現地へ香辛料買い付けに行けない……四川料理店はコロナ禍にどう対応し1日1,200食を売ったか?

新型コロナ禍で苦境に立たされた飲食業界。そんななか「家族」と呼ぶ従業員を守り、本場四川の味をお客さんに届けるべく奮闘する中華料理店を追った。

エリア秋葉原

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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は世界中で大きな被害をもたらした。様々な業界が売り上げ減に悩み、飲食業界でも倒産、規模縮小、閉店に追い込まれたお店も少なくない。今もなお経営の維持に四苦八苦している。

都内に7店舗を構える四川料理店「正統派中華料理 陳家私菜」(ちんかしさい、以降は陳家私菜と表記)も、その例に漏れなかった。4月7日に出された緊急事態宣言を受けてからは外食ニーズが減り、店内で食事をする人も数えるほどという状況に追い込まれた。

また、陳龐湧(ちん ばんゆう)オーナーが自ら足を運んで買い付けるという唐辛子や山椒のような香辛料も、自粛期間は買い付けが難しくなってしまった。そのような状況下でも陳オーナーが面接を行って採用した本場のシェフ・スタッフの雇用を維持し続けてきた。

自粛期間中の苦悩はいかほどだったのだろうか。緊急事態宣言が解除されたタイミングで秋葉原店を訪れ、自慢の料理をいただきつつ、陳オーナーに現状と夏以降へ向けての展望を伺ってきた。

 

テイクアウト&デリバリーで1日1,200食!

陳家私菜は夜の会食が売り上げのメイン。お酒の売り上げが大きいが、緊急事態宣言による結果、夜の飲食は激減した。もちろん秋葉原店もお客さんの数は激減した。

自粛期間中、筆者は仕事による外出の帰りに陳家私菜 渋谷店に立ち寄る機会があった。テイクアウトを注文し、自宅で食べるためだ。

そこでは店内の半分ほどは閉じられ、テイクアウトを待つお客さんばかり。注文をしてから受け取ってお店を出るまでの間に、Uber Eatsの配達が4組、陳家私菜の料理をデリバリーしていた。

 

f:id:Meshi2_IB:20200703105906p:plain陳オーナー:五反田店では、テイクアウトとデリバリー合わせて1日1,200食が注文されたこともありました。Uber Eatsでは中華部門で1位になりましたよ。

 

非常事態宣言の中、1日に1,200食を売り上げるとは驚異的な数字だ。そういえば激辛系フェスの出店でも圧倒的な評価を得た陳家私菜、ビックリもしたが頷ける結果でもあった。

 

f:id:Meshi2_IB:20200703105906p:plain陳オーナー:テイクアウトでは常連さんの注文が多く、また普段は注文されない高級料理を応援の気持ちでオーダーしてくださいました。つくづく「支えられているな」と感じました。その分、スタッフには、目の回るような忙しさになってしまい大変な思いをさせました。

 

コロナ禍がもたらした非日常。常連さんからレギュラーメニューにはないリクエストを受け、提供していたそうだ。

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▲常連さん向けのテイクアウトに出した、三元豚の特製黒酢酢豚(980円・税抜)を黒コショウベースでアレンジしたもの。レギュラーメニュー化が待ち遠しい

 

そうしたうちの一品を出して頂いた(写真上)。定番メニューの三元豚の酢豚に、黒コショウを強く効かせたアレンジメニューである。

店内では冷凍をせずに新鮮なまま使い切るのがお店の方針。そのおかげか、衣部分はソースが染みて柔らかく、中の肉はほどよい弾力がありジューシーに。ピリッと効いた黒コショウが食欲を刺激する。

 

従業員は家族。身銭を切ってでも守り抜く

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▲やみつき皇帝よだれ鶏(780円・税抜)も絶品。直線的でない、奥行きのある辛さが味わえる

 

陳家私菜は、セントラルキッチンを持たず、各店にオーナーシェフを置いて一切の調理を任せているのが特徴だ。

 

f:id:Meshi2_IB:20200703105906p:plain陳オーナー:シェフはホテルの料理長を任せられるレベルの人を、私が面接して雇用しています。味覚のレベルが高くプライドもあり、ときどき私が味覚を試されていることがあるくらいですよ。私自身、料理人でもありますが油断できません(笑)。

 

オーナーとしての矜恃か、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大による自粛ムードで売り上げが落ちるなか、シェフをはじめすべての従業員の雇用を守り切った。陳オーナーの貯金を切り崩し、銀行の融資を得ての死守だった。

 

f:id:Meshi2_IB:20200703105906p:plain陳オーナー:もともと高級食材の料理を安く提供しているお店で、貯蓄が潤沢にあるわけではないんです(笑)。でも、シェフやスタッフはただ雇用関係にあるだけではなくて「家族」ですから、なんとしても守りたかったのです。

 

スタッフに祝い事などがあればプレゼントを渡すこともあるそうで、このコロナ禍で離脱者を出さなかったことには驚かされた。

そういえばテイクアウトで渋谷店に立ち寄ったときも、秋葉原店で行ったこの取材の日も、それぞれ見知ったスタッフが働いていた。行きつけの飲食店の安心感は大切だ。

 

意地でも本場の香辛料は絶やさない

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▲オーナーの背後には料理で使う香辛料がぎっしり!

