突然ですが、北海道の東川町ってご存知ですか?
人口約8000人の小さな町なのですが、人口増加率が高く、移住者が多いことで知られています。
北海道で一番高い山「大雪山エリア」のお膝元で、田んぼが多く、北海道らしい雄大な景色が眺められることに加えて、上下水道が地下水というところが理由です。
この東川町、鉄道がないためアクセスが悪い……。しかし、「ここに行くためにわざわざ東川町に泊まる」という人がいるほど、予約が殺到する話題の居酒屋さんがあると聞いて行ってきました。
「りしり」の料理を求めて全国各地からファンがやってくる
それが、この「居酒屋りしり」です。北海道ミシュランに紹介されたお店のひとつで、日本各地から毎年のように多くの人が訪れ、東川町民や近隣地域からも愛され続けているんです。
町の中心部にあり、三角屋根が特徴的なこの建物は、東川町で家具や施工を手がける「北の住まい設計社」のものだそう。
木彫りの看板は「居酒屋りしり」に限らず、東川町のあらゆるお店で見かけます。実はこれ、東川町の商工会が1986年からはじめた「木彫看板設置事業」の一環なんだとか。
それでは店内へ。
カウンターに座りながら、ビールをいただきます。ここはやっぱり「サッポロクラシック」(550円)。この他にも、全部で3種類の樽生ビールがあるそう。
メニューがかなり多く、通年用のグランドメニューに加え旬のお品書きがあり、魚料理が豊富。東川町は内陸なので、海がない場所で魚っていうのもなんだか不思議な感じですが……。
お通しの「北海シマエビ」(480円)です。真っ赤なシマエビ、塩味が効いていておいしいです。漁の期間が年に2回と限られており、なかなか珍しいものなんだとか。
それでは、若旦那こと中竹英仁さんにお話を聞いてみましょう!
父から母、母から息子へと引き継がれて……
――そもそも、なんでこの町で居酒屋さんを営むことになったんでしょうか?
中竹さん:もともと父が東川町で魚屋さんを営んでいたんです。東川町の先には天人峡という温泉があるんですが、そこのホテルへ魚を卸したりしていてね。バブル前だったんだけど、売り掛けを支払わないままそのホテルがつぶれたりして……。それで、魚屋さんじゃあ成り立たせるのが難しいってことで、父親が居酒屋さんを始めることにしたんです。ここの場所になるまでに、2軒ほど小さな居酒屋さんを経て、いまの「居酒屋りしり」の形になりました。
――お父様がこのお店の礎を築いたわけですね。
中竹さん:そう。父が亡くなった後は、母親が「居酒屋りしり」をやっていて、地元の人のすすめや協力もあって、この建物をつくることにしたんです。その頃おれは札幌で大学生をやっていてその後も札幌で働いていたんだけど、29歳の時に東川に戻りそれから母と札幌時代からの料理仲間と一緒にお店をやっているんです。父の代からだと、かれこれ30年くらいになるのかな。
――東川町って海から遠いじゃないですか。どうやっておいしいお魚を仕入れているんでしょうか?
中竹さん:隣町の旭川にある魚屋さんから仕入れています。父が営んでいた魚屋時代の仲間に昔からよくしてもらっているので、鮮度の良い魚が仕入れられるんです。旭川は内陸だけれど、北海道の真ん中にあるので、北海道中からおいしい魚介が集まってくる場所。ここらへんは海のすぐ近くというわけではないけれど、その分、シケの影響を受けにくいこともあっておいしい魚が食べられるんです。
新鮮な魚が食べられる理由はそこにあったのですね。それでは、「居酒屋りしり」自慢のお刺身を食べてみましょう。
「季節のお刺身盛合わせ」(2人前、3,200円)は、常時8〜9種類盛り。この日は、マグロやホタテ、ヒラメやエビに加え、生ウニやサンマがのっていました。どのお刺身もおいしすぎます。
――お刺身のチョイスに、何かこだわりはあるんですか?
