世界的に猛威をふるう新型コロナウイルス感染症の影響で、約3カ月遅れの開幕(6月19日)となったプロ野球。
日本じゅうが「ステイホーム」を余儀なくされた期間中、日本人選手たちの多くは、SNSでファンと交流したり、自宅でのトレーニング風景や料理動画を公開したりと、それぞれの“おうち時間”を過ごしてきた。
一方、日本に不慣れな外国人選手がこの期間をどう過ごしていたかは、あまり報じられてはいない。グラウンドの内外で常に彼らと行動をともにする球団所属の通訳さんたちが、日々どんなサポートをして、どう立ち回っているかもよく知る人は少ないだろう。
そこで今回は、プロ野球を裏で支えるスペシャリスト「通訳」の仕事ぶりにスポットライトを当ててみる。通訳という仕事を選んだ経緯から、食事面を含めた異文化コミュニケーションの実情、さらに“コロナ禍”のなかでの外国人選手との関わり方まで、気になるところをうかがった。
話す人:荒木陽平(あらき ようへい)さん
日本生活の第一歩は恒例の「コストコツアー」
▲取材はリモートで。常にマスク越しのため「選手からも聞き返されることが増えた」 とも
荒木さん(以下、敬称略):チーム練習ができなかった期間はもちろん、緊急事態宣言が解除となって以降も、ウチにいる外国人選手たちはみんな、とくに不満をもらすこともなく、ずっと自粛をしてくれていましたね。食べるものも基本的には各自で自炊。日々の生活に必要な食材や日用品は、球団が借り上げているマンションの1階にあるスーパーでだいたい手に入りますから、練習以外での外出はほとんどしていなかったはずですよ。
そう話してくれたのは、オリックス・バファローズの荒木陽平さん。
昨季途中からクローザーへと転向したブランドン・ディクソンや、先発ローテーションの一角を担うアンドリュー・アルバースら、主に1軍投手を担当する通訳だ。
荒木:春季キャンプが終わって、ちょうどこれから家族を呼びよせようというタイミングで渡航制限がかかってしまったので、いまもほとんどの選手が単身赴任状態。なので、多かれ少なかれ、みんな不自由さは感じていると思います。しかも自粛期間中は、4人いる僕たち通訳も現場に出るのはローテーションで1人ずつ。練習に帯同する以外は、ほぼすべてを選手に任せっきりだったので、こちらとしてもそれは心苦しい限りです。
外国人選手といったら、夜な夜な街に繰りだしては、アメリカンな食事と尋常じゃない酒量を競って、ご陽気に過ごす豪快なイメージ。
その対極にあるとも言える異国での「ステイホーム」な生活は、さぞかしストレスフルだったことだろう。
荒木:みんな同じマンションに住んでいるので、各自で工夫をして“おすそわけ”みたいなこともしていたんじゃないですかね(笑)。残念ながら、手料理を振る舞ってもらったことはまだないので、腕前がどの程度かまではわからないですけど、作るのはだいたい肉料理をメインにしたワンプレートが多かったようです。母国の味が食べたくなったときは近くのコストコまで各自で買いに行っていたと聞いています。
オリックス球団では、日本での生活のハウツーを教える一環で、新たに加入した外国人選手たちを、会員制の倉庫型チェーン「コストコ」に連れていくのが毎年の恒例行事。
今年も「自粛」が始まる直前に“ツアー”を済ませたばかりだったという。
荒木:もちろん、なかには頑なに自分のスタイルを曲げない選手もいますし、野菜はいっさい食べずに足りないぶんはサプリで補う、みたいな選手もいます。でもやっぱり、日本の文化に興味・関心を持っているかどうかは、成否を握るカギのひとつ。それは食生活だけでなく、あらゆる面に共通して言えることだと思っています。
たとえば、「ブルペンに入って100球投げろ」と言われても、「そんなのやるだけ無駄だ」とは言わずにまずやってみる。最終的には「やらない」選択をすることになったとしても、その国のやり方を受け入れようという姿勢があるかどうかは、すごく大きな差なんです。
小麦アレルギーの選手なら食事をすべてグルテンフリーに
▲お立ち台では、日本人にもわかる単語はヘタに訳さずそのまま伝えることを心がけている
そんな「順応力」の高い選手の代表格が、2019年のWBSCプレミア12ではアメリカ代表としてベストナインにも選ばれたNPB通算49勝の右腕、ディクソンだ。
2013年のシーズンから今季で来日8年目。東北楽天を経て、12年からオリックスに籍を置く荒木さんにとっても、“盟友”と呼べる存在だ。
荒木:彼とは、僕がオリックスに移った2年目からずっと一緒ですから、いまや普通に食事にも行く間柄、性格や交友関係、なじみの店がどこかまで、あらゆることを熟知しているつもりです。当然僕も仕事ですから、接するときは他のどの選手にも平等ではある。でも彼に関してだけは、個人的な思い入れもやっぱりあるので、もし彼が帰国することになったら確実に泣いちゃいますよね(笑)。
当の荒木さん自身はもともと、通訳ではなく、トレーナー志望。強豪として知られる広島・広陵高の野球部を卒業後、資格取得を目指して単身渡米した変わり種だ。
荒木:資格を取って帰国後に、トレーナー志望と書いて12球団ぜんぶに履歴書を送ったら、楽天だけが「通訳でなら」とオファーをくれたんです。最初は専門用語や、球界特有のしきたりみたいなものに戸惑いもありましたけど、一応、向こうでも野球は少しかじっていたので、大変だと感じることもそんなには。通訳歴13年目を迎えたいまでは、これが自分の「天職」とさえ思ってますよ。
