「つけ麺大王」というラーメンチェーンをご存じだろうか。
昭和50年代に都内を中心に、最盛期は1日1店舗ペースで展開。つけ麺という名称を始めて用いた元祖にして、麺をスープにつけて食べるというスタイルを世に知らしめた一大フランチャイズチェーンだったが、時代の流れとともにいつしか街角から姿を消していった。
残った店舗は各店舗独自に定食メニューなどを充実させ、街の中華店的に営業を続けているが、総本店を掲げる自由が丘店は、炒め物以外につけ麺も、他の「つけ麺大王」とは一線を画す独自進化を遂げているという。
かつて一世を風靡(ふうび)したつけ麺の立役者は今どうなっているのだろうか。創業家三代目の槇大介氏に話をうかがってみた。
大勝軒のつけそばがヒントに
▲自由が丘総本店店長にして三代目の槇大介氏
── 総本店とありますが、創業からずっと自由が丘なのでしょうか。
槇氏:いえ。ウチの祖父は戦前に大井町で中華料理店をやっていたのですが、戦争になって当時の満州に行きまして、引き上げた時に品川区の武蔵小山で製麺業者を始めたんです。
── 満州という土地で、中華麺に関して感化される部分があったのかと察しますが。
槇氏:向こう(満州)で知り合った方に紹介されて、製麺をやってみたら? とすすめられたらしいです。僕の父には兄弟がいまして、家業を皆んなでやってたんですけど、僕の叔父である長男が「大勝軒って面白いお店があるから行ってみよう」と知人に言われてつけそばを食べたところ、とても興味を持ったようなんです。祖父が作っていた製麺がおいしいので、どうにかいかせないかと。
── 叔父様が行かれた大勝軒は、以前この連載で取り上げた、あの「中野 大勝軒」ですね。
槇氏:そうです。
── 大勝軒で提供されていた“つけそば”をあえて“つけ麺”と名付けた、と。
槇氏:中華の、ラーメンの麺という意味合いだと思うんですよね。そばというと日本そばのイメージに近くなってしまいます。大勝軒さんとの違いを出すように、ツルッとした感じにしたかったようです。
「大王」は北海道がルーツ
── 「つけ麺大王」という名前はどんな由来が?
槇氏:叔父が祖父に麺を依頼して、出来たものを“つけ麺”と名付けて、「元祖中華つけ麺大王」という店名にしたんです。大王っていうのは、札幌にあったラーメン大王というお店が元なんですよ。
── 札幌ラーメンですか!?
槇氏:東京に札幌ラーメンが入ってくる前に、祖父が札幌の味噌ラーメンを研究したいと、ラーメン大王に通いつめてなんとかレシピを教わって。それで大王の名前をもらって、「元祖中華つけ麺大王」という店名になったらしいですね。当時祖父は中華料理組合の絡みの仕事もしていて、そのつながりでお得意さんたちに、こんな味噌ラーメンもあるよってレシピを教えていたようです。そのよしみで、自分の麺も取ってもらうと。
── なるほど、商売人ですね。それは何年くらいの話ですか?
槇氏:恐らく昭和47年頃だっと思います。その後、荻窪に第1号店となる当店を試験的に出したそうです。その1~2年後に荻窪は閉めて、自由が丘に移転したんです。自由が丘では2階に実店舗とまったく同じ研修室を作って、チェーン展開していたのが昭和53~55年くらいだったと聞いています。
▲改装前の自由が丘店
▲改装後、総本店を掲げ再出発
▲カウンターのみながらモダンで清潔感ある店内になった。女性客も多いという
── 創業されてからチェーン展開に乗り出すまでが早いですね。
槇氏:確かに早いですよね。1日1店舗ペースの時もあったようで、東京近郊で全盛期は70~80店舗を超えていたと聞いています。
── えぇ、そんなに!!
