三大欲求のひとつである、「食欲」。栄養を補給するため、おいしいものを食べるため、空腹を満たすため――。食事をする理由は人によってさまざまですが、朝昼晩と口にしている食べものに、疑問を持ったことはありませんか?
本連載「メシのはてな」は、ふだん当たり前のように食べている“メシ”の疑問を解き明かし、そこに隠された文化や歴史、よりおいしく楽しむための作法を識者に教えてもらう企画。
今回は日本人の国民食といっても過言ではない、「カレー」に関する疑問を解決します。
フリー素材モデルの大川竜弥です。
私の好物は、カレーです。
子どもの頃からカレーが好きで、体からカレー臭がするほどカレーを食べていました。年齢のせいか、今は加齢臭がします。
冗談はさておき、ふと疑問に思ったことがあります。カレーは外国から入ってきたものなのに、なぜ多くの日本人から愛されているのでしょうか?
安くておいしい以外に、国民食と呼ばれるまで普及したのはなぜ? 誰か詳しい人に聞いてみたい……。
日本にカレーが普及した4つの理由
その疑問、私が解決します。
あ、あなたは?
カレー大學学長の井上岳久です。
カレー大學ですか!? カレーに大學があるとは知りませんでした……。
井上岳久(いのうえたかひさ)
カレー業界を牽引する、業界の第一人者。カレーの文化や歴史、栄養学、地域的特色、レトルトカレーなど、カレー全般に精通。レトルトカレーは全国から2,000種類を収集し試食している。著書に『一億人の大好物 カレーの作り方』『国民食カレーに学ぶもっともわかりやすいマーケティング入門』など多数。
なぜ、カレーが国民食と呼ばれるまで普及したのでしょうか?
いい質問ですね! カレーが国民食になった理由は、全部で4つあると私は考えます。まず1つ目は、カレー五味(ごみ)があるということ。
5つの味ですか?
そうです。カレーは甘さ、しょっぱさ、酸っぱさ、苦さ、うま味の全てが入っています。
言われてみれば、たしかに。
日本人はグルメですから、五味がわかるんですね。ですから、カレーに含まれる五味が、日本人の舌を刺激したのではと考えています。
2つ目がアレンジのしやすさ。日本人は外国から入ってきたものをアレンジする国民性があります。寿司は東南アジアの「なれずし」が発祥といわれていますし、天ぷらも南蛮渡来のもの。アレンジしやすいカレーが日本人の国民性にマッチしたのではないか考えています。
なるほど。カレーうどんも日本人がアレンジしたカレー料理ですもんね。
そうそう。カレーの具材の三種の神器と呼ばれるたまねぎ、にんじん、じゃがいもの組み合わせも日本人が考えたものです。
日本人は食に貪欲なんですね。
3つ目は、政府がカレーを広めたからという理由です。軍隊食や給食のメニューとして食べる機会が多かったため、多くの日本人がカレーと接するようになりました。
なるほど!
初めて給食にカレーが出たのは約80年前と言われています。ほとんどの国民が給食で、カレーを食べている。これは大きいですよ。
最後は当たり前ですが、ご飯に合うということ。日本人は牛丼や親子丼、天丼など、ご飯におかずをのせる料理が好きですよね?
たしかに。ご飯にのせることで手軽に食べられますからね。
実際にお米の産地ではカレーの消費量が多いというデータがあります。
そんなデータが! やはりお米の産地といえば、新潟ですか?
そうですね! 長年、鳥取市が1位でしたが、最近は新潟市と青森市も強いですね。
一晩寝かせたカレーは要注意!?
新潟と青森はお米のイメージがありますが、鳥取でカレーの消費量が多い理由は?
鳥取もお米の産地ですよ!「コシヒカリ」や「ひとめぼれ」を作っています。
そうでしたか! コシヒカリとひとめぼれは知っていますが、鳥取にお米のイメージがありませんでした。鳥取のみなさんすみません……。
鳥取は女性の有職率が高いこともカレーの消費量に影響しています。
働いている女性が多いってことですか? カレーと一体どんな関係が……?
カレーは手軽に作れて栄養もとれます。しかも作り置きができますから、有職率が高い地域では消費量が増える傾向にあるんですよ。
なるほど! しかも、作り置きして一晩寝かせたカレーはおいしいって言いますもんね。
大川さん、一晩寝かせたカレーがおいしいというのは、実は半分正解で半分は不正解なんです。
えっ! どういうことですか?
