パソコン通信時代からB級グルメを探り続けてきたライター・芝田真督さんと変わりゆく神戸の町を飲み歩く

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神戸市内の飲食店を取材していて頻繁に目にする名前がある。芝田真督(しばたまこと)という名前である。

 

たとえばあるとき「良い雰囲気の居酒屋さんだなー!」と感動して店内を見渡すと、『神戸立ち呑み八十八カ所巡礼』と題された書籍が置かれているのが目に入り、付せんのついたページを見ると、そのお店のことが魅力的に紹介されている。

またある時、神戸市内の銭湯に入ってくつろいでいると休憩スペースに『神戸ぶらり下町グルメ』という本が置かれており、エリアごとに神戸の庶民的な飲食店が紹介されていて、これから行くお店を探すのに役立つ。どちらも著者は芝田真督という方だ。

 

そんなことが重なって以来、神戸の庶民的なグルメ情報を深く知る人としてその名を記憶していたのだが、先日、その芝田さんと直接お会いしてお話しをする機会に恵まれた。今年で御年71歳になられる芝田さんは、初対面の私に神戸の酒場事情について丁寧に解説してくださった。そしてそのお話の中には、いまだ自分が知らない神戸の奥深い魅力がゴロゴロとあふれているように感じられた。

 

「ぜひ今度、芝田さんのお気に入りのお店を一緒に飲み歩かせてください!」と、そんな強引なお願いに気さくに応じてもらうことができ、今回、芝田さんに神戸のグルメ事情や、これまでの経歴、変わりつつある町の現状についてなどなど、いろいろとお話をうかがいながらおすすめのお店をハシゴする、というぜいたくな取材をさせていただけることになった。インターネット黎明(れいめい)期から大衆グルメ情報を発信し続けてきたという芝田さんのお話は、どこをどう切っても貴重なものばかりだった。

 

旅のはじまりは「喫茶 思いつき」から

取材当日、待ち合わせ場所は「喫茶 思いつき」と決まった。

ここが今日のスタート地点だ。JR神戸駅から南へ15分ほど歩いた、兵庫港近くのエリアに店舗を構える小さな喫茶店である。

 

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「思いつき」とはしかし、なんと軽やかでかわいげのある店名だろうか。

 

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ドアを開けると、先に到着していた芝田さんとお店の方が出迎えてくれた。こちらが芝田真督さん。

 

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入った瞬間から心が落ち着く穏やかな雰囲気の空間。

 

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普段は4姉妹で切り盛りされているお店なのだが、当日は一番上のお姉さんの体調が芳しくなく、3姉妹で営業されていた。

 

全国の純喫茶ファンが訪れる

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名物のフルーツジュース(500円)をいただきつつ、ゆっくりとお話を聞く。

 

── 芝田さんが初めてこちらの「喫茶 思いつき」に来られたのはいつ頃のことでしたか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:2000年頃ですね。この辺りにあった「まめだ」という大衆食堂を探して散歩していたんです。そのお店が古い新聞記事に紹介されているのを見つけて探しに来たんですが、すでにお店はなくなっていました。その時にここを見つけて入ったんです。それが初めてですね。

 

近くにある兵庫港で働く人々がよく利用したという「喫茶 思いつき」。私が飲んでいるフルーツジュースも、夏場に港湾で働く方々の「氷を細かく砕いて入れて欲しい」とリクエストに応じてできあがったものだという。フルーツもたっぷり入っているそうで、ジュースと言うよりシェイクと言った方がしっくりきそうな濃厚さだ。

 

── この辺りには港湾の方々が食事するようなお店がたくさんあったんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:そうです。今はほとんどなくなってしまいましたが、一膳めし屋さん、いわゆる大衆食堂みたいなものは他にもあったと思います。酒屋さんがやっている角打ちもたくさんあったようで、よく見て歩くと看板に名残りが見つかったりしますよ。

 

周辺には町工場も多く、「喫茶 思いつき」があった場所ももともとは鉄工所だったのだという。4姉妹のお父さんが鉄工所を辞めることを決め、空き家になった場所を改装してお母さんと4姉妹の長女の二人で始めたのが昭和30年。63年前のことである。

「女性だけでもできるから、喫茶店がいいんじゃないかって。思いつきで始めたので『思いつき』っていう名前になったんです」とのこと。

 

開店当初の写真を見せてもらった。

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看板に書かれた小さな文字を見ると「コーヒー20円」「ケーキ15円」とある。

