漫才頂上決戦「M-1グランプリ」。
2001年の開始以来、この賞レースに人生を左右された芸人は数知れない。チャンピオンという肩書を手にして売れっ子にのしあがっていく者、2位に甘んじながらもその後大きく開花する者、ファイナリストとなるもやがて解散の道を選ぶ者……悲喜が交錯する決勝のとき、その場に立つ芸人はいったい何を食べ、何を考えているのだろうか。
不安と緊張、そして終わったときにはとてつもない解放感が訪れるであろう数日間に食べたものの記憶は、M-1というドラマチックすぎる出来事と分かちがたく結びついているはずだ。
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短期集中連載でお届けする本企画、第三弾はスピードワゴン・小沢一敬さん。
スピードワゴンは2002年、敗者復活戦を勝ち上がった。野外ステージで「出たくない!」と半泣きで抵抗する小沢さんの姿は現在でも語り草になっている。
そして乗り込んだ決勝では、50点という衝撃の点数をつけられた(100点満点中)。この点数は、現在までM-1史上最低点タイ記録を保持し続けている。翌2003年も決勝にコマを進めるも、6位に終わった。
それから時が経ち、近年の小沢さんは、芸人界の中でも屈指の漫才マニアとして知られるように。若手芸人をよく知る先輩として、各種番組などに呼ばれている。
そんな小沢さんにとってM-1とはどんなものなのか。18年前の決勝では、何を食べ、どんな酒を飲んだのか聞いてみたい——とインタビューを始めたところ、出てきたのは予想外の言葉だった。
「もうわからない、昔のことは。本当に覚えてないんだ」
▲訪れたのは、こぢんまりとしたビストロのような雰囲気ながら、土鍋ごはんや鮮魚が魅力の「IMA(居間)」
──今日はM-1にまつわる「食」の思い出を聞きたいんです。決勝前後で何を食べたとかどこで飲んだとか、覚えていることはありますか?
小沢さん(以下、小沢):僕ね、食事に興味がないんですよ。誰かとごはんを食べに行くことは多いけど、自分で「これが食べたい」って選んだことはない。
本音を言えばチェーン店でも、もっと言えば食パンでもなんでもいい。だから若い頃の食べ物の思い出というのはあんまりないかもしれないね。
──『M-1完全読本2001-2010』(ヨシモトブックス)のインタビューだと、2002年の敗者復活戦前夜はオールナイトでクラブで飲んでいた、と語られていました。
小沢:クラブっていうかライブハウスだね。下北沢のCLUB QueかSHELTERのどっちかだと思うんだけど、朝まで遊んでたって感じかなぁ。
──「明日は敗者復活戦だから慎重に過ごそう」とは思わなかった?
小沢:あぁ、全然。もともと決勝にいけるとは思ってもいなかったし。2001年にM-1が始まったとき、変な話、「勝つ人は決まってるんだろうな」って勝手に思ってたの。だから出なかったし、2002年も出たくなかったんだけど(井戸田)潤が「出たい」って言うから。
でもどうせ、大会が「何千組集まりました」って宣伝するための一組にカウントされるだけだろうなと思ってた。まぁ拗ねてたんだろうね。だからどっちでもよかった。
というか、俺、基本的に何に関してもどっちでもいいの。
──勝ち上がってのぞんだ決勝では、立川談志さんから「俺、下ネタ嫌いなんだよ」と言われ、50点というM-1史に残る点数がつけられました。
小沢:俺はすごい良かったなって今も思ってるよ。ずっとその話を振ってもらえるから。過去に50点が出たのは俺らとチュートリアルとおぎやはぎだけだからね。仕事でもなんでも、失敗したり傷つく瞬間はあるけど「半年後、1年後にはめちゃくちゃいいネタになるな」っていつも思ってるの。だから“どっちでもいい”んだよね。
──決勝の後は誰かと飲みに行ったりしましたか?