槇氏:一時テレビに出てたりとか。メディアが結構つけ麺というものを取り上げだしたというのがあったみたいなんですよね。
── つけ麺という名前が知られるキッカケになったと。
槇氏:それはあると思います。
衰退、そして再起へ
── その頃にはお祖父様はご商売されていたのでしょうか。
槇氏:その頃には叔父が社長になったので、祖父は会長職となりました。叔父はアイデアマンで、当時のパチンコ店みたいなキラキラしたネオンの外観や看板にしたいというのがあったみたいですね。
── 街道筋で思い切り目立つような。
槇氏:そうですね。
▲国道122号近くにあった赤羽店(※現在は閉店して別店舗に)
── 高度経済成長で車が増えて、ドライバーが環七とか幹線道路沿いに車を停めて、お昼や夜食としてラーメンを食べるようになった頃ですよね。車で走りながらでも目立つ看板というのは、時代背景とマッチしたんでしょうね。
槇氏:それから平成8年頃にかけて、今の30店舗くらいになったと聞いていますが、今でも製麺業は叔父の奥さんと創業当時工場長だった方が大井でやっていますので、麺は祖父からの味を引き継いでくれています。
── その時分には、「つけ麺大王」の店舗自体をあまり見かけなくなっていた気がします。この10年位で気づいたところでは、赤羽と、山手通り沿いの東中野の近くですね。でも今はどちらもなくなってまして。この間、横浜の伊勢佐木町近くを歩いてたら見かけました。
槇氏:長者町ですよね。そこはウチに元々いたスタッフの方が買い取ってやっています。
── どのお店も、日替わりの定食メニューの看板が店頭に出ていて、定食や炒め物のメニューが非常に魅力的に映りました。
▲かつて赤羽店の店頭に掲げられていた日替わりメニュー看板
▲赤羽店で出されていた土曜の日替わり回鍋肉定食
コシがありツルッとした太麺
── こちらの自由が丘の総本店も、麺はその大井の製麺所から仕入れられていると。
槇氏:もちろん!
▲見せて頂いた、工場直送のゆでる前の生麺
── 自由が丘店でつけ麺を頂いて、他の「つけ麺大王」の麺とは全然違うんでビックリしました。
槇氏:父親からも「中野 大勝軒」のことは聞いていたので、実際に行って食べてみたら太い麺で、おいしかったんですよね。当店に私が入った当時はもうつけ麺が下火になってきていて、炒め物などで売上が成り立っていた状態でしたね。それで、工場長だった現社長が研究熱心な方で、とてもおいしい太麺を完成させていて、それがとてもおいしかったんです。
▲ゆでた後のつけ麺の麺。しなやかなコシで実に艷やか!
── 世間的にも濃厚なつけ麺が浸透していく時代の中、「つけ麺大王」のつけ麺に関しては、ただラーメンを麺とスープとセパレートにしただけという印象は確かにありました。
槇氏:んー、「つけ麺大王」っていいイメージが正直ないんですよね(笑)。つけ麺大王=おいしくない、みたいな。僕も自由が丘に入った当時はもう荒っぽい作り方でした。
── ええ、そうだったんですか!?
槇氏:僕も19歳で見習いで入ったばかりでして、誰もまともに相手してくれない中、一番年の近い当時34歳の職人さんだけが、とてもかわいがってくれて、不器用な僕に料理を一から教えて下さったんです。その師匠が作るチャーハンが絶品だったんですよ。
── それは興味あります!!