中竹さん:北海道外からもいろいろな人が来るので、北海道らしさを感じてもらえるような刺身をセレクトしています。でも、難しいのは地元の人に食べてもらう時。高い値段を出せばいい魚を仕入れることができるけど、そうすると価格も高くなってしまう。観光客なら少しくらい高くてもいいかもしれないけれど、それだと地元の人たちをがっかりさせてしまうかもしれない。どちらにとっても満足してもらうようにするのが難しいんですよ。もうね、地元用と観光客用とメニューを用意したいくらい(笑)。
――地元の人たちに支えられているところもありますし、確かに難しいですね……。
中竹さん:東川町はお米や野菜が名産なんだけど、地元の人はいつも鮮度のいいおいしいものを食べている。だから、食材の良さにももちろんこだわるけど、温かいものを温かい状態で出すとか、焼き加減とか、ベーシックとなることをもっと高いレベルで大切にしていきたいなと。料理だけでなく、接客ももちろん大事。そして、ホールの子たちがきちっとしてくれているっていう状況がいいなと。うちで働く人は、自分がお客様の立場になるということをお願いしています。
▲若旦那の傍らにはお母様の姿があります。いいマスターとママがいるお店ってこういうことなんだなとしみじみ
他では食べられないものを厳選したメニュー
魚以外にも、東川産のメニューも豊富です。これは、「とうきびのかき揚げ」(650円)。シンプルにとうもろこしを揚げたものですが、とうもろこしがどこまでも甘い……。こんなに甘いとうもろこし、なかなか他では食べられません。こういった素材や調理方法のひとつひとつに丁寧なこだわりがあるんですね。
また、この日が初物だという「いくらの正油漬け」(650円)も。プチプチとした食感の生のいくらは、正油味の効いた濃厚な味わいです。口の中で弾けるイクラをかみ締めるたびに、北海道にいるんだな〜という感じがします。
こちらは「生にしん」(950円)と、「塩むすび」(180円)。このにしん、焼き加減がとにかく絶妙。身がふっくら柔らかいんです。塩むすびは手できちんと握られており、お米の甘さがしっかり味わえます。このおむすびに使われているお米は地元の幼なじみがつくる東川産だそう。中竹さんの言う通り、スタンダードなことを大切にしているということが、どのメニューからも伝わってきます。
――これだけ多くのメニューがそろっている理由は、何かあるんですか?
中竹さん:いや、メニューはね、これでも少なくしたんですよ。昔は餃子や野菜炒めとかあったんだけど、わざわざうちで食べなくていいものはなくしていったの。
とは言っても、40種類以上のフードメニューがあります。魚だけでなく、串焼きなどの肉類もあるので、どんな人が訪れても満足できること間違いありません。
「東川産のワイン」(グラス 700円)なんてものもありました。「居酒屋りしり」に来れば、東川の味がなんでもそろっているのです。
――ちなみに、どうして「居酒屋りしり」っていう名前なんでしょうか?
中竹さん:魚屋時代に働いていた従業員の方が利尻島出身だったのがきっかけなんだよね。名前を変えようという話もあったみたいだけど、「りしり」ってひらがなだけにしたの。「居酒屋りしり」って名前だと、赤ちょうちんとか純和風居酒屋さんのイメージがあるから、実際に来てみて良い意味で裏切れるかなと。
▲お店には店名の由来になった「利尻」の文字が飾ってあります
「居酒屋りしり」不動のメニューがお母様の代から作り続けているという「母さんのポテトサラダ」(380円)。北海道産のじゃがいもを使っていて、クリーミーかつ優しい味わいです。
「居酒屋りしり」を訪れてみて一つ分かったのは、どの料理にもお店のこだわりや愛情が感じられること。一度訪れた人をとりこにしてしまう理由は、まさにここにあるのでしょう。
おいしい料理を食べながら気さくな店主とゆっくり飲み語る。ここは最高のひとときを体験できる居酒屋さんでした。
お店情報
居酒屋りしり
住所:北海道上川郡東川町東町1-6-14
電話番号:0166-82-4088
営業時間:17:00〜23:00
定休日:日曜日
(PHOTO:YUTA KADOWAKI)
書いた人:長祖久美子
1983年北海道旭川生まれ。高校卒業後は東京を拠点に、野外フェスのスタッフや自然食品店、古本カフェ、アウトドア雑誌編集部などに従事。旭川市で、airbnb×編集事務所「あさひかわ編集室」を主宰。
- ウェブサイト:あさひかわ編集室/tosei