 

陳家私菜の味の秘訣の一つは、なんと言っても本場・四川から買い付ける香辛料。

メニューには「18種類の香辛料を使った○○」といった表記が出てくるが、多種の香辛料が織りなす複雑な味は、筆者のような辛いモノ好きや中華料理好きの胃袋を、わしづかみにして離さないポイントの一つだ。

平時は陳オーナーが数カ月おきに四川に渡り、自分の目で確認して購入する。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大による自粛前から全スタッフの中国渡航を禁止し、安全を徹底していた。その間は香辛料をどのように入手していたのだろうか。

 

f:id:Meshi2_IB:20200703105906p:plain陳オーナー:うちのお店はリーズナブルに本格四川の味を提供し、お客様に楽しんで頂くのがモットーです。新型コロナ(ウイルス感染症)で現地に行けなくなった時は、香辛料は味を理解している知人に買い付けてもらい、他の国を経由して日本に持ってきてもらいました。

 

多額の費用がかかったと陳オーナーは苦笑いしていたが、生命線である香辛料に妥協しないが故の決断だった。複雑に絡み合った香辛料の味を楽しみにしているファンも多い。

 

暑い夏こそアツアツで辛い四川料理を

中国・四川省は亜熱帯地域にあり、夏は蒸し暑い。それでも、あえてこの季節に汗をかくために辛い料理を食べることは珍しくない。

麻婆豆腐、よだれ鶏、火鍋。四川料理と聞いて思いつくのが辛い料理なのは、汗をかくためなのだろう。事実、夏場でもアツアツで辛い料理は売れ行きが良いのだそう。

同店名物の「やみつき皇帝よだれ鶏」や「頂天石焼麻婆豆腐」には、多種多様な香辛料が使われており、食べると汗がにじんでくる。

 

f:id:Meshi2_IB:20200703105906p:plain陳オーナー:暑いからといって冷たいものを食べるのではなく、むしろ身体を温かくすることが健康につながる、と四川では言われています。

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▲陳家私菜の代名詞ともいえる定番メニュー・頂天石焼麻婆豆腐(850円・税抜) ※渋谷店で撮影したものです

 

頂天石焼麻婆豆腐は、夏でも売り上げが全然おちないのだそうだ。寒ければ寒い、暑ければ暑いで汗をかくために、お客さんは陳家私菜に四川料理を食べに来ている。

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▲「魚の激辛酸菜旨煮」(1,580円・税抜)

 

上の料理は定番メニュー「魚の激辛沸騰旨煮」のスープが酸菜ベースになったもの。これも一部の常連さんに提供したもので、メニュー化を検討している。

酸菜とは白菜の漬物を発酵させたもの。これを使ったスープは塩味・酸味・辛味が絶妙に混じり合っており、とろみのある口当たりに仕上がっている。

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▲上の料理のスープを飲んだ。塩味・酸味・辛味が混じり合い、とろみもある

 

常時二桁を超える種類の香辛料が混ざり合った上、こうした発酵食材の入ったスープは一言で味を伝えることができない複雑なもの。これらはもともと四川料理として存在し、一級調理師免許を持った料理人が腕をふるってお客さんに提供するものだ。

ここでは、日本に暮らしていると出会えない四川料理が食べられる。

定番の麻婆豆腐やよだれ鶏に加え、コロナ禍で常連さんにサービスした料理が、これからの評判メニューとして加わってくるのかもしれない。

 

本格派の四川料理が食べたくなったら

2020年6月19日、緊急事態宣言の終了に伴う様々な緩和のなかで、東京都も飲食店における時短営業要請を解除した。

陳オーナーにお話を伺ったのは奇しくもこの6月19日。陳家私菜 秋葉原店にはかつての活気が戻り、過度に騒ぎ立てずに会話と料理・お酒を楽しむファンで賑わっていた。

本格派の四川料理を食べたくなったら、間違いなく期待に沿ってくれる一軒だと思う。

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取材を終えた筆者が、

「賑わってきましたね。かつてお邪魔していた陳家私菜が戻ってきたようです」

と店内の様子の感想を陳オーナーに伝えた際に、

「いやいや、いつ第二波が来るかわからないし安心はできませんよ」

と慎重に言葉を選ぶ陳オーナーの瞳が、うっすらとにじんでいたのが忘れられなかった。

 

2020年7月に入り、東京都の新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染者数は再び上昇しつつある(7月1日時点)。現時点でまったく先は読めないが、陳家私菜では食器やテーブルの消毒を徹底し、換気やテーブル間の距離を取るなど対応を行っている。

東京都が発表した業態ごとの感染防止チェックシートを守ることで得られる感染防止ステッカーも取得済みだ。

お客さんを愛し、スタッフを愛する陳家私菜がずっと美味しい料理を提供し続けてくれるのを、いちファンとして心から願ってやまない。

 

お店情報

正統派中華料理 陳家私菜 秋葉原店

住所:東京都千代田区神田和泉町1-1-12
電話番号:050-5834-2247
営業時間:月~金、祝前日: 11:30~14:30 (料理L.O. 14:30 ドリンクL.O. 14:30)、17:30~22:30 (料理L.O. 22:30 ドリンクL.O. 22:30)
土: 11:30~14:30 (料理L.O. 14:30 ドリンクL.O. 14:30)、17:30~21:00 (料理L.O. 21:00 ドリンクL.O. 21:00)
祝日: 17:30~21:00 (料理L.O. 21:00 ドリンクL.O. 21:00)
定休日:日曜日

www.hotpepper.jp

 

書いた人:奥野大児

奥野大児

馴染んだ店で裏メニューを頂けるのが至高と思っている呑兵衛ライターでブロガー。店主と仲良くなるのが得意らしい。グルメ、旅、歴史、IT、スマホなどなど多ジャンルで書きます。

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