欧風カレーは寝かせると具材のうま味が出ておいしくなりますが、インドカレーの場合は一晩寝かせると味が落ちます。インドカレーの売りである、スパイスの香りは風味がなくなってしまうのです。
だから、半分は不正解なんですね。
インド人にとってスパイスの抜けたカレーは、炭酸が抜けたコーラのようなものですからね(笑)。
井上先生、例えがうまいですね……。
欧風カレーですが、一晩寝かせると「油滴(ゆてき)」と呼ばれる油の角が取れ、うま味を感じる舌の「味蕾(みらい)」に触れやすくなるため、おいしくなる理由としては科学的に理にかなっているみたいです。ただ、最近は一晩寝かせたカレーをおすすめしていません。
えっ!?
ウェルシュ菌による食中毒が起きてしまうからです。
ああ、ニュースで聞いたことがあります。
ウェルシュ菌はたまねぎ、にんじん、じゃがいもといった根菜に入っている菌で、熱に強いだけではなく、1日経つと殻を作り根強く残ってしまうんです。
なるほど……。でも、ウェルシュ菌の名前を聞くようになったのってここ最近ですよね?
最近になってウェルシュ菌にどういった特徴があるのか科学的にわかってきたんですよ。ウェルシュ菌は数日後にお腹が痛くなるので、これまではなかなかわからなかったんです。例えば、前日にカレーを食べて、次の日に生ものが多く入っている海鮮丼を食べてお腹を壊したら海鮮丼が原因だと思いますよね?
なるほど……。
だから、メーカーはその日のうちに食べきってくださいとアナウンスしていますね。
日本ではじめてカレーを持ちこんだ人は福沢諭吉?
日本にカレーが普及した理由や、一晩寝かせたカレーには注意しなければいけないというのがよくわかりました。ありがとうございます!
いえいえ。普及したつながりでいうと、日本に初めてカレーを紹介した人は誰だかご存知ですか?
えーと、誰でしょう……。
日本にカレーという言葉を持ち込んだ人は福沢諭吉と言われています。福沢諭吉が書いた英語辞典『増訂華英通語』に、「curry」という言葉が載っています。最初は「コルリ」と発音していたみたいですね。
歴史上の人物がカレーに関わっていたとは驚きです! では、カレーをはじめて食べた日本人は福沢諭吉ですか?
いえ、山川健次郎という人です。1870年のことですね。ちなみに、カレーをはじめて見た日本人は三宅秀(ひいず)です。船でインド人が食事する様子を見て、日記に残しています。
見た人と食べた人、紹介した人がそれぞれお違うんですね。テストにでたら間違えそう(笑)。
日本人がはじめてカレーを食べたのが、1870年か……。日本に入ってきて約150年、意外と最近なんですね。
そうですね。ただ、今みたいな庶民の料理ではありませんでした。カレー粉が高く、当時の言い方をするとビフテキ、今のビーフステーキと同じくらい高級料理だったそうです。昔は白いご飯だけでも貴重品でしたからね……。
カレーを毎日気軽に食べられるようにしてくれた、日本人の努力と歴史に感謝ですね。いやー、今日は勉強になりました!
ほら、もう一度カレーを食べてください!
パクッ!
ウ、ウ、ウマくなっている!!!
井上先生のおかげで、カレーの疑問を解決することができました。
カレーが国民食になった4つの説、カレーの消費量が多い地域はお米の産地であること、一晩寝かせた欧風カレーはウェルシュ菌による食中毒の危険があること、日本ではじめてカレーを紹介した人、食べた人など、これまで知らなかったことばかり。
ふだん当たり前のように食べている「カレー」に隠された、奥深い世界。今まで以上にカレーを身近に感じられるようになったのではないでしょうか?
みなさんも今回紹介した知識を踏まえ、作法を実践することで、よりおいしいカレーライフを堪能してください!
「メシのはてな」を知ると、食はもっとおいしくなっていきますよ。
今回は日本におけるカレーの疑問を解決しましたが、井上先生が学長を務めるカレー大學では、カレーの歴史、カレー社会学、カレー商品学、カレー調理学といった知識だけではなく、カレー食べ歩きの基本など、カレーにまつわるあらゆることを勉強することができます!
また、試験に合格すれば「カレー伝導師」の資格を取得することもできます。カレー好きの方は、公式サイトをチェックしてください!