 

「お店始めたときは母なんかコーヒーを飲んだことがなかったんですよ(笑)。この頃は菓子パンなんかも売っていました。シベリヤゆうケーキ、分かります? 両脇がカステラで、真ん中がグリーンの羊羹。そんなのがあってねぇ」

 

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開店当初はお母さんと長女の朗子さんとの二人がお店に立っていたが、徐々に姉妹のみなさんが加わっていった。

ちなみに私が初めてこのお店を訪れた時は、ドアを開けると4姉妹が笑顔で「いらっしゃーい」と迎えてくださり、夢でも見ているかのように感じた。

お話しをしているだけで楽しくいつまでも腰を落ち着けていたくなるようなお店。

 

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港湾で働く人々の数はその頃に比べてかなり減ってしまったそうだが、今では「喫茶 思いつき」は純喫茶ファンの間では有名なお店となり、県外からもお客さんが足を運ぶという。

ファッション誌の撮影に使われたり、テレビの撮影が来たりすることもあるそう。

 

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当日お会いできた3姉妹のみなさまのお写真を撮らせていただき、次の目的地へ向かうことにした。

 

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お店情報

喫茶 思いつき

住所:兵庫県神戸市兵庫区西出町1丁目2-18
電話番号:078-671-4652
営業時間:7:30~15:00
定休日:土曜日・日曜日・祝日

www.hotpepper.jp

 

歩を進めるごとに土地の歴史が

「喫茶 思いつき」のすぐ裏手は港で、今も大きなドックが船の整備などに使用されている。

 

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道を歩き出すと芝田さんが指をさす。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:ほら、あの看板を見ると「めし」とありますでしょう。あそこもおそらく食堂だったんです。

 

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「喫茶 思いつき」から次の目的地である「中畑商店」までは徒歩数分の距離だが、ちらほらと古い建物が目に入る。

 

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f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:このあたりはかなり古い建物が残っています。あとこっちには「船食」の会社がありますね。

 

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f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:船食というのは、港に来た船に食料や日用品なんかを積む仕事です。最近はそういう会社はあまり見なくなったんですが、ここは今でも営業されています。

 

芝田さんと歩いていると、まるでツアーのガイドさんのように町の中のさまざまな場所に残された歴史について解説してもらえるので楽しい。

 

昭和43年創業の「中畑商店」

そうこうするうちに第二の目的地である「中畑商店」に到着。

 

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1968年(昭和43年)創業のホルモン屋さんで、店主が目の前で串に刺さったホルモンを焼いてくれる。

 

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メニューの中で一番安い「ホルモン」は一串50円。

 

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牛の肺を意味する「バサ」と呼ばれる部位だ。これを特製のニンニクの効いたピリ辛ダレにつけていただく。

 

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芝田さんもご満悦である。

 

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まだ神戸の下町グルメ本がなかった

お店の外に作られた席で生ビールを飲みつつ、改めて芝田さんの経歴について話を聞いた。

 

── 芝田さんが居酒屋さんや大衆食堂などを食べ歩くようになったのはいつからなんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:30代に大阪でサラリーマンをしていた頃、自分で使えるお金にも少しは余裕がありましたんで、仕事帰りに食べたり飲んだりするのが楽しくなったんです。梅田であれば新梅田食堂街だとか、天満や京橋の辺りによく出没してましたね。その頃は大衆食堂と酒場と喫茶店と3セットでまわるのが好きだったですねぇ。

 

── その頃はご自分の食べ歩きを記録したりはしていないんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:していないですね。やはり記録するようになったのはデジタルカメラが出て、いちいち現像に出さんでも写真を撮れるようになってからですね。確か1995年頃でしたか、カシオが30万画素のデジタルカメラを7万円ぐらいで売り出したんです。それでようやく手軽に記録できるようになりました。それまでは現像した写真をスキャンするしかないわけですからね。

 

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── ということは、食べ歩きを始められてから、それを記録するようになるまでは結構間があいているんですね。1995年というと芝田さんが48歳の頃ですか……。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:あまり年の話はしたくないんですがね(笑)。その頃はもう勤めも辞めていたんですが、職場ではソフトウエア開発をしていたり、早くからコンピューターを扱う仕事をしていたんです。コンピューターを扱うのも得意だったので、1996年に自分のドメインでサイトを開設したんだったかな。まだ「パソコン通信」があった時代ですね。サイトを開設したのはいいんだけど、コンテンツが特にない(笑)。 それで、何か載せなくてはという時に、食べ歩きの記録をコンテンツにするのが一番楽だなと思いましてね。