小沢:打ち上げはあったような気がするけど、あんまり覚えてないなぁ。もうわからない、昔のことは。本当に覚えてないんだよ。
──今回は渋谷区・広尾の和食料理屋「IMA(居間)」にお邪魔していますが、M-1の後に来たということでもないんですね。
小沢:M-1の思い出のあるお店なんて一個もないよ。ここは芸人たちと10人くらいで来たことがあるお店ってことで挙げたのかな。番組の打ち上げで来たりもしたね。
料理がめちゃくちゃうまいんだ。俺は自分でおいしいお店を探すことってないから、誰かにつれてきてもらったんだと思う。
▲ 小沢さん曰く「ここのは熱くておいしいんだよ」というポテトサラダ(920円)。たっぷりと入ったアボカドが、柔らかなポテトと溶け合う絶品
──徹底して食に興味がないんですね。
小沢:「並んでまでご飯食べるな」って教えの家で育ったんだよね。そういうのもあって、ご飯に対してとやかく言いたくない。
だから俺、食レポがまったくできないんだ。「うまい」以外言いたくないから。昔、松本(人志)さんに「オザが一番おごり甲斐ないわ、絶対味わかってないやろ」って言われたことあるもん。
若手ライブでザ・クロマニヨンズみたいに在りたい
──M-1に限らず、これまででいちばんお酒がおいしかった日、楽しかった日というのはありますか?
小沢:基本、お酒って楽しいよ?
──はい(笑)。
小沢:なんだろうなぁ。申し訳ないけど、どんどん忘れるようにしてるんだよね。昔はそういうことを覚えておきたいと思っていたけど、今はもう忘れていきたいというか。ごめんなさいね。
──いえ。なぜ忘れていきたいんですか?
小沢:うーん、だって、そんなこと覚えてるメモリーがもったいないなと思って。
──それはもしかして、若手のネタをたくさん観ていることとつながる部分があるんでしょうか? もっと“今”のお笑いを観たい、知りたい、というような。
小沢:いやぁ、そんな深い意味はないよ。でも同世代や先輩のネタも観るけど、若い子のネタ観るほうが好きかもしれないね。
今年は1回も出れてないけど、去年まではK-PROライブ(お笑いライブ制作会社K-PROが開催するライブ。若手が出演する興行を多数打っている)とかバティオス(新宿区歌舞伎町にあるライブハウス。東京のお笑いライブの会場としてお馴染み/※当時の正式名称)とかも出てたから、観る機会が多かったんだよ。
自分たちの漫才ライブ(スピードワゴンが開く定例ライブ「東京センターマイク〜スピードワゴンと数組の漫才師〜」のこと)をやってて、ゲストを呼ぶこともあるし。そうだね……音楽は好き?
──はい。
小沢:俺、ザ・クロマニヨンズってバンドがすごく好きで。野外フェスとか、大晦日にやってた「ROCK'N'ROLL BAND-STAND」ってイベント(中心メンバーの甲本ヒロトと真島昌利がTHE BLUE HEARTS時代に出演)とか、いろんなバンドが大勢集まるライブをずっと観てきてるの。
そういうところで、若いバンドはガーッてなってるのに対して歳を重ねたバンドはまったりした感じになりがちなんだけど、ザ・クロマニヨンズはまったくそうじゃない。いちばん若いんじゃないかな、ってくらいのライブをずっとやってるのね。
──たしかに、以前フェスで観たときにそれは感じました。
小沢:俺らがそうだってわけじゃなくて、そういうふうに、若いやつらがやってるところにいってもやれるような人になりたい。そう思ってライブに出てる。
そこでいろんな若い友達──友達っていうとあっちは困るかもしれないけど、後輩の芸人さんを知っていって「今の若い子はこういう考え方なんだな」「俺らが若手の頃はこういうネタはつくらなかったなぁ」とかいろいろ思う。面白いよね。
▲撮影の合間、取材陣に「人がお笑いの話してるの好きなんだ、もっと聞かせて」とねだる小沢さん
──先輩・後輩というより、“仲間”に近い感じなんでしょうか。
小沢:仲間なんて言えないけど……理想は友達になりたいんだ。俺は好きなやつと友達になりたい。いい友達を持つと、その友達にとって恥ずかしくない存在でいようとするから頑張れるのよ。だからいい友達がたくさん欲しいなって思ってるよ。
……M-1の話するのって、こんなトーンじゃないよね(笑)。ごめんね。寒いからね、今日。
「昔のM-1が良かった」なんて絶対思わない
──いえ、大丈夫です。毎年M-1の決勝はどう過ごしながら観てますか?
