パラパラ系チャーハンの名店といえば
ども、下関マグロっす。
私は普段、町中華探検隊という活動をしているので、さまざまなメディアから「チャーハンのおいしいお店を教えてくれないか」と取材されることがあります。
時にはテレビ番組からの依頼で、識者と言われる人たちといっしょにチャーハンのおいしいお店ベスト10を選んだりすることもあります。
そんな時にパラパラ系チャーハンの名店として必ず名前が出るのが、本駒込の「兆徳」というお店です。
お店は、本郷通りと神田白山線が交差する向丘二丁目の交差点にあります。
数年前に初めてこちらのチャーハンをいただいたのですが、そのうまさにとても驚いたことを記憶しています。
こちらのお店、たいていけっこうな行列ができています。
並んでいる間にお店の外壁に貼られた雑誌の記事を読んでみると、チャーハンはいろいろなメニューがあるようですが、二大巨頭がチャーハン(醤油)と玉子チャーハン(塩)。
値段は同じなんですが、醤油味のチャーハンにはチャーシューが入っているそうなので、そっちにしようかなと思っていたら、前に並んでいたお客さん全員が、塩味の玉子チャーハンを注文しているじゃありませんか。
というわけで、僕も玉子チャーハン(塩)を注文しました。
いや、本当にあっという間にできあがりました。
▲玉子チャーハン(塩)/750円
どうですか、この美しさ。ほれぼれしますね。
チャーハンにはサイドスープがついてきます。途中からこのスープにチャーハンを浸して食べてもおいしいんです。
パラパラのチャーハンがうまい理由
チャーハンはしっとり系がうまいのか、それともパラパラ系がうまいのかはしばしば議論になるところです。好みの問題もあるでしょうが、両方とも、それぞれのおいしさがあると思っています。
兆徳のチャーハンは「パラパラ系の最高峰」と評されることが多いのですが、僕も実際に食べてみて、たしかにそうだと思いました。
パラパラ系チャーハンのどこがうまさのポイントかといえば、お米の一粒一粒が独立していること。この一粒一粒のお米に玉子がうまくからみあって、複雑なうま味を醸し出してくれるんですね。
これに対して、お米とお米がちょっとくっついていたりするのがしっとり系ですね。
兆徳の玉子チャーハンの具材は、ネギと玉子だけというシンプルさです。
口に入れた瞬間にうま味が広がり、かみしめるたびにその味わいがホクホクと訪れるのです。
今回は、兆徳の玉子チャーハンがどのようにつくられているのか、なぜこんなに味わい深いのか、取材してきました。
お店がヒマだったので試行錯誤して「玉子チャーハン」をつくった
店主は朱徳平(しゅ・とくへい)さんです。
朱さんは1963年、中国の河南省で生まれました。地元の専門学校を出てから役人になり、最終的には地方の財務課長として働くエリートにまで出世。
そんな朱さんが来日したのは、妻の母親が日本人だということがきっかけだったそうです。そこから日本で中華料理の修業をし、1995年に「兆徳」を創業しました。
いまでこそ、行列の絶えない有名店ですが、20年ほど前は、とってもヒマなお店だったそうです。そこで、なんとかお客さんを呼べないかと新しいメニューをと考えたわけです。
朱さんは、日本で中華料理の修業をしたので、お店で出す料理はすべて日本式の中華料理でした。もちろんチャーハンも、醤油味だったわけです。
しかし、朱さんが祖国の中国で食べていたチャーハンは、塩味の玉子チャーハンでした。その本場の味をメニューにしようと思ったそうです。
が、しかし、すぐには納得いくものができませんでした。
朱さん:何度も何度も試作をして、今の味になったんだよ。
──おいしくなったポイントはいったいなんだったんでしょうか?
