催しまして、私も行ったんですが、例えばパリのどこかのお店に「コロペット」のレシピをお伝えして、「パリのどこどにいけば『コロペット』を食べられるよ」と日本の方も楽しめるような、そんなことができないかなと考えたりしています。初代がこのメニュー表のエッフェル塔に託した思いをパリに戻してあげたいなーというのが今の目標ですね。」
店名の「ネスパ」はフランス語で「そうでしょ?」といったニュアンスの、会話の間に入る言葉だという。あまり意味のない言葉で、前後の文脈によって肯定になったり否定になったりするらしい。
そんなシャレた名前をつけたのも初代シェフとのこと。センスの塊だったらしき初代の、その軽妙さと熱い思いを受け継ぐ4代目の店主・横地さんのこれからが楽しみだ。
お店情報
西洋料理 ネスパ
住所:大阪府大阪市北区梅田1-1-3 大阪駅前第3ビル地下2階
電話番号:06-6345-7089
営業時間:月曜日~金曜日 11:00~15:00、17:30~21:30、 土曜日・祝日 11:00~15:00、17:30~21:00
定休日:日曜日
※この記事は2017年1月の情報です。
※金額はすべて税込みです。