「早い・安い・うまい」を見事に実現した名店
こんにちは、東京ソバット団の本橋です!
立ち食いそばといえば、早い・安い・うまいが売りなわけですが、今回はその3つを見事に実現した名店を紹介しますよ。
お店の名前は「長寿庵」。
JR大久保駅の南口を出て、小滝橋通りに続く路地にあります。
カレー店「SPICY CURRY 魯珈」をはじめたくさんの飲食店が並んでいて、うまいもん好きの間では、わりと有名な通りですね。
お店の前には日本電子専門学校があって、昼どきにはそこの学生さんたちで行列ができちゃうんですが、それもそのはず。
この「長寿庵」、とにかく激安なんですよ。
かけが220円で天ぷらそばが300円ですよ。
物価の高騰もあり立ち食いそばはかけで280円か300円が平均なわけで、はっきり言って20年前の値段です。
それで、これがうまいんだからまいっちゃう。とりあえず駆けつけ一杯ということで、天ぷらそばをいただきましょうか。
ツユはかえしがきいて、うま味が強いパンチのきいたもの。
かき揚げは衣が厚めのハード系で、これをこの濃いツユにたっぷり浸して、モロモロになったところをいただくのがいいんですよ。
そして出色なのがそば。
ゆで麺ながらよくあるフワポコな食感ではなく、コシがしっかりあって少しゴワッとしたタイプ。これがうま味の強いこのツユに合うんですよ。
あと、細かいところではネギがいい。
臭みがなくて、丁寧な仕事をしているっていうのが、よくわかります。「ネギ多め」を注文する人も多かったんですが、原材料の値上げで仕方なくこんなことになってしまいました。
これが300円で食べられるってのはマニアとしては感動モノなわけですが、それもそのはず。
実は店主の笠原さんは、三ノ輪にあるやはり立ち食いそばの名店「長寿庵」の先代の息子さん。
立ち食いそば界のサラブレッドなんです。
たしかに、このうま味の強いツユは、「三ノ輪長寿庵」とよく似ています。
その「三ノ輪長寿庵」ですが、創業した先代から、今は別の方が継いでいます。
なぜ笠原さんが「三ノ輪長寿庵」を継がずに大久保でお店をやっているのか聞いてみたところ、これが紆余(うよ)曲折ありまして……。
もともと笠原さんのお父さんは池袋で中華とそばのお店をやっていたんですが、いろいろあって三ノ輪で立ち食いそば店の「長寿庵」を1968年に開業。
一方、笠原さんは大学を出て、新宿にあったチェーン系の「家族亭」というそば店で働き始めました。
「家族亭」で働いていて、そろそろ手打ちを覚えようとしていたときに、「長寿庵」のパートの人が辞めちゃってね。そっちも手伝うようになったんですよ。朝は6時半から9時まで「長寿庵」を手伝って、それから池袋に行って「家族亭」で働いて、もう休みなんてなかったですね。
バタバタの日々を送っているときに、お父さんが体調を崩してお店を辞めることを決意。笠原さんはお店を継ぐか聞かれたそうなんですが……。
三ノ輪って土地がどうもなじめなくてね。当時は荒っぽい人も多くて、接客に疲れちゃって、継がなかったんですよ。結局、叔父の知り合いの人がやるって手を挙げて、飲食未経験だったから親父がいろいろ教えて、そのお店の後を継いだんですよ。
その後、笠原さんはサラリーマンになって営業の仕事をするもののなかなか続かず。
乳牛の牧場で乳搾りしてました。1年ぐらいと思っていたんだけど、居心地が良くて5年ぐらいいましたね。住み込みで3食付きでね。乳搾りだったら、今でもうまいですよ。
すっかり牧場になじんでいたのですが、そのタイミングでお父さんが脳梗塞で倒れてしまい、笠原さんは家族から東京に呼び戻されます。
後遺症が残るお父さんの面倒を見ながら、実家が持っていたアパートの管理をする生活が始まりました。
アパートの管理しているからって給料はもらっていたんだけど、そのときはまだ32歳。仕事もろくにしないで、親父の世話だけしていると、1カ月ぐらいして「働きたいな~」って思うようになってきちゃったの。やっぱり、他人様に「これこれやっています」って言えないのは、みじめだよ。
そんな笠原さんは自分で立ち食いそば店を始めようと決意。イタリア料理店でアルバイトをしながら、物件探しを始めました。
そばのことを知っているし、いい年だし、そば店じゃバイトとして使いづらいんですよ。だからイタリア料理店。後を継がなかった立ち食いそば店をやろうと思ったのは、結局、自分が世の中で勝負できるのは、立ち食いそばしかなかったんだよね。親父の作るツユはうまいなって思っていたし、これならいけるだろうって。後は、親父が生きているうちに、お店をやっている姿を見せたいっていうのもありましたね。
物件探しに半年かかり、ようやく「大久保長寿庵」をオープンさせたのが、1995年の3月。
お父さんはそれを見届けた1年後に亡くなったそうです。
いやはや、この一杯が生まれるまでには、いろいろなドラマがあったんですね。
それでは、このへんで本橋がこのお店の最高傑作と勝手に信じ込んでいる、冷やしたぬき(280円)をいただきましょうか。
はい、どうぞ!
このたぬきは天かすではなく、別に作る揚げ玉なんですが、風味づけに小エビが入れられているという丁寧さ。
さらに手切りにこだわっているネギも、先ほど書いたように臭みがなく、これまた冷やしにバッチリなんです。
ちなみにこちらは土曜休みの日曜営業という珍しいスタイル。
「長寿庵」では前日にネギを切るなどの仕込みをしているんですが、それをするために日曜日に営業しているんです。
笠原さんいわく、土日の2日休むと、ネギの風味が悪くなってしまうんだとか。
そしてなんと言っても素晴らしいのが麺でしょう。
普通のゆで麺はツユの吸い込みがいいこともあって、辛汁を使う冷やしには向かないんですが、こちらの麺はツユを吸わずにまとわりつく感じで、すんごく合うんですよ。
「長寿庵」ではもともと、大橋製麺という業者に麺を頼んでいたんですが、その大橋製麺が西新宿で立ち食いそば店の「大橋や」を始め、製麺業から撤退。
大橋製麺にいた職人さんが移った大原製麺に頼むようになったんですが、そのときに大橋製麺で作っていた麺を再現してもらったんだとか。
最初はコシがなかったんですよ。それでつなぎの強力粉をあれこれ変えてもらって、やっと満足できるゆで麺ができたんだよね。
配合以外にも製麺して加熱した後にも急速冷蔵をして締めるなど、さまざまな工夫が施されたこのそば。やはり、ただのゆで麺ではなかったわけです。
あえて言ってしまいましょう、「長寿庵」のゆで麺は、東京で一番のゆで麺だと!
さまざまなドラマがあったからこそ生まれたとも言える、素晴らしい一杯。大久保に行った際には、ぜひ食べてみてください。
お店情報
長寿庵
住所:東京都新宿区百人町1-24-8
電話番号:03-3362-3037
営業時間:月曜日~金曜日7:30~18:00、日曜日・祭日9:00~18:00
定休日:土曜日