小沢:うちに同期や後輩が10人くらい集まって、ごはん食べながらああでもないこうでもないって言いながら観てるかな。みんなM-1の決勝に行ったことあるようなメンバーだね。
──「ああでもないこうでもない」というのはどんな話を?
小沢:「寿司食べた? まだ余ってるから食べな」「ピザもう1枚頼む?」とか(笑)。ネタに関しては何も言わないね。
──和気あいあいとした雰囲気なんですね。小沢さんは、2015年の復活以降のM-1という大会をどう見ていますか?
小沢:すべての若き芸人さんのファンだ、とまで言っちゃうと嘘になるけど、ほとんどの若き芸人さんのファンなんだよね。だから、楽しいよ。毎年M-1の予選が始まると毎日楽しい。「GYAO!」とかでネタ動画観るのも好きだしね。
でも本音を言うと、「俺が9組選びたい」って思うね。俺の好きな9組のM-1が見れたらいいな、っていつも思ってるけど、まぁどうやらそういう世界線ではないらしい。いつかライブでもいいから、そういうことをやってみたいなって思うときはあるよね。
──スピードワゴンさんが出場していた頃と今の大会とでは、違っている部分もあるのかなと思います。
小沢:そうだね、それは違うよね。言い方がすごい難しいんだけど……昔の決勝は審査員さんとか会場の雰囲気が、どちらかというとピリッとしてた。
一組終わるごとに、温まりかけた空気にジュッて水かけてリセットしてるって思ってた。だから中川家がトップバッターで優勝したみたいに、出番が前半でも勝つ組がいたんだと思う。
今は審査員がみんな現役のプロだから場を絶対に冷やさなくて、ひとつの番組として後半に行くにつれて良い空気になっていくよね。これは変な意味に取らないでほしいんだけど、漫才もバラエティも現役バリバリでやってる人たちって、つまり笑える時間が好きな人たちで、そういう審査員の「絶対に空気を良くしよう」っていう愛と優しさで成り立ってるんだよ。
俺が言いたいのは、今のほうがいいに決まってるってこと。「昔は良かった」なんて絶対思わない。
──若手芸人さんを取材していると「今のM-1はバラエティ色が強くて、子供の頃に憧れた大会とはちょっと違う気がする」というような声を聞くこともあります。
小沢:言ってる意味はわかるけど、「じゃあ怪我するの怖くないの?」って言いたいよ。何人か大怪我してるんだからね、あの場で。
テクニックなんか関係ない、面白ければいい
──初期M-1と今とで、最も大きく変わったのは結成年数の上限だと思います。以前は10年以内だったのが、再開後は15年以内に変更され、「漫才が“上手”な人が勝ち上がりやすくなった」という話も再開当初は耳にしました。この点はどう思いますか?
小沢:それ、よく言うよね。俺はそれはあんまり言いたくないかな。たとえば俺らが上京してきた頃、おぎやはぎとかアンジャッシュ、アンタッチャブル、ドランクドラゴンとかバナナマンとか、俺らのちょっと先輩たちがみんなLa.mama(渋谷区道玄坂にある老舗ライブハウス。渡辺正行氏が主催する「ラ・ママ新人コント大会」は若手の登竜門として有名)のオーディションにネタ見せ来てたのね。
200組くらい来て、受かるのが10組弱。今俺が名前をあげた先輩たち、オーディションで落ちたことなんかたぶん1回もなかったよ。もっと上の先輩も受けに来てた中で。
だから俺、年数重ねたら面白くなるなんてありえないと思ってる。年数とかテクニックなんか関係ないじゃん、っていつも思うね。実際、M-1ってテクニックじゃ上がれないのよ。面白いネタやれば上がれるんだよ。だから10年でも15年でも俺は関係ないと思うけどね。
──ちなみに、若手の方とライブで一緒になって「アドバイスください」とか言われることはありますか?