朱さん:そうね、まずご飯をかたく炊く。よく研いで、水は少なめに。銘柄はいろいろ試して、結局コシヒカリにしたね。
──なるほど、シンプルな解決策だったんですね。あと、とにかく強火で手早く炒めていますよね。さすがにこのあたりは、家庭でまねをするのは無理ですね。
しかし、ここは果敢に自宅でパラパラ系チャーハンをつくるコツを聞いてみました。
自宅でパラパラ系チャーハンをつくるコツ
「僕も家でチャーハンを調理するのですが、なかなかパラパラにはならないんですよ。なにかいい方法はありませんかね」と聞いてみると、朱さんは「うーん」と言って渋い表情になりました。
なにもおっしゃらないが、それは難しいということだろうと察しました。それでもなにか方法はないかと再度聞いてみると、こうおっしゃいました。
朱さん:そうね、ご飯をちょっとかために炊くことですね。
なるほど、結局のところ、お店と同じなんですね。あとの料理工程はこれまでどおりでも、少しはパラパラに近くなるかも。そうそう、お米の銘柄はコシヒカリですね。詳しいつくり方は、記事の最後にご紹介しますね。
──ところで、20年前に開発した玉子チャーハンはすぐにメディアで話題になったのですか?
朱さん:すぐには話題にならなかったね。いろいろ雑誌とかに取り上げてもらって、少しずつ。最初は醤油味と塩味のチャーハンの注文が同じくらいだったんだけど、10年くらいしたところで、塩味の玉子チャーハンがよく出るようになったね。
そう、筆者が初めて訪問した時も、ほとんどのお客さんが塩味の玉子チャーハンを注文していましたね、と申し上げると、意外な言葉が返ってきました。
朱さん:でも最近は、醤油味のチャーハンの注文も増えてきたかな。どっちもおいしいからね(笑)。
醤油味のチャーハンも抜群にうまい
▲左がチャーハン(醤油) 右が玉子チャーハン(塩)/いずれも750円
というわけで、醤油味のチャーハンもつくってもらいました。醤油味のチャーハンをいただいてみると、こちらもパラパラ系です。
もっとうまいチャーハンを……と試行錯誤しているうちに、だんだんご飯をかために炊いたほうがおいしく仕上がるとわかり、今のパラパラとした食感になっていったらしいんですね。
朱さんが長年にわたって改良を重ね、磨き続けてきた技術の集大成のチャーハンです。そりゃ、佇(たたず)まいだってこんなに美しくなるわけですよ。
醤油味のチャーハンにはチャーシューも入っていて、なかなかおいしいですねぇ。最近、また注文が増えているというのもよくわかります。
チャーハンとともに注文したい餃子
ところで、多くのお客さんは玉子チャーハンといっしょに焼き餃子を注文しています。
お昼には、チャーハン+焼き餃子3個のセットが950円で提供されています。これはありがたいですね。
▲焼き餃子/500円
こちらの焼き餃子のおいしさのポイントは、餡(あん)にチャーシューの煮汁を入れているところだそうです。
なるほど、だからこの焼き餃子はタレをつけなくてもおいしいんですね。ちなみに具材にはニンニクを入れていないそうで、ニンニクの臭いが気になる人にもおすすめですよ。
でもね、この焼き餃子以上に玉子チャーハンに合うものがあるんですよ。それがこちら。
▲揚げ餃子/650円 ※平日の夜、土日祝日限定
こちらの揚餃子は土日か平日の夜限定。これまで筆者は平日の昼間しかお店に行っていなかったので、この揚げ餃子は未食だったんですよ。今回、初めて食べることができて感激しました。これ、絶品じゃないですか。
外がカリッと揚がっていて、甘酸っぱい餡がかかっているんですが、これをね、玉子チャーハンにバウンドさせていただくと至福の味わいでございますよ。いやぁ、感激。
ちなみに今回の取材で撮影してくれたカメラマンの平山さんも、兆徳にはよく来るそうです。
平山カメラマン:いつも1時間くらい並んで入ってますよ。うれしいのはね、ランチの終了は2時半なんですが、その時間までに並んでいると入れてくれるところですね。
そうそう、そういうちょっとしたホスピタリティが兆徳の魅力でもあるわけですね。