 

── まず先にオンラインで自分のサイトを立ち上げたいという気持ちがあって、食べ歩きはその後だったんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:そうですね。好きでずっと食べ歩いてはいたのでね。

 

── その頃、反響というのはあったんでしょうか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:パソコン通信の仲間内だけですけどね。冊子を作ってそこに記事を書いたりもしてましたね。その頃はものすごく低い解像度の画像しかアップロードできなかったですよ。時間もかかってね。ISDNとか、あんなののまだ前で。

 

── そうやってあくまで趣味として食べ歩きコンテンツを作っていて、そこからそれが書籍になるのにはどういった経緯があったんですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:仕事でコンピューターを扱っていて、一時期は大学で非常勤講師をして、コンピューターについて学生さんに教えておったりしたんです。そんなこともあって、コンピューター関係の技術書みたいな本を何冊か作ったことがあってね。その経験もあったので、今度は何か他のことを本にしたいなと思って、食の方でやってみたらどうかと。最初は自費出版で出したんです。

 

── それはいつ頃のことですか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:2005年かな。だいぶ、時間はたっていますよね。それから新聞社の方に持ち込みをしましてね、それで出たのが『神戸ぶらり下町グルメ』(神戸新聞総合出版センター)でした。初版は確か2006年だったかと思います。これはね、なかなか好評でした(笑)。当時神戸を対象にしたもので、そういう本がなかったんですよ。高級店を紹介するような本はあったんですが、庶民が気軽に行けるようなお店を集めた本というのはほとんどなかったんですね。

神戸ぶらり下町グルメ

神戸ぶらり下町グルメ

  • 作者: 芝田真督
  • 出版社/メーカー: 神戸新聞総合出版センター
  • 発売日: 2009/11/01
  • メディア: 単行本

 

ガイド本でもあり、記録でもあり

── 取材エリアを神戸に絞ったというのは理由があったんでしょうか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:いや、自然とそうなった。その頃は神戸に住んでいて、普段自分が歩ける範囲で、それほど交通費もかけずに行ける場所というと神戸に限定されました。でもかえってそれがよかったかもしれないですね。大阪でもなく、神戸というのがね。

 

── ちょうど誰もやってないところに芝田さんが目をつけていたんですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:『神戸ぶらり下町グルメ』の評判が良かったので、翌年には2冊目を作りまして、次の年には『神戸立ち呑み八十八カ所巡礼』(神戸新聞総合印刷)を出したんです。これは角打ちをメインにした本です。角打ちをテーマにした本もほとんどなかったんです。雑誌でちょっとした特集が組まれるぐらいはあっても、一冊まるまる角打ちを網羅するような本はなかった。だからこれも売れるかなと思ったんですが、酒飲みは本を買わないですね(笑)。1,500円あったら飲みに行くでしょう。

神戸立ち呑み八十八カ所巡礼

神戸立ち呑み八十八カ所巡礼

  • 作者: 芝田真督
  • 出版社/メーカー: 神戸新聞総合印刷
  • 発売日: 2008/11
  • メディア: 単行本

 

── ははは。いや、でもページをめくりながら、「このお店に行ってみたいな」と想像を膨らませたりするのは楽しいですよ。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:そうですね。10年前ですから、載せたお店も3分の1ぐらいはやめているかもしれない。でも、記録に残すことも大事だと思って、神戸にこういうお店があったんだよ、と、そういうことを記録しておきたい気持ちがありました。

 

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── ガイドブックであると同時に記録でもあるわけですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:はい。2011年になって『神戸おとなの美男美女食堂』という本を出して、これはね、中身はいいのに売れなかった(笑)。 2012年になって『神戸懐かしの純喫茶』を出したんですが、これはそこそこですかね。純喫茶を探すのが難しくてね。電話帳で調べて片っ端から行ってみて、取材許可を取って。誰でも知っているような有名なお店は載せないで、あまり知られていないお店を探していたので、「どうしてあのお店が載ってないんだ」とか怒られたこともあるんですけどね。でもググっても出てこないようなお店の方が、やっぱり燃えますよ(笑)。

神戸おとなの美男美女食堂

神戸おとなの美男美女食堂

  • 作者: 芝田真督
  • 出版社/メーカー: 神戸新聞総合出版センター
  • 発売日: 2011/12/01
  • メディア: 新書

 