槇氏:チャーハンが基本なんで、1カ月毎日師匠のチャーハンを食べました。その後は毎日自分で作って。で、よしって言われて、他の料理とかも作れるようになって、1年半くらいでお客さんにも出せるようになりましたね。
▲チャーハン 750円(税別)をあおり中。師匠直伝の本格的な中華の技が光る
▲パラリとした仕上がりながら、米の甘みも生きた一皿。毎日でも食べられるよう、油や味付けは極力控えたアッサリ味。半チャーハンも450円(税別)で出来る
100%おいしいものを提供したい
── そうやって自分なりの苦労を重ねながら、料理人として一人前になっていかれたわけですね。
槇氏:その先輩から教わっていた後は独学で試行錯誤しました。やっぱり炒め物が主流だったので、とにかく麺類の目玉商品を作りたくて考えだしたのが、あの太麺に合う、和風焦がしつけ麺なんです。
▲見た目にも彩り美しい、特選和風焦がしつけ麺(醤油) 1,000円(税別)。爽やかなアクセントとなる柚子は、冷凍保存して通年提供される。この心遣いが憎い
▲しなやかさが際立つ、みずみずしい麺
▲焦がしつけ麺の豚バラ肉はバーナーで炙ったものが供される
▲炙りでジューシーさが増した脂身! スモークしたかのような香ばしさもタマラナイ
▲お店のベースとなるスープに、特製魚介油を鍋で醤油ダレと共に合わせ、火を入れることで焦がし醤油スープが出来上がる
── 店頭でもイチオシになってますね。自分がうかがった時も他のお客さんが食べているモノ全てがおいしそうに見えました。皆さん、「つけ麺大王」のアレが食べたいコレが食べたいと頭で考えて狙い定めて来ているのが伝わってきて、それって、つけ麺含めのすべてのメニューがおいしいから出来ることだなって思いましたよ。
槇氏:目指しているのは、どのメニューも100%おいしいものを提供したいという気持ちが強いです。
── もちろん、その心意気は舌を通して伝わってきました。つけ麺を構成する、それぞれのパーツ全てに仕事されてる痕跡があって、具材1つとっても、チャーシューがもう絶品で。
槇氏:チャーシューはどうしても動物の獣臭さが出るじゃないですか。部位によっては結構パサパサだったり。でも当店は上質のバラ肉を使っているんです。脂も甘みのあるものを、その都度切るようにしています。前はある程度切り置きしてたんですけど、臭みが出てしまっていたんです。
▲その都度切られるチャーシュー。脇役にはもったいないほどの完成度
── 切った断面から悪くなっていきますよね。
槇氏:さらに塊の状態で一度レンジで温め直すことによって、中の脂身と肉のうま味がうま味を増して、臭みを飛ばしてくれるんですよ。
うまいもマズイも接客次第
── あと大ぶりの餃子もおいしくて。皮も製麺所のものですよね。モチッとしてて特徴的だったもので気になったんですけど、それとつけ麺でもうおなか満たせてしまうという。
槇氏:そうですね。
▲ランチタイムは3個の半ぎょうざが200円(税別)で付けられるのはうれしい
── つけ汁がかなり濃いめでビックリしたんですけど、最初から割りスープが付いていて、自分で調整して好きな濃度で味わえるという提供方法は、当初からでしょうか。
槇氏:はい。口コミなど見ると、つけ麺がショッパイって批評いただいたりすることがありまして。なので最初から割りスープお付けしていますし、提供時にご説明しているんですけど(苦笑)。
▲通常のつけ麺 700円(税別)
▲奥にあるのが最初から提供される割りスープのポット。スープは鶏のみで野菜など入っていないという。純粋なうま味にあふれていて、これだけ飲んでもおいしい
── 大多数のお客さんは理解してると思いますよ。第一、接客がものすごくいいですから。
槇氏:そこはすごく注意してまして。うちのスタッフにも「おいしく作るのも大切なことなんだけど、おいしくするのもまずくするのも接客次第」とよく言ってます。
── カウンターのみのお店ということで目の行き届く範囲でされてるというのもあるのかなと。
槇氏:それはありますね。
── その丁寧さが、味的な部分でも食材一つから、何食べてもおいしいというところまで、目が行き届いてるなと感じたんですよね。このまま総本店としての独自進化していくのを、今後も楽しみにしています。今回はどうもありがとうございました。
「つけ麺大王」という昔からの固着したイメージを持ってる方もたくさんいると思う。さらに名前しか知らず、なんとなく敬遠されている方も多いだろう。
これを期に、今「つけ麺大王」はこうなってるんだゼ、自由が丘のお店はここまで目配り気配りしていいもん作ってるんだゼ、というのを一人でも多くの方に知ってもらいたくて、今回取り上げさせて頂いた。
できることなら是非足を運んで、この味を体感頂きたい。
お店情報
元祖中華つけ麺大王 総本店
住所:東京都目黒区自由が丘1-12-4
電話番号:03-3723-9145
営業時間:11:30〜17:00(LO 16:45)、18:00〜0:00(LO 23:45 土曜日・日曜日・祝日LO 23:30)
定休日:無休