ちなみにチャーハンと焼き餃子以外で平山カメラマンがよく注文するメニューを聞いてみると、トマト玉子炒めだそうです。さっそくいただいてみました。
▲トマト玉子炒め/850円
具材は玉子、トマト、きくらげといういたってシンプルなものです。玉子のやさしい味とトマトの酸味が絶妙なハーモニーを奏でます。ああ、これは夏バテ気味な時にいただくと、食欲がもりもり湧いてくるメニューですね。
もちろんチャーハンとの相性だって、良さそうです。
玉子チャーハンのうまさのポイントは「大豆油」
というわけで、再び玉子チャーハンのつくり方をじっくり見せていただきました。
まず、材料はこちらになります。
玉子は2個使います。かたく炊いたご飯は多めの350g。それに長ネギの白い部分。
まずは中華鍋を火にかけて、鉄製のお玉といっしょに温めます。
そこへお玉1杯分の大豆油を入れて、少し温めたら余分な大豆油をストックに戻します。そして、再び15gほどの大豆油を入れて温めます。
このあたり、ウォーミングアップという感じですね。
この大豆油こそが、パラパラ系チャーハンのポイントなのですね。パラパラ系チャーハンは植物系の油を使うことが多いと思います。対して、しっとり系はラードを使うところが多いんですね。ラードは香ばしく、深いコクが出ますし、植物系の油を使うと軽やかな仕上がりになり、いくらでも食べられるチャーハンになります。
さて、中華鍋へ玉子2個を入れます。
玉子は溶かずに、そのまま入れます。これもポイントですね。溶いてしまうと玉子の黄身と白身が一体化してしまいますが、そのまま入れることで白身と黄身の両方の風味を感じることができるというわけです。
玉子に軽く火が通ったら、いよいよ中華鍋にご飯を投入します。
玉子の白身と黄身はまだそのままです。鍋を振りながら、お玉で全体をつぶすようにして混ぜていきます。
しばらく鍋をあおりながら炒めていくと、あっという間に玉子とご飯が混ざっていきます。
ご飯と玉子がまんべんなく混ざり合ったところで、最後の仕上げ。塩とうま味調味料を少々、加えます。これで再び鍋をあおれば完成です。この間、まさにあっという間です。
うま味調味料が加わることで、おなじみのおいしさというか、町中華のホッとする味に仕上がるんですね。
はい、できあがりました。
黄金色の玉子チャーハン、完成です。いやはや、なんとも美しい。
つくる工程は動画で見ていただくとわかりやすいと思います。
動画で見てみると、調理前に鉄製のお玉を熱で温めていることがわかると思います。ちょっとした工程ですが、まさにこのあたりは熟練の職人技なのではないでしょうか。
店名の由来がまたすてきでした
取材を終えて、帰ろうという時、ふと以前からの疑問を思い出しました。それは「兆徳」という店名の由来です。これは中国語でなにか意味のある言葉なのでしょうか。
朱さん:ああ、それはね、私の名前が徳平でしょ、妻の名前が兆梅というんです。その一文字ずつをとって、お店の名前にしたの。
それを聞いて、なんだか泣きそうになりました。いい話じゃないですか。まさにこのお店を象徴しているような店名です。素晴らしいなぁ。
ちなみにいつもは行列している同店ですが、テイクアウト専門店が2022年に近くにできました。
近所の人には出前もやっているそうですよ。ぜひ利用してみてください。
私は後日、トマト玉子炒めをテイクアウトしましたよ。いやぁ、あらためてこれもおいしかった!
撮影:平山訓生
お店情報
中華 兆徳
住所:東京都文京区向丘1-10-5
電話番号:03-5684-5650
営業時間:火曜日〜金曜日・土曜日・日曜日・祝日/11:30~14:30、17:30~22:00
定休日:月曜日
書いた人:下関マグロ
1958年生まれ。山口県出身。出版社、編集プロダクションを経てフリーライターへ。『東京アンダーグラウンドパーティー』(二見書房)、『歩考力』(ナショナル出版)、『まな板の上のマグロ』(幻冬舎)、に『ぶらナポ 究極のナポリタンを求めて』(駒草出版)など著書多数。