通訳の仕事は、練習や試合での監督・コーチとの意思疎通から、ヒーローインタビューをはじめとしたメディアへの対応、選手本人やその家族の日常生活全般のケアまで、想像以上に幅広い。だが、そこにこそやり甲斐を感じると荒木さんは言う。
荒木:自分が留学をしたときも、現地に着いた当初から向こうの人たちにはたくさん助けてもらいました。なので、それとは逆のことを、今度は自分が日本にやってくる選手たちにしてあげたい。そんな想いでこの仕事を続けています。
小さいお子さんのいる選手の家庭だと、「急に熱が出た」「転んで歯が折れた」と、パニックになった奥さんから直接電話が入ることも少なくないですし、たとえば小麦アレルギーのある選手がいる場合などは、遠征先の食事を“グルテンフリー”にしてもらったりするのも僕らの仕事。でもそうやって密に関係を築いて、帰国するときに「ありがとう」って言ってもらえるだけで、それまでの苦労なんていっぺんに吹き飛びますからね。
言葉も通じない異国の地で奮闘する選手たちにとっては、通訳こそがいちばんの理解者。たとえ肝心の野球で結果が出なくても、たとえ日本の環境になかなか順応できない選手であっても、「常に選手の側にいたい」というのが荒木さんの信条だ。
荒木:通訳は、あくまで陰になる存在。元来、裏から支える副キャプテンタイプの僕には、それが性に合っているんだと思います。乱闘で揉めがちな選手には「日本ではこうなんだよ」ってイチから丁寧に諭しますし、問題解決に必要だと判断すればお酒の席で話をすることもある。それでチームが円滑に回っていくなら、僕は黒子でいいんです。
外国人選手も「YAKINIKU」が好き
▲長く活躍するディクソンは来季早々にも国内FA条件を満たすことに(写真は2017年)
ところで、以前取材したことのある、ある球団の通訳さんからは「外国人選手の好みそうな飲食店は各遠征先ごとにリストアップしてある」といった趣旨の話を聞いたとことがあった。
そのあたり実際のところは、どうなのか──。
荒木:チームの通訳同士で「誰それはあそこの店を気に入っていたよ」みたいな情報の共有は常にするようにはしていますし、僕らのほうで当たりをつけておいた店に「こういう店があるみたいだけど行ってみる?」と誘ったりすることも多々あります。さすがに事前に足を運んだりまではできないので、あらかじめ「味がどうかまでは保証しないよ?」とは言いますけどね(笑)。まぁでも、最近はスマホでなんでも探せるので、選手のほうから「こういう店を見つけたんだけど、行ったことある?」みたいな聞き方をしてくることがほとんど。野球選手ですから、ジャンル的には総じて肉系が多いですね。
ちなみに、野球選手のいちばんの好物と言えば、昭和の昔から“焼肉”と相場は決まっているが、外国人選手でもそれは同じ。彼らの胃袋を熟知する通訳のあいだでも「焼肉はハズレがない」というのが共通認識になっているという。
荒木:いまはまだ連れだって行くのは状況的にも難しいですけど、「焼肉行く?」って言ったら、だいたいみんな来ますからね(笑)。キャンプ中なんかだと、日本人選手も一緒になって行く機会も少なくない。今年も伏見(寅威)や若月(健矢)、山本(由伸)あたりは来てくれましたしね。
とはいえ、肉を食べるとなれば、お酒もつきもの。ピッチも量もハンパじゃなさそうな外国人選手と同じペースで飲み食いするのは、なかなか骨が折れそうだ。
荒木:いや、むしろその逆だと思ってます。そもそも彼らはどんなときでも「自分は自分、他人は他人」という考え方。日本人同士だとよくある「もっと飲めよ、ノリ悪いな」みたいなことには、まずなりません。仮に相手がすぐに酔ってしまっても、「おまえみたいな体質のほうが安く飲めるしいいな」ぐらいのもの。ディクソンにいたってはもともと一滴も飲みませんしね(笑)。
もっとも、僕自身も「オフに4人でワインを2ダース開けたよ」みたいな話をある選手から聞かされたことはありますよ。でも選手のほうが僕らの前で酔いつぶれるなんて経験はこれまで一度もないですから、みなさんのイメージよりかは、ずっとみんな紳士です。
▲オフの補強の目玉となった“AJ”ことアダム・ジョーンズ。その実力は果たして!?
今季オリックスに在籍する外国人選手は、投手3人、野手3人の計6人。ディクソンらはもとより、4度のゴールドグラブ賞、シルバースラッガー賞にも輝くバリバリのメジャーリーガー、アダム・ジョーンズの加入でも大いに話題となっている。
1軍登録の外国人枠が5人に増員されたイレギュラーなシーズン。外国人選手たちの活躍を陰に日向に支える、彼ら通訳の献身的な“チームプレー”にも注目したい。
写真提供(インタビュー中の写真除く):オリックス・バファローズ
書いた人:鈴木長月
1979年、大阪府生まれ。関西学院大学卒。実話誌の編集を経て、ライターとして独立。現在は、スポーツや映画をはじめ、サブカルチャー的なあらゆる分野で雑文・駄文を書き散らす日々。野球は大の千葉ロッテファン。
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