小沢:ないね。「どうせこの人、なんも言わねぇな」ってわかってるからじゃない?(笑) 好きにやったら? って思う。
“解説者”じゃなく“現役プレーヤー”のままでいたい
──一貫してますね。ここ数年、M-1の翌日に『スピードワゴンの月曜The NIGHT』(AbemaTV)にファイナリスト数組を招く企画をやってるじゃないですか。あの番組で小沢さんが「あのネタここが良かったね」「俺もああいうのやりたい」みたいに、すごくフラットに称賛しているところがいいなと思うんです。先輩・後輩というのではなくて、対等なプレーヤー同士として話している感じがして。
小沢:へぇ〜、ラッキー。
▲好きな食べ物は「カレー、お好み焼き、ハンバーガーとスパゲティ。オムライスも好きかなぁ。あとチョコレートとアイスクリーム。子供なんだよね(笑)」とのこと
──でも一方で、それこそこのインタビューもそうですが、漫才やM-1、若手について語ってほしいとメディアから求められる場面も多いですよね。
小沢:そうね……基本はあんまりこういう話はしたくないの。いつも本当に申し訳ない、って思ってる。
ブラマヨのよっさん(吉田敬)とか徳井(義実)君がこういうこと言ったら、M-1チャンピオンだから若い子は嬉しいと思う。俺らみたいなのに何か言われても嬉しくないだろうなって思いながらやってるよ。だから俺は、ネタのあそこがどうだとかアドバイスは言わない。言う立場じゃないから。
それに、「俺が笑いを分析します」みたいなのはみっともなくて嫌なんだ。お世話になった人とか友達とかに誘われたら断らないようにしてるけど……じゃあなんで今日ここに来たかっていうと、内容を昨日聞いたの(笑)。あ、ヤダってことじゃないよ! そうじゃなくて。ごめんね、今の言い方よくないね。
野球が好きなんだけど、野球の解説者って現役じゃない人でしょ。俺、解説者になっちゃったら終わりだなって思ってる。「ここはこういう入りだからこうなっていて〜〜だからこのコンビはすごい」みたいな、解説はしたくないの。
いちプレーヤーの目線というか、ファン目線というか、「こんなのつくれるんだ、すごいね」というのを言いたい。若手の頃、舞台の袖でほかのコンビのネタを見て、「すげぇ面白いネタやるじゃん」「今日のネタヤバくない?」みたいに言ってた、あのままでいたいんだ。
……なんか今、俺一瞬ワーッてなったね。
──いえ、今日来てもらえてよかったな、と思いました(笑)。だからこそ、自分たちも漫才をずっとやり続けているんですね。
小沢:でも今年は全然ネタつくってないしライブもやれてないから、やってるなんて言えないよ。恥ずかしい。合わす顔がない。
同期がいいメンバーなの。チュートとか次長課長とかブラマヨとか、野性爆弾とかタカトシとか。俺よく言うんだけど、芸能界って「(週刊少年)ジャンプ」だと思ってて。『ワンピース』とか『NARUTO』みたいに定期的に表紙を飾る人たちがいて、それが例えばダウンタウンやさんまさん、嵐だったりするわけね。
俺の同期たちも、表紙をバーンとやったりするじゃん。一方で俺らは、連載の後ろのほうの読者投稿ページで細々とやってる。だからこそ友達に対して「俺ら、今も漫才やってるんだ」って言いたいんじゃないかなって思うときはあるね。
──ザ・クロマニヨンズの話もありましたが、続けていることのかっこよさがあると思います。
小沢:「その年齢でまだ新ネタやってるんだ、えらいね」って言われたくてやってる部分もあるのかな。だから真逆だね、かっこわるいかも。褒められたくてやってんだ。
撮影:二瓶彩
プロフィール
スピードワゴン・小沢一敬(おざわ・かずひろ)
1973年生まれ、愛知県出身。1998年、スピードワゴンを結成。音楽をはじめ、カルチャーへの造詣の深さでも知られる。『前略、大とくさん』(中京テレビ)、『スピードワゴンの月曜The NIGHT』(AbemaTV)などレギュラー出演中。
お店情報
IMA(居間)
住所:東京都渋谷区広尾5-25-4
電話:03-5791-1268
営業時間:月〜土:17:00〜22:00 ※2020年12月現在、短縮営業中。通常はAM2時まで。
定休日:日曜日・年末年始(12月31日〜1月3日)