── 芝田さんのお店の紹介文には、データ的な側面だけじゃなくて、この時お店の人とこんな話をした、とかその時だけの情報も多く盛り込まれていて、臨場感があります。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:何回も行けばそのお店が分かるということもないと思うんです。来てるお客さんも違うし、お店の方も変わっているかもしれない。その時、どんな風な印象を受けたかということも、それはそれで大事なんじゃないかと思います。

 

── この「中畑商店」に来られた時のことは覚えていますか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:稲荷市場(「中畑商店」があるエリアにかつて存在していたマーケット)のことが新聞記事に出ていて、それを見て来ました。2004年だったかな。最初に来た時はまだ市場のアーケードがあって、お店も30軒ぐらいはありました。まんじゅう屋さんもあったし、総菜を売っているお店もあった。中畑商店さんはそれから何度も来ていますし、本が出たときに即売会をやらせてもらったり、お世話になっています。ここも前はアーケードがあったから少し薄暗くて、それがよかったんですよ。今は明る過ぎて、昼から飲むのには罪悪感があります(笑)。

 

かつて「稲荷市場」があったエリアは、今では「中畑商店」を含めた数店が営業を続けるのみになり、通りの先では大きなマンションが建設中である。

 

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それを遠くに眺めつつホルモン串をほおばるというのも、これはこれで今しかできない不思議な楽しみのような気がする。

 

お店情報

中畑商店

住所:兵庫県神戸市兵庫区東出町3-21-2
電話:078-681-9598
営業時間:9:30~19:00
定休日:木曜日、第三水曜日

www.hotpepper.jp

 

神戸の酒場ならではの魅力とは

かつての「稲荷市場」入口あたりで記念撮影をして再び歩き出す。

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近くにあった「喫茶ベニス」はつい先日、51年続いた歴史に幕を下ろした。

 

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芝田さんはそのベニスの最後営業日にお店を訪れ、そこで撮影した写真を冊子にしている。

 

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販売用ものではなく、あくまで記録としてこうしたミニ写真集を何冊も作っているのだとか。

 

次の目的地である和田岬エリアまでの道を歩きつつ、ご自身が考える「神戸の酒場ならではの魅力」について聞いてみた。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:神戸らしさね、あるようなないような気もしますけど、やはり港町だからカラッとしているのか、あまり酒場で愚痴を聞かないですね。あとは、角打ちなんかでも、おつまみにハイカラなものが多いですよ。ホワイトアスパラの缶詰ですとか、蒸し豚がおいしかったりね。喫茶店が普及したのも神戸はかなり早かったはずです。それもやはり港町だからかもしれないですね。コーヒーが海外から早い段階で入ってきたんでしょう。

 

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神戸市中央卸売市場に差し掛かると、「この辺りも大きく変わったんですよ。市場の食堂街があったんですが、今はイオンモールになっています」と芝田さんが教えてくれた。

 

国宝級の立ち角打ち「木下商店」

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30分ほど歩いて和田岬周辺の到着。

芝田さんが「国宝」と表現する角打ち「木下酒店」へ。

 

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黒く光り輝くカウンターの手触りのなめらかさよ。どれだけの人がこの上でお酒を飲んできたんだろうか。 

 

── 素晴らしい雰囲気ですね。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:良いでしょう。大正10年(1921年)からやっているんですよ。ほら、上を見てください。これガス灯なんです。

 

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店主によると「私が子どもの頃は電気事情がよくなくて、よく停電したんですよ。そういう時に使ってましたね。暗いですよ(笑)」とのこと。昭和のはじめから使っていないというが、ガスは今も通っているそうだ。

 

── 和田岬はどういう町なんでしょうか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:三菱重工の造船所があってね。いわゆる企業城下町ですね。川崎重工の工場もあります。これ、和田岬線の時刻表。この辺の角打ちには必ず貼ってありますね。和田岬駅と兵庫駅を結ぶ一駅だけの区間なんです。ほとんど社員さんを運ぶためだけのものですから、朝と夜しか行き来しない。

 

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このお店に来るお客さんも9割ぐらいは三菱重工の関係者だそうで、終業後、17時半頃から一気に混み合うそうだ。

カウンターだけでは足りなくなるので、その時間になるとお店の外にも席が出される。

 

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f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:ここはね、おつまみを頼むとロウ紙に置いてもらえるんですよ。洗わなくて良い。合理的ですよね。

 

そう芝田さんが教えてくれたので「ピリ辛ウィンナー」(60円)を注文してみると、確かに紙の上だ。

 

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おつまみは日替わりのものが毎日5~6品ほどそろう。

「おでんはそろそろですか?」と芝田さんが店主に聞くと、「おでんはもう少し先やね。冷奴から湯豆腐になって、その後がおでん。なんせうちはエアコンもないからね、もう少し涼しいならんとね。夏の暑い日は耐えられんから、お客さん少ないわ」とのこと。

和田岬でも古いお店は徐々に消えつつあり、この「木下酒店」も三代目の今の大将の代で終わりにするつもりだとか。

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:昔は雨が降ると、この辺の人らの仕事が午前中で休みになっとった。それでも日給の何割かはもらえたんよ。せやからみんなその金でパチンコ行く(笑)。パチンコ屋さんが開くまでの間、ここによく飲みに来とったよ。今は雨でもちゃんと夕方までいないとあかんみたいね。時代が変わったわ。

 

お店情報

木下酒店

住所:兵庫県神戸市兵庫区上庄通2-2-13
電話番号:078-671-1269
営業時間:月曜日~金曜日 15:00~20:00 土曜日 15:00~18:00
定休日:日曜日

www.hotpepper.jp

 

古いお店は行けるうちに行ってほしい

当初はここで取材終了の予定だったが、「もう一軒だけ」と、以前『メシ通』でも紹介されたクレープのおいしい「淡路屋」へ。

 

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www.hotpepper.jp

 

駄菓子屋さんの店頭で焼かれるクレープが名物で、近くの学校に通う子どもたちがひっきりなしに訪れる。

店内で食事することもできるので、ここで最後に一息つくことにした。

 

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芝田さんが「ぜひ食べてみてください」とおすすめしてくれた「神戸たこ焼き」(5個 180円)をおつまみに瓶ビールを飲む。

 

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ソースのかかったたこ焼きが明石焼きのようにだし汁に浸っているというもので、大阪兵庫のハイブリッドのような食べ物だ。ソースとだし汁って合うのかなと思ったが、これが妙にうまい。

 

── 芝田さんは古いお店がどんどんなくなっていくのをずっと見てこられたと思うんですが、それについてはどういう思いがありますか?

 

f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:やはり古いお店がなくなっていくのは寂しいですよ。神戸がどこにでもある地方都市の一つになっていくなという気はします。でも、しょうがないんですよ。どうしたって消えていくんですからね。行政の人が考えることは、私たちが望むようなものとは大抵違いますから、自分の思うような町になんかなっていかないです。諦めの境地(笑)。

 

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f:id:Meshi2_IB:20181019142244p:plain芝田さん:ですから、これはノスタルジーでもなんでもなく、古いお店には、行けるうちに行って、見ておいて欲しいですよ。神戸でも大阪でも、きっとこれからどんどん古い物がなくなっていくでしょう。どうか、行けるうちに行ってください。それだけです。

 

食べ歩き、飲み歩きの大先輩として関西圏の食文化を眺め続けてきた芝田さんの言葉は、どれも胸にズシンと重く響いた。

ほろ酔いの我々の隣のテーブルでは小学生女子が二人向かい合い、カップ麺にお湯を入れてもらって、それができあがるのを待っている。

 

時間の流れは止めることができないし、その時々の人たちが望む町並みだってどんどん変化していくのだろうから、「ずっとこうであってくれ」と言うのはわがままなのだろう。

だからできる限り、今、自分が居心地いいと思える場所を探して、少しでも長くその空間を味わって記憶しておけるように、私たちはきっとこれからも歩き回るのだ。

 

お店情報

淡路屋

住所:兵庫県神戸市兵庫区笠松7-3-6
電話番号:078-671-1939
営業時間:7:00~19:00
定休日:日曜日
ブログ:http://awajiya.ko-co.jp/

www.hotpepper.jp

 

書いた人:スズキナオ

スズキナオ

1979年生まれ、東京育ち大阪在住のフリーライター。安い居酒屋とラーメンが大好きです。exciteやサイゾーなどのWEBサイトや週刊誌でB級グルメや街歩きのコラムを書いています。人力テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーでもあり、大阪中津にあるミニコミショップ「シカク」の店番もしており、パリッコさんとの酒ユニット「酒の穴」のメンバーでもあります。色